第三幕


 第三幕     家族ごっこ



「ふわあ……あぁ……」

 限界まで口蓋を拡げて大きなあくびをすると、黒髪の少女オリガは再び、うつらうつらと舟を漕ぎ始めた。その眼はとろんとして焦点が合っておらず、腰を下ろした高級な革張りソファの中で、今にも寝てしまいそうに見える。

 時刻は既に、夕方の四時。昨夜から一睡もしていないこの状況下で、必死に睡魔と戦っているその姿は、痛々しくも可愛らしい。

 黒髪の少女が座る革張りソファも含めた、応接セット一式。それらが中央に置かれたこの部屋は、応接室も兼ねた、異形管理局第四部の部長室。広い部屋の奥には重厚な造りの木製デスクが置かれ、それに付随するワーキングチェアには来々部長が腰を下ろし、手元の書類に眼を通している。

 デスクの正面には、木目の美しいウォールナットの一枚板を天板に使用した、見るからに高級そうなローテーブル。それをコの字に囲むように配置されたソファには、オリガの他にも有理、舞夜、伊垢離の三人が腰を下ろし、じっと来々部長の動向をうかがっていた。特に有理は、未だに抜き身のリボルバーをその手に握ったままである。そして隣に座った黒髪の少女が寝こけて寄りかかって来る度に、その小さな頭を銃口で小突き、それでオリガがハッと目を覚ましては再び舟を漕ぐと言った光景が延々と繰り返されていた。

 来々部長のデスクの隣には、もう一組のややグレードの低いデスクとチェアが置かれ、そこには紺のスーツに身を包んだ小柄な男が腰を下ろしている。男の名は、入谷正孝いりやまさたか。来々部長の秘書を務める実直な性格の男で、特に自己主張する事も無く、静かに淡々とノートパソコンのキーボードを叩いていた。

 やがて来々部長が手にしていた書類の束をデスクの上に放ると、一旦眼鏡を外して眉間を強く摘み、再び眼鏡を掛け直してから沈黙を破る。

「レントゲン、CT、MRI、血液、リンパ、更には染色体に至るまで入念に検査したが、医学的・生物学的な知見から判断した限り、この子は只の人間となんら変わらないと言う結果しか出なかった。結局本人が子供達チルドレンを自称していると言う事以外に、それを保証する事象は何も無い」

 一呼吸置いて、嘆息する部長。

「ただし、採血の際の注射痕が一瞬で治癒するなどの現象も確認されている。少なくとも、普通の人間ではないようだ」

「それで来々、このガキの処遇はどうするんだ?」

 有理が柔らかな黒髪に覆われた少女の頭をリボルバーの銃口で小突きながら、上官相手とは思えない不躾な物言いで来々部長に尋ねる。しかし彼女も既に慣れ切っているのか、大男の態度に関しては、特に言及しない。

「さて、どうしたものかな。そもそもこの本部基地に、捕虜の収監を想定した設備は無い。かと言って、あの取調室にいつまでも閉じ込めっ放しと言うのも、子供相手に酷な話だ。仮にどこか他の施設に移すにしても、最低限の監視は付けておかなければならないだろうし……。研究部の連中が検体として欲しがってはいたが、生きたまま解剖されてクスリ漬けにさせるのも忍びないしな」

 上体を反らしてワーキングチェアの背もたれに体重を預け、腕組みをして思い悩む、来々部長。その視線の先ではうたた寝から目覚めたオリガが、まだ眠そうな眼でキョロキョロと、室内に居る五人の顔を見渡している。

「お前をこれからどうするか、それを話し合ってるんだよ」

 そう言うと黒髪の少女の可愛いおでこに、有理がまたしても、強烈なデコピンを叩き込んだ。真っ赤に腫れたおでこを押さえて、少女は涙眼になる。

「ちょっと有理先輩! 子供相手にまたそんな事をして! 可哀想じゃないですか!」

 向かいのソファに腰掛けた舞夜が、オリガをかばって大男に抗議した。そして自分の隣にスペースを作ると、そこをポンポンと叩き、そちらに座るように黒髪の少女に促す。

「ほら、オリガちゃん。そんな乱暴な男の傍に居ないで、お姉さんの隣に来ない?」

「ううん、オリガ、ユーリといっしょにいる。ユーリといっしょがいい」

 舞夜の提案は、あっさりと却下された。いくら暴力をふるわれても、オリガは隣の大男の腕に抱きついて放そうとしない。

「……そうだな、それが良いかもしれん」

 三人のやり取りを見ていた来々部長が発した言葉に、有理と舞夜が同時に、「は?」と声を上げた。

「うちで一番腕が立つのが久我、お前だ。お前が常に傍に居て、二十四時間監視し続けるのが一番確実だろう。それにお前なら、相手がたとえ子供であっても、いざと言う時には躊躇無く射殺出来るだろうしな」

