03

 下校の道中、笹原に一日はどうだったかと三四郎は尋ねられた。授業終わりに廊下で移動教室から帰ってきたところとはいえ、三四郎は笹原に手を振ってもらえただけでも既に一日が薔薇色に見えるくらいには浮き足立っていた。

 本当ならば、笹原の隣で帰りたかった三四郎、しかし、男子は女子を護るものとみやびに言われ、道路沿いの車道近くを歩かされることとなってしまい、笹原の隣は叶うことはなかった。

 宮坂なら、こういうときは文句を言って意地でも隣に行こうとするのだが、笹原の前では良いところを見せたいと思っている三四郎としては、みやびに対して怒鳴りつけるまでの胆力を持っていなかったともいえる。


「……でね、こういうことがあったの」

「なるほどな。その男子は愚かな選択をしたものだ、心構えが足りん」

「相変わらず、みやびちゃんは面白いね。元からだもの、仕方ないよ」


 友人から聞いたであろう、とある男子の話をみやびに話しつつ、みやびがあまりにも直球過ぎる返しをしたものだから、笹原はくすくす笑った。

 みやびは決して悪い人物ではないのだが、真面目すぎる気性から冗談を冗談と理解できないところがある。

 そんな気質もあって、朝早く北川高校に出向き、木刀の素振りをしているそうで、その姿勢を買われては特別に素振りをするスペースをもらえているんだとか。


 真面目な性格である以上、宮坂の冗談を本気で捉えることが多く、嘘だと分かったときは宮坂を追い回し、木刀で叩きそうになったこともあった。

 暴力反対と叫びながら宮坂は逃げ回るが、いざというときは怒鳴りつけてみやびを泣かせるのだからタチが悪い。

 怒鳴りつける宮坂はさながら家庭内暴力を行う彼氏のよう、と形容するしかなく、笹原に諭されては気まずそうに謝るのを三四郎は良く見てきた。


「桃の話もいいが、たまには夏目の話も聞かせてくれないか?」

「僕の?」


 意外だった。

 笹原から話を振られるのは分かるが、みやびから話を聞きたいと言われるのは珍しいからである。

 どこか笹原も期待している様子、少しばかり宮坂ではないが、この状況はチャンスなのではないかと捉えた。

 しかし、面白い話のレパートリーは限りなく三四郎にはゼロに等しい。

 今日あったことでもいいからといわれても、担任教師の大場とクラスメイトの男子の遠藤とやらと揉めたこと、休み時間に風紀委員長の榊と揉めたことばかりしかない。

 こんなはずではなかったと時折思うが、それでも「気に入らないものには気に入らないと言わずにはいられない」三四郎の性分が働いてしまい、思わぬ出来事で食いかかってしまうのだ。


