これが青春なのかもしれない。

白川

これが青春なのか?

①         ☆☆☆


「私はお前を、お前を……裏切ったのだぞ?」

 青白い光に照らされた男が倒れながら言う。

「そんなこと関係ないだろ……俺らは友なんだッ!」

 俺はそう言い、男に手を差し伸べる。

「お前は……優しいのだな」

 男は静かにそう呟くと、俺の手をぎゅっと掴んだ。それを合図とばかりに光がますます明るくなる。

「だが」

 少し眩しいな。そして熱い。

「その優しさが命取りとなるのだッ!」

男は立ち上がるとすぐに地面に落ちた明らかに安そうな(100円ショップの)剣で俺を突き刺そうと手を伸ばす。

やっぱ眩しい。てか、熱いし、痛い。だが、耐えねば……集中集中!

「くッ!」

 俺は裏切られるとはわかっていたが、あたかも不意を突かれたように見せる。そしてギリギリで躱すと背中にある鞘から(佐藤のより100円増しの)剣を抜き、突き刺した。

 その瞬間、視線が集まる。観客全員が釘付けになっていることを俺は肌で感じた。

「愚かな友よ……なぜなのだ」

 俺は微かに瞳を潤ませ、観客に向けて嘆く。左から右へ観客を眺めると、奥にいる一人のお客が物凄く見入っていることに気づいた。こういう姿を見るとやはり嬉しいものである。

 そして俺はさらに瞳を輝かした。その涙はけっして、目の前で倒れている裏切り者トー・キョース・カイタワツリー(の役を演じている佐藤)の死が理由ではない。

 ここまで頑張って、みんなで築き上げてきたモノがこうして上手く披露できているからだ。

 そして、すべての台詞。ナレーションを終え、暗転するとBGMを裏方の後輩が流す。次に明転、カーテンコールが始まると同時に教室いっぱいに拍手が湧く。

まさかこんなにお客が集まると思ってなかった俺らにとっては満席のこの状況は夢のようだ。

次々と後輩たちが礼を済ませ、主役である俺と佐藤の番になる。予想を遥かに超えた、たくさんの観客の前で照れながら俺らが礼を済ませると、更に拍手が巻き起こった。

「……良かった」

 思えばここまで長かった。完全オリジナルの脚本を俺が手がけ、演出をみんなで考え、小道具や衣装もみんなで作って、この日のために一生懸命に協力し合い、そして見事成功したのだ。

 そう、演劇部の劇が成功したんだ!

 隣に立つ部長である佐藤のうるうるとした目に、副部長である俺もぐっと込み上げるものは確かにあった。……バカ野郎、恥ずかしいだろうが。

 ようやく本物の友情。絆。仲間。……青春を手にしたと俺は思った。

 顧問やコーチ、部員がわいわいと盛り上がる中、俺はぼそっと誰にも聞こえない声で呟く。


 『これが青春なのかもしれない』、と。




②         ☆☆☆


 だが、その考えはすぐに消えることになる。

 なぜなら、俺らはお互いをわかったつもりでわかっていなかったからだ。それに隠していたんだ。上手く部活がまとまるように……本当の自分を。だから、ほんの少しでも1つの歯車がズレるだけで全て狂ってしまう。それも跡形もなく。

 文化祭最終日から4ヶ月の月日が経っていた。

高2ラスト公演まであと2ヶ月をもうすぐ切ろうとしている今日この頃。

 少し広い教室を陣取る我が部、演劇部の部室(仮)に向かう俺は重い足取りで階段を登っていた。教室の近くまで来ると既にいる部員たちの楽しそうな会話が耳に入る。

俺は「はぁぁぁ~~~~」と重く深いため息をつき、部室のドアを開けた。するとすぐに、部員たちの視線が俺に集まり、そして教室内が静まる。

 あの~会話続けてていいから。べ、別に俺を見てもお金なんてあげないんだからねっ!

 しかし、その沈黙も俺が教室の端に座るとすぐに嫌なひそひそ話しに変貌した。

「ねぇ、まだやめてないんだけどあの人」

「ちょっと華奈~聞こえてるって」

 ちょっと華奈~聞こえてるだろうがこの野郎。あれか? わざとですか? 

 俺は気にする素振りを見せないようにバックから本(愛読の捻くれぼっち系ライトノベル)を取り出す。ガガg、げっほん。KADOKAWAだーいすき!

 しおりを挟んでいたページを開き、目を通すと、『俺は』と主人公の内心が書かれている。丁度いいところであるのでさっそく読もうとすると、

「いい加減、空気悪くなるのくらい察してほしいよね~。なんか見てると視力下がる」

 視力は俺めっちゃ関係ないだろうが!

「それ、わかるかも!」

 なんでわかるの!? 絶対、それは君たちがスマホをよくいじるせいでしょうが。文句ならソフ○バ○クさんかド○モさんかa○さんに言いなさい!

 んじゃ、軽く人物説明しますとですね。さっきから俺の心をエグりまくっているのが高橋 華奈(たかはし かな)。一個下の高校一年生で帰国子女。身長は低く小柄。くりっとしたお目目に可愛らしいお顔。それが相乗効果を発揮し、小動物的可愛さを醸し出している。というわけで、もちろん。かなりモテるらしい。悍ましい。腹立たしい。……ポニーテール姿可愛いなおい。

そして、うちの看板ヒロイン役だ。基本ヒロイン役はほとんどが華奈である。

「も~ほんと見ると、あの時のこと思い出しちゃってムカつくんですけど~」

まったく、そんなに俺ばっかり言葉攻めするなんて、よっぽど俺に好意を寄せてるのかな?

…………はい。違いますよね。勘違いしてごめんなさい。生きててごめんなさい。

「さすがに言い過ぎだぞ?」

 お、おう。さすがに生きててごめんはいい過ぎだよな。て、俺に言ったんじゃないか。

「あ、部ちょ~、こんにちは~」「「「「こんにちは~!」」」」

 あ、あれみんな? 副部長である俺が部室に入った時は無視で、部長にはちゃんと挨拶するのね君たち。卑怯よ。

 あ、はい。人物紹介ね。この演劇部の部長である佐藤 仁(さとう じん)。見た目が老けて見えるがこれでも俺と同期の高校2年生だ。30代前半にも見えるかもしれないけど、可哀想だから言っちゃダメだぞ? 俺が言っちゃったけど。

 佐藤は高1の時は同じクラスでそこそこ仲は良かったが……。そして、部活に関しては真面目、だがそれ以外はキャラが安定していない変な奴。まぁ熱い変な男だ。結局変は外れないが。

 あとは……個性豊かな面々がいる! (都合上により、というか今回モブ同然だしあと4名は省くね)。それと今はいないがもう一人、部員がいる。また休みのようだ。

 そんで……もうお分かりだろう。

 現状がこれだ。簡単にはっきり言うと俺は部活でぼっちになっている。皆までいうな。

 付け足すとクラスでもややぼっちだが、そこは気にするな。あれ? なんか目から汗が。

 俺がぼっちというラノベ主人公の流行りに乗ったのは、文化祭が終わって急遽決まったラスト公演への準備が問題となった。もっと細かく言うと、俺と台本だが。

まぁ、俺自身が要因なのだから、別に後悔はしていない。もしあの場で言わなかった方が後悔することになると俺は思っている。

 とまぁ、天地がひっくり返ったようにたったの数ヶ月で俺の世界(せいしゅん)が変わった。もうその様は夢の国からゴミ屋敷レベルだ。

 てか、いい加減お前ら俺の愚痴やめろ。臭いとか、家がないとかそんなデマ言うんじゃねえ!

 毎日風呂入ってるし、家もちゃんとあるわ! リンスとかちょーつけて、化粧水まで使って、女子力めっちゃ高いからな俺。もはや乙男だ。

 だが、俺は表情を変えず本を閉じた。「ふぅ~」と息を吐き、クールな俺は心の中で叫んだ。


 全然内容入ってこねえよぉっ!

 

 ――――とまぁ、これが俺の部活での現状だ。もはやぼっちというよりいじめられてない?




③         ☆☆☆


俺はあの恐ろしい部室という名の懲罰房に耐えられず、職員室に逃げ込んだ。もはや職員室がオアシスに感じるほど、あそこは本当にひどかった。あそこだけ治安悪すぎだろ。

 逃げ込んだと言っても元々顧問に呼び出しを受けていたため行くのは決まっていたのだが、

「失礼しました」

 さすがに早く来てしまったせいか、我らの顧問は職員室にはいなかった。俺は仕方なく、当たりを探すことに……あ……いた。俺は先生を見つけてかなり引いた。

「ん? なぁ~に~?」

「先生ーここがわからないんですー! 教えてくださーい!」

 何人もの中等部の生徒が先生に質問なり雑談をしようと集まっていた。

「オッケ~! いいよぉ! えっとねぇ~ここはねぇ…………………………あ」

 と甘ったるい声を上げて可愛い子ぶった女教師こと夏目教員と俺は眼が合った。合ってしまったという表現が正しいだろう。俺は見て見ぬフリをするため下手な口笛を吹いた。

「ちょ~っと、ごめんね~」

 先生が首を少し傾けて笑顔を生徒に向け、俺の方向に首を向けた。ギロっとした恐ろしい目つきで俺の元へやってきた。

 ちょ、その表情の変わり様がめっちゃ怖いんだけど、さすが演劇部顧問だよ。

 と俺が右足を退きかけると先生は俺を見てさらに表情が曇っていく。

 やべ、俺なんかやらかしたっけ。

 俺はコマンド、にげるを選択する。……しかし逃げられない。まわりこまれた。

なら先手必勝だ。

「せ、先生。な、なんでそんな不機嫌なんですか?」

 俺がそう尋ねると先生は目をより鋭くさせ答えた。

「お前の顔を見ているとなんだかむしゃくしゃしてな」

 どこのジャイアンだよ。

「ちょっと殴りにくいから顔を前に出してくれないか?」

「出さないですよ! って、俺が呼ばれたワケって何ですか?」

「おーう上手く話題を変えたな。うざいぞ。そんで要件はなぁ」

 俺の目の前に座っている女教師こそがうちの部活の顧問様だ。

 見た目は年が離れてるように感じるが俺らより数年生きてるだけで若い。……強調した意味は察してくれ。

「ちょい待った先生!」

 俺は先生の言おうとしていることを制し、続けて言った。

「なんで俺の退部願いを許諾してくれないんですか!? いい加減お願いしますよ!」

 俺が熱く言うもまったく聞く耳持たずと言った様子で先生はため息を吐く。そして、俺の熱を冷やすように言い返した。

「いい加減はお前だ。そろそろわかったらどうだ? このドS女王様は退部を認めないということを!」

「自分でわかってたんだなそれ! てか、それとこれは話が別でしょ!」

「仕方ないだろ。お前がいなきゃ今回の劇の脚本説明、演技指導、指揮、音響探し、宣伝、部費の計算、部費の徴収、上の人への挨拶、頭下げ、エトセトラエトセトラを誰が教えるんだ?」