「え? オリガ、ユーリといっしょにいてもいいの?」

「そうだ、ずっと一緒に居てもらう」

 ややもすると不穏当な来々部長の提案に、オリガはぱあっと顔を明るくさせると、ソファの上でぴょんぴょんと飛び跳ねる。どうやらそれは、喜びを全身で表現しているらしい。しかしそんな黒髪の少女とは対照的に、有理と舞夜の二人は、ぽかんと口を開けて呆気に取られていた。

「そう言う事だ、久我。その子を連れ帰って、二十四時間行動を共にしろ。なに、時間外勤務手当くらいは出してやるから安心しろ。それと周防は、確か隣の部屋だったな。何かあった場合には、久我をサポートしてやれ」

「……本気で言ってんのか?」

「……あたしもですか?」

「命令だ」

 自分の顔を指差して疑問を呈しようとした舞夜に、来々部長は有無を言わさず断を下した。一方の有理は無言で、本日三発目の、そして最も強烈なデコピンをオリガのおでこに炸裂させた。


   ●


 半ば異形管理局の独身寮として使われているマンションの、801号室。つまりは久我有理の自宅前に並ぶ、四つの人影。その内の二つはうんざりした顔をしており、一つは裏のありそうな悪戯っぽい笑みを浮かべ、最後の小さな一つは小熊のぬいぐるみを片手に鼻歌を歌っている。

「それじゃあ、俺は別の階だから、これで」

 そう言うと悪戯っぽい笑みを浮かべた伊垢離は、階段の方角へと独り逃げて行く。そんなヤサ男の背中に向けて、うんざり顔の有理と舞夜は無言のままガンを飛ばすと、中指を突き立てた。

「ここが、ユーリのおうち?」

 大男の心情などどこ吹く風のオリガは、有理の手を握って、楽しげに問いかける。

「あーっ! もうこうなったら仕方が無え! 入れ、クソガキ。そのかわりに少しでも変な真似をしやがったら、躊躇い無く頭を吹っ飛ばすぞ!」

「わーい」

 不穏当な有理の発言を気にする素振りも見せずに、無邪気に喜ぶオリガ。不機嫌を極めたような顔をした大男が部屋の鍵を開けると、彼女は我先にと室内に踊り込んで、自分の新居を観察し始めた。

「有理先輩。あたしはやっぱり、どう考えても納得行きません。いくら正体不明の子供で監視が必要とは言っても、年頃の女の子ですよ? それが独身の男と同居するってのは、如何なものかと……うわ」

 オリガと有理に続いて801号室へと足を踏み入れた舞夜が顔を歪め、雨の日の路傍で車に轢き潰されたウシガエルを見てしまったかのような声を出す。それもその筈。久我有理の部屋は独り身男の巣に相応しく、室内は脱ぎ散らかされた下着や空のペットボトル、それにコンビニ弁当のパックや読み終えた古雑誌などが雑然と積み重ねられていた。しかもそれらを、黒髪の少女が物珍しげに次々とひっくり返している。更に加えて心なしか、よく分からない異臭が漂っている気がしなくもない。

「なんですか先輩、この部屋は! こんな部屋に女の子を住まわせるなんて事、出来る訳が無いでしょう! こんなのなら、あたしの部屋で引き取ります!」

「この程度、男だったら普通だろうが。第一お前が引き取ったとして、もしもの時にお前はこのガキを殺せるのか?」

 半ギレの舞夜に対して、有理は革ジャンをまくって左脇に吊り下げられたM500リボルバーを見せながら、問うた。

「それは……」

 舞夜は視線を泳がせて口篭もる。そんな彼女を尻目に、脱いだ革ジャンを寝室のベッドの上に放り投げた大男とぬいぐるみを抱いた少女は、打ち合わせたかの如く同時に顎も外れんばかりの大きなあくびを漏らした。

「ねえユーリ、オリガ、もう寝ていい?」

「そう言えば俺も、なんだかんだで結局、昨日から一睡もしてないからな。明日は非番だし、さっさと風呂に入って、今日はもう寝るか」

 そう独り言ちるや、有理は残りの衣服もリビングで脱ぎ捨て始めた。それを見た少女もまた同調して、ワンピースを脱ぎ始める。

「ユーリ、おフロ入るの? なら、オリガもいっしょに入る!」

「おう、勝手にしろクソガキ」

「え? あ、ちょっと、何をこんな所で脱ぎ始めてるんですか! しかも一緒に入るって……ええええぇっ? ちょっと、アンタ達、一体何を考えてるんですか! そんな、オリガちゃんも脱いじゃ駄目だって!」