「そうだな……、僕の話か」

「うんうん、みやびちゃんもそうだけど、たまには私も聞きたいなと思ってたんだ。男の子の話も気になるし」


 三四郎が迷っていると、笹原が畳み掛けるようにのっかかって来る。

 ずいっと身を乗り出され、期待の眼差しを向けられることには流石の三四郎も心臓の鼓動が早くなる。

 昼食のときもそうだが、どうも笹原桃と言う女性は思春期男子の心も身体もおかしくさせる女性であるようだ。

 三四郎自身が笹原のことを思っているのもあるのだが、どうにもこうにも彼女の頼み方と言うのは体調に悪い。


 信頼している人の期待には必ず応えたくなる、というのは夏目三四郎にとっての美点である。

 しかし、こと緊張しているときに三四郎は自分がこれからしようとしていることを失敗するのではないかと考えることが稀にある。

そうした時、笹原の頼み方は三四郎にプレッシャーを与えるのだ。


「今日はいつも通り、宮坂サンと昼飯を食ったよ」


 我ながら最悪の切り出しである、ここで話を盛り上げることなく終わらせるなんて宮坂に叱られるレベルである。


「お前と宮坂はよく一緒にいるが、あいつのどこがいいんだ?」

「宮坂サンの長所?」


 ゆっくりと帰路に雑談しながらついているせいか、ちらりと傍にある公園の時計を見るともう四時半である。

 家まで近くはなってきたものの、結構な時間をゆったりと帰ってきているようだ。


「あの人の長所か……」


 みやびに尋ねられ、しばらくの間、三四郎は思案する。

珍しい質問であるのも確かだが、三四郎はそんなに深く考えて宮坂のことを評価したことはなかった。

 ただ一緒にいて楽しく、自分が誰かに力を借りたいときは相談に乗ってくれ、同世代の友人の代わりといってはなんだが、同世代の友人といるように騒いでいて楽しい相手であるのは確かだ。

 二度も楽しいといったが、自分の中ではそれほどまでに宮坂大和と言う男の存在は大きかったらしい。兄貴分、というと宮坂がしばらくの間、ずっと調子に乗るのは目に見えているので言わないでおくが。

 それでも、宮坂を慕っていることは宮坂も気づいていることだろう。とある事件をきっかけにまわりから人がほとんど消えてしまい、残されたのは笹原とみやびと三四郎だけになってしまったこともあってか、宮坂は三人のことを大切に思っていることは伺える。


「これは秘密なんだけどさ、兄貴みたいなもんだって思ってる。馬鹿でお調子者だけど、僕はあの人に救われてる」

「兄弟、か。確かに宮坂の奴、お前といて楽しそうだものな。見ているこちらも幸せな気持ちになる」

「そうだね。夏目くんも宮坂くんも一緒にいて楽しそう。先輩後輩だから正しいのかわかんないんだけど、男の友情って言うのかな?」


 少し頬をかきながら、三四郎が答えれば、みやびの表情が優しくなった。

 それから、笹原がふふ、と柔らかく笑い、時計を見上げると、あ、いけないと漏らした。


「どうかしたのか?桃」

「あ、実はね、今日は夜の時間帯の手伝いをする約束なの」

「食堂のほうの?」

「そうそう。おじいちゃん、夏目くんのこと待ってるって」


 笹原の用事と言うのは、笹原を小さい頃から面倒を見ている祖父の笹原歳三が経営している食堂の手伝いのことだった。

 居住スペースに食堂のスペースに分けられた、食堂“ささのは”はリーズナブルな値段と学生にも嬉しい大盛りメニューから経営が潤っている。

 店主の笹原歳三は老体ではあるが、年齢に似合わない筋肉質な肉体と太い腕で振るわれるフライパンによって生み出される料理の数々は宮坂と下校中によって夕飯を摂ることもあり、腹を満たしている。

 容姿とアクセサリーもあり、チャラチャラしていると断じられた宮坂を笹原歳三は気に入っていないようだが、その本質を見抜いているらしく、三四郎のことを“シロウ坊主”と呼んでいる。


 笹原の気前の良さと愛嬌のある笑顔もあり、“ささのは”において看板娘を見事につとめている。

 古臭い内装だが、そこに年若い女子高生が看板娘であれば、華になるというもので笹原目当てにやってくる客も多くおり、可愛い孫娘を思うあまり、「手ェ出せば許さん」と睨みを歳三は利かせている。


「また行かせてもらうよ、笹原サンのところの食事は美味しいし」

「夏目の食いっぷりは美味そうだからな、常に」

「飢えてるからなぁ、僕は常に」


 男子として素晴らしいことだぞ、と腕組みをして頷くみやびを見ながら微笑ましい気持ちになるが、その言葉に嘘はなかった。

 北川中学校から北川高校に入学するにあたり、諸事情あって親戚の家から通っていたのだが、北川高校に入学することになってからは電車で二時間と家からかなりの距離になることもあり、学校から歩いて二十分のところにあるアパートに暮らすようになった。

 アパート、というのも北川高校でかつて寮として使われていたところであり、学生には無料で貸し出しているところで食費や水道費を初めとするライフラインは自費といったところだ。