 ほぼあんただよ。あんたの仕事だよ。

「最初のやつ以外は顧問か部長がやる仕事でしょうが!」

「はぁ? 文句あんの? 殺すよ?」

 教師はその言葉超NGだろうが! この未婚教師め。

「アンタ死にたいの?」

「なんで俺の心読めてんだよ! 超能力者かこの人は……」

「いや、カマかけただけだ。どうやらその反応だとアタシが思っている事と同じことを考えたようだね」

 先生はにっこりと右拳を強く握りしめ、俺を狙っている。この近距離でその勢いはやばいから。先生、いや女王様おやめくだせい!

「以心伝心(ハート)」

 そんな以心伝心嬉しくねえ! 

「その、可愛くウィンクしているつもりかもしれませんが、その右拳のせいで可愛さ激減してますよ」

 このよくラノベで見かけそうな女教師。夏目 由美(なつめ ゆみ)は俺の所属する演劇部の顧問である。ちなみに女教師のコーチもいるが今はほとんど来ない。

 性格はさっきの会話でわかったと思うから省くぞ。容姿はさすが二十……だけあって普通に綺麗な……お姉さん! 由美ことユミシーとは一応、上手くコミュニケーションはできている、はずだ。拳のコミュニケーションだけどね。しかもそれを一方的に俺が受けている。

 するとユミシーは手にしていた缶コーヒーに口をつけ、落ち着いた声で俺に言った。

「ほんとのことを言うとだな……残ってほしいんだよ。お前には。まぁ、アタシの個人的な希望にすぎないけどな」

「と言われましても……俺の気持ちは、変わりませんよ」

 俺は顔を俯かせてぼそっと言った。そんな俺を見た先生はため息を吐き。

「たく、お前はほんと可愛くないな~、このやろ~、そうやってラノベの主人公のマネなんかして~、このこの~」

「や、やめてくださいよ」

グイグイするな(照)。頭をくしゃくしゃにするな(照)。首を絞めるな!(怖)。

「やめたいと言っている実に止めているアタシが言えるようなことじゃないんだが」

 先生はより表情を和らげる。

「お前の現在進行形で演じている悪役はただの気休めだ。そのうちまた対立が起こるぞ。それにお前への負担も大きい。人には限界というものもあるんだ。増してやお前はまだ高校生だぞ」

 先生の表情は変わらないが言葉は真剣そのものだった。

「それは劇の話ですか?」

 俺がとぼけたように尋ねると、先生は小さく微笑み両手を上げた。

「さぁな?」

 先生がわざとらしくげっふんげっほんと咳をすると、

「それで本題に入るぞ」

「今の本題じゃないんすか!?」

「今のはおまけにすぎない」

「おまけ!?」

 俺が声を荒げて言うと先生は耳を押さえる動作をする。

「あーお前のツッコミはうるさいな。あのラノベの主人公になりたいならもう少し静かにツッコめ」

「なりたいなんて一言も言ってない! 愛読してるだけです!」

 俺が周りの生徒に不審がられないギリギリの声音でツッコミを入れると、先生は「わかったわかった。どうどう」と言って俺をなだめた。俺は馬か。

「んで、要件は今学期から転校して来る子が演劇部に入りたいんだと、というか入った。だから色々とよろしくー。終わり。撤収!」

「本題、短くまとめすぎだろ! そんで帰ろうとするな」

「あぁ? 文句あんの?」

「な、ないです。あとそれ二回目、ひぃ!? お許しをぉ!!」

 ズルイよ先生。目の前で手をポキポキとか、怖くてチビるよ。

「って、転校生が来るんですか? あ、あれ? この状況、なんかデジャブ感が……」

 俺がデジャブ感を覚えているのには理由がある。前にも転校生が来て、俺がその子を勧誘したのだ。まぁそいつ、今ではうちの部活のメインヒロイン役を貼っている華奈なんだけどさ。

「だからこそお前に案内役を頼んだんだよ、慣れっこだろ? ナンパ野郎」

「嫌な言い方しないでくださいよ。てか、部長にやらせばいいじゃないですか?」

 俺の言葉を聞くなり、先生は目を細めて言う。

「その転校生は女子だからな~……………………無理だな」

「無理ですね」

先生は佐藤が女子を案内しているところを想像しているのか天井を見て、はぁ~っとため息を漏らした。

「てか、女子なんですか?」

 俺がごくごく普通に訊く。別に興味ないですけど何か~? という感じで。 

「お、さすがの反応だな! 女たらし!」

「こんな人が多いところで人聞きの悪いこと二度も言わないでください」

 なんて教師だ。他の先生とか生徒に聞かれたら今もややぼっちなのに、本当のぼっちになっちゃうだろ。

「もっといい情報を教えてやろう。なんとお前と同じ高校2年生」

「それいい情報って言わないでしょ」

 ったく、先生め。俺を茶化して楽しんでいやがるな。その証拠にあの憎たらしい笑顔だ。

「まぁ、そういうことで、頼んだぞ」

 おいおい、何が「まぁ、そういうことで」だよ! 俺がやる理由が見当たらなすぎだろ。

すると先生は俺の不満な目に気づいたのか、

「たく仕方ない。もっといい情報を教えてやるよ……その子可愛いぞ」

「先生、女子の言う可愛い子は大半が可愛くないですよ」

 全国の女性を敵に回した気もするが気にしない。気にしない。怖い。

「ほお、アタシを女子扱いとは嬉しいな」

「は、はあ」

 別に意識して言ったつもりはないのだが。それに実際アンタまだ若いんだから女子だろ。ん?女子なのか? 女なの……か

「それじゃあ、サービスしてやる。ほれ見ろ」

 そう言って先生が突き出したのはスマホの画面だ。そこには!?

「ははは。これはその子の生徒証の画像だ」

「おいおい。なんで先生が持ってるんですか!?」

 と口では言っているが、俺の瞳は真っ直ぐ生徒証に写る一人の女子生徒の顔を一点に見つめていた。白眼のように目の周りにしわができるくらい。

 生徒証の画像というのは正直、写りが悪い。たぶんうちの学校がケチって安いのを雇っているからというのもあるかもしれないが、どこの学校もそうじゃないか? 大体、あれってけっこうブスに映ったり、ちょっと太って見えたりするものだ。それなのにこの可愛さ!

「うちの部活に入るには生徒証を一回顧問に出さなければいけないと言ったんだよ」

「大嘘じゃねえか!」

「でも可愛いだろ?」

 いや、誰が見ても可愛いと思うよ? これはたしかに。俺は自分の顔で言える立場じゃないとはわかっているが、顔には厳しい。とよく言われる。つまり、というか、とにかく可愛い。

 しかし、だからといって……。

「じゃあ、もう一度聞こう。頼みを聞いてくれるか?」

「ぜひ! もちろんやらせてくださいっ!」

 男と言う性別になってしまった以上、こう言わざるを得ないのだ。バカだな男も、俺も。




④         ☆☆☆


 翌朝。俺は目を覚ますと、まず妹が布団に潜っていることに気がついた。

「まったく、また勝手に布団に入りやがって……」

 俺は布団の中で眠っている妹の頭を撫でる。

 まったく可愛い妹だ。いつもはツンツンしていて、俺のことを避けたり、地味な嫌がらせをしたりしてくるが、朝はよく俺のベッドにいつの間にかいることが多い。

瞳は人並み外れてとても大きくて、顔も人知を超えた小ささ、体も人を逸脱した小柄、スタイルもスラッとしている。そして、頬には長い髭。全身を触るとふわふわとした毛が生えていて、気持ちがいい。

「うん、猫なんだよね。妹とか言ってるけど……」

 まぁ、可愛いんだけどさ。

俺はベッドに潜っている愛猫を起こさないようにそっと起きると、リビングに向かった。

「…………」

 静かなリビングには俺以外誰もいない。あ、一応言うけど。ラノベお決まりの両親が海外出張とか世界一周旅行中というわけではなく、単に両親が朝早くに出勤しているからだ。それに帰りも結構遅いので、実質的に俺と妹(愛猫)しかいない。

 だいたいこの少子高齢化の時代にも関わらず、ラノベ主人公の7、8割が妹やら姉がいるのは間違っている。しかもリアルじゃありえないような可愛い過ぎる姉妹たち。

 そんなもん感情移入出来ないだろ?

 最近は売れるからって、一人っ子だった主人公が3,4巻辺りにになると実は妹がいた!? とか、幼馴染が妹代わりになるとか! すぐに妹が登場する。

 おっかしいだろ? そんなこと、17年生きたけど一度もねえよ!

 もはや妹がいるのはこの時代に合っていない。邪道だ! 妹ものなんて大嫌いだ!

