赤いリボンと緑のリボン

七歩

赤いリボンと緑のリボン

※このお話は創作企画、「同じ骨」(http://ice03g.wpblog.jp/kikaku/same_bone/)

参加作です。

【お題】 

 起: 主人公が目を覚ますと、変身していることに気付く。

 承: 変身したことでいろいろある。

 転: ある存在と出逢い、プレゼントを受け取る。

 結: 変身が解ける。

を元に書いています。


赤いリボンと緑のリボン

 

 目覚めると子供だった。

「なんだこりゃ」

 パジャマはぶかぶかで首まわりから入りこんだ空気に身震いする。こんな心許ない服ではやってられねえと毛布を頭から被った。

「何が起きたってんだ」

 鏡の中にはいつもの貫禄ある姿はない。そこにいたのは鏡面にすんなり収まる子供の頃の俺。今日は久しぶりの仕事だってのにこんな姿じゃ様にならない。

「ルー、ちょっといいか」

 同居している仕事仲間の扉を叩く。

「なんてこった」

 ルーは驚いた顔で俺をまじまじと見つめた。幼馴染みの彼にはこの姿が少年時代の俺であることがすぐに解ったようだが、

「なるほど。ううん。なるほど。ううん」

 頷いたり唸ったり。にわかには信じがたい現実に頭を悩ませていた。

「なあ、仕事のことなんだが」

「さすがに子供はまずいよ」

 あの重労働を子供の身でこなせるとはさすがに俺にも思えない。こんな寒いのに仕事なんかしてられっか。いつかそんなことを言った覚えはあるがまさかそれがこんな形で叶えられようとは。

「……これはもしかして“神さまからの贈り物”とかそういうのじゃないのかな」

 素っ頓狂なことを言いやがる。

「神なんていねえよ」

「いやいたんだよ。のんびり屋さんでようやく叶えてくれたんだよ」

 いつもは冗談と下ネタばかりのルーが繰り出すセンチメンタルポエムに面食らう。

「正気か?」

「だってさ、言ってたよね。こんな仕事やってられっかむしろ客に回りたいぜって」

 確かに言っていた。

「大丈夫。今日はギルドから見習い一人借りてくるよ。時間はかかるし大変だろうけどなんとかなるよ。なんとかするよ」

 そう言うとルーは俺の肩をトントンと叩いた。

「今日は休んでよ」

 かくして俺は仕事を休むこととなる。はじめてルーに気をつけてななどと言い、はじめてその後ろ姿に手などを振った。

 

 子供の身体になったからといってそれほどの苦労はなかった。いつもならば簡単に手が届く場所に手が届かなかったり重い物も運べなかったりもするが、すぐさま困ることはない。それよりこれは治るのか、それが気がかりでならない。

「ったく困っちまうよな」

 ぶつくさ口に出してふと思う。一体何に困るんだ。いつもと違うことがなんとなく面倒臭いだけで本当は困ることなんてないんじゃ、いいや困る。そうだ仕事、仕事ができねえ。

「辞めたがってたくせにな」

 同僚のルーに尻を叩かれなんとか続いていたこの仕事。季節労働で割がいいから365日毎日働かなくていい。怠け者の俺にこれ以上の職場があるもんかってくらいに恵まれた条件。それにこの仕事でしか……

「っと。柄にもなくおセンチメンタルか。酒だ、酒持ってこうい」

 持ってくるのは自分だけどな。いつものように氷室からウォッカを取り出しグラスに注ごうとしたところで躊躇い戻した。なんだこの幼気な手は。可愛いじゃねえか。

「畜生」

 子供をいたぶる趣味はない。

 することもなくて手持ち無沙汰で窓の外を見ていた。闇から逃れるように雪が窓を叩く。この時間、いつもだったらルーと阿呆みたいなこと言いながら酒なんか呑んで管巻いてさ。一人の時間に何すりゃいいのかなんてとっくの昔に忘れちまった。

