第20皿 多忙な毎日を送るミツルはリア充と言えるのか


 生徒会に所属してはや五日。

 百々が『ツンデレ』で、美香が『腐女子』であることを知ってはや五日。

 体重は1キロも落ち、つきかけていた顔の肉も根こそぎ落ちてしまった。これではまた栄養失調で倒れるかもしれない。控える五日後の通院で担当医に何を言われるかわかったものではない。――いや、わかるか。


「先輩、もしかしてまたご飯食べてないんじゃないですか?」

「食べてるよ。今日の昼だって寧々が作ってきてくれた弁当ありがたくいただいただろ? おいしかったよ」

「それはよかったです……じゃなくて! ごまかそうとしないでください! ご飯ちゃんと食べてるなら、どうして顔色悪いんですか」

「ちっ……寝不足なんだよ」


 寧々には寝不足の原因を知られたくないような気がした。

 あれから毎晩、寝不足が続いている。

 時刻は決まってちょうど午前0時。心霊現象のごとく携帯電話が勝手に動き始めるのだ。それはまるでポルターガイスト。微振動を起こすたびに約1センチずつ動いては毎度ミツルをびびらせる。今日も悪魔が交信してきたのだと――。


「そんな夜な夜ななにしてるんですか? ……も、もしかして、不良の代名詞ともいえるクスリでもやってるんじゃ!?」

「お前のその偏った知識の出どころはどこなんだよ」

「テレビです!」

「あーそうかい」


 もはや今のミツルに寧々の茶番に付き合っている余力はない。原因は二つ。

 まずは睡眠不足。

 毎晩かかってくる美香からのラブコール。二時間以上におよぶ腐女子トークが炸裂し、ミツルの精気を余すことなく搾り取る。今まで話し相手が誰一人いなかったために、美香のたまりにたまった欲求が爆発しているのだ。

 電話が終わっても腐臭漂う余韻のせいでミツルはなかなか寝つけない。そして寝たのか寝ていないのかわからないまま、気づけば寧々が起こしに家にやって来る。

 最近の一日平均睡眠時間はおおよそ三時間もない。


 次に『暴飲暴食』。

 生徒会の仕事として例の盗撮犯を捕まえるため、ここ数日放課後に、更衣室付近に張り込みをしている。現行犯が手っ取り早いということらしい。百々と美香はミツルたちと違う角度で情報収集しているという。

 人員配置を行ったのは美香だ。特異質を存分に発揮しろと命が下ったのである。

 そのせいで肉や野菜、魚介類諸々を大量に食べすぎたせいで胃もたれや胸焼け、食あたりに見舞われる始末。その割に何の進展もなければ、寧々がせっかく作ってきてくれた弁当も体調不良のせいでろくに味わえなかった。

 

 そして、今もなお張り込み中。

 寧々の面倒を見る役も押しつけられたミツルは、二人で女子更衣室から10メートルほど離れたところで身を隠すことなく堂々と監視している。隠れるような場所がないのだから仕方がない。

 

