3回生編 第1話
上京大学
京都の中心に位置し、京都の歴史情緒あふれる街の中にその学び舎を構えるその大学は政財界に太いパイプを持ち、多数の卒業生をそこに送り込む由緒正しきエリート校...というわけではない。残念ながら。
そんな優秀な大学はむしろ近所にある国立大学様だ。
上京大学の評価を表わすならば、「上京大学?ああ、そうなんだ」で終わる大学である。つまり中の中あたり。
「歴史に親しみながら学ぶ大学」というキャッチコピーにふさわしく、キャンパスには
中でもひと際異彩を放っているのが、キャンパスの南に位置する『育心館』だ。
そのギリシャ建築をモチーフとした前衛的な建築デザインは見る者を驚かせ、訪れる人の印象に残るようになっている。
そんな育心館に僕が所属する社会科学部はある。社会科学部は「政治学・法学・経済学・経営学・会計学、近現代史・言語文化・地域研究・国際関係・社会学など、「社会諸科学」の相関性を重視する立場から、学際的な学びを志向する」(by wikipedia)という社会科学を学ぶ学問だ。
学生の間で『パルテノン』とあだ名された謎の玄関を通り、5階まで階段を昇る。
パルテノンには一応エレベーターがついているのだが、残念ながら学生には使用禁止となっている。
息を切らして5回まで昇り切り、左に曲がると小教室スペースであり、その奥から3番目の506号教室が『内野ゼミ』の教室だ。
「お疲れ様でーす...」
決まり文句を言いながら、ドアノブを廻して教室へ入る。
「おう、達也。お疲れ」
声がした方向に目を向けると、そこにはエメラルドグリーンに髪を染めた細身の男が座っていた。
「...やあ、杉田。今週は緑に染めたんだね」
返答が一拍遅れていたことに、僕を驚かせられたと感じたのか杉田は満足げな表情を浮かべる。
この頭髪緑男は
「先週の色がちょっと気に入らなくてな。染め直したんだ」
そういえば先週は銀色だったなと思い出す。確かシルバーのつもりで染めたら、ただの錆銀みたいになってしまっていたはずである。
「いい加減、自分で染めずに美容院とかで染めてもらったら?」
「そんな金あるわけないだろ。これだから実家生は」
僕の忠告に杉田は片手を振ってため息を付く。ちなみにこいつは福岡県の出身で今は京都市内で一人暮らしである。
「いや、結構儲けてるじゃん。客引きとかで」
こいつは京都一の繁華街である京都河原町や祇園で居酒屋やバーの客引きや雇われマスターなど、色々なアルバイトをしている。噂によるとバイトのし過ぎで3回生にして卒業がピンチらしい。所謂「二重の経済活動」の典型例だ。
「金は茜が管理してるからなあ...」
茜とは杉田の彼女で内野ゼミとは違うゼミに所属している。噂によると月30万稼いでいるとされている杉田の給料はどうやら彼女が管理しているらしい。
「あ、杉田君、新垣君、お疲れ様~」
ガチャッとドアが開くと、外から
この内野ゼミは男子の方が人数が多く、女子はこの三人だけだ。その為、彼女らは必然的に固まらざる負えない環境も相まって基本的にこの三人で行動している。
「あれ、他のメンバーは?」
着席するなり、三人衆のリーダー格の神戸が話しかけてくる。
壁の時計を見ると、ゼミ開始まで残り5分を切っていた。
「俊太は学部事務室で、吉岡はバイト。あとは知らん」
「あ、近江は体調不良で休みだよ」
「じゃあ、全員揃わないんだ。困ったな...」
今日、ゼミのお金を集めるって言ったんだけどな...とぼそり呟く神戸。
神戸の性格を一言で言うと、「竹を割ったような」性格である。小学生のころから剣道をたしなんでいるせいかは分からないが、圧がすごい。見た目は清楚なんだけどなあ...
「そういえば佐伯君は?昼休み廊下で会ったんだけど...」
神戸が鞄からノートパソコンを取り出すのと入れ替わりに今度は内村が問いかけて来る。普段は静かなのだが、内村も神戸とはまた違った方向に圧が強い。
「...ゼミ長はいつものとこだろ」
内村の声を聴いた杉田が不機嫌そうに答える。どうやら佐伯と彼の和解はまだ先らしい。ちなみに佐伯とはこの内野ゼミのゼミ代表で、このゼミ一番の秀才でもある。
ただし性格に少し難があり、一部のゼミメンバー...特に杉田とは犬猿の仲だ。僕はそうでもないんだけど。
キーンコーンカーンコーン
その後も他愛のない話をしていると、パルテノン全体にお馴染みのメロディが鳴り響く。皆さんご存知、授業の始まりを知らせるチャイムだ。
大学に入って驚いたことは小中高と同じく、大学でも授業の始まりと終わりに普通にチャイムが鳴っていたことだ。まあ、よくよく考えてみれば当たり前の事なんだけどね。
「やあ、ゼミ生の皆さん、こんにちは」
そう言って、入ってきたのは僕ら内野ゼミの指導教員である
「あ、佐伯君。それここに置いといてください。」
「分かりました。先生」
書類やパソコンを持っていた佐伯は先生の指示通りに一番前の机に積み上げてセッティングする。
僕が持ったら、まず階段は登れないであろう大荷物も筋肉ムキムキな彼には朝飯前であろう。
濃紺のスーツをしっかり着こなした内野先生は教卓からハンドマイクを取り出すと、笑顔でこう言った。
「それではゼミを始めましょうか」
さあ、今週もゼミの時間の始まりだ。
内野ゼミは何かおかしい 相沢ヒイロ @scarlet
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