叛逆の朱
満あるこ
00
生来の無鉄砲さで損をすることが多い、夏目三四郎。
普段は物静かで大人しいと称されるのだが、自分にとって気に食わないものがあれば、三四郎は普段の大人しさは何処へやら、豹変してしまうのである。
その豹変振りは最早、二重人格と言われても過言ではない。そんな三四郎が周囲から浮くのは時間の問題であり、元より、友人は少ない方だったが、ある事件を境目に更に少なくなってしまった。
「お、今日は先客がいんのか?邪魔すんぜ」
北川中学校、その屋上。
現在は五月の中旬、ちょうど、時刻は昼休みで生徒達は友人と共に昼食を談笑しながら摂っている。
三四郎には勿論、そんな相手がおらず、入学してから自分の悪名高さに気づいてからずっと屋上で昼食を摂っている。色眼鏡で見る教師に雑用を押し付けられ、よく、使いっ走りをさせられることもあってか、食堂のおばちゃんとは良好な関係を築けていることもあり、駄賃代わりに昼食をもらえることもあり、悪いことばかりではないと思ってはいる。
屋上のフェンスに凭れ、食堂のおばちゃんの手作りのコロッケパンを齧る。
細身のこともあり、栄養価が足りないよとは食堂のおばちゃんの談であった。
今日は晴天、天気が悪い日はなるべく、人気が少ないところで昼食を摂るように心がけ、自分を抑える。小学生の頃は自分の抑えができなかったが、いつまでもそれが許されるわけではない。
再来年に控えた高校受験、将来にしたいことはないものの、とりあえず、高校に行っておこうと思っている三四郎にとっては現状を悪化させたくないと思う反面、気に入らないものには相変わらず、自分を抑えれずに吠えてしまう。
ならば、人と関わらない方がいいと思うのに時間はそう必要なく、新たに屋上に入ってきた声を無視した。
「なぁ、おい。聞こえてんのか?」
「此処、別に僕のスペースでもないんで声をかけなくてもいい」
「んだよ、聞こえんじゃねえか。お前、学年、いくつだよ?」
声のする方向に面倒臭そうに三四郎が振り向くと、長身の少年がいた。
二年生である三四郎の制服の右胸のエンブレムが黄色なのに対し、少年のエンブレムは三年生の緑。
北川高校の制服はブレザーなのだが、右胸のエンブレムと反対の位置にある名札がつけられていないことから名前が窺えない。しかし、その顔は何度か廊下で目にしていた。
この北川中学校で知らないものはいない、運動部のエースでスポーツ推薦が約束されている少年。
「二年。そういう、あんたは何の用だ?宮坂大和サン?」
「お、なんだ。俺の名前を知ってんのか?いつの間にか有名人になっちまったな、照れるぜ。……けど、センパイには敬語を使えよな?」
少年――宮坂大和は三四郎の態度に気分を悪くすることなく、ニッと口端を吊り上げた。
それから、手に持っていたコンビ二の袋から菓子パンを取り出すと、袋をサッと空けて齧りついた。
「あんた、怒らないんだな」
「ん?別に気にすることでもねーだろ、悪口を言われてるわけでもねえし。俺もお前のこと知ってんぜ、その赤シャツ。夏目三四郎だろ?」
「……」
と、宮坂は指定されているシャツの代わりに三四郎が着ている赤シャツを指差す。
マスコットと英単語がプリントされた、赤いシャツ。
三四郎にとってお気に入りのシャツである為か、何枚か同じようなものを買って着まわしていることもあり、校内で三四郎は目立つ存在ともなっている。
服装については、宮坂のほうもズボンに繋がっているチェーンから察するに言えないはずなのだが、三四郎は無用な争いを避けるために言葉にしなかった。
どのコミュニティに行っても、夏目三四郎は歓迎されることがない。
体育の時もペアを作るときはいつも、誰かが余っていれば、その余りの者と組むことすらなく、教師と組んでいる。