 俺は本棚に目を通す。

『ソー☓アー☓オ☓☓☓ン』3巻、4巻。『魔☓☓高校の劣☓生』。『俺☓妹が☓☓☓に可愛い☓☓がない』。『エ☓マ☓ガ☓生』。


「妹欲しい……」

切実に。

 俺は愛猫兼妹のりんごを起こさないように着替え、朝食を食べ、洗面所で色々身だしなみ(今日はいつもつけないワックスをつけ)。そっと家を出た。

 誰にも聞かれることのない「いってきます」を言い、心で強く強く願った。



“帰ってきたら、りんごが擬人化してめっちゃ可愛い1個下か2個下くらいの可愛い妹になってるように”っと。


強く。




⑤         ☆☆☆


そして展開速く放課後。今日は俺以外の部員が7時間授業という苦行中のため、俺だけが少し早く部活に行くことになる日だ。 

昔はこの日が少し寂しいと思う可愛い俺だったが、今は一番気軽な日へといつの間にか変わっていた。今となればいい思い出だ。いい思い出なのか?

そんなことはともかく、俺は職員室の前で立っていた。傍から見れば、なんか怒られている生徒のようだがまったく悪いことはしていない。そもそも俺は校則をあまり破ったことはない。放課後の寄り道が禁止でも俺は友達にそもそも遊びに誘われないから安心だし……あれ、涙が。

「あの~」

「うえあぁバッハ!」

 俺が失礼なほどに驚き、変な声が出てしまった。ドイツの音楽家さんもびっくりだ。

「えっと、演劇部の副部長さんの白崎 実(しらさき みのる)くんだよね?」

 そのわずかな言葉だけで俺は驚いた。目の前に立つ彼女の澄んだ声とはっきりとした発音、丁寧さ。まるでアニメのキャラクターと話しているような感覚だ。

 そして今更ながらの主人公の名前発表。遅すぎだろ。

「は、はい。合っています。俺です」

 童貞のせいか俺は同期に思わず敬語を使ってしまう。そう、彼女こそが転校生の

「よかった! 私は北倉 澪香(きたくら みおか)。よろしくねっ!」

風鈴のような癒される声音が耳に流れると、彼女は顔を俺へと向けた。そして、天使のような笑顔で右手を差し出す。

えっと、これはお金を出せと言う意味じゃなくて、俺に握手を求めてるってことだよね。

「よ、よろしく」

 俺がびくびくとしながら右手を差し出すと、ぎゅっと握られた。

え? 何この人、コミュ力高すぎなんじゃない? てか、これでいや握手じゃなくて札出せって意味だよとか言われたら死んでたわ。

「そ、それじゃあ、部室まで案内するよ」

「うん! ありがとう」

 はい、北倉さんの笑顔頂きました! 可愛いです! あのモブの笑顔100円、あのモブの笑顔100円。この笑顔……120万円!! はい、すいません。

 俺は部室(仮)まで北倉さんを案内して、部屋に入った。

 普通に言うと、部員になりつつある転校生と部室で二人だけ。ちょっとやましく言うと、転校したばかりの初々しい美少女新入部員と個室で二人っきり。なんかエロく感じない?

「あと少し待てば、みんな来るから……」

 そして、部室に静寂が訪れたかと思われたが、さすがコミュ力レベル99(上限99)の北倉さんは質問をしてきてくれた。

「部活は週何日でやってるの?」

 よし落ち着け俺。大丈夫。この質問は難しくないぞ。ひーひーふーだ。

「次やる劇があと2ヶ月ちょっとだからほぼ毎日あるけど、行けない日は前もって言えば休めるよ」

 よし噛まずに言えた。よくやった俺、戻れ。な、なぜ戻れない!? 俺をボールに戻せぇ!

「そうなんだ! ちなみに部員はどんな人たちなの?」

「そ、それは……」

 応用問題来ちゃいましたね。それは俺に聞いてはいけないデスクエッションだ。だが、知らないのだから仕方ない。可愛い北倉さんのためだ。

「……みんないい奴だよ。馴染みやすくて面白いし、それに個性豊かだしね。北倉さんなら、すぐ仲良くなれるよ」

 北倉さんのコミュ力なら、余裕のよっちゃんだよ。古いかこの表現。

「それは楽しみだね」

 ニッと悪戯っぽい笑顔で北倉さんは俺を見つめた。そのまぶしい視線を受け止められず、俺は目を時計へと移した。

 危ない危ない。危うく恋するところだった。いやだって、この子女優さん並みに綺麗なんだもん。そんな子に近距離でニコってされたらズキュンでしょ。

「そういえば、実君の誕生日はいつ?」

 北倉さんは椅子に腰かける俺の元へスキップするように近づくと、隣に座った。

「い、い、いきなりだね」

「私、みんなの誕生日とかを祝いたいなって思っててね、だ・か・ら・教えてよ~」

 近い近いって、ぐいぐいとかしないでくれ。俺の中の荒ぶる獣が抑えきれず、犯罪者と化してしまうから。あぁ、身体が疼く。主に下半身が。

「わ、わかったから、だから、少し離れよう」

 俺が慌てて言うと、北倉さんはくすくすと口を押えて笑った。さては童貞を弄んでいやがるな。意外と小悪魔なのかも。

ふと思ったけど、俺とこの人は今日初対面なんだぞ。にもかかわらず随分馴れ馴れしくはないか? なんてコミュ力だ。

「俺は6月6日生まれ」

「ほんとに!? 私も6月6日生まれ! すごい偶然だね!」

 なんたる運命。よし付き合おう。

「だ、だね」

 あははと笑いながら、俺はふと疑問に思ったことを口にした。

「そういえば、なんでうちの部活に入ろうと思ったの?」

 北倉さんは唐突な質問に少し驚いた様子だったが、またさきほどのエンジェルスマイルを浮かべる。そして、快く答えようとしてくれたその時だった。

「あ~! 転校生の方なんですよね? 演劇部に興味があるんですよね? うわ~綺麗!」

 女子部員が少ないこともあってか、それとも同じ転校生としてか、嬉しそうな華奈。

「そうだよ!」

 それに妹を見るかのように優しく答える北倉さん。二人とも可愛い。今ならこの二人の百合小説書けそうだ。よし、プロットは脳内に完成したぞ。文庫本10冊分。よし早速電○大賞に。

「いきなり質問しすぎだろ~が、迷惑だろーがっ!」

 すると次に入ってきた短髪の奴が華奈を注意した。部長の佐藤 仁だ。

 あとはモブだ。はい省略。

はい、俺またガン無視されてるー。ノー挨拶。ノールック。ノーチェック。

 すると、その状況を不自然に思ったのか北倉さんが俺と目を合わせた。そして、周りを見て何かを察したのか、俺から目を逸らす。

「私は全然大丈夫だよっ」

 あれこの人適応力早いタイプかな? まさかのもう俺の地位を見据えたのか?

「ほら~大丈夫って言ってますしぃ~、あ、私は1年の高橋華奈です! よろしくお願いします!」

「私は北倉澪香。よろしくね華奈ちゃん」

 昔は俺にも華奈はあんな態度だったんだよな~。可愛かったな~。って、違う違う。完全に北倉さんが俺を見ようとしなくなってる。順応早っ! 女って怖っ!

 そして北倉さんは部活中も一切、俺の方を見向きどころか、話しかけることもなかった。部活後に一度だけ目があったのだが、まるで部活開始前の時間がなかったかのように俺を空気と認識したようだった。た、誕生日、祝って、くれませんよねー。

なんでこうなるんだろうな俺って……つくづく主人公にはなれないと感じる俺であった。

 現実の青春はこんなものだ。ラノベみたいなきゃっきゃうふふな部活動なんてできない!

 これこそが現実(リアル)の青春(デスライフ)だ。ルビがすげえなおい。




⑥         ☆☆☆


それから10日ほど経った。部活が終わりの時間になり、俺がトイレから行って戻って来ると、驚くべき光景に俺は目を疑った。

 さっきまでいた部員たちが、みんないなくなっているんだ。別に俺は大ではなく小だったため、けっして長い時間いなかったわけではない。わずか数分だ。

 ま、まさか……全員クラスごと異世界に!? そ、それとも学校七不思議の一つの……はい。ほんとのこと言いますね。俺を置いてさっさとみんな帰っただけっす。いつものことっす。

「くそ……夕焼けの光が目に染みて目から滴が落ちそうだぜい、ぜい、ぜぃ(エコーのつもり)」

 俺がそう言うと、いきなり部室のドアが開いた。

「うぉっ!」

 かなり中二病臭い台詞を言ってただけにめっちゃビビった。てか、自分で自覚はあったよ。

 ちなみに部室の扉を開けたのは、

「あ、北倉さん。ど、どうしたの? 忘れ物?」

 俺が聞くと何だか辺りを見渡しながら北倉さんが答える。

「……そうだけど」

 お~、冷たい。あの運命は一体何だったんだよってくらい北倉さんの態度は素っ気ない。そして、もちろん会話はこれで終了。向こうもこれ以上話す気がないみたいだし仕方ない。

 北倉さんがバックの整理を終えると、俺はそういえばっと思い尋ねた。

「学校案内なんだけど、いつがいい?」

 仕事は仕事だからな。頼まれちゃったからにはやらなければいけない。ホントはユミシーの蹴りなどの暴力行為を受けたくないだけなんだけどな。くそ、あの未婚教師め……寒気がする。

「いや……いいよ。別にいらないよ」

 冷たい一言が俺を襲う。絶対零度ォ! 一撃必殺!!

「別に案内なら他の人に頼めるし。なんでわざわざ君なんかと学校を回らなきゃいけないの?」

 北倉さんはいったん間を置くと、続けて氷の女王のように言う。ありのままだ。

「それに……君と一緒にいるところを誰かに見られて噂されるのなんて絶望的に最悪だし」

 絶望的に最悪なんて滅多に聞かないぞ。そもそも使い方違うだろ。

 俺は目の前に立つ北倉さんが初めて会った時の北倉さんとは別の人物にしか見えなかった。まるで他の人物が乗り移っているようだ。

「ほんと会ったばっかで悪いんだけど……今みたいに話しかけるの、もうやめてくれない。正直……かなり迷惑」

「あ……」

 俺は何も言えずに固まり続けた。まだ会って10日の奴にそんなことを言われるとは思わなかった。思うわけないでしょ?