「じゃあどうして、どうして今にも死にそうな顔してるんで――」

「俺と話ばっかりしてたら犯人取り逃がすかもしれないだろ。ちゃんと前向いて監視してて。ほら」


 と言うと、ミツルは寧々の頭のてっぺんに手を置いては掴み、女子更衣室のある方にグイッと顔を向かせた。

 女子更衣室の出入口を監視するのは寧々。

 女子更衣室から少し離れた場所を監視するのはミツル。

 二人は監視しているつもりかもしれないが、傍から見ると、不良コンビ――とくに不気味番長であるミツルが次の標的を探しているように見えてしまう。

 そのせいなのか、ミツルは思わぬ人物を引き寄せた。


「てめぇも大変だな」

「本当に困ったもんだよ。白井先輩も鷲塚も人使い荒すぎてさ」

「生徒会に入ったてめぇが悪い」

「入りたくて生徒会に入ったわけじゃ……って岩脇いわわき大地ガイヤ!? どうしてお前がここにいるんだよぉぇ」

「おえって相変わらずに乗ったご挨拶だな。あとな、俺のことをガイヤって呼ぶんじゃねぇ。大地だいちって呼べや」


 突然現れた大地を思わずガン見してしまった。

 生成された例の汚物を丸飲みしたはいいが、胃袋が受けつけを拒否している。汚物が胃袋にもともとあった消化物もろともを引き連れて喉の奥から這い上がってくる。

 が、それらが口に辿り着く前に無理矢理ごくりと飲み込んで再び胃袋に納めた。

 ミツルは涙目。

 それでも大地を睨みつける。もう食べるものは食べてしまったのだから、この際思う存分睨みつけさせてもらう。


 寧々も大地の存在に気づき身を乗り出そうとするが、ミツルが寧々の頭を右手で押さえつけてそうはさせない。

 寧々がか細い腕をぶんぶん振り回して抵抗するも、それは空を切るだけで意味をなさない。ただただ愛くるしさがぶんぶんと振り撒かれるだけだ。


「寧々はちゃんと見張ってて」

「……ふんっ。わかりましたよーだ」

「見張り? てめぇら新しいケンカ相手探してんじゃねぇのか?」

「どうしてそうなるんだよ」

「矢吹が更衣室付近で目ぇぎらつかせてケンカ相手探してるって噂になってっぞ」

「そんなわけないだろ……」


 あきれたミツルは大地に盗撮犯を探していることを説明した。


「なるほどな。てめぇも丸くなったもんだぜ。ついこの前までは俺とケンカするくらいの悪童だったくせによ」

「あれはお前が寧々を――」

「皆まで言うな。悪かったって謝ったろ? 昔のことを掘り返すのは男として無粋ってもんだぜ」

「……もう一回殺してやろうか」


 手に力が入る。大地からはまるで反省の色を感じない。この男は自分のしたことの罪を自覚してないとでもいうのか。

 険しい顔をしているミツルに気がついた大地は、慌てて取り繕うとする。


「じ、冗談だよ、冗談。……そうだ! 詫びといっちゃなんだけどよ、その盗撮犯捕まえんの俺にも手伝わせろよ」

「手伝いだと?」

「おうよ! 罪滅ぼしってヤツよ。大船に乗ったつもりで任せとけって。アイツら使ってちょちょいのちょいで盗撮犯見つけてやらぁ。……よっしゃ! 俄然やる気が湧いてきたぜ! となれば善は急げだな……」


 一人でヒートアップしている大地は「じゃあまたな!」と吐き捨て、走ってどこかへ行ってしまった。

 

「先輩、そろそろ、手、どかして、もらえませんか」

「……あ、ごめん」

「さっき、いたかったです」


 寧々の頭の上に右手を乗っけたままだった。

 さっきと言われてもさっぱりわかっていないミツル。大地にどうしようもない憤りを感じたときに手を思いきり握りしめたことを自覚していない。

 ミツルは手をサッと引いた。

 寧々が手の乗っていた場所を両手で押さえながらミツルを睨む。いつものように上目遣いになり、百々と違って怖さは微塵もない。だが、ちゃんと怒っていることだけはわかる。


「ど、どかしてほしかったんなら、さっさと言えよな」

「…………」

「今日はいつになく怒ってるなぁ……」

「どかしてほしくなかったから、しばらくなにも言わなかったんだもん」

「え、なに? 寧々、なんか言った?」

「先輩のアホっていったんですぅ!」

「はいはい。悪かったよ」


 そう言いながら、ミツルは寧々の頭を乱暴に撫でる。

 ボサボサになった髪を手ぐしで整える寧々は、以前にも似たようなことがあったことを思い出して笑みをこぼす。あれは初めて生徒会室を訪れる直前のことだった。


「今日のところは生徒会室に引き返そう」

「はーい」


 ということで、今日も何の成果も得られなかった。

 収穫したものはといえば、大地からの名状しがたい混沌という食材と、多くの男女から頂戴した産地直送で新鮮な食材から作った料理のオードブル。酒があれば酒池肉林よりもひどい状況。

 これを一人でたいらげなければならないのだ。胃もたれや胸焼け、食あたりを引き起こすのも当然の結果だ。


 肝心なことはいつも通り何もわからなかった。酸っぱさニオう大地は自信満々に帰っていったが、調子がいいだけのアイツには胡散臭さしかなく何も期待できない。


 ――と思っていたのだが。


 大地に任せろと言われてから二日後の放課後。

 昼休みに一人で来るようにと呼び出され、まさかとは思いつつ指定場所である校舎裏に半信半疑で訪れてみた。

 大地がしゃがみ込んで退屈そうに携帯をいじってる。

 その横におどおどしながら立っている三人。彼らが明らかに大地の取り巻きではないことくらい誰にでもすぐにわかることだろう。


「おい大地」

「おお! 来たか来たか、待ちくたびれたぜ。こいつらが盗撮犯だ」


 そう大地が言うと、三人が声を揃えて非難を始めた。無実の罪を着せられて怒りを覚えないはずがない。もし本当に大地の言う通り盗撮犯がこの中にいるとすれば、その演技は迫真を極めている。


