02

「宮坂サン、何言ってんだ。また咽たじゃないか」

「お前、本当に面白い奴だよな。安心するわ」


 ゲホッゲホッとまた咽た後輩、その背中を再び擦りながら宮坂は謝罪をする。リアクションがいいというか、弄り甲斐のある後輩だと思う。

 睨み付ける視線も二年前に比べ、鋭くなったのは自分に似てしまったのではないかと懸念しているが、その線は濃厚と見てもいいだろう。


「んで、吸血鬼がどうしたんだ」

「切り替えが早い奴だ」


 三四郎の竹を割ったようなところは、本当に気持ちのいい奴だと思う。


「遠山って知ってんだろ?あいつが自主トレ中に聞いたらしいんだが」

「遠山みやびサン?笹原サンの親友の?」


 遠山みやび。


 宮坂に紹介された宮坂の友人の一人であり、武道少女である。学年は宮坂達と同世代であり、古風な振る舞いと男性的な口調から彼女もまた三四郎と同様に周囲から浮いている。宮坂が三四郎に変なことを吹き込んではいないか、と宮坂と二人でいるときに会えば、いつも宮坂を叱責している。

 何かあれば私を頼れ、と声をかけてくれるところは宮坂と同様に面倒見がいいのだろう。彼女はきっと宮坂と同性であれば、いいコンビになっていたのには間違いない。

 特に仲が良いのは笹原であり、昼食もよく撮っているところを目にしたことがある。昼食時、笹原と同様にお手製の弁当を食べているのを見ていると、人差し指で額を突かれるのは記憶に新しい。


 しかし、そうした一面はどうやら他の生徒にはあまり見せないらしいようで、他の生徒からは近寄りがたい女性と思われている様なのだ。

一人でいるところを見ることが多く、三四郎を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる様子はさながら子犬のようと言ったところか。