 さっさと全裸になってバスルームに向かおうとする大男と黒髪の少女の前に、舞夜が立ち塞がる。

「何やってんだ、新入り。どけ」

「いいえ、駄目です! いい歳した男と女が一緒に入浴するなんて、駄目です! あたしが許しません! ……それと、見えてる! モロに見えてるから、せめて隠して!」

「なんだお前、俺をロリコンか何かだとでも思ってんのか? こんな毛も生えてないガキ相手に、どうにかなる訳が無いだろう。何考えてんだ、一体」

 股間のイチモツが盛大に露出しているのを隠そうともせずに、むしろ見せ付けられている舞夜の方が赤面した顔を逸らしながら抗議するのを、一笑に付す有理。彼は舞夜の肩を掴んで脇にどかすと、バスルームの中へとその姿を消した。そんな大男の後を、同じく全裸姿のオリガが追う。

 浴室の扉が閉まる音が、呆然とする舞夜の耳に届いてから数秒後。シャワーの水音と少女の笑い声が、それに混じった。

「マイヤもいっしょに入る?」

「入りません!」

 すりガラス越しに浴室の中から聞こえて来たオリガの無邪気な誘いを、即断で拒否した舞夜。彼女はまだ納得が行かないのか、ブツブツと小声で文句を言いながらも、床に脱ぎ散らかされた二人分の衣服を一通り拾い集める。そして洗面台の横に置かれた全自動洗濯機の中にそれらを放り込むと、液体洗剤を注いでからスタートボタンを押した。洗濯ドラムが回転している間に、少しでもこのゴミ溜めを人の住める場所にするべく、片付けを開始する舞夜。彼女は一旦自室に引き返して東京都指定の半透明ゴミ袋を取って戻ると、部屋中に散乱している各種のゴミを分類しながら、袋に詰める。その間も、浴室の方角からは楽しそうに騒ぐオリガの声と、それに文句を言う有理の声が途絶えない。

 やがて七つ目のゴミ袋がパンパンに膨らむ頃にようやく、脱衣所からリビングへと続く扉が開くと、ボクサーパンツ一枚の大男と全裸の少女が姿を現した。その全身からは、ホコホコと暖かげな湯気を立ち上らせている。

「ああもう! ちょっとオリガちゃん! そんな裸でうろついちゃ駄目だって! ほら、これ着て! これ!」

 クローゼットの中から発見した、比較的汚れていなかったので洗濯機に放り込まなかったTシャツを、しっとりと濡れた黒髪の少女に手渡す舞夜。オリガは素直にそれを着ると、入浴前よりも若干綺麗になった室内の探索を再会する。

「有理先輩! これ! これをどうにかしてください!」

 冷蔵庫から取り出した一リットルの牛乳パックをラッパ飲みしている大男に、眉間に皺を寄せた舞夜が、傍らに積まれた雑誌の山をバンバンと叩きながら訴えた。

「なんだお前、欲しいんだったら、幾つか適当に持って行ってもいいぞ?」

「欲しいんじゃありません! この手の本を読むなとは言いませんが、子供には悪影響です! オリガちゃんをここに泊めるつもりなら、処分するなり何なりしてください!」

 彼女が叩いているのは、成人向けの雑誌とDVDの山。

「いいじゃねえか、そのくらい。減るもんじゃなし」

「良くありません! こう言った本は、十八歳未満の子供の手が届く場所には置いておかないで下さい! その辺の線引きは、ちゃんとしてもらいます!」

 本人に自覚が有るのか無いのかは分からないが、完全に保護者気取りの舞夜は、毅然とした態度で言い放つ。その声を聞いて、何の騒ぎかと駆け寄って来たのは、ブカブカのTシャツに身を包んだオリガ。彼女はその雑誌の山の一冊を引き抜くと、興味深げに読み始める。

「ちょっ! 駄目ですオリガちゃん! 子供がそんな物を読んじゃ!」

 独り赤面し、黒髪の少女の手から成人向け雑誌を奪い取った舞夜に、オリガはきょとんとした顔で呟く。

「でもオリガ、今年で三十八さいだよ?」

 オリガの言葉に驚き、ぽかんと口を開ける舞夜。その背後で大男がデコピンの準備を始めたので、黒髪の少女は急いで寝室に逃げ込んだ。


   ●


 黒髪の少女が大男の部屋にやって来た日の、翌朝。ヘッドボードの上の目覚まし時計が示している時刻は、午前九時を少し回ったところ。睡眠時間だけを考えればしっかり寝た筈なのに、自室のベッドの上で上体を起こした周防舞夜は、何故か妙に疲れていた。

 結局昨夜の彼女は、布団を一組しか持っていないからと言う理由で同衾しようとする有理とオリガに散々文句を言うも聞き入れてもらえず、早々に寝始めた二人を尻目に黙々と洗濯と掃除をさせられた。勿論決して、強制的にさせられた訳ではない。だが自分以外にやる人間が居ないがために強制させられたと、舞夜自身は感じていた。