 夏目三四郎は両親が多忙なあまり、親戚の家に預けられて育った。

親戚のほうも、両親から多額の金銭を受け取ったこともあり、文句を言わないが、三四郎のことを邪魔に思っている節が見られるのは確か。

 流石に幼少期は虐待を受けていたことはなかったが、三四郎のことをバケモノか何かを見る目で見ていたことだけは忘れられないだろう。

 居辛い家にいるよりも、と三四郎から親戚に提案したのだが、三四郎の思っていた通り、親戚はその提案に乗ってくれて今に至る。

 学費は両親から渡された金で払うとのことで、食費も渡されているのだが、どうもエネルギー効率の悪い身体らしく、常に飢えている状態で悪く言えば食い意地が張っていた。


「食い意地と言えば、私も同様だ。そこなお嬢さん、血を恵んでくれないかね?」

「お前、さっきの……!」


 ねっとりと会話に割り込んできたのは、三四郎が学校で見た洋風の装いをした男性だった。

 男性が姿を現すと、学校に居るときに感じたように肌寒く感じる。時間は公園にある時計で五時に針を示した。

 三四郎が男に指を差すと、男は三四郎の様子に少し喜んでいるようにも見えた。否、喜んでいるというよりも、むしろ、蚊を見たときに忌々しく感じるような、そんな笑顔だった。


「先ほどの坊主か。忌々しい相手を追いかけ、ふらりとこの極東の辺境の地にやってくれば、甘い匂いがあるじゃあないか。それに釣られてやって来れば、なんと未熟な男。獣の香りのする忌々しい小僧と来た。小僧、他者に指を向けてはならぬと教わらなかったか?否、小僧のような獣は教えられていることにも気づかぬ愚鈍さか」

「わ、私達に近づくな!」


 三四郎を忌々しそうに歯噛みし、肩を残念そうに竦める男。

黒の長髪、真っ白な肌、貴族風の装い、そしてなによりも目をつくのは鮮血のような紅い瞳。

 身振り手振りがまるで舞台に出演している俳優のよう、ちらりと見える鋭い歯は作り物には見えない。

 底知れぬものを感じつつも、みやびはケースから木刀を取り出し、構えを取っていた。普段は勇敢なみやび、それでも目の前の男の不気味さには抗えぬものを感じたのだろう、身体が震えている。


 そんな武道少女の様子に男は大層、満足したのか舌なめずりをする。

 三四郎は今度こそ見逃さなかった、男の口の中に確かに吸血鬼らしい牙が見えることを――!


「ほう、随分、勇敢なお嬢さんだ。これはきっと甘くも蕩けるような蜜の味も期待できそうだ」

「なんだよ、お前。吸血鬼か?」

「私はそちらの娘二人に興味を持っている。関係ないことだ、娘二人を置いていけ」


 男は勇敢、とみやびを褒め称え、ゆっくりと近寄れば、その木刀を細い指を絡ませ、容易にへし折った。

 

まるで、小枝でも折るかのようにあっさりと。

 