遠足の時も班決めのときに省かれることもあり、参加には消極的であった。
運動部のエースである、宮坂大和。
そんな彼はきっと、たくさんの賛辞を受け、まわりにも人が集まってくるのだろう。
朝礼での教師陣の絶賛から推し測っているだけだが、概ね、間違いではないはずだ。
「別にいいじゃないか。関係ないだろ?またどうこう言うつもりか?教師連中みたいに」
「どうこう言うつもりはねえよ、俺もそういうのは気にいらねえ。なぁ、夏目。ダチになってくんねえか?」
「は?」
突然の宮坂の提案に昼食を摂る手を三四郎は止める。
今までにそう言ってきた相手にロクな輩はいなかった、三四郎の噂を聞いて怒る様子を見て面白がる連中ならば見てきたが、悪辣な文句としては冗談では済ませられない。
三四郎が友人のいない輩だと知っているのならば余計に。
三四郎は眉を顰めた。
宮坂は冗談で言ってからかっているのか、それとも、本気で三四郎と友人になろうとしているのか。
真偽を見極める必要があった、これ以上、人を傷つけたくなかったから。
「ふざけて言ってるつもりじゃねえよ。たださ、お前になら話せそうなこともあると思うんだ」
「ああ、そうだな。僕に対してなら、からかったときの反応とか面白いだろうからな。本音を言えよ、僕をからかいたいんだと」
「そうじゃねえって言ってんだろ!」
三四郎は宮坂を皮肉るように自嘲した。
普段の自分でも取ることのない態度、気に入らない態度のはずだったのにどうして取ってしまったのか。
すると、宮坂は思いっきり三四郎を殴り飛ばした。殴られたのは右頬、少し口の中を切ってしまったようで、三四郎は血を吐いた。お手製のコロッケパンは床に落ち、今日の昼飯はこれで台無しだ。
「あ、悪ィ、そんなつもりじゃ・・・・・・」
「別にあんたに殴られたことは言うつもりはないから安心しておいてくれ、じゃあ、これで」
「だァーッ!面倒くせえ、お前、なんか放っておけないから、今日から俺と飯を食おう!」
コロッケパンを拾い、汚れを落としながら、屋上を去ろうとする三四郎。
足早に屋上から去ろうとする三四郎に小走りで宮坂は追いかけ、肩を掴む。
流石は運動部のエースと言ったところか、あえなく、三四郎は肩を掴まれてしまった。
どういうつもりだ、と宮坂に文句を言おうとするのだが、宮坂に両肩を掴まれた。力が入れられていることもあり、そう簡単に抜け出せない。
予想したこととは違っていた、宮坂の誘いは三四郎が最も欲しかったもので、裏切られたことにも含まれていた。
宮坂は三四郎の反応が先ほどと変わっていることに即座に気づけた、元より、面倒見が良いと言われる宮坂、自分よりも背が低い三四郎と目を合わせ、そして諭した。
「なんで、あんたは僕に構うんだよ。僕より相手にする奴らとか一杯いるんだろ?僕は気に食わないものを気に食わないと言っているだけなんだ、それなのに……」
「じゃあ、それでいいじゃねえか。嫌いじゃねえよ?そういういうのさ。腹ン中に抱えるよりケンコー的でいいじゃねえか、俺は好きだぜ?」
三四郎が尋ねると、宮坂はあっけらかんと考える間もなく返した。
宮坂は何か腹の中に逸物を抱えるような人間ではないようだ、まだもう少し、誰かを信じてみよう。
そう思った三四郎は手を差し出した、自ら握手を求めるというのは、自分らしくないけれど、少なくとも、この先輩は尊敬が出来ると。
「信じていいんだな?」
「おう、俺のことをいつでも頼ってくれよ!」
二人はしっかりと握手を交わした。
これが夏目三四郎と宮坂大和の出会いだった。
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