美少女に拒絶されることによって追加ダメージ。わかってたことを直接言われた特殊ダメージ。そして美少女からの拒絶の効果より毎ターン(今後思い出すたびに)10万ダメージ。

 俺メンタル弱っ。どんだけ引きずるんだよ。

「ということで、案内のことはもういいから、もし先生に何か言われるなら私から上手く言っとくし……これで私とあなたの関係は何もない」

きっぱりと言い切った北倉に俺はまたも何も言えずに黙っていた。

俺が何をしたというのだ。俺があんたに危害を加えたことなど一度もない。なのにあんたは俺に対してそういうことを言う。だけどわかっているよ。嫌われている奴と仲良くするということは自分も嫌われるリスクが高い。しかもその嫌われている奴が裏切ることもよくある話だ。

俺にも経験がある。小学校の時も中学の時も嫌われた奴に仲良くしてたら案の定クラスから嫌われ者扱い、しかもその嫌われていた奴でさえ俺をいじめた。たく、頭から給食の牛乳かぶったりさ、ごみ投げられたり、陰口本人の目の前でクラス全員が言ったり、俺の席からみんなすげー距離を開けてるとかさ、ひどすぎる話だろ、これ全部ほんとだぜ? ワイルドだろ? 

だから、こいつがこう言うのも何ら間違っていないのかもしれない。あいつが嫌っているから俺も、私も嫌う。それが子供だけには留まらず、大人になっても存在しているいじめの本性なんじゃないのか。

というわけで俺は言い返したりはもうしない。もう諦めたんだ。飽きれたんだ。買い被っていたんだ。…………青春を。

今の俺は空っぽなんだ。だから、ただただ黙って俯くことしかできなかった。

「じゃあ、私はこれで…………はぁ、最悪、視力下がったかも」

 だから何で俺見ると視力下がるんだよ!

 北倉はそのまま部室を後にし、もう自分しかいない部室の中でぐったりと壁に背を任せた。

「あ〜あ……疲れた…………これが青春なのかよ」


 最低最悪だ。




⑦         ☆☆☆


俺が色々と心に深い傷を与えられた後、部室(仮)の戸締り確認をしていると、

「あ、み、み、み、実先輩!?」

 そこにいたのは南條 莉子(なんじょう りこ)だった。束ねられていない真っ黒なさらっとした髪。前髪で少し隠れた小さな顔にはパッチリした大きな瞳に桜色の唇。全体的に可愛い整った顔。そう莉子は、可愛い系で守ってあげたくなるような中学3年生の女子なのだ。

 莉子は俺を見るなり、どこか落ち着きがなくおどおどしている。これがまた愛らしい。

「何か用事でもあったの?」

 俺は莉子に優しく訊く。すると、莉子は顔を赤くして、

「す、す、すいません! 間違えました~~!」

 そう言って走って行ってしまった。

一体何だったんだ? てか、間違いって何だよ。……俺と出会ってしまったことですかい?

 俺は自分の被害妄想で余計傷が深くなっていることを実感しながら、ふと色んなことを思い出した。

「色々……あったな。まぁ、今も続いてるっちゃ、続いてるけど……」

 莉子が部活に来なくなったのはいつからだろうな




⑧         ☆☆☆


 ここで昔話をしよう。ちょっとハードな内容だから心して聞いてくれ。

 俺らがこうなっているのは、もちろん前からではない。昔は別に仲は悪くはなかった。むしろ遊びにも行ってたくらいなんだから仲は良かったんだ。だけど、とある原因でその仲に亀裂が入ってしまった。

 そう、台本製作が一番の原因となったのだ。

 あれは文化祭が終わった1週間後の話。(色々と大人の事情でサクサク話を進めちゃうぞ!)

「校長先生たちが絶賛してくれたお陰で、なんと講堂で高2卒業公演が決定したよ」

 さらっとユミシーが言うと、部員みんなが盛り上がる。中でも佐藤は部員が自分のみの時からの夢であったため、人一倍喜んだ。

だが、ただ喜んでもいられない。その時が9月で公演日が3月中旬。つまり時間がほとんどないんだ。そのわずかな時間で俺らは台本や演技も詰めていかなければいけないし、講堂公演のため、生半可なものは公演できない。そのせいもあって、顧問とコーチは焦っていた。

「台本は俺っちと実だな。頑張ろうぜい!」

 佐藤の右拳に俺も右拳を軽くぶつけた。

「おうよ!」

 俺は前回同様にまずオリジナルの原作と脚本。佐藤は既存作品の二次創作物担当となったのだ。佐藤には描きやすいようにと二次の原作の一部や原案を俺が書いてあげた。

 そして10日が過ぎた頃。俺の原作は止まりに止まっていた。構想は浮かんだのだがどう終わりまで持ってくのかが上手くいかない。その一方、佐藤の台本はあり得ない速さで完成した。

だがしかし、

「なんだ、この台本は……」

 先生は衝撃を受け台本を思わず落とす。

その台本は俺を含めた他の部員も衝撃を受けるほどにすごかった。

「先輩……なんで村人である老人がどんどん敵を倒して、魔法とか放ってるんですか……」

「そ、それに、ナレーションの台詞が半端ない量だよね? もはや主役が老人とナレだよこれ」

 老人とナレーションは佐藤の役だ。だからなのかは知らないが老人が主役並、それ以上に目立った脚本だった。うん。あれはひどかった。

 みんなは口々に佐藤の台本を非難し、笑い。それに対し佐藤は苦笑いを浮かべていたが、たぶんいい思いではなかっただろう。

 そして、佐藤から流れで俺がこっちの台本も書くことになってしまった。非常に最悪な話だ。これこそ悪夢の始まりだったのかもしれない。

俺は部活中や部員の前ではいつも通りに振舞って笑っていたが、正直焦っていた。

オリジナルの筆が全く進まないという状況にも関わらず、もう一つ追加なんて耐えられない。

やばい。やばい。やばい。そう内心では何度も叫んでいた。

 そしてどんどん日が過ぎていく度に周りの苛立ちが増していく。

顧問はあんな性格だから「追い込まないで、いっそのこと休めば?」と言うが、コーチは自身も焦ってるせいか「実。早く書きなさい! 台本がなければ、みんなの練習もできないんだよ。実がみんなに迷惑かけてるんだよ?」と言われてしまう。他の部員は黙ってはいるが妙なプレッシャーもイライラも感じた。

 だからこそ、俺の気持ちはどんどん追いつめられていたんだ。そんな俺を見て佐藤は「俺らの仲なんだし何かあれば言えよ?」と言ってくれたが、佐藤は部長で忙しいから頼みずらい。

そして遂に俺は、体調を崩し熱を出した。もちろん休めるはずもなく俺は必死にパソコンと睨み合う。カタカタカタカタと打ち続ける。

 だが、俺には限界があった。

今思うと、もうこの辺りで俺の中の何かが崩れ始めていた気がする。

 そんなある日、部室できゃっきゃと楽しそうな談笑をして基礎練習をしている部員とは真逆の場所で1人パソコンをコツコツ打っていた時だった。

「あ、あの……み、実、せ、せ、先輩!」

 俺がマスクをしてもわかるほどに弱った顔で振り向くと、そこには南條莉子が顔を赤くして立っていた。

「…………そ、その、も、もし、良ければ……きゃ、脚本を、わた、わた、私に……書かせてくれませんか?」

 おどおどしながらも頑張って俺の目を真っ直ぐに見る。その真っ赤にした表情は真剣そのものだった。

「もちろん原作の方も手伝います!」

 俺はこの言葉にとても救われたような気持ちになった。ずっとこの言葉を心のどこかで待っていたようなくらいだ。誰かに言ってもらいたかった。助けてほしかった。

だから、俺はその言葉に強く頷いてしまったのだ。俺は弱かった。

 そして、莉子はもう一つの台本を書きながら、原作の執筆をしている俺をたくさんサポートをしてくれた。

 お陰で原作も書ききり、脚本も両方とも完成。無事に全てが終わったかと思われた。

 だが、


「ここのシーンはいらなくないですか~?」「時間的にもここもカットだよね」「このシーンにこれも加えようよ、その方が面白いって」「これは寒い」「時間が足りないからほとんどカットでここはこう書き換えようか」


 ほんと最悪な展開だった。

 最初に知らされた時間よりも公演時間が短くなったせいで、たくさんのカットを他の部員やコーチに要求されたのだ。それに対し、ユミシーは俺らに賛同して抗議をした。

「時間は仕方ないけど、シーンの書き換えをしたら元々の話と変わっちゃうだろ。そしたら、俺らが書いた意味が」

「たしかにそうだけど、みんなの一番納得する方が良い作品が出来るでしょ?」

「そうですよ先輩、大丈夫ですって」

 両者の意見は完全に対立し、部の空気も完全に悪くしていた。

そして、俺らはユミシー派とコーチ派にいつの間にか分かれることになっていたんだ。一応、部長として佐藤は中立の立場だったが、もう部はバラバラでギスギス。

 そしてまだ地獄は続く。時間の関係上、俺らの脚本を一つに絞ることになり、主に莉子が書いた方の二次創作の公演をやめたのだ。つまり、台本を書いた意味がなくなったんだ。

もちろん、書いた本人である莉子はかなり落ち込んでいたが「先輩のオリジナルの方が面白いですし、良かったです」と俺に笑顔で伝えた。

それでも尚、最悪なことが続いたのだ。本当に最悪な話だ。

台本が一本化となったにも関わらず、部員からの変更要求が絶えなかった。あの子がここが嫌でここがいい。あいつはここが嫌でここがいい。そいつはあれが嫌だ。これがいい、だの。


そして遂に、俺らの台本が勝手に書き換えられてしまった。


たぶん俺が変更に拒んでいたことで止まっていたのだが、向こうも耐えられず実力行使にでたということだろう。内容はほとんど変わっていて、俺と莉子が考えた話は4割あるかないか。

それを知った莉子が隠れて泣いている所を見た時は胸がとても痛んだ。悲しかった。

 そして俺は完全に壊れた。ぶっ壊れた。青春? なんだそのクソ単語は馬鹿か? どいつもこいつも舐めやがって、ふざけんじゃねえよ! 誰様がてめえらの台本をわざわざ時間を潰して書いてると思ってるんだ! 書きたいから書いたんじゃない。頼まれて書いたんだぞ? それにも関わらず、多種多様な文句をつけられ、感謝どころか責められるばかり。なんなんだこいつら? いっぺん脳みそ診てもらって、もう手遅れですねって言われて来いよッ!