 そして今、疲れを癒す筈の安らかな眠りから彼女を覚醒させたのは、インターホンのチャイム音。しかもそれはピンポンピンポンと、耳喧しく連打されている。

 前髪をヘアクリップで留めると、つい最近もこんな事があったなとデジャヴを感じながら、パジャマ姿の舞夜は玄関へと赴いて扉を開ける。

「はいはい、どなたですか」

 果たして予想通り、マンションの廊下で彼女を待ち受けていたのは、手を繋いで並ぶ大男と黒髪の少女だった。

「マイヤ、おはよー」

「はいはいオリガちゃん、お早う。……で、何の用ですか、有理先輩」

 良く眠れたのか、にこやかな笑顔を向ける黒髪の少女。彼女とは挨拶を交わす一方で、無愛想な仏頂面の大男に対しては、昨夜の一件を思い出してか憎々しげな表情で応える舞夜。だが当然、傲岸不遜を信条とする有理が、そんなものを気にする訳も無い。

「おう新入り。お前も今日は、非番だろ? コイツ、これ以外に服も靴も持っていないらしいから、これから買いに行くぞ、付き合え。……それと、とりあえず今日着る服を何か貸してやってくれ。俺のじゃ大き過ぎて、脱げちまう」

 昨日まで少女が着ていたワンピースを見せながら、大男は命令した。よく見ればTシャツ姿のオリガの足元は、昨夜、裸足では余りに可哀想だと言うので履かせて貰った異形管理局の便所サンダルのままであった。暫し舞夜は思案してから、口を開く。

「……伊垢離先輩は?」

「あの野郎、さっき部屋を訪ねたら、既に逃げてやがった。車を借りるつもりだったのに、それも駐車場から消えてやがる。昔からこう言う時の鼻だけは、異様に利きやがるんだ、あいつは」

「イーゴリ、にげた」

「……はいはい、分かりました分かりました。それじゃあオリガちゃんは服を貸してあげるから、中に入って。……先輩は、そこで待っていてください」

 はあっと一息嘆息してから、舞夜はオリガを伴って自室へと引き返した。そして物珍しげに室内を探索しようとするオリガを押し止めて、自身のクローゼットから比較的サイズの小さな服を選ぶと、適当にコーディネイトしてみせる。

 活動的な性格の舞夜の服の趣味は、スポーツカジュアル系が基本となる。スカートの類は殆ど持っておらず、各種パンツとパーカーや、ジャージとの組み合わせで着る事が多い。その結果としてオリガに着せられた服も、カーゴ付きのハーフパンツに、上着は海外サッカーチームのレプリカジャージとなった。

 全身が映る姿見の前で、装いを新たにした自分の姿を確認する黒髪の少女。彼女はこの服装が中々に気に入ったのか、色々なポーズを取ってはニコニコと笑っている。その隙に自分の着替えと、簡単な化粧も済ませて準備を整える舞夜。

「それじゃあオリガちゃん、そろそろ行こうか」

 系統的に似たようなファッションに身を包んで玄関へと向かう、舞夜とオリガ。流石に靴はサイズが合わず、かと言って便所サンダルのままでは不憫なので、とりあえず今は舞夜のサンダルを借りる。そして出先で、購入したばかりの新品に履き替える事にした。

「先輩、お待たせしました」

「おう、遅かったな。それじゃあ、さっさと行くか」

 女二人がマンションの廊下に出ると、既に外出着に着替え終えた有理が、相も変わらぬ無愛想な表情で出迎えた。そして大男は自分の部屋の扉に、鍵をかけようとする。

「あ、ユーリ、ちょっと待って!」

 それを制して801号室の扉を開けたオリガは、慌てて室内に姿を消すと、僅かな間を置いてから再び飛び出して来た。その手中には、いつも胸に抱えている小熊のぬいぐるみがしっかと握られている。

「これ、ユーリエヴィチもいっしょに行く!」

「あ? ゆーりえびち? そいつも俺と同じ、ユーリって名前だったんじゃねえのか?」

「あのね、ユーリのお名前は、ユーリにあげるの。だからこの子のお名前は、今日からユーリエヴィチなの!」

 呼び名の違いを指摘する有理に、オリガはぬいぐるみを掲げるとニイッと歯を見せて笑い、応えた。

「ふうん。何を言ってんだか良く分かんねえが、紛らわしくなくなったってんなら、それでいいか」

 黒髪の少女の意図は伝わらなかったが、それは眼前の大男にとっては、どうでもいい事らしい。

 改めて扉を施錠した有理は、鍵をポケットにしまうとエレベーターに向けて歩を進め、それに女二人が続く。マンションの廊下に差し込んで来る春の陽差しは穏やかで暖かく、雲一つ無い空を見上げて眼を細めたオリガは、自然と笑みを浮かべる。本来、不屍鬼ノスフェラトゥであれば致命傷の筈の直射日光を、彼女はむしろ嬉しそうに浴びていた。


   ●


 ガラス張りの天井まで吹き抜けの遊歩道が南北に走り、それを挟んで東西にそびえ立つのは、鉄筋コンクリート造り四階建ての近代的な建造物。色とりどりの華やかな装飾と軽快な音楽に満ち溢れたここは、六本木から電車一本で来れる距離に在る、大手ショッピングモールの一支店。そして舞夜、有理、オリガの三人は、そのエントランスへと足を踏み入れる。