「お前のことだから、どうせテキトーにそこら辺のヤツ見繕って連れてきただけじゃないのか」

「ちげぇわ。ちゃんとてめぇと約束してからアイツらに情報収集させたんだから間違いねぇよ」

「あいつらって誰?」

「俺の手下どもに決まってんだろ。……まぁ今となっちゃ元手下って言うべきだな」

「じゃあ、信用されなくても文句はないよな」

「そうかいそうかい。とりあえず、俺はちゃんと盗撮犯を捕まえてきてやったんだぜ? これで貸し借りはなし。チャラってもんだろ」

「好きにしてくれ」

「……ったく。じゃ、用も済んだし、俺はこれで帰るぜ」

「もう帰るのか? 俺、ここに来たばっかりなんだけど」

「俺は借りを返しにきただけだからな」


 不良とは恩の貸し借りをしっかりと清算する律儀な生き物らしい。あながち変に律儀である寧々にも不良としての素質があるのかもしれない。


 大地は「よっこらせ」と重たい腰を上げて立ち、いったん全身で伸びをする。それから大きく腰を曲げ、三人それぞれとサシで顔を突き合わては至近距離で睨みをくれてやる。黙らなければ殺すとも訴えかねない表情からは、まさに不良としての才覚が垣間見えた。

 不憫な三人、顔を歪めるのも仕方がない。恐怖にあてられているのはもちろんのこと、近場からニオってくる酸っぱさに耐えるのも我慢の限界なのだろう。


「そこまでにしておけって」


 ミツルの制止もあり、大地は睨むのをやめて今度こそ帰路につく。

 大地がミツルを横切ったとき、そのすれ違いざまに「蛇の道は蛇っていうぜ」と他の三人には聞こえないように言葉を残していった。


 今まで大地の言うことを不信がっていたミツルだったが、このたったひと言のせいで妙に得心してしまった。

 ――が、そんなことはどうでもいい。

 ミツルは知っている。わざわざ大地に納得させられずとも自分自身の特異質で納得のいく結果を見つけ出せるということを。

 すでに三人の『食材』は確保済み。どれもこれもお世辞にも素晴らしいとは言えないしょうもないものばかり。この食材はどうでもいい。あとで煮込んで美味しくいただいてやる。


 ――さてと、隠している食材を出してもらおうかな。


 そもそも更衣室付近を見張っているだけでは意味がなかった。

 犯罪というものは後ろめたいもの。となると、当然、事を大っぴらにはせずに隠している。上っ面を見ただけでは何もわからない。


「すみません。絶対に痛い思いはさせないので、みなさん、手ぇ出してもらっていいですか?」


 百々や美香が隠していたことを意図せず知ってしまった――二人に触れることで。

 だから何らかの手がかりを得るためには、見るだけではなく、触れることが必要だった。


 すっかり肝心なことを忘れていたミツルは、三人と次々に握手を交わしていく。

 もし仮に触れることの重要性を張り込んでいたときに思い出したとしても、同じ高校に通う生徒どうしとはいえ、いきなり見ず知らずの人に触れることは不可能ではあるが。実行すればそれこそ立派な犯罪者になってしまいかねない。


「これは和解の握手です。大地がみなさんにご迷惑おかけしてすみませんでした。もう何もしませんので、帰ってもらって大丈夫ですよ……あ、一応、自己紹介だけしてもらってもいいですか?」


 不良ミツルの言う通りに自己紹介をするや、三人は全力で走って逃げていった。

 だから気づかなかったのだろう。大事な証拠を落としていってしまったことに。


 三人全員から新たなものを得られたわけではなかった。

 得られたのはたった一人からだけ。

 つまり、他二人は人に隠していても不都合なものを何も持っていなかった。いわゆる白というやつだ。

 そしてまだ犯人とは断定できないが、明らかに黒に近い人物。隠し事をしている人物が一人いる。

 得られたもの自体は白かった。それは白く濁っている液体。漂ってくるニオイはけっしていいものとは言えない。どこかで嗅いだことのある独特のニオイ。意外と身近にあったような気がしないでもない。


「……これってまさか」


 ミツルは証拠になるかもしれないブツを持って生徒会室へと向かった。

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