 笹原はそんな不気味な様子に身体が震えてしまい、震えが収まらない。

 三四郎は笹原の様子が見ていられず、そっと笹原の手に触れ、握り締める。

吸血鬼は三四郎のほうには全く興味を示しておらず、木刀をへし折った後はみやびの頬に左手を添え、右頬を優しく爪でつーっと這わせる。

半熟卵にナイフの切り込みを入れると、中のとろとろの黄身が溢れ出てくるようにみやびの頬からは血が溢れた。

怯えるみやびの表情には、普段の勇壮さも気の強さも窺えず、年齢相応の少女であり、それを見逃す三四郎ではなかった。


「誰が置いていくかよ、吸血鬼のオッサン」

「私が吸血鬼、そうと言ったか?小僧」

「ああ、言ったさ。あんたがどうしようもないほどに変態で、女じゃないと襲えないくらいのチキン野郎だってなァ!」


 我ながら、大した啖呵だ。

 そして、久しぶりの怒りといえる。否、ただの怒りではない、恐怖に打ち克つ為に自分を誤魔化すべく、自分が相手に対して怒っているのだと言い聞かせているマガイモノ。

 三四郎の言い方にカチン、と吸血鬼は来たようだ。

勇気と蛮勇は違うというが、今このときばかりは我慢が出来るはずがない。自分の大切な人たちを怖がらせ、手を出したのであれば、誰であれ立ち向かう。


気に入らないものは気に入らない、だから一言必ず突きつける。

これまでも、このように生きてきてうまく言った試しは数えるほどしかなく、周囲の人間からは嫌われ、今では遂に問題児のレッテルまで貼られた。

けれど、自分に対して優しく接してくれる大切な人を護れず、なにが「気に入らないものは気に入らない」という生き方だと言うのか。


三四郎は吸血鬼と見た男に殴りかかった、願わくば、ただの変質者でありますようにと。木刀をへし折ったのは男が元から力が強いだけであり、吸血鬼なんかではないようにと。

今ここに居る中で自分の判断は馬鹿かもしれない、しかし、それでも、不気味な男に怯えている女性が二人居るのならば、せめて逃げる時間だけは作りたい。

それだけを思い、拳を勢いよく作っては男の、吸血鬼の頬を殴り抜く。


その瞬間、みやびの頬から手は離れ、「みやびちゃんッ!」とふらりと足元のおぼつかないみやびに笹原が駆け寄った。


「……」

「さっさと手を離せ、そういったんだ」


 男の頬が僅かに切れている、不機嫌そうだ。

 三四郎の表情は恐怖を押し殺し、しめた、と内心で少しばかりガッツポーズをしたが、男は流れた血を舐めとると――その傷は回復した。


「この程度、このファウストの能力を使うまでもなかった。晩餐の前菜を確保しにやってきたのだが、辺境の地に羽虫が居るとはな。これだから、人間の男、それも青二才にはイライラさせられる。特有の万能感、それだけで吸血鬼に抗うつもりだ」