 という感じのことを(もう少し綺麗な言葉遣いでね)部員が全員揃った時に言ってやった。もう全部ぶちまけたよ。全員を叱りつけてやったさ俺。

 そんで気づいた時には先生とか部員とか泣かしてしまっていた。もう部員は誰一人反論出来ていなかったけど、完全に目は反抗的だったよ。殺気さえ感じたね。

とまぁこんな感じで、この日を境に仲が良かった部員とも佐藤とも関係が悪化した。

 そして部員は俺以外が一致団結してまとまり、俺を除外体制。つまり現在に至るわけだ。

 はぁ、長くなってすまない。これが俺らの長―いあらすじだ。




⑨         ☆☆☆


 そして、次の日の部活。今日も莉子を除いて全員揃った。

ほんと暇人かよこいつらと思ったが、俺もここにいるんだから俺もかと、ちょっと落胆した。

俺が部室に入ってもいつものように部員たちは無視。そして、部員たちは楽しげに会話を弾ませていた。俺はいつもの端の席に座り、愛読書をバッグから取り出し、こそこそとまた始まりかけている陰口に、聞こえない聞こえないと念仏し、いざ読もうとすると

「よぉ〜し! 部活始めっかあ!」

 と部長が言い出し、みんな机を下げ始めた。

 こいつ、わざとなのか? 俺が読書を始めようとした瞬間に部活を始めやがって……また『俺はー』しか読めてねえよ。

 そして俺らは各自ストレッチや、女子部員の嫌がる(俺への嫌悪度には及ばない)ランニング、基礎練習を終わらせ、ついに台本を通す時間になった。台本を通すなんて結構久しぶりだ。色々あったが、結局はユミシーのお蔭で書き換えられる前の段階の台本をベースとし書き直した。そして、ある程度みんなの意見を入れて完成させたのだ。

 まず俺らは台本を流し読みする。この時間は全員ほぼ黙読で台本を読む時間だ。書いた俺も一応、台本を通し読みしていると、ついついにやけてしまう。

 我ながら中々のギャグセンスだな。それに結構いい感じだな~さすが俺。今度、ライトノベル新人賞に応募しようかな。そんな浮かれた考えをしながら俺は一足先に読み終えた。

 俺から離れた席に座るみんなの表情は様々で、顔を曇らせる者がいたり、苦笑染みた者も、俺のように満足している者もいたり、くすっと笑う者もいた。北倉はというと、何とも言えない表情で台本を捲り続ける。

 一体どんな気持ちで北倉は読んでいるのだろうか俺は少し気になったが、これでじろじろ見たりなんかしたら嫌悪の眼差しと女子のリアルな拒絶を受け、俺不登校か明日が命日になる可能性が高いので考えるのをやめた。まぁ、とにかく考えはみんなバラバラのようだ。

 全員が台本に目を通した所で、台本の読み合わせが始まる。これは動きを除いて、言葉だけで演技することだ。自分が思った言い方、感情で演技をして、それに対し俺や顧問、コーチなどが指示する。本来ならここには莉子もいなくてはいけないが仕方ないよな。

ちなみにコーチは今日も仕事で部活には来れないらしい。てか、来なさすぎるだろ。

「よし、じゃあ始めっか!」

 部長の合図で始まった。さすがに台本の読み合わせは近ずかなければいけないため、俺はみんなが座る付近に座る。すると丁寧にみんな俺から2席ずれた所に座った。

 おーよくわかったよ。お前らが最低でも俺から2席分は離れてないとダメってことがよくわかったよ。ほんとやめたいこの部活!

「ある日の放課後。竜矢という高校生が教室で友人を待っていた」

 ナレーション役の高1女子が持ち前の落ち着いた声でそう言い、佐藤が次に台詞を言った。

「あぁ〜おっせえな〜。あいつら何やってんだよぉ〜よぉ~」

 今回の劇では主役の佐藤は張り切っている様子だ。近くにいる俺としてはもうちょっと声を抑えてやってもらいたい。

 まじでうるせえ。うぜえ。それとその無駄なアドリブもうぜぇ。

 そして、今作のヒロイン役の華奈が台詞を口にした。

「あー。ごめーん。なさい」

 ん?

「ちょっとー。足がー。つまずいちゃってー」

 …………明らかにこれは。

 周りの部員が不思議がる。だが、俺はほぼ華奈の気持ちは察していた。

「だ、大丈夫!? 大丈夫ゥ!? ARE YOU OK?」

 佐藤が大袈裟な演技を続ける。まぁ、この役自体が大袈裟なリアクションする役と言うこともあるが、佐藤は佐藤なりに空気を和ますためにオーバーにやっているのだろう。

「あー、……だーいじょーぶ、だよー」

 佐藤のオーバー演技にクスクスと笑う部員もいて、一応効果はあったようだ。だが、俺と華奈には効果はない。ゴーストタイプにたいあたりのようなものだ。

 その後の演技も華奈は明らかに棒読みで読んでいった。感情の欠片すら感じない。

 一応言うが、うちのメインヒロイン役を張ってるだけあって、演技はけっして悪いわけではない。だから、本人がワザとであることは明白だ。

 途中台本で口元を隠し、隣にいる部員たちにひそひそと笑いながら会話もしたりと演技に集中する気さえもない。しかもその会話の内容は、 

「正直、このシーンは冷めますよね~、てか冷めすぎてむしろ笑える~」

「青春しすぎてるというか、ちょっとクサいよね」

「ほんとそれ! てか、みんなの意見入れるって言ってたけど、ほとんど変わってないとかムカつくんですけどー」

 俺はお前のその態度にムカつくんですけどー殺意も湧くんですけどー。

 そのまま華奈たちは台本通し中にクスクスと笑いながら、台本と俺のことをディスりにディスりまくった。

例え席2つ離れても俺が聞こえることくらい考えろよ。マジで!

 だが俺は何も言い返すことはしなかった。ここで俺が何か言っても無駄だ。こいつらには台本の作り手の気持ちなんて微塵もわからない。だから、我慢だ。我慢するんだ俺。

「書き換えた台本の方がよかったし……なんか変なシーンばっかだし……」

 俺は右手を血が流れそうなほど力強く握り、耐える。だが、そんな俺の気持ちも知らない華奈は欠伸をしながら続けて言った。

「はぁ~あ、はっきりいってつまんないんですけど~駄作じゃん」

 もう我慢の限界だ。

なぜこいつらはこういうことを言われてる奴の気持ちがわからないんだ。わかってる奴だっている。だけど、なぜ止めないんだ。ただ見て見ぬフリしかできないんだ。どうせあれか? 自分が俺みたいな立場になるのが怖いとかか? 何だよそれ……。

 ふと小中学校の時の記憶がフラッシュバックする。

「…………」

 俺は黙って立ち上がり、その場にいた全員を殺意のこもった眼で睨む。

だが、俺はそれ以上何も言わず、黙って部室を出た。ここでバッグを忘れて戻ってきたら恥ずかしいのでしっかりバッグを背負ってね。ここ重要。

「なんなのあの偉そうな態度……」

「かっこつけてる感あるよね~」

「仕方ないよ、人それぞれだし……それにしてもちょっとな」

「……マジでうざい」

 そんな声を背中から浴びながら俺はそっとドアを閉めた。シャラップ! モブ共!

 すると、俺が階段を降りようとした時、声をかけられた。

「実!」

 俺の後を追ってきたのは可愛い女の子でもなく、可愛いロリでもなく、老け顔の佐藤だった。

「なんだよ? 今日は悪いが俺はパスだ」

 さすがに察しろよ? と思いながら俺は睨む。物には八つ当たりしないけど者には八つ当たりするのが代々受け継がれし白崎家の伝統だ。嘘です、ごめんなさい、おじいちゃん。

「その……台本。華奈はあんまいい思いしてないみたいだが、俺は良いと思ったぞ…………だけど、もう少しちゃんと話し合えば、みんなが納得する作品になったんじゃないか?」

 俺は佐藤の言葉が終わると、そのまま背を向けて答えた。

「……みんなが納得するような作品なんてそうそう出るもんじゃないだろ。ましてや素人の俺じゃもっと出ねえ…………そんな簡単なもんじゃねぇんだよ」

 俺はそれだけ言い残し、そのまま一人で帰った。




⑩         ☆☆☆


「いや~普段の行いがいいと何が起こるかわかんねーよな~」

 俺は人に聞こえない声音で上機嫌に独り言を呟いた。

 あのグロい台本通し(台本がグロいんじゃんくて、部活と部員ね)から早1週間とちょっとが経った。そして俺は今、秋葉原にいる。何故いるかって? 稲妻ゴロゴロ文庫のビッグイベントの稲妻CLUBパスに当選したからだ! ワーイ! ドンドンパフパフ! 

これはマジな話だ。おかげ様でほとんど並ばず、一番前の席でステージ鑑賞できるわ、ほとんどのステージも見ることができるのだ! 声優さんとトーク上手な編集長が間近で見れる!!