 オカルトの類に敏感なところも見当たらず、一刀の元に叩きッ斬ると言わんばかりの剣士のイメージがあった。


「そ。なんでも、最近、学生ばかりが吸血鬼に狙われているらしいぜ。クッソ白い外人だったらしいぞ?カッコは黒ずくめ、映画のドラキュラみたいな感じだな」

「学生ばかり?北川高校のか?そこまでありきたりすぎると逆に怪しいな」

「いや、ウチんトコに限った話じゃないんだ。北川市内の学生が狙われてるらしんだわ、そーいや、今朝のホームルームでも言われなかったか?」

「言っていたような、言っていなかったような……」


 正直なところ、今朝のホームルームについては三四郎は殆ど記憶がない。なぜならば、寝不足と言うわけでもないが、居眠りをしていたからだ。

事勿れ主義者なのか、そんな三四郎を担任は起こすこともせず、今朝の連絡を三四郎は聞いていなかった。

 要領を得ない三四郎、そんな様子に溜め息をついた宮坂は肩にポンと手を置いた。憐憫の表情を腹立たしく三四郎に向けて。


「おいおい、しっかりしろよ。これをチャンスだと思えよ、笹原と下校できるんだぜ?」

「あんた、天才か」


 三四郎が目を見開いて宮坂を褒めれば、いいぞ、もっと言ってくれと宮坂は笑う。

 宮坂は三四郎がぴくっと身体を震わせ、反応した様子を見逃さなかった。年頃の少年らしく、そういったことには興味があるようで安心した。


「いいか、誘い方を教えてやる。笹原のクラスは分かるな?」

「あんたと同じクラスだ」


 上出来だ、と宮坂は三四郎の髪をわしゃわしゃと撫でた。

 クラスに居場所がないとは言え、放課後によく三四郎のほうから迎えに来ることもあり、宮坂から伝えているが、こうも即答をされると教えた甲斐もあるというものだ。

 覚えと筋がいいから三四郎のことを気に入っているところもあるな、と宮坂は感じた。

今までにない真剣な表情の三四郎、それほどに笹原のことが好きなのかと思わされる。

 優しい性格で運動部のエース“だった”宮坂にも、色眼鏡を通して見ないのが救いであった。


「よし。では、どうやって誘い出すのかだが……「おい、宮坂に夏目」


 宮坂大和の恋愛講座が幕を開きかけたところで、挑発を吹っかけてくるような物言いの声が飛ばされた。


「ああん?んだよ、何にもしてねえだろうが?」

「そういう態度が先生方との軋轢を生むのだ。時計の針を見ろ、そろそろ時間だぞ?」

「へいへい、分かってますよっての。風紀委員長は帰らなくて平気かよ?」

「俺は大丈夫だ。先生方から風紀委員長である以上、許しは得ているからな。ほらほら、帰った帰った。走れば間に合うぞ」


 声の主は北川高校風紀委員会の風紀委員長、榊総司だった。

 角刈りで背が高く、剣道部の主将を務める三年生で技量ではなく、力で攻めるタイプとのこと。名前の字面からして沖田総司が由来らしいが、稀代の美少年剣士のイメージの持たれる沖田総司とは正反対の体育会系でがっしりと身体も引き締まっている。

 失礼な話、宮坂は最近の吸血鬼による襲撃事件でも吸血鬼が榊を狙うことはないだろうと思った。こんなゴツい男、この男を狙うくらいならば、まだ宮坂がたとえば吸血鬼だったとして、三四郎を狙うだろう。

 

 朝礼でも他の風紀委員連中とともにまるで首相を守るSPのように、前に立って他の生徒の様子を見ている。

 三四郎としては、特に何もしなければ、小言の多い教師陣に比べればマシと言う認識だが、赤シャツを見逃さない榊ではなかった。


「おい、夏目!その赤シャツはなんだ!制服に着替えろ!」

「別にいいじゃねえっすか、委員長さん。人に迷惑をかけているわけでもなし」

「そういう問題ではない。これは風紀に関わるのだ」

「結局、あんたはどっちなんすか?俺と三四郎を注意したいのか、それとも授業に教室に行かせたいのか。……行くぞ、三四郎」

「むっ、あ、おい!」


 三四郎の制服の上着に着ている、赤シャツに対して榊が注意をすれば、宮坂は榊に食らいついた。

 自分の言っていたことの矛盾を突かれたのが痛かったのか、榊は反論する様子を見せなかった。

その隙を狙い、宮坂は三四郎を引き連れて屋上からさっさと去ることにした。榊の言うことは風紀委員長として正当性がある分、普段のような無鉄砲さで食って掛かることはなかったが、振り向き様に榊を見ると気まずそうな様子だったのは忘れることはないだろう。


「三四郎、遅れんぞー」

「待ってくれよ、宮坂サン」


 宮坂は気配で三四郎が榊のほうを見ているのを悟ったのか、榊を見ずに三四郎に声をかけた。

 三四郎は慌てて宮坂の後をついていった。



「……では、これにて授業を終了する。今日のことはしっかりと復習しておくように。おい、夏目。話は聞いていたか?」


 一日の最後の授業が終わりを告げ、恰幅とガタイのいい生物教師の城戸に廊下側の二番目の席に座っている三四郎に向けて言葉を投げかけられる。

その教師は別に生活指導と言うわけではないが、問題児のレッテルを教師陣に貼られている三四郎に対するイメージは生物教師の中でも変わっていないようで、廊下で移動教室帰りの笹原が見慣れぬ女子生徒と談話をしている中、三四郎の視線に気づくと小さく手を振った。


三四郎は笹原が手を振ってくれたことが嬉しく、少し頬が緩んでしまっていた。

自分の話が聞かれていなかったことに城戸はすぐに気づき、即座にチョークを投げつけた。城戸は古風な考えの持ち主で、話を聞いていない生徒にはチョークを投げつけることも辞さない人物であった。


「夏目、自分がそうされた理由は分かるな?」

「以後、気をつける」


 チョークを頭にぶつけられた痛みで頭を押さえながらも、三四郎は小さく頭を下げた。


「お前はまずはその態度を直せとだな……、まぁいい。朝のホームルームでも聞いたと思うが、近頃は不審者がよく目撃されている。目撃証言から若いモンは吸血鬼だのなんだのと騒いじゃいるが、暖かくなったときに変質者は出ると相場は決まっているんだ。放課後にゲームセンターで無駄な時間を過ごさないことだな」


 三四郎の態度が気に食わなかったのか、城戸はまだ怒っているようだ。しかし、宮坂の言っていたように吸血鬼の目撃証言がある以上、城戸はさっさと生徒を下校させたいようだ。

 城戸の性格上、生徒が心配だからそうさせるのではなく、無駄に自分が時間を浪費させられることを何よりも嫌うというのがあるが、そうした嫌みな態度が生徒にもよく思われていないことは間違いないだろう。


「では、委員長」

「起立」

 

 自身もすぐに職員室に戻りたかったのか、城戸はすぐに話を切り上げた。

 委員長に振ると、委員長を任されている生徒が起立、というとバラバラにクラスメイトが立ち上がり、三四郎もそれに倣った。

 礼、の委員長の一言でこれもまたバラバラにあいさつをし、城戸はさっさと外に出て行ってしまった。

 授業が終わり、担任の教師が帰ってくるまでの間、クラス中が吸血鬼と先ほどの城戸の様子で話題が持ちきりだ。さっさと下校する為の用意を無言で黙々と進めている三四郎、こそこそと自分に対してだろうか、ひそひそ話が聞こえてくる。


「なぁおい見たか?さっきの夏目」

「廊下で何を見てたんだかしらねえけどよ、いいご身分だよな」

「二年の遠山みやび先輩、笹原桃先輩、それに元エースの宮坂大和先輩くらいしか連む相手がいないって噂、本当らしいな」

「遠山先輩や宮坂先輩はまだしも、笹原先輩との接点がわからねえ。あの大人しい先輩が夏目に相手するわけねえだろ?」

「おおかた、脅迫されたとかそんなクチなんじゃねえか?」


 クラスメイトの男子のグループはそんな話を三四郎が聞こえる場所で繰り広げている。

おそらく、話の内容からして彼らは三四郎と同じ中学の出身ではないようだ。

 興味のない人間の名前を覚えるつもりが毛頭ない三四郎、彼らにどうこう言われるのは無視する方向でいく気だった。

 早々に一日最後のホームルームを終え、笹原に一緒に帰らないかと誘いに行くという夏目三四郎一世一代の大勝負が待ち受けているのだから。

 こんな時ばかりは笹原と一緒に帰れる理由付けとなるのだから、吸血鬼様様といったところだろうか。

 人数は定かではないが、被害者に申し訳ないところではあるけれど。


 宮坂が聞けば、即座に飛び掛って掴みかかりそうな台詞だが、三四郎はそれでも自分を自制していた。

 誰と関わろうが自分の勝手、人に迷惑を書けでもしない限りは自分が誰を好きになってもいいじゃないか。

 そんな風に思っているので、最後の言葉以外は聞き流すことは出来た。


「おい、お前。今なんと言った?」

「なんだよ、夏目。別に俺たちが話していようと関係がないだろ?お前にはよ。それよりさ、教えてくれよ。さっき、城戸に説教されてたってのに何見てたんだ?やっぱり、変なものが見えんのか?変人てよ。教えてくれよ?夏目ぇ?」


 三四郎がその中でもとりわけ声を大きくして話していた生徒に詰め寄ると、その男子生徒はニヤニヤした顔を隠さない。

 昼間に見た宮坂のニンマリ顔とは違う、三四郎が嫌悪する人を馬鹿にしたような笑顔だ。男子生徒は三四郎を如何にも怒らせようとしているのが周囲からも分かるほどで、事情を察したクラスメイト達も様子を窺うばかりで関わる様子を見せない。


