05

「教授、その目は……!?」

「……開始だ」


 時刻は、午後九時。


 教授による吸血鬼講座がはじまった。

 “目”についての疑問は答えず、教授は腕を変化させ、腕を槍のようにして突きを入れてくる。速さもさることながら、一撃一撃が重みを持っている。柱の方へと逃げれば、教授の突きによって柱が一瞬にして崩壊する。三四郎は未だに防戦一方、教授は攻撃する隙を見せないどころか与えない。

 三四郎は思案する。あの様子を見るに、教授もまた自分と同じような吸血鬼に成り果てたか、吸血鬼そのものかのどちらかだろう。出会った時間は日の暮れた時間帯であることから、その可能性はないともいえない。


 しかし、今は教授の言うように教授の正体が何かはどうでもいい。どうにかして腕の変化に至ったきっかけトリガーを知る必要がある。吸血鬼は伝承では、身体を霧や蝙蝠に変えることが出来るというが、おそらく、教授の変化もそれの応用だろう。まだ槍状に変化させているだけあって良心的だ。

 霧にでもなられたら、吸血鬼のなりたてである三四郎では到底太刀打ちできない。どんな経験を乗り越えてきたかにせよ、十七年、怪物と戦った経験のない三四郎では対抗策を見出せない。


「本能に身を任せろ、少年。吸血鬼の力はに扱いきれるものではない。人間としての常識を捨て、己の本能に委ねるのだ」

「だけど、どうやればいいんだ!?変化の仕方なんざ、わからねえよ!?」


 距離を詰める教授、腕を槍から剣へと変化させる。大剣へと変化させた腕、教授の身の丈ほどもあるだろうか。軽々とその剣を振るう、その様子はまさに人間離れしている。間合いを詰められ、振り回されれば、たまったものではない。

 距離を詰めるべく、その辺にあった鉄骨を三四郎は腕力に任せ、投げつける。接触する瞬間まで反応しなかった教授、自らの肌に触れるか触れないかと言ったタイミングで大振りで剣を振る。


 からり、からり。


 両断された鉄骨が落ち、地面と接触する音が聞こえる。それから、視界から三四郎の姿が消えた。何処に消えたか、と神経を張り詰めていると、


「僕は此処にいるぞ!」


 上空へと跳躍していた。


(なるほど、いくら私が軽々と剣を振るっても、少しのラグが発生する……。それを読んだ上での上空からの攻撃か)


 経験を上回るには、三四郎の突飛な行動は良い手段だ。

 経験を積んでいると、ある程度のパターンで考えるようになることが多い。そこから最善の手を見出し、良い活路を見出すのがどの分野の経験者が行うことだ。しかし、初心者や突飛な行動をする者と言うのは、常にそうした予想を上回ってくる。

 経験通りに考えていたところを予測に反した行動をすることで、経験者と張り合うことができる。三四郎の行動はまさにそれで、それが本能によるものであれば、大したものだが。


「特攻覚悟か?それでは、吸血鬼のスキルをモノにできるのか?」

「吸血鬼のスキルってのは、これか!?」


 降下してくる三四郎に対し、再び剣から槍へと形状を変える。一瞬にして粒子へと変化し、それから形を形成する様子は確かに霧のように見えなくもない。素手で拳を作り、正面から槍へと変化させた腕が貫こうとしてくるのならば、三四郎の拳は槍をとしているように見えた。

 教授の口端が吊り上がる。三四郎の腕が姿を変えていたのだから。教授のような武器への変化ではなく、獣の脚のような変化。しかし、確かに戦闘の中で生まれたての吸血鬼は成長していっている。


 直進の拳撃は、教授の槍をへし折る。そのあと、槍がへし折れ、即座に腕が生え変わる。否、その現象は自己再生と言ってもいいだろう。徐々に元の状態を復元しようと身体の中の神経が蠢いて、本来の姿に戻そうとする働き。


「だがまだ届かない。それだけの変化では、ファウストには届かない」

「なら、再生中にも手堅く攻撃をすればいいんだよな!?」


 鋭く伸ばした爪、それを使って再生中の腕を消し飛ばそうとする。

ファウスト、と聞いて吸血鬼の青二才の殺意が増したように思える。煽り耐性のない、若さゆえの猪突猛進根性、身体を傷つけられても吸血鬼の回復能力を頼って防御を捨てた攻撃。大振りで、筋肉のリミッターを外した臓器狙いのヤクザキック。