 テンション上がるぜ!! てか、 俺運良すぎだろ! アイム ア パーフェクトヒューマン! もう俺、自分で何言ってるかわかんねえけど、テンションあがるぅううううう。

「危ないですので走らないでください」

 思わずテンション上がって走ってしまった。ごめんなさい。

「それはともかく、次俺が見えるステージまでは時間あるし……」

俺はグッズを見るためにもう一つの会場へ向かった。さすが稲妻ゴロゴロ文庫。あんなでかいビルを2棟も使っているなんてすげえー。なんて太っ腹なんだ!

 もう一つの会場も近いため数分で着き、お目当てのグッズコーナーへ向かうべく俺は軽い足取りで2階へと向かった。

「危ないですので走らないでください」

 また怒られた。ごめんなさい。アイムソーリヒゲソーリー。古いか。

 2階に上がると何やら大音量のBGMとMCの声が聞こえた。たしかこっちの会場にもステージをやっていたな。だが、今やってるステージは俺のパスでも見れないものだ。

 ちょうど俺がいる場所は販売コーナー付近であり、ステージの立ち見席付近でもあるため、人がワサワサいた。多いな、おい。

「何の……イベント……だ?」

 俺が日本男児の平均身長より低いせいで背伸びをするもあまりの観客の多さに何も見えない。急に身長という悔しい壁が現れたせいか俺の対抗心に無駄に火が灯り、ジャンプという恥ずかしい所業をしてしまった。

 まぁ、やって後悔はしたが、何のイベントかはわかった。ちょ、後ろのスタッフのお姉さん笑わないでね! 結構傷つくから。

 と、とにかくこのステージはもうすぐアニメ化する作品のステージのようだった。まぁ、ジャンプしないと見えないし、笑われるし、それで注意なんかされたら堪ったものではないし。

んじゃ、お目当てのグッズを見に行こうかなっと思った時だった。

「あ……」

 俺は思わず声を出してしまった。なぜかって?

「せ、先輩?」

 最近、演劇部に来ていない後輩部員。

「莉子?」

 がいたからだ。

 そして、俺らはたどたどしくも軽い会話を交わしていた。

「ま、まさか……せ、せ、先輩が……来てると思いませんでした?」

「なぜそこ疑問形なんだよ。ネトゲ嫁か」

「す、すいません……間違えました」

 どんな間違いだよ。と思ったが可哀想なので言わなかった。ついでにその間違いも可愛いから全然許すよ。

 莉子の今の恰好は、落ち着いた色の長袖と明るめだがこれまた落ち着いている茶色のギャザースカート。それに学校ではしないお化粧もしているせいか、いつもより魅力的だ。

「俺はステージ当たったし、気分転換がてらで来たんだよ」

 俺が笑いかけるとどこか気まずそうな表情を莉子は浮かべていた。たぶん莉子も気分転換で来てるのだろう。なのに俺が時間を奪っては可哀想だよな。

 そう思って、俺は「じゃあ」と言いその場を立ち去ろうとしかけると、

「せ、先輩っ!」

 俺の踏み出そうとした足は莉子のか弱い声によって止まった。

「た、立ち話も……あれ、ですし……あそこで、すわ、すわ、座りませんか?」

 相変わらず詰まりながら話す子だ。その頑張ってる所も彼女のいい所である。

 俺は莉子に連れられ、すぐ近くの階段状になっている場所を椅子代わりに座った。

「……………………」

 沈黙が苦しい。リフレッシュしに来た二人がどうしてこうも胃をきゅるきゅるさせなければならないんだ。あそこは知らない人のフリをするべきだったか……選択ミスったかな。

 そう思って、俺は滅多に使わない脳をフル回転させた。

「そ、そういえばレールガンのクジ引いた?」

 もう一つの会場でやっているハズレなしくじのことだ。俺が聞くと少し頬を緩ませ頷いた。

「はい……わ、私……なんか……A賞当たっちゃいました」

 にこっとする莉子。きゃわいい。って、おい待てそれって!

「あのレールガンのビッグマイクロファイバータオルじゃないだろうな!?」

「よ、よく噛まずに言えましたね。しょ、しょれです」

 俺は思わず莉子に迫ってしまった。

「まじか~! 俺5回引いたんだけどやっぱそれじゃあ足りないよな~」

 俺がそう言うと、何だか申し訳なさそうな表情を浮かべる。そして、上目遣いで俺に言った。

「あ、あの~……わ、私1回しか引いてないです」

「まっじかっ! 俺なんか5回引いて全ぶバッジだけだったよ!? どういうことだよ!?」

 俺があまりの悔しさと悲しさ、自分の運のなさを痛感させられていると、莉子がくすくすと笑う。今日初めて、いやここ最近久々に見た莉子の笑顔に俺は驚いた。

「ご、ごめんなさい。つ、つい、くふふ」

 莉子は笑いを堪えるように口元を抑えるが止まらないようだ。いったいどこにツボったのかはわからないが、笑っている莉子を見ていると俺まで頬が緩んできた。

「ふふふ、はは、ふふ、あはははは」

「莉子さ~ん、さすがに笑いすぎじゃないですか~?」

「ごめんなさい、いひひひひひひ」

 笑い方がどんどんひどくなってるぞ莉子さんよ。

 そして漸く莉子の笑いが収まると、どんどん表情を暗くさせて俯いてしまった。「どしたんだ?」と俺が言おうとすると、莉子がぽつりと、

「部活……行けてなくて……その………………ご、ごめんなさい」

 その声は弱々しくて、今にも崩れて消えそうだった。でもしっかり謝っていた。

「莉子……」

 莉子はけっして悪くない。むしろ頑張っていたんだ。俺に協力してくれたり、みんながバラバラになった時も頑張って繋ぎ止めようとしてくれたんだ。逆に謝るのは俺の方なのに莉子は俺に謝った。そんぐらい莉子は優しい子なんだろう。まだ中3なのにすげえよ。

 莉子は少し間を置き、小さく口を広げて言った。

「行かなくちゃいけない。逃げちゃダメ……それは、わかってたんです……」

 莉子は俯かせていた顔を上げる。莉子の目は零れそうなほどの滴が溜まっていて、あの時の莉子の泣いていた姿が重なった。

「でも怖いんです。はっきりと何が怖いのかは、自分でもわからない、ですけど……怖いんです。だから……その……ごめんなさいっ!」

 莉子は震える体を抑えながら、今度は謝罪するように頭をぐっと下げた。

 俺はこれ以上黙っていられず、そっと莉子の頭に手を添える。

「別に莉子が謝ることじゃないよ。俺なんか副部長のクセしてよく休んでたし」

 俺は莉子を安心させるよう演劇部によって鍛えに鍛え上げられた笑顔を向ける。

「自分が行きたい時に気軽に行きなよ。みんな莉子のこと待ってるからさ……逆に俺なんか早く出てって欲しいっていつも思われてるしな。もはや俺はバイキンだぜ!」

 俺が自虐ネタで笑わせようとしたが、莉子の表情はさっきよりも固くなっていた。

 あれ? ちょっと自虐ネタダメだった感じか? ミノキンマンとか言った方がよかった感じか? それも違うか。それ言ったらバイバイきんされちゃってたね。

「…………」

 そして、また沈黙が訪れる。だが、その沈黙は俺がすぐに破った。コミュ力レベルアップだ!

「ごめん嘘ついた……いつでもいいとか、俺言ってるけどさ。正直言うとな。その……俺は莉子には、部活にすぐにでも来て欲しいよ。せっかく莉子も頑張って作品を作り上げたのに、ここで抜けちゃ、今まで頑張ったのがもったいないと、俺は思うんだよ。それにな…………俺は莉子に前みたいに笑ってほし、うぉおお! 俺今すげえ恥ずかしいこと言いかけたな、きも俺!」

 俺が頭を抱え、叫ぶ。あ、スタッフの方に睨まれた。ごめんなさい。

「きもくなんかないですよ!」

「え?」

 いきなり大声を出した莉子に俺はきょとんとすと、莉子は笑顔で続けて言った。

「わ、私は、その……う、う、う、嬉しかったです! 先輩の、今の、言葉」

「しょ、しょうか?」

 莉子の満面な笑顔に何だか急に顔が熱くなり噛んでしまった。すると莉子は口を押えて、

「ふふ、何だか先輩、お兄ちゃんみたいですね…………実先輩がお兄ちゃんだったら良かったのにな~」

 何その魔法の言葉。あともう五十回くらい言って。

「いや、その、えっと、へ、変な意味とかは全然全く絶対的本当に完全に絶望的にありませんからっ! 私一人っ子だから何となくつい!」

「お、おう……ぉう」

 そ、そこまで否定します!? 絶望的にって何だよ。北倉といい、そういうの流行ってるの?さっきの感動の雰囲気は一体何だったの!? 私の涙返してっ!