 購入しなければならない物が服と靴だけならば、六本木でも充分に揃える事が可能だった。だがそれ以外にも、一人の人間が日常生活を送るために必要な各種日用品も、揃えなければならない。ならばいっその事、一箇所で全て揃えられる場所に行こうと、都心から少し離れたこの地まで一行は足を伸ばしたのだった。

 モール内の遊歩道のちょうど中央に位置する、円形広場。その中心的モニュメントである、七色の水中ライトに照らし出された噴水を、黒髪の少女は目を輝かせて見上げる。噴水の更に中央には、岩場に佇む人魚姫と海神ポセイドンを象った彫像が並び立ち、レプリカながらも荘厳な雰囲気を漂わせていた。

「すごい! ユーリ! マイヤ! これすごいきれい!」

 後続の大人二人の方を振り返って噴水を指差し、感動を少しでも伝えようと貧困なボキャブラリーを駆使する黒髪の少女は、その可憐さも相まって衆目を集める。とは言え、モール内は平日の午前中とあって、人出はまばら。だがほんの数十時間前まで暗く冷たい地下室での監禁生活を余儀無くされて来たオリガにとっては、眼に映る全てが華やかで新鮮で、それはまるで信じられない夢の世界の様に輝いて見える。

「すごい! これぜんぶ、お店?」

「そうだよ、オリガちゃん。こう言う所に来るのは、初めて?」

 ショッピングモール全体をぐるりと見回して頬を紅潮させ、興奮を隠せないオリガの問いに、舞夜がその肩を抱きながら答えた。

「うん! オリガ、テレビでみたことはあるけれど、来るのは初めて! テレビも『ちでじ』になっちゃってからは、みれなくなっちゃったけれど」

 オリガの何気無い応えに、舞夜は少しだけ悲しくなる。

「そっか、それじゃあこれから上のお店で、オリガちゃんの服を買いに行こうか! オリガちゃんの気に入ったのを、お姉さんが買ってあげるからね!」

「おいコラ、待て新入り」

 オリガと手を繋いで、上階のティーンズ向けセレクトショップに向かうべくエスカレーターを目指した舞夜の後頭部を、大男の固い右拳が突然小突いた。

「いった! ちょっと! 何をするんですか、いきなり!」

 不意の暴行に、舞夜が抗議した。それと同時に、女二人にもハッキリと聞き取れるほどの音量で、有理の腹の虫がぐうと盛大に鳴く。

「その前に、飯にするぞ。結局昨日は晩飯を食い損ねたから、腹が減ってたまらん」

 空きっ腹を撫でる大男の言葉に、舞夜も改めて、自分が極めて空腹である事を思い出した。


   ●


「こちら、手ごねチーズハンバーグセットになります。鉄板が熱くなっておりますので、お気を付け下さい」

「うわぁ」

 オリガが思わず、感嘆の声を上げた。ウェイトレスが眼前のテーブルに並べた、ハンバーグ、ライス、スープ、サラダのセットは、黒髪の少女にとってはまるで宝石箱の中身をひっくり返したかのように、煌びやかで美しい光景に思えたからだ。それは文字通りの意味で、垂涎の的。色とりどりの新鮮で瑞々しい食材が、オリガの眼と心を釘付けにし、脂の焼ける香ばしい香りが鼻腔を心地良くくすぐる。

「これ、食べていいの? 食べていいの?」

「うん、いいよ。ちゃんと頂きますしたらね」

 舞夜の返答に従い、軽く頭を下げて「いただきます」と呟いたオリガは、期待に満ち満ちた表情でもってハンバーグにナイフを切り入れた。ミディアムレアに焼かれた挽肉の断面から溢れ出た肉汁が、高温に熱せられたステーキ皿に広がり、パチパチと軽快に爆ぜる。その音に更に食欲を刺激された黒髪の少女は、拙いナイフさばきとフォークさばきで満面の笑みを浮かべながら、手ごねチーズハンバーグを頬張った。

「おいガキ、もっと行儀良く食え。フォークの持ち方がおかしいぞ」

 オリガの正面の席に陣取った有理が、自分の言葉遣いは棚に上げて注意した。この男は外見に似合わず、行儀やマナーには煩いらしい。

 彼ら三人が腰を下ろすこの場所は、ショッピングモールの一階に広がる、フードコートの一角。ステーキ&手ごねハンバーグ専門店『じゅうじゅう亭』内の、テーブル席。買い物よりも先に食事を摂ると決めた一行は当初、どの店に入るかをオリガに選ばせようとした。だがしかし、これだけ多くの選択肢に囲まれた経験が無い少女は、あまりにも悩み過ぎて文字通り眼を回してしまったのだ。そのため結局、有理の「がっつり肉が喰いたい」との意見が採用され、この店舗に白羽の矢が立てられた。