「だから、どうした」

「だから、だと?」


 三四郎が強がる。

 すると、吸血鬼――ファウストは三四郎の手を引っ張り、その手を握り締める。どうするつもりかと思った矢先、めきり、と嫌な音が響く。

 三四郎はファウストの手を離そうとするが、ファウストの拘束は硬く、そして強い。

 力はまるで万力に締め付けられたかのようで、手に感覚が殆どない。激痛が走る。

 もう片方の手で殴りつけようとするも、その手も同様に握りつぶされてしまい、今度は腕まで捻られてあらぬ方向を向いている有様。


「―――ッ!」

「こうしてやったわ!ふは、フハハハハハハ!敵わぬ相手に女に勇猛さでも見せるつもりだったのだろうが、相手が悪かったようだなァ!人間が吸血鬼に敵うものか!」

「な、夏目くんっ!」


 笹原が三四郎を心配し、駆け寄ろうとする。

 明らかに異常な光景だ、それでも、目の前の男の子は男の子であると言う理由だけで立ち向かっている。

 心優しい笹原桃は心配せずにはいられなかった、しかし、三四郎は笹原のほうを向いて叫ぶ。


「来るなッ、笹原サンッ!笹原サンは遠山サンを連れて逃げろ!遠回りしてもいい、誰か連れて、」

「黙ってろ、羽虫が」


 三四郎が叫べば、ファウストは三四郎の腹部に蹴りを入れる。ごふっ、と上から押し潰されたような蛙の声を出し、口から昼食を胃液ごと吐き出す。

 そのときに歯で口内を切ってしまったらしく、三四郎の口まわりは血で真っ赤に染まっている。

 怒り心頭の様子のファウスト、その目に先ほどと比べて余裕の色は見当たらない。目の前の蛾を全力で払うつもりだ。


「全く、愚かなものよ。じっとしておけば、こんな目には遭わずにすんだのに」


 下顎を殴りつけられる。

 歯が折れた。

 顔を殴りつけられる、吸血鬼のあの怪力であれば、膨れ上がるのも時間の問題だ。それとも、顔の骨が歪んで高校中退、中卒で家に引きこもる羽目になるかもしれない。

 三四郎はそれでも良かった、想い人とみやびが助かるのであれば、自分の命は惜しくなんかない。

 泣き出しそうな様子の笹原にぼろぼろのまま、笑顔を向ける。

 笹原が泣き出しそうなのをこらえ、みやびを連れて元来た道を逃げる。その前に学校指定の鞄は置いていき、みやびを必死に引っ張っている。


 大方、我に返ったみやびが自分もその場に残ると主張し、怒っているのだろう。

 本当にいい人にめぐり合えた、吸血鬼にかなわなくったって、勝てなくったって、時間稼ぎを自分の死で出来るのならば、本望だ。


「哀れな奴だな。必死に守り通そうとした娘には逃げられ、小僧はここで一人で死ぬ。知らなかったか?その気になれば、私はこの手で羽虫如きすぐに捻り潰せる」


 地面の上に伏している状態で力任せに髪をつかまれ、立ち上がるようにさせられれば、顔に近づけられる。

 ボロボロになった今では視界も狭く、おぼつかないが、こうしてみると腹が立つほどに美形だ。

 その美形も台無しなほどに酷く顔が歪んでいる、お前の顔は醜い、そういってやろうにも、声が出ない。


「嗚呼、喉が渇いた。羽虫の血液なんぞ、腹を満たすのには使えないが、あの娘どもを追いかけるのに一汗掻く必要がある。全く、誰の仕業だろうな?泣き腫らし、恐怖で駆けながらも、それでも、己を護ろうとした男の姿のために助けを呼びにいくが、それも無駄に終わる。いい終わりじゃないか、桃とみやび。ちょうどいい銘の美酒だ」


 どこで知ったのか、吸血鬼としての能力を使ったのか。

 ファウストは悔しさで涙を流す三四郎の首筋に牙を突き立て、それから血を啜り上げる。


 嫌だった。

 このまま、為す術もなく、自分が殺されることが。

 嫌だった。

 このまま、なんとか逃がした二人が吸血鬼の毒牙に掛かることが。

 気に入らなかった。

 人間を、人間と、家畜としか考えていない吸血鬼が。


「なんだ?醜く腫れ上がったこともあってか、豚のようだな?お似合いだよ、小僧」


 憎たらしい、アイツの声が聞こえる。

 血を吸っている、今、どうやって顔の状態を確かめるかといわれれば、顔に手が触れていることだけ。

 ファウストは殺すつもりだ、吸血が終われば、空のペットボトルを道端に捨てるように簡単に縊り殺す気だ。


 まだ、まだ、できていない。

 気に入らない、こんな終わり方なんて気に入らない。

 昔から身を駆り立てたのはなんだ?

 そして、どうしてこうなった?

 理由を思い出せ、どうして、宮坂大和と知り合えた?

 夏目三四郎の、お前の原点を思い出せ。


「こいつ、どこにそんな力が……!?まあいい、これくらい吸えば問題はない。ゆっくり、晩餐を味わわせてもらおうか、家畜が」


身体は動く、力を込めれば、首だって。

吸血鬼の拘束から無理やり抜け出せば、びたんっ!と陸上に打ち上げられた魚のように血飛沫が跳ねる。


『お前の本能を開放しろ』


 薄れゆく意識の中、今にも手放しそうになっていた時、何かが自分に語りかける。

 手に力は入らない、なぜなら折られているからだ。

 足にも力は入らない、なぜなら出血が多すぎるからだ。


 だけど、耳に入るファウストの悔しそうな声が聞こえたことだけは満足で、ただ声に応えるように、三四郎は手を伸ばそうとする。

 意識が途切れる前、三四郎は“黒”を見た。

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