 とまぁ、その後は俺のステージの時間が迫っているので別れることになった。

 さすが礼儀正しく優しい莉子は少し離れた所でも振り返り深い礼をしてくれた。それに俺は笑顔で手を振り返すと、照れながらも莉子も手を振ってくれた。

 莉子はかなり悩んで苦しんでいる。それに対して俺は前から気づいていた。でも、俺ではそれにしっかりした、もっと気が利いた言葉が出ない。いや言えたとしても俺は見て見ぬフリをしているのかもしれない。どうするべきなのか、俺はわからない。何が正しいのかも。

「はぁ……ダメ過ぎるだろ、俺」

 俺が深いため息を吐くと、急に激しいBGMが鳴り響いた。ステージの方からだ。

 観客が「おぉー!」と盛り上がっている。さっきよりも盛り上がるステージに気になったが、俺も時間がやばいし、どうせジャンプしなきゃ見えないのでそのステージを後にした。

『本日のスペシャルゲスト! 今作品のヒロイン役を務める超期待大型新人ーー』

 そんなMCの紹介で観客がまた「おぉおおおおお」と盛り上がっている。そんな声を背に感じながら、俺は考えたくもない明日の、いや、これからの部活のことを考えていた。

「……このままじゃ。ダメ、だよな。変えなきゃいけない、か・・・・・・」

 それは、莉子のためでもあり、演劇部のためでもあり、俺自身のためでもあるんだ。




⑪         ☆☆☆


 そしてあの楽しい日から3日が経った放課後。俺は部活がないのにも関わらず、部室に足を運んでいた。普段の俺なら決してしないことだ。だけど、なぜか俺の脚は止まらなかった。

どんどん足が早まる。何か本能が反応するというか、血が騒ぐというか。とにかく何かに引きつけられていたんだ。

 そして俺は部室(仮)に着いた。「なにやってんだか……」そう思っていながら教室を見ると、

「……な、なんで北倉と佐藤が部室に、いるんだ?」

 俺は本能的に身を隠し、耳を立てる。その素早さに前世は忍者かゴキブリかと自負しかけた。

「いきなり呼んでごめんね…………その、白崎君のことで、ね」

 言葉だけ聞くと好きな人の友達に好きって伝えてくれない? みたいな感じがあるが、北倉はそういった恋する乙女とは真逆の悪魔のような嫌らしい笑みを浮かべていた。

「おぉ~なるほど北倉さんもか、奇遇だな……俺もあいつがうざいって思ってるからさ、いいよ全然話すよ~」

 北倉の誘いに佐藤も不敵な笑みで返答する。

おいおい。あいつあんなキャラじゃねえだろ。てか、おいマジなのか佐藤!?

「北倉さんももう知ってると思うけどみんなもあいつ嫌いだから大丈夫だよ。俺なんかあいつが部でハブられてるの見てていつも笑い堪えるのに必死だったしな」

 俺の見たことのない表情で佐藤はけらけらと笑う。そんな姿に唖然としていた。たぶん嫌っているだろうなと思ってはいたが、まさかそこまでとは……。

知らぬ間に俺の体は震えていた。過去にも何度もこんな状況を体験したからもう慣れていると思っていた。だけど、違った。今までの状況が重なって、より恐怖を与えている。

「ふふふ、そうだったんだね佐藤君。ふふ、面白いね佐藤君」

 北倉が笑顔でそう言うと、佐藤は照れたように頭を掻いた。

「そ、そうか?」

「うん。佐藤君は面白いほど馬鹿だったからさ。成績優秀って聞いてたけどほんとに~?」

 その言葉を聞いた佐藤はもちろん、隠れている俺でさえ北倉の言葉を掴めなかった。

「残念ね佐藤君。私は別に実君の悪口を言いに来たんじゃないの。君と部活のことについて話しに来たの……答え合わせをしたくてね」

 北倉は驚く佐藤を無視して、続けて言う。

「今の部活は一見まとまってるように見えるけど、あの状況は実君が悪役を引き受けての今のバランスが保たれているよね。本来その役は君が取るべき行動なんだと思うけど」

「はぁ? 何言ってんだお前」

「やっぱりね……君はそうやって、自分が傷つかないように誰かに任せる。そうやって実君を君は盾にして、無傷のまま逃げてる」

「いや、マジで意味わかんねえんだが。たかが最近転校してきたばっかの奴が何知ったように言ってんだぁ?」

 佐藤は声を荒げた。だが、北倉は無視して一気に語り始める。

「知ってるよ私。じゃあ、わかった。私が推測混じりだけど全部言って確かめようか?」

 すぅ~っと北倉は息を吸い込んだ。

「君は、自分が書いた台本をみんなに批評された時に始めて劣等感を抱いた。自分の方が成績も優秀で演技も上手い。なのに実君の演技が上達してから、今度は実君が主演。しかも台本も書ける。君にとってはたまったものじゃないよね?」

「君は実君に嫉妬していたんだよ。反論は言わせないよ? だって嫉妬したから、あんなことしたんでしょ? 傷つきたくない君の小さな逆襲」

 続けて浴びせられる言葉に佐藤はより暗い表情に変わる。俺としては何が何やらさっぱりだ。シャ○の逆襲? 帝国の逆襲?

「部活が分裂した時、最初は部長として中立の立場だった君はコーチ側に着いた。そして、台本を書き換えることを止めるどころか後押しをしたんでしょ? データ自体も自分が持ってたんだしね。コーチと部長が揃えばそれはもちろん不満がたまっていた華奈ちゃんなら書き換えるよね。ほんとに小さなことだったのにそれが結果的に実君を傷つけた……そうでしょ?」

嘘、だよな? 嘘だって言ってくれよ。お前あの時、俺を応援してるって言ってたよな。

 するとずっと黙っていた佐藤はケッと頬を引きつらせ、笑った。


「あぁ、あいつがあんなに落ち込んでいる顔を見た時は何かが満たされてさ~スッキリした気分だったな。ざまぁみろって感じだよ」


「ざまぁみろ? あなたの台本を批判したのは実君以外のみんななのに?」


「当たり前だ! 俺があいつに台本で劣ってると言われた時は腹が立ったぜ? だけどな、それ以上にあいつが部長みたいにまとめてる所が気に食わなかった。それにあいつ俺になんて言ったか知ってるか? 『部長はお前なんだからお前がみんなをまとめるのが普通じゃないのか? 部長の仕事をしろ。しっかりしろよ佐藤』ってさ。何様だってんだよテメェはよッ。なんでお前なんかに言われなくちゃいけないんだッてな、俺は思ってたんだよぉ」


 佐藤は続けて、俺が聞きなれない乱暴さと強い口調で続けた。


「それに台本の遅さにはぶん殴ってやろうってくらいに腹がたったぜ。あいつできてねえクセしてへらへらしやがってよお。そん時ぶっ殺そうかとも思ったぜ。そんで、莉子も手伝ったみたいだけどよ、無能が一人増えた所で何も変わんねーよってずっと笑ってたわ。だからよ~今の実と莉子は誰が見たって自業自得だって思わないか? 悲劇のヒロインぶってるけどさ~」


 佐藤はけらけらと笑う。その姿に圧倒されたのか北倉は黙っている。


「それに莉子が部活来てない理由だって知ってるぜ? 台本を書き換えられてショック受けてんだろ? あいつもあいつだよな~出来ねえことをでしゃばってやってさ~、あんなキメぇ奴に惚れてんだか知んねえけど、あいつも自業じ」


「佐藤ッ!」


 気が付いたら俺は大声で教室に入っていたようだ。はぁ、ついに我慢の限界でしたか俺。

「実!?」「み、実君!?」

 突然の俺の登場に佐藤と北倉が目を見開いている。

「……それ以上言ってみろよ。テメぇの顔面ぶん殴るぞォ!」

俺は勢い任せに乱暴でめちゃくちゃな言葉を吐き出した。もうどうにでもなれだ。


「佐藤……正直、自分でも独りよがりでまとめようとして、調子に乗ってたかもな。それにへらへらして見えたかもしれない……だけどな! 莉子のことを何も知らないお前が莉子を馬鹿にする権利なんてねえんだよッ! 莉子はな、崖っぷちの俺を見ていられずに助けたんだ。お前らみたいにただ文句だけ言って傍観してるだけの子じゃねえんだよ! 莉子は優しい奴だから部がバラバラになるのも耐えられなかったんだ。莉子が部室に来れないでいる気持ちをお前はわかってんのか? どんだけ辛い思いして、ずっと胸を痛めて、でも誰にも言えなくて。台本を一つ辞めにした時、お前らは莉子に謝ったのか? 謝らなかったよな! それどころか、感謝の言葉すらなかった。あんなに頑張って作ってたのにな。そんで次は台本書き換えられた? ふざけんなって話だ! 莉子はまだ中3だぞ? なのに莉子はそん時、ずっと笑顔で耐えてたんだ。でもなぁ、それでもなぁ、やっぱ辛くて、隠れて泣いてたんだぞ!?」


「…………これを聞いてもお前はまだその馬鹿げたことを言い続けるならな……」


「お前は部長失格だッ!」


俺が半泣きの状態で叫ぶと、佐藤は目を見開いて、何も言えずただただずっと黙っていた。


「……………」

 そして、顔を俯かせたまま佐藤はそのまま部室を立ち去った。

 あれ? そういや俺が入った時ドアを開けっぱなしにしてたけど、佐藤が出るときには閉められてた? って、んなことはどうでもいいわッ!!

「またやってしまったぁぁあああ! せっかく冷静でクール系キャラだったのに!!」

「どういうこと? それと冷静でクール系には見えなかったと思うけど……」

「俺が部員全員に説教臭いことした時もこんな感じでやらかしたんだ…………はぁ~、きもいよな俺、こんな暑苦しくてさ……うえ~」

 俺がゾンビのように項垂れながらそう言うと、北倉は俺の言葉を遮り予想外な言葉を放った。

「そうかな? 私はすっごく良いと思ったよ、いつもみたいに無駄にかっこつけてる時よりはね? あれはさすがに素で引くもん」

「嫌味を言ってるんですか? あと俺も素で傷つくでしょうが……」

「うふふ、本気で言ってるよ……でも嬉しい」

「う、嬉しい?」

 俺は北倉の言葉の意味がまったくわからなくて、首を傾げる。

「だって……あの時の実君にもう一度会えたからね」

「はい?」

 俺が訳が分からず固まっていると、北倉が流暢に噛むことなく、語り始めた

「なにもわかっていない実君のためにタネ明しをしてあげるよ~。えーっと、いきなりだけど私はね、期待の新人声優なんだ」

「お、おう。いきなり自慢ですかい」

 外面上ではへ~って感じだけど、内心めっちゃ驚いてます。マジか! サイン貰おうかな。

「でも声優になったのは去年の9月なの。それまではずっと売れない子役。正直、当時の私は絶望しきってたの……小さいころからあんなに頑張って演技の練習とかいっぱいしていたのに、まったく結果が結びつかない……」

 たしかにそういった業界はどこも厳しいと聞く。役者も声優も、華やかだがその分難しい。

「そんな時に声優のお仕事が入ってね。久々のお仕事が嬉しかった……だけど、声のお仕事なんて初めてだし、失敗ばっかでね。お芝居する道は閉ざされかけていて、それ以外の才能なんてもっとない。全てダメなら私はどの道へ進めばいいの~ってね」

「リアル悲劇のヒロインだな」

「ふふ、そうかもね。そんな時に、知り会いがこの学校に通ってて、文化祭があるから見に行ったの。そしたらたまたま演劇部があるみたいだから覗きに行ったのね」

マジか! じゃ、じゃあ劇中に北倉がいたってことかよ! プロに見られてたとか恥ずっ!