 店内に入ってからも、オリガは多彩なメニューを前にして何を食べたらいいのか分からなくなってしまい、最終的には隣に座った舞夜に一任して決めてもらった。黒髪の少女にとっては、自分の食べる物を自分で決めると言うのは、これが生まれて初めての経験だったらしい。

 無心にチーズハンバーグを頬張るオリガの姿は無邪気で可愛らしく、その隣で和風おろしハンバーグを食べる舞夜もまた、ついつい口元が緩んでしまう。こんなにのどかな雰囲気で食事を摂るのは、彼女にとっても久し振りの経験だった。

「ほらほらオリガちゃん、口の周りにソースが付いてるよ」

 ライスとサラダを少し残してしまったが、充分に腹が満たされて、満足そうに微笑むオリガ。そんな少女のデミグラスソースでベタベタになった口元を、舞夜が紙ナプキンで拭いてやる。食べ切れなかった食材は、向かいの席で早々に一ポンドステーキを平らげた有理によって処理され、卓上の皿は全て空となった。グラスの水を飲んで一息ついた舞夜がふと隣を見ると、オリガがテーブルの隅に立てられたデザートメニューをじっと見つめて、キラキラと眼を輝かせている。

「オリガちゃん、デザート食べたいの?」

「うん! いいの?」

「いいよ。何でもオリガちゃんの好きな物を頼みなさい」

 舞夜の返答に、オリガは顔をぱあっと明るく輝かせて、再びメニューを前に長考を開始した。

「オリガちゃんは、こう言うお店で食べるのは初めて?」

 舞夜の問いに、黒髪の少女はデザートメニューを見つめたまま、頭の中でチョコレートケーキと焼きプリンをせめぎ合わせながら口を開く。

「うん、初めて! 地下室にいた時は、パンかおにぎりばっかりだったから。……あ、あとパックに入ったおべんとうも、食べたことあるよ?」

 オリガが無邪気に言い放った、悲しい事実。それを聞いた舞夜は、無言で少女をギュッと抱き寄せると、その美しい黒髪を優しく撫でる。だが撫でられている当の本人は、何故自分が抱擁されるのかその理由が分からずに、不思議そうな顔で舞夜を見つめていた。

 そんな女二人の様相などお構い無しに、向かいの席に陣取った大男は、下品なゲップを喉から漏らした。

 オリガのデザート選抜戦は、まだ続いている。


   ●


 買い物は順調に、つつがなく終了した。

 デザートを別腹に納め終えた一行は、ショッピングモールの二階から四階に広がる各種セレクトショップでオリガの服と靴、その他雑多な日用品を物色した。

 服選びには、各人の趣味嗜好が色濃く反映される。舞夜が自分の好みに合致したスポーツカジュアル系を熱心に勧めるのに対して、さほど熱心ではない様子の有理が推すのは、意外にもレースやフリルがあしらわれたワンピース等の、少女趣味丸出しな物ばかりだった。ただしそれは大男の好みと言うよりも、「小さな女の子はこう言った服を着るものだ」との短絡思考による所為が大きいらしい。

 服に続いて靴も、革のローファーとスニーカーを買ってもらったオリガ。彼女はさっそく購入したばかりのワンピースと靴に着替えると、店内の鏡の前で、嬉しそうにくるくると回って見せる。特に気に入っているのが、リュックにもなる小さな肩掛けポシェットで、これに小熊のユーリエヴィチを納めて満足そうに微笑む。

 そして今、再び一階の噴水広場に戻って来た有理と舞夜の二人はベンチに並んで腰を下ろし、買い忘れが無いか確認しながら脚に溜まった疲労を回復させていた。残りの一人オリガは、広場に面したタコ焼き屋の実演販売を、ガラスに顔を張り付かせてジッと見つめている。その表情は極上のエンターテイメントを鑑賞するかのように目を輝かせており、心中の興奮を隠そうともしない。

「あー、疲れた。訓練とは違う筋肉を使ったから、変に疲れちゃった」

「お前はまだマシだろ。子供服は展示している位置が低いから、俺みたいに背が高いと、いちいち屈まなきゃなんねえからな。腰が痛えや」

 肩をコキコキと鳴らしてマッサージする舞夜に対し、大男は痛む腰を叩きながら、愚痴をこぼした。既に夕方を迎えたフードコートはガラス張りの天井から茜空が垣間見え、決して混み過ぎず、かと言って閑散ともしていない人の波がのどかな雰囲気を醸し出している。それは何とも言えず叙情的で、郷愁を誘う光景だった。

「有理先輩って、見かけによらず子供の扱いに慣れているって言うか、意外と世話焼きですよね。もっとオリガちゃんの事は突き放して放置するかと思ってたのに、今日も朝から、こんな買い物にも連れ出してあげたりして」