 勢いに押され、壁へと教授は飛ばされる。人間であれば外すタイミングは本能が危機を察知することによって外される時が決まっているが、


「……いけた!意識して、リミッターが外せた!」


 三四郎にとっては賭けであった。意図して筋力のリミッターを外すことを念じてみるも、上手くいったようだ。しかし、吹き飛ばされた教授は三四郎の前から姿を消す。


「消えた!?」


 周囲を見渡す、「後ろだ」と振り返ったときには、三四郎は顔面に拳を入れられ、目の前が真っ暗になった。



 あの後、みやびは笹原を送っていった。笹原は、焦燥しきった様子ながらも、ミヤビのことを心配してくれ、彼女の祖父もまた同様だった。


「私は大丈夫だ、桃。なんとかなる。だけど、夏目は……」


 気がかりなのは、助けてくれた夏目三四郎。

 人間離れした相手に対し、躊躇うことなく立ち向かっていった様子は、何も出来ずに震えるだけだった自分に比べ、なんと勇猛なことか。彼は宮坂に憧れ、自分や笹原に対し、一緒にいてくれることに感謝を述べているが、一番感謝したいのは自分達だと三四郎は知らない。

 三四郎は問題児のレッテルを貼られていることで宮坂達に迷惑を被るのではないかと心配しているが、みやびは迷惑とは思わない。


(私が守ってやるべきだったのに……)


 逃げ出さざるを得なかったことに自分への憤りを感じ、一人、部屋着の着物姿でとぼとぼ歩いている。何処に向かうでもなく、ただ、夜の風を感じて頭を冷やしたかった。後輩をも守れない自分の剣なんて、たかが知れていると怒り、普段は纏めている髪も下ろしていた。


「遠山サン、だよな?」

「その声は、夏目か?」


 今最も会いたくて、会いたくない少年と出会ってしまった。

 相変わらず、赤いシャツに学生服を着ており、どことなく怪我が増えている。先ほどのことを思えば、あまりにもピンピンしているように見えるのは気のせいだろうか。少し気まずそうな様子を見ていると、なんだか自分の中で鬱屈としていたものが薄まるのを感じる。


「良かった。無事そうで。怪我とかないか?それにしても、」

「ああ、お前が守ってくれたからな。桃は私が見送った。今は、少し散歩がしたくてな。それで、それにしても、とは?」


 何か言うならはっきり言え、と普段のみやびなら言うだろうに今夜の彼女はしおらしい。普段のギャップと相まって、とても可愛らしく見える。恐らく、彼女の私服であろう着物と髪を下ろした姿に見惚れてしまい、思わず言葉が漏れる。


「遠山サン、綺麗だな」

「は、はぁ!?何いってるんだ、この馬鹿!そんなに傷だらけになって……、もう少し、私たちを頼っていいというのに……」


 あまり言われなれない事だったので、嬉しいけれど、思わず、気持ちを誤魔化そうとしてしまう。

 そして、三四郎の顔の擦り傷に手を這わせ、優しい手つきで撫でる。ちゃんと血が通っていて、生きていると感じられる。心なしか、体温が冷たく感じるのは気のせいだと信じたい。


 自分の無力感を噛み締めているみやび、そんな彼女に対し、三四郎は何か責めることもなく、優しく笑っている。笹原のことを慕っているのはみやびも知っている事だが、どうしてか心が痛い。

 自分達といるときに見せてくれる笑顔、あれを自分にだけ見せてくれたら、と思ってしまう。その気持ちに色恋沙汰に疎いみやびはどういったものか気づけず、頭を振って否定する。


「馬鹿で結構。無事ならよかった。笹原サンと遠山サンに怪我がないなら、僕も身体を張った価値があるもんだ」

「それでも、目上の者としてはな……」

「いいんだよ、それが男ってものだ。宮坂サンもそういうさ。……あの人も、無事ならいいんだけど。あんな奴がまだいるのなら、遠山サンの夜の散歩、僕も行っていいか?」

「お前も夜風を浴びたくなったのか?……でも、その前に、」


 そう言うと、みやびは顔を赤くして手を差し出す。


「こういうものは、えすこーととやらが必要なのだろう?心配させた罰だ、守ってもらうぞ?夏目」


 それから、三四郎はその手を取り、


「僕でよければ。させてもらうよ、遠山サン。じゃあ、夜の散歩をしに行こう」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る