 そろそろよいこは寝る時間。けれど今夜の勤務のために昼過ぎまで寝床にいたもんだからまるで眠くない。窓を叩く雪と暖炉で爆ぜる薪だけが奏で合う部屋で時間を持て余していた。


「ちょっとぉ、寝ておいてくれないと困るよ」

 柄でもなく本でも読もうかなどと本棚の前でウロウロしていた俺に思いがけなく声がかかる。目の前には雪まみれのルー。

「ほらほら寝て寝てよいこは寝る時間だよ。そんな身体になったんだ。折角だからお客になってよ。さあはやく」

 有無を言わさず俺をベッドに放り込む。

「てめえ」

「いつもだったらこんなこと絶対にできないからさぁ。新鮮だよねぇ」

「あのう、これでよろしいですか?」

 喜びを噛みしめるルーの後ろ、見え隠れするひょろんとした男がおどおどおずおずと箱を差し出す。

「うん正解」

 誰だなんて聞くまでもない。俺の代わりと思われるその男はプレゼントの箱を枕元に置いた。はじめて見るルーの先輩面が鼻につく。

「メリークリスマス」

「じゃ、僕たち忙しいからいくね。よいこはきちんと寝てよね」

 去っていく二人の後ろ姿を見ていた。鈴の音をかき消すように吹雪。

 俺が仕事を続けられたのはルーが尻を叩いてくれたからだ。ルーが励ましてくれたからだ。ルーが助けてくれたからだ。ルーが。けれどもルーはどうだ。ああして俺の代わりとうまいことやっている。

「畜生」

 嫉妬なんざクソ喰らえだ。もしもこのまま子供のままだと困る理由なんざハッキリしている。ルーはこの仕事が好きだ。この仕事でしかルーとは組めない。プレゼント渡されてこんなにも動揺して情けねえ。クソ喰らえ。クソが。

 嫌な考えから逃れるように俺はプレゼントの赤と緑のリボンをむしるように解いた。ハッピーな包装紙を剥がして箱を開けるとボワッ。白い煙が吐かれ何者かの声が聞こえた。

「望みは何だ」

 どこのどいつか知らねえがそんなもの決まってる。プレゼント渡されて解っちまった。いや本当はとっくの昔に解っていたことだが畜生。認めたくねえ。畜生。でも俺は。

「俺の望みは……」


 目覚めると大人だった。

「夢だったのか?」

 ぼんやりした頭で向かう先など決まっている。

「ルー、ちょっといいか」

 同居している仕事仲間の扉を叩く。

「なんてこった」

 夜勤明けの眠い目をこすりながらも嬉しそうな顔で笑う。

「これで来年のクリスマスは安泰だな。そのままの姿でいてくれよ」

 夢などではなかったらしい。

「うっせえ。このままでなんかいられっかよ」

「え、またサボり……」

 さっきまでぴかぴかに輝いていた赤い鼻がどんよりと曇る。

「来年の俺は今までとは違う。そう進化した俺」

「……うん。楽しみだよ」

 ポーズを決める俺にルーは冷ややかな棒読みを浴びせる。そうだこの感じ。

「まーどうせならダイエットとかしてくれるとありがたいよね。今年は随分時間かかっちゃったけど身体は楽だったよ。彼、すごい軽くてさーイタッ」

 唐突に暴言を吐く相棒の短い尻尾を引っ張ると大きく飛び跳ねた。

 仕事が楽しみだなんて思ったことはなかったが俺は来年を待ちわびている。ルーと共に空を駆り、ホッホーと叫んでよいこにプレゼントを配り終えたそのあとで、冷えた身体をウォッカで癒やす。そうだ仕事が楽しみなんじゃない、酒だ。アイツと呑むウォッカが楽しみなんだ。そういうことにしておいてくれ。


後日談

「ところでルー、お前のおいてったプレゼント中身なんだったんだ?」

「見たんじゃないの? カタログだよ。神カタログっていうの。よくわかんないけど多分神商品目白押しなんだと思うよ。いいもん選んでよね」




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