 特に何も思うところ無く、舞夜は有理の行動に対する率直な感想を投げかけてみた。だがそれに対する返答は、意外にも重い。

「ああ、歳の離れた妹がいたからな。……まあ、もう死んでるけど」

 肩をマッサージしていた舞夜の手が、止まる。

「て言うか、親戚全員、一辺に死んじまったんだけれどな」

 ケラケラと屈託の無い笑いを漏らしながら、大男は続ける。

「それが傑作でさ。最初は俺の両親と妹の三人が、自動車事故でおっ死んでな。その葬儀で山の上にある火葬場に向かう途中で、親戚一同を乗せた葬儀屋のマイクロバスが、ガードレールを乗り越えて崖から転がり落ちちまったんだ。で、元々死にかけの老人ばっかりだったってのもあって、全員あの世行きになっちまった訳だ。皮肉なもんだろ? 葬式の途中で、葬儀屋に殺されるなんてな」

 そう語る有理の顔に、けれん味は無い。まるで他人事の様に、淡々と語り続ける。

「ところが喪主として霊柩車に乗っていた俺だけが、全くの無傷だったって訳だ。それで突然天涯孤独に身になって、ちょうど同時期に、陸自で気に喰わない上官を教練中の事故に見せかけて重傷を負わせたのが問題になってな。それで懲戒処分を喰らってたら、今の職場からスカウトされたんだ。まあ、陸自に未練も無かったし、ちょうど良いタイミングだったって事さ。親戚全員分の生命保険と賠償金も、俺一人でガッポリ総取りさせてもらったしな」

 なかなかに問題有りげな発言も含まれてはいるが、有理は重い身の上話を、さらりと言ってのけた。その眼には後悔の念も、郷愁の念も、不幸自慢で同情を買おうなどとの下卑た打算も無い。この大男にとっては、過去の事物など、本当にどうでもいい事に過ぎないのだろう。

 だがその言葉は、隣に座る後輩の過去を呼び覚ますには充分過ぎるものだった。

「……あたしにも、歳の離れた弟がいたんですよ」

 舞夜が自分の足元を見つめたまま、とつとつと語り始める。

「あたしの両親はどちらも一人っ子だったんで、初めての子供だったあたしは、両親にも祖父母にも物凄く可愛がられて育ったんです。……でも両親が本当に欲しかったのは、跡取りになる男の子でした。だから待望の弟が生まれた時には、それはもう大変な喜びようでしたよ。文字通り、眼の中に入れても痛くないほど可愛いって状態でしたね」

 ちらりと舞夜は、オリガの後姿に視線を向けた。黒髪の少女は、小麦粉を溶いた生地をクルクルと丸いタコ焼きの形に成型する店員の手元を、不思議な手品でも見るかのように見つめている。

「実際、弟は可愛かったんです。あたしにもすごい懐いてて、いつもお姉ちゃんお姉ちゃんって言ってあたしの後ろを付いて回ってて。……でも六年前、あたしがまだ高校生だった時に、突然病気で死にました」

 うつむく舞夜。その声は、微かに震えている。

「インフルエンザで、人って死ぬんですね。それまではあたしも、風邪のちょっと酷いやつぐらいにしか思ってませんでした。だけど、生まれつき呼吸器が弱かった弟は二次感染から肺炎を発症して、苦しみながら息を引き取りました。……そして葬儀を終えてすぐに、念願の孫息子を失ったのが余程ショックだったのか、優しかった祖父母も弟の後を追うように次々と他界したんです」

 舞夜の目頭から涙が一筋零れ落ち、着ているパーカーに染みを作った。鼻をすすり、背筋を伸ばして呼吸を整えてから、彼女は再び口を開く。

「それからです、両親がおかしくなったのは。いかにもカルトな新興宗教の教祖に心酔して、全財産を投げ打ってお布施を繰り返して。……家族が次々と死ぬのは、信心が足りなかったからだとか吹き込まれたらしく、一日中仏壇の前で読経を続けてましたよ。それはもう、狂ったように。……今になって思えば、あの時に力ずくででも止めるべきだったんだと思います。でも現実にあたしが選択した行動は、そんな両親と同じ家に住んでいるのが怖くなって、全寮制の防衛大学に逃げる事でした」

 再び舞夜は、オリガに視線を向けた。黒髪の少女はタコ焼き屋の隣の鯛焼き屋の前に移動し、今度は餡子が生地に包まれる様を熱心に観察している。

「有理先輩、今年の頭に起こった裁判所自爆テロ事件、覚えてますか?」

「ああ、あったな、そんな事件。細かい事は忘れちまったが」

 舞夜の問いに、有理が首肯で応えた。だが彼女にとっては、その返答がイエスでもノーでも構わなかったらしい。

「信者に対する暴行致死で訴えられていた新興宗教の教祖の控訴審裁判の最中に、傍聴席に居た幹部信者が判決に不服を叫びながら、持ち込んだ爆発物を起動させて自爆。……抗議の自殺だったのか、それとも裁判官に投げ付けるつもりだったのが誤って手元で爆発したのか、警察も検察も最後まで結論は出せませんでした。そのどちらにしても、巻き込まれた一般市民も含めて死者八名を出したこの事件の主犯格が、周防夫妻。……あたしの両親です」

