第7皿 ミツルの想い
ミツルは『実は、人を食べちゃう癖があるんだ』と言って後悔していた。
顔が
これは誰が何と言おうとストレートに言い過ぎだ。
いきなり『人を食べる』なんてことを言ってしまえば、『食べる』という比喩的な表現を、寧々は絶対にエロティックなことであると想像妄想し、襲われるのではないかと思っているに違いない。
もっとオブラートに包むべきだった。
恥ずかしいけれども、せめて『妄想が激しいんだ』とくらいにしておけば、何も誤解を生まずにすんだというのに。
おかげで寧々は現在、強制シャットダウンしており、外界からの情報を受けつけていない。両目に入っていこうとする光ですら拒まれ、そのくりっとした瞳からは光が奪われているではないか。
「ごめん。ちょっと語弊があった」
「……ふぇ!? あ、いや、私は大丈夫ですよ!? ……だいじょうぶですから」
再起動をはたした寧々は、相手が不良で先輩であるとわかると、礼儀正しく敬語を使うようになった。
――のはいいのだが、寧々が言った『大丈夫』という言葉の裏に隠されている意味。つまり、隠し味がまったくわからなかった。
おそらく寧々の『大丈夫』という言葉は、いきなり変な発言をしたミツルを気にかけての、気遣ってのひと言だったのかもしれない。
一度目の『大丈夫』に関しては――。
しかし、繰り返された同じ言葉には、何か違う意味を
大丈夫とは襲われても大丈夫ということなのか?
どうして恥ずかしそうにもじもじしている。
もしそうだとしたら、寧々は性に開放的だとでもいうのか。これほどまでに可愛らしい顔をして、腹に座っているものはなかなか黒い。どす黒い。
つまりは、特別何がとは言わないが、オッケーということ。
いやいや、それは絶対ない。
悩み考えれば考えるほど、ミツルの頭の中はぐつぐつと煮込まれていき、最終的にはドロッドロになって思考停止する。
「あの、矢吹先輩って今まで何人くらい食べてきたんですか」
「……そういうこと聞く!?」
「あ、す、すみません。でも、気になって」
あってはならない疑惑が確信へと近づいていく。
この女はいったい何を考えているのだ。
それとも、人との関わりをたっていた自分の思考がおかしいのだろうか。今ではこうやってオープンに性について語り合うことが一般的なのか。
確かに、最近の若者は性におおらかだ、ということをテレビのバラエティ番組で言っていたような気がしないでもない。
しかし実際に、そのような人物を
とりあえずここは見栄を張らずに答えておこう。それが吉だ。
「……実は、まだ誰も」
「うえぇ!? そ、そうなんですか!? お恥ずかしい話、実は、私もまだなんですよ……。勇気がなかなかでなくて」
「…………」
改めて言おう。この女はいったい何を考えているのだ。
初めてということは、寧々はまだバージンだというのに、ここまでオープン。
そういえば、これもテレビのバラエティ番組で、バージンであることは恥ずかしい、と言っていたような。しかもまさに、たった今、寧々もそう言っていた。
でも恥ずかしくなるとしても、それはもう少し歳を食ってからだろうに。たとえば
「じゃあ一緒に頑張りましょう!」
「お前やっぱり頭おかしいだろ!?」
「なにを言ってるんですか! なにを! 不良たるもの喧嘩上等。傷は勲章。当たり前のことじゃないですか!」
「……え、お前、不良なの?」
ミツルは呆然とするしかなかった。
顔からは無駄な力が抜け、頬がだるんと垂れ下がったように感じる。まるで一気に老け込んだかのような錯覚に見舞われた。
二人の会話は
寧々は再起動してからというもの、先のように恥ずかしそうにもじもじしたり、時にははきはきと喋り、さらには目を輝かせていた。
そもそも、どうして一度プッツリ活動を停止したかのように意識が途絶えたのか。
それは、目の前にいる人物が、憧れの不良――矢吹ミツルだったからだ。
噂ではいろいろ聞いていた。
寧々が美星学園に入学したその日にとある先輩から、不気味番長には近づくな、という高校生活をエンジョイするための教訓を授けられた。
入学当初こそは単なるまじめな女子高校生だったが、一ヵ月もたたないうちに今の寧々が出来上がった。
それ以来、その不気味番長のことを気にかけてはいたが、自分から会いに行く勇気が出ず、今までグダグダしていたところに、突如、目の前に現れた。
それがこの男だ――。
大袈裟ではあるが、寧々は、まるで白馬の王子様でも現れたのかような反応をしてしまった。
人は急な驚きに直面すると、わずかにも動けなくなってしまう。さらには本能的に身を守るかのように意識を一瞬だけ閉ざしてしまう。
「あれ? 私、なにか間違ったこといいましたか?」
「いや、別に。そういうことじゃな――」
「じゃあいきましょう! ケンカへ! 善は急げです!」
寧々は小さな鼻の穴を大きく膨らませ、両手を腰にあてる。そして、張ってもない胸を存分に張り出し、自信満々に自分の意見の正当性を主張した。胸はまったく主張できていないが。
その姿からはとても高校生らしさが垣間見えず、そこには態度ばかりがでかくなってしまった面倒くさい小学生がいるようだった。ついでに言えば、頭の良し悪しも小学生程度だろう。
だからこそ、純真で無邪気なまでの勢いが末恐ろしい。
このままでは寧々の勢いに飲まれてしまいそうだ。何とかしなければ痛い目を見るのはミツル自身に他ならない。
「し、真の不良ってのは、本当に守りