01
北川市にある、私立北川高校。
その一年生の教室、そこで夏目三四郎は授業終わりに教科書やノートを鞄へと直し、登校中に買ってきた菓子パンの入った袋を片手に“いつもの場所”へと向かう。待たせている誰かがいるためか、その足取りも少し早い。
その誰か――宮坂大和との出会いから二年、その間に三四郎の背も長身の宮坂と並ぶほどまでに背が伸びた。赤シャツは相変わらずであり、入学式前のガイダンスでも教師からの受けは悪かった。早々に悪い噂が広がっていたらしい。
赤シャツの夏目。
その名前を知らぬ生徒は北川高校にはいない、と称されるほどの有名人。
それが夏目三四郎であった。
よく言えば熱血漢、悪く言えば、誰に対しても食って掛かるほどの悪漢であると称されている。そんな夏目三四郎に親しく接している宮坂大和を初めとする生徒達は一部の教師の間では、“不良”と見られていた。
「あれ、夏目くん。これから、お昼ごはん?」
「こんにちは、笹原サン。笹原サンも?」
「今から友達とお昼だよ。よかったら、夏目くんも来る?」
三四郎を呼び止めたのは、一学年上で宮坂の同級生に当たる女子生徒・笹原桃だった。シュシュで髪を纏めた女子生徒、彼女と知り合ったのは宮坂を通じて紹介され、宮坂以外に三四郎を可愛がっている人物だ。
笹原から昼食の誘いをされたのは有り難かったが、先約はいつも通り、既に取られている。少し前からの約束であり、今の三四郎の環境を整えてくれた恩人とも言える先輩だ。
それに入学早々に既に校内屈指の問題児と称されている夏目三四郎と一緒にいるところを見られれば、笹原にどんな影響が及ぶか分からない。
密かに笹原のことを想っている三四郎には笹原の将来が無茶苦茶になるのは避けたいことであるが、笹原との昼食は魅力的であった。
「遠慮しておく。笹原サンに迷惑が掛かる」
「そんな、大丈夫だよ。きっと受け容れてくれるって」
「けどなぁ……」
三四郎が誤魔化すと笹原は少しばかり残念そうな様子を見せた。
笹原は三四郎への周囲への扱いに文句を言う心優しいところがあり、以前も三四郎に向けられた罵倒に対して立ち向かってくれた強さもある女性だ。
そんなところが三四郎にとっては眩しく映り、想うに至った長所である。そのようなやり取りをしていると、携帯電話がメールを着信した。
「悪い、連絡だ」
「誰から?」
「たぶん、あの人だ」
笹原に断りを入れ、手馴れた指の動作でメールを開く。
『おい、早く屋上に来いよ。待たせんなよな(◎皿◎)>』
件名は面倒臭がって省いているが、メールアドレスの主からして宮坂大和であることには間違いない。特徴的な顔文字は宮坂が製作したオリジナルのものだと言うが、顔文字を使わないほうの三四郎には正直どうでもよかった。
「件名くらい入れろよ」
「なんて書いてあるの?」
笹原が画面を覗き込んでくる。
両手で昼食の手製の弁当をを抱えているからか、頭だけずいっと伸ばす態勢。
香る女子特有の良い匂い、少々どころかグレ気味の三四郎であっても、その匂いにはくらっと来る。
想い人と接近できているのだから、当然と言えば当然だろうか。
しばらく、その文面を読んだ後、笹原は考えて三四郎を見上げた。
「宮坂くんていつもこうなの?」
「いつも通り」
しばらく、三四郎は笹原と見つめあった。
やがて、二人で見詰め合っていることに気づいたのか、互いに気まずくなって視線を逸らした。
「あ、そろそろ行かなくちゃ。じゃあまたね、夏目くん。また出かけよう?」
「楽しみにしている。午後も頑張れ、笹原サン」
笹原は去り際に笑顔で手を振ってくれたので、それに対して三四郎は手を振り返した。
姿が見えなくなるまでずっと手を振っていたため、背後にある気配に気づくことが出来なかった。
「仲がよろしいようで何よりだな、三四郎」
「宮坂サン。いつの間に」
「今ちょうどだな。あまりにも来んのが遅いもんだから、迎えに来ちまったよ」
顔が笹原に手を振っている間中、ずっとだらけきっていたのか、宮坂はニヤニヤと笑っている。しばらく、このネタで弄られることは間違いないだろう。
手には三四郎が昼食を買ったコンビ二袋と同じもので、弁当と適当な炭酸飲料が中に入っていると見ていいだろう。ここにいると言うのは即ち、宮坂が待ちきれなかったことに他ならない。
「しっかし、お前も丸くなったモンだよな。初めて会った時は勢いでブン殴っちまったが」
「口の中を切ったことだけは絶対に忘れないからな、宮坂サン。あんたは余計にアクセサリーが増えたな」
「そいつは言わねえ約束だろ?」
初めて三四郎と宮坂が出会い、先月で二年の月日が経った。
このことを放課後に宮坂、笹原、三四郎の三人でファーストフード店に寄ったとき、その日にいなかったもう一人が「お前らはカップルか!」と突っ込みを入れた。
その間、三四郎が身長が伸びたこと、笹原に恋心を抱いたこと以外にもいくつか変化が増えた。それは、宮坂が中学時代はチェーンで財布とズボンを繋げていただけだったのだが、高校に三四郎が入学してからと言うものの、シルバーのアクセサリーが増え、ピアスとチョーカーをするようになったのだ。
髪も脱色し、三四郎にいずれは禿げると言われてはそれを突っぱねるように返し、二人で笑った。
宮坂も当初は自分よりも背が低く、一七〇もなかった三四郎の身長が急激な成長によって自分と同じか少し高いほどに伸びたことに驚いたが、背が伸びたことは自分のことのように喜んだ。
「お前よ、笹原の何処が好きなんだよ?教えてくれ」
「何度も言わせんなよ、宮坂サン。そんなんだから、あんたは脳味噌まで筋肉だ」
「お、言ったな?別にいいじゃねえか、減るもんじゃあるめえし」
“タッパ”もある二人を見る視線はいつも通り突き刺さるが、入学してから二ヶ月、入学してから二年経った二人は既にものともしなかった。前者にいたっては中学時代からの慣れによるものだが。
屋上付近の階段となってくると、生徒の声は聞こえなくなっていた。屋上の扉は鍵が古くなっていることもあり、簡単に鍵を開けることができる。
屋上は基本、立ち入り禁止と書かれた看板があるが、その扉自体は学校側がここに予算を割きたくないのだろうか、修理される様子が見られない。
宮坂は簡単に言ってくれるが、言わされる三四郎としては何度も気恥ずかしい思いをしなければならなかった。
まだ聞かせるのが宮坂だけとはいえ、何処の誰が三四郎が笹原を好いていると聞いているのか分からないし、万が一と言うのもありうる。
「好きだという感情に理由は要らない。宮坂サンだってよく言うじゃないか、したいからするんだと」
「こいつ、頭が回るようになってきたな。よっと、」
「褒め言葉と受け取っておこう」
階段を上り終え、慣れた手つきで宮坂は扉を開ける。
三四郎が笹原のことを好いていると知ったのは中学の冬のこと、未だに想いを伝えられていないのには歯痒い思いをしている宮坂。
同じ北川高校を選んで入学してきた理由が宮坂達を追いかけてきたことと、笹原が卒業する前に必ず想いを告げることが目的にあったのだと聞いた日を宮坂は忘れない。
屋上へと入り、初夏の湿気を感じながらも、学ランの下のシャツをパタパタと風を送るようにする。
湿気が目立つようになり、汗が滲んでもまだ気温の関係でと言い訳され、エアコンの許可が出されていない。
職員室から操作するタイプの為か、生徒である彼らではどうしようもなかった。
「しかし、夏服か。お前はやっぱり笹原の夏服が楽しみだったりするのか?」
「!?」
宮坂がコンビ二弁当のパッケージを開いているとき、ペットボトルに入ったカフェオレを三四郎は口に含んでいるところに投下された爆弾は飲み物を飲んでいる三四郎には劇薬でしかなかった。
ゴホッゴホッと咳き込んだ三四郎の背中を擦り、ごめんごめん、と宮坂が謝った。
「飲み物飲んでいるときにソレは卑怯だろ」
「悪かったって。そういやぁさ、三四郎よォ、」
ようやく、落ち着いたところで宮坂を睨み、三四郎は再度カフェオレを口にする。
いつか覚えておけよ、と宮坂を睨むと、宮坂は「そう怒るなっての。またメシ奢るからよ」と言ったので、それで手を打つこととした。
「吸血鬼ってよ、お前、信じるか?」
宮坂の一言にまた三四郎は咳き込んだ。
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