「もーやだよ、私なんかプロって言えないからやめてよね」

「ちょっと待て。今、俺口に出して無かったぞ?」

「それで、ちょっと早く行きすぎたせいでまだやってなかったの、でも何だか騒がしくてね。ちょっと覗いちゃったのっ」

 北倉さんは悪戯っぽい笑みで舌をちろりと出した。やだ、可愛い。

「その時、実君が右足を真っ赤に腫れさせて、しかも血を流してたの」

 あぁ、そういえばそんなこともあったな。たしかセットが崩れてそれを俺が倒れないように押さえたら板が右足に落ちちゃったんだよねー。あれはやばかった。ガチで痛かった。

「でもその時の実君は『大丈夫だよー余裕余裕』って涙目になりながら、ほぼ半泣きで言ってて、これは中止かなって思ったの」

「そこは半泣きとか言うなよ。仲間に弱音は吐かない名シーンだろうが!」

 俺が合いの手のように付け加えるがどんだけ無視し続けるんだよお前は。

「でも劇は変更なしで始まった。しかも実君は台詞の演技もアクションシーンとかの蹴りとかも、ダッシュするところとかもまるで怪我なんてしてないかのように演技に集中してやってて」

「あ、あれはもうやけくそというか、素人ながら頑張ったというか、アドレってたみたいな」

 アドレってたって何だよ。

「それがすごかったんだよ! 素人なのはもちろんわかってたよ。それでも実君の役者魂みたいな熱いものがすっごく私は感動したの! 演技はまだまだだと思うけどねっ」

「最後のは余計だよ」

 あとそのテヘみたいな顔やめなさい。危うく惚れる。

「あの子はあんなに頑張ってるのに、私が頑張らなくてどうするって思って……自分が一番楽しいって思えた声優業一本に絞って、とにかく練習に練習を重ねて、限界まで頑張って……声優の事務所に移籍して……期待の新人になっちゃった」

「結局、自慢かよ……って、もしかして、それとこの学校の転校って関係あるのか!?」

 俺が尋ねると、北倉はにっこりと微笑みながら俺にてくてくと近づき、耳元で

「それは……ひ・み・つ」

「ひゃうっ!」

 北倉の生暖かい吐息が耳を包み、思わず変な声が出てしまった。俺は乙女かよ。

「でも、ヒントはあげるよ……」

 北倉がふぅ~と息を吐くと、俺の目を真っ直ぐに見つめた。


「私はこの部活を復活させる! 部活革命をするよ!」


 俺はぽかーんと固まっていると北倉は俺に指を指す。こら、人に指差すんじゃない。

「だから、実君には私と協力してほしいの! そ、その……だめ、かな?」

 北倉はせっかくビシっと決めたのに最後はどんどん力がなくなり、弱々しい声だ。

 うぐ……そんな上目遣いで見られても俺だって色々やらなくてはいけないから、


「……あ~やるよ! 俺なんかでいいならね」




⑫         ☆☆☆


 次の日の部活では部長は何も変わった素振りを見せなかった。その様子はまるで昨日のことがなかったようで、その態度は俺が昨日の事が夢だと思ってしまうほどだった。

 そして北倉だが、普段通りみんなと談笑している。そんな姿に俺の頬も、

「ねぇ今こっち見てにやついてなかった?」

「してたしてた~きも~」

「そうだね~ちょっと今のは無いね、視力下がるかも」

 くそこいつらめ……言いたい放題言いやがって、あと最後のは北倉だ。あの女ァ。

 まぁ結局、何も変わらず俺は部活ぼっちだった……はぁ~何も変わらないとかないだろ!?。

 まぁ、唯一変わったことと言えば、バレないようにたま~に隙をついて北倉が俺にウィンクするくらいだ。まぁ、それだけでもか・な・り癒されますけどね!! 悔しいが。

俺が深く重い溜息を吐くと、横の席が動く音がした。な、なんだ。ついに俺の超能力が目覚めたのか!? と思って顔を上げると、

「お……お隣いいですか?」

 そう言ったのは莉子だった。って、部活来てくれたの!?

「い、いいけど……」

 いいの? 本気か!? 部員の視線が一気に集まる。それもそうだ。久しぶりに部活に来たと思いきや、ぼっちで嫌われてる俺の横に座ろうとしてるんだから。

 俺の返事を聞くなり、莉子は向日葵のような可愛らしい笑みで隣の席にちょこんと座った。

「あ、あり、ありがとうございます」

 可愛い~!!! このちょっとまだ幼さがある感じがまたたまらないっ!

 何があったかさっぱりわからないが、軽い雑談を莉子として部活をいつも通りに行った。いや、いつも通りではない! 今までにないほどの幸せな気持ちで部活を楽しんだ。

 本当によくわからないが、人見知りで引っ込み思案な莉子が部活中も俺に話しかけてくれたり、笑顔を向けてくれたり、あと地味に距離が近かったりと本当に謎だった。

 部員たちもその異様な光景に終始訝しげな表情を向けている。

 まぁ、俺が一番驚いてるんだけどね。てか、楽しいことだとあっという間に過ぎるんだな。

ちなみに現在、部室(仮)には俺以外誰もいない。

「ほんとに今日の莉子は不思議だったな……なんかあったのか?」

「そうかもしれないね~」

「うわっ!? 急に出てくるなよ!」

 俺はいきなり隣から現れた北倉に腰を抜かした。幽霊かよ。

「人を幽霊みたいに言わないでよ~」

 ぷくーっと頬を膨らませて睨んでくる。うん、可愛いからそれやめようね。あと心読むのも。

「ん? 北倉は帰らないのか?」

 俺が問いかけると、空いた窓から吹く風と夕焼けの鮮やかな光に照らされた北倉が女神のような微笑みで答えた。

「うん、ちょっとまだやることがあるから先に帰ってて」

「ん? お、おう。そうか、わかった」

 完全に見惚れていた。綺麗。その一言に尽きる姿だった。

「じゃ、じゃあな」

 俺が部室(仮)から出る直前で言うと北倉は俺に手を振った。

「うん、じゃあね……また明日」


 そう、物語は普通。ここで終わるはずだったんだ。だけどこの続きがある。

 この時の俺はまだ…………何もかも知らなかった。




⑬         ☆☆☆


 実が部室から出て階段を降りようとすると、

「せ、先輩!」

 実(みのる)を呼び止めたのはなんと莉子だった。

「ど、どうしたんだ? 忘れ物か?」

 実が莉子に尋ねると、莉子は急に目を右、左、とさせて頬を朱に染める。

「せ、先輩に……その、用が、あって」

「お、俺に?」

「は、はい……」

 莉子は変わらず頬を赤らめながら、もじもじとしている。

「じ、じつは……私」

 実(みのる)は思った。

(こ、これって……まさか……告白!? なんて、あるわけないよな)

「わた、わたし……こ、これからは……先輩の力に、なりたいんです! 先輩が、一人で辛い思いしてるの知ってます! だ、だから…………その、あの……」

 実の心拍数が上がる。それと同時に期待度も上がる。莉子の鼓動も早まる。

「先輩の側で、協力させてくださいっ!」

 実が間抜けな顔になった。(本当に告白じゃないの? 愛の、LOVEの)

 実は嬉しい反面、(そりゃ、そうですよねえええええ)と心の中で叫ぶ。まさにここさけ。

「って、俺に協力!?」

 莉子がまた小さくこくりと頷く。(何の協力かはわからないが、まぁ北倉とのこともあるしな)

「そ、それは嬉しいけど、でも」

 と断ろうとした時、莉子はいつもの2倍、いや4倍近くの大きな声で実の言葉を遮った。

「だから! その……あの……わた、わた……私と…………」

 莉子の呼吸が荒くなる。顔がさっきよりも真っ赤に染まってまるで高熱があるように赤い。

 そして、意を決した莉子は顔を上げ、今にも泣きそうな涙目の瞳で、実の驚き見開く眼を真っ直ぐと上目遣いで見つめ。


 ずっと好きでした……付き合ってください


 実は知らない。莉子がずっと思いを寄せていたこと。それに昨日の放課後、実が佐藤に向かって、怒ったこと、叫んだことをたまたま通りがかった莉子が聞いていたことを。


 そしてその頃、一人残っている部室(仮)では、


「…………これ以上、実君を見てたら…………我慢出来ないよ~」


 熱を持った声で呟く北倉は熱くなっている右頬に右手を添え、小声で悶える。

「実君……劇を見ただけでさすがにここまでは頑張れないよ? ……ふふふ」

 北倉には秘密がある。その秘密に彼女自身が気づいたのは7才の時だ。

 彼女の両親は共働きで一人でいる時間が多く、寂しい思いをしていた。だけど、


「実君……ううん……」


 北倉はより頬を赤く染め、息をはぁ~と吐く。


「……ん、会えて嬉しいんだよ? 本当は今すぐにでも抱きしめてあげたいくらい」

 北倉は実がいたから、自分は一人じゃないと頑張れたのだ。そして、ここまで来れたのだ。

胸に手を当てる北倉はゆっくりと瞳を閉じる。


「澪香、もうちょっと頑張るからね……だから、もう少しだけ待っててね…………





お兄ちゃん」


 

 実は知らない。北倉は血の通う双子。実の妹だということを。




『これが青春なのかもしれない』 to be continued?

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これが青春なのかもしれない。 白川 @sirakawamitsuki

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