「なぁ、話せねえわけじゃないんだろ?俺に教えてくれよ」


 自らに注目を集めていることに気分をよくしたらしく、男子生徒は三四郎に顔を近づける。

 すると、三四郎はすぐにその襟首を力いっぱいに掴んだ。引き千切れんばかりの力の入れよう、唐突な三四郎の行動に男子生徒は驚いたような表情を見せた。


「僕が何を見ていようが、それは僕の勝手だ。次に同じようなことを言ってみろ。僕はお前を、」

「どうするつもりなんだ?夏目。その手を離せ」

「せ、先生ぇ……、夏目が」

「大丈夫か、遠藤。夏目、お前がどうして、この高校に入れたかわかっているのか?」


 左手で襟首を掴み、右手を振り上げると、その手首を掴んだのは逞しい男の手だった。

振り返ると、ジャージ姿に濃い顔の担任教師の大場が立っている。

 身長も年頃の男子に比べ、大きいほうの三四郎と並んでも背が高く、問題児の夏目三四郎を抑えられる教諭として選ばれたのが腕っ節によるものと伝わってくる。

 自らの所業を知らせない、三四郎を嵌めたい生徒達にしてみれば、大場が目の上のたんこぶとしている三四郎を不利な立場にすることは快感であった。


「僕を更正させて学校に箔をつけるんだろ?問題児の夏目三四郎、それすらも更正させて見せました。我が校の教育力はこれほどです、ってさ」

「お前……、校長先生のご厚意によるものだぞ!?なんてことを!」


 三四郎が手を離したことで、冷たい床へと振り落とされる遠藤と呼ばれた男子生徒。

 遠藤に駆け寄る仲間達からの言葉はわざとらしく、三四郎に向けられる視線も腹が立つ。

わざと大振りに身振り手振りをしてみせ、三四郎は大場の目を見て離さない。

 噂では、中学時代に舎弟関係にあった宮坂大和と夏目三四郎を北川高校に受け入れたのは自らの教育力の誇示によるものなんだとか。

 スポーツ推薦がある事件で取り消され、宮坂がなんとか食らいつくようにして勉強して入れたのが市立北川高校だという。


 その噂を話していた生徒は宮坂と同じ二年生だが、それでも構わずに食って掛かった三四郎は今日と同じように掴みかかっていた。

 他人のこと、それも、宮坂大和、遠山みやび、笹原桃については熱くなりやすいというのは少しでも夏目三四郎について知っていれば入る情報。

 面白がる上級生が三四郎を挑発し、痛い目を見たという話が赤シャツの三四郎と言う異名をより悪名へと仕立て上げている。


「ほら、さっさとホームルームをはじめてくれよ?なんなら、僕だけ帰ろうか?この空気じゃ、大場センセもやりにくいだろうに」

「勝手にしろ。だが、夏目。覚えておけよ?お前は必ず後悔するからな」


 三四郎が周囲を見渡し、いつの間にか自分のせいにされている流れになっていることに自嘲する。

 それから、三四郎は大場に毒を吐き、「じゃ、お先に失礼します」と鞄を掴んで教室を出て行った。


「ったく、僕は悪くないってのに。嫌だと思ったことは嫌だといっちゃいけないのか?間違ってるっての」


 他のクラスがホームルームをはじめている中、三四郎は足早に階段を下りた。

 三四郎の一年生の教室があるのは三階、二階には宮阪達二年の教室、一階が三年の教室がある。

 ホームルーム中、問題児の赤シャツの三四郎が宮坂の教室の前で待っていたとしても、宮坂は同じように浮いている者同士、愛想よく手を振ってくれるし、呼んでもくれるが、笹原はそうは行かないだろう。

 無視こそしないものの、三四郎が名前を呼べば、明日からまともに北川高校で学生生活を送れるとは考えられない。

 アウトローにはとことん風当たりが強いのだ。


 であれば、目指すは下駄箱前。

 そこで携帯電話でも弄っていれば、笹原を待つことは出来るだろう。

赤シャツの三四郎の知名度がどれほどまでに高いか知らないが、多少は赤シャツを隠す必要があるかもしれない。

好きでやっている以外にこれと言ったポリシーはないが、笹原と下校できるのであれば、多少の我慢はするつもりだ。


上着の前のボタンを中央のものを一つ、上から二番目のものを一つずつ。

それぞれ留め、髪も染めず、アクセサリーもこれといってしていない三四郎は服装に口煩い榊のような者に出会わなければ、ごく普通の生徒だろう。

少しばかり目の色は普通の日本人に比べ、鮮やかではあるけれど。


「ん?なんだ、あれ」


 時刻は午後三時四十五分。

 季節は初夏、明日から北川高校では、夏服がはじまるといったくらいには気温は高まっている。

 そんな時期、いかにも貴族と言った風体の外国人らしき男がフェンス越しに三四郎のほうを見ているらしい。

 らしい、というのもあまり三四郎は目が良いほうではない為、断定できないのだが。

心なしか気温まで下がっている気さえする。


「そこで何してるんだ?」

「……」


 三四郎が言葉をかけても、その男はこれと言って反応を返す気配はない。

 ただ三四郎をじっと見つめ、まるで獲物でも見定める狩猟者のよう。

 本当ならば、英語の成績もそこまでよくなく、見るからに外国人と言った男に日本語で声をかけるのは愚かな選択肢かと思ったが、三四郎の奥底にあるお節介が前に出てきた。


「……」


 男は答えない。

 しかし、唇は何かを言うかのように数回動いた。

 何を言っているのかまでは男と三四郎の間に距離が開いている為、聞き取ることは出来なかったが。


「あれ、夏目くん。どうしたの?こんなところで」

「笹原サン、あそこに――」


 そろそろ、気が進まないが教師でも呼ぶかと思っていたところに笹原に声がかけられる。

男が居た位置に向け、振り返って指を差して示すが――。


「あそこに?誰も居ないよ。不審者でも見た?」

「あれ、おかしいな」

「でも、気をつけなくちゃ駄目だよ?何を持ってるか分からないんだから」

「あー、分かった」


 男が居たはずの位置には誰も居なかった。

 心なしか、気温も戻った気がする。

 笹原は三四郎の言葉を嘘とし、からかわれていたことを怒ることもなく、三四郎を見てしっかりと注意した。


「どうかしたのか?桃」

「みやびちゃん、夏目くんがね。誰か見たらしいんだけど……」

「それは本当か、夏目。ならば、先生を呼んでくるが――」


 後ろからひょこっと現れた、凛々しい顔立ちの背は女子年は高めの武道少女・遠山みやび。

 今日はその長い髪をサイドテールに纏め、制服はきちんと着こなしており、その肩には木刀が収まっているのだろうか、ケースを持っている。

みやびは笹原のシュシュと対照的な簡素なヘアゴムを使っているが、容姿の良さもあって映えている。

 男である三四郎の目から見てもカッコいいといえるが、笹原曰く、あまりそのように言われて欲しくないようだ。

 教師を呼びにいくと動いた、みやびの手首を掴んだ


「いや、大丈夫だ。僕の見間違えらしい。わざわざ、遠山サンの手を煩わせるわけには行かない」

「そうか?誰かに危害が及ぶ前に手は打っておきたいが……」

 

 こうした外見のカッコよさに違わず、男勝りの口調もあってみやびは近寄りがたいらしい。

 武道を嗜んでいるらしく、弱きを助け強きを挫くと言うスタンスは根底から持っているようだ。

 三四郎に言われれば、少し残念そうに眉をみやびは下げた。


「そういえば、夏目。一年はこんなに早くホームルームが終わるのか?大場教諭のホームルームは――」

「遠山サン、笹原サン。最近は物騒だというし、僕と帰らないか?」

「え、でも、いいの?夏目くん、危なくない?」


 みやびが何かを思い出したように三四郎を見るが、それを横槍するように三四郎から提案する。

 話題を逸らすには些か強引過ぎたが、ここでみやびに叱られるのはあまりにも得策ではない。


「笹原サン、これでも僕は男だ。多少のことくらいでへばりやしないさ。遠山サンもそれでいい?」

「あ、ああ。私もそれで構わない。男子たる者、女子は護るものだからな」


 心配そうな笹原の言葉に三四郎は片手でガッツポーズを取り、力瘤を作って自ら叩く。

大場や宮坂よりも小さく細いのもいいところだが、そこはご愛嬌である。

 遠山はふふん、と鼻を鳴らすが、自分の言っている言葉に気づいて少し顔が赤くなったのは気のせいだろうか。

 

 宮坂サン、予定とは随分違うけれど、笹原サンを誘うのに成功したよ。


 特に何も声をかけなかったが、明日怒られやしないかなと思いつつ、三四郎は笹原達と帰路に着いた。

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