 有理は、足元に置いた紙袋からオリガが使うために買った新品のタオルを取り出すと、舞夜に向けて差し出した。それを受け取って初めて彼女は、自分が泣いている事に気付く。タオルに顔を押し当てて頭を下げ、涙を最後の一滴まで搾り出そうとすると、少しだけ気分が落ち着いた。

「……先輩はさっき、懲戒処分を喰らった時にスカウトされたって言ってましたよね?」

「ああ」

「あたしは、卒業式の日にスカウトされたんですよ。防衛大を卒業したら、普通は自衛隊に入隊するじゃないですか? あたしも当然そのつもりで、海自への任官を希望していました。でもそれが、急に難しくなったんです。……自爆テロ犯の娘が自衛官だなんて、マスコミにでも知れたら、恰好のネタじゃないですか」

 大きく一呼吸、舞夜は息を吸って、吐いた。

「勿論大学側も、表立っては何も言いませんでしたよ。入学前ならともかく、卒業寸前になって入隊を諦めてくれだなんて、流石にそこまで残酷な事は言い出せなかったんでしょうね。だからあたしの方から任官を辞退すると告げた時は、ホッとしていたと思います。……大学側も、あたし自身も」

 タオルから顔を上げて、ガラス張りの天井を見上げる舞夜。濃い藍色に染まった空に、一番星が輝いていた。


   ●


「おっげえぇっ……げえええぇぇっ……」

 フードコートの片隅。女子トイレの洗面台で、舞夜は嘔吐していた。

 幸いにも胃の中が空っぽだったお陰で、吐瀉物は僅かな胃液だけで済んだ。だが口膣内には酸っぱい味が広がり、気分は優れない。

 六年前からこっちの、毒々しい澱が溜まって行くような日々。それをこんなに長々と他人に話したのは、彼女にとってはこれが初めての経験だった。それどころか、その詳細を思い出すのも久し振りの事となる。

「マイヤ、だいじょうぶ? おなか痛いの?」

「大丈夫だよ、オリガちゃん。すぐに戻るから、有理先輩と外で待っててね」

 心配してトイレまで様子を見に来てくれたオリガに、舞夜は無理に作った笑顔を見せ、手を振って強がった。水道水で口を濯ぎ、タオルで拭う。さぞや酷い顔色をしているだろうと思って鏡を見ると、意外にも血色は良く、すっきりとしていた。自分の頬を二度ほど軽く叩いて気合いを入れてから、トイレを後にする。

「遅かったな、新入り。餡子とカスタードクリーム、どっちにする?」

 噴水広場に戻った途端、いつもの不機嫌そうな仏頂面のまま、有理は舞夜に尋ねた。その左右の手には一つずつ、紙ナプキンに包まれた鯛焼きが握られている。見るとその隣では、黒髪の少女も心の底から嬉しそうに、餡子の詰まった鯛焼きを満喫していた。

 大男の表情からは、何を考えているのかは、今一つ読み取れない。だがそれは舞夜にとって、むしろ幸いだった。ここでもしも、安っぽい同情に満ちたような顔をされたら、彼女はこの場で再び嘔吐していた事だろう。

「……カスタード」

 そう応えた舞夜は、差し出された鯛焼きを頬張る。甘い。ひたすらに、甘い。その甘さに再び涙が零れそうになるが、グッとこらえて、二口三口と咀嚼する。

「それじゃあ、そろそろ帰るか」

 ぶっきらぼうにそう言って歩き出した大男の後を追い、舞夜とオリガの二人もまた、遊歩道を駅の方角へと足を向けた。先んじる有理に追いついたオリガは、自分の手を大男の空いている手と繋ぐと、反対の手を舞夜と繋いだ。ショッピングモールの照明に照らし出された三人の影が、川の字のシルエットとなって、地面に伸びる。

 それは拙い、まだよちよち歩きの家族の様にすら見えた。


   ●


 東京メトロ日比谷線の六本木駅から地上に出たところで、有理の携帯電話が鳴った。

「どうしたんだ久我、なかなか繋がらなかったぞ。それで、今どこに居る? 周防とオリガも一緒か?」

 着信相手は、来々部長。その声には、多少の焦りと苛立ちが感じられる。

「今しがたまで、三人揃って地下鉄に乗ってたんでね。それで、ちょうど今六本木駅を出たところだが、何の用だ?」

「ならば今すぐに、全員揃って本部基地まで来い。緊急招集命令だ。伊垢離は既に到着している。……目標が、網にかかった」

 来々部長の最後の言葉を聞いた大男は、歯を剥いてニヤリと、その顔に不敵な笑みを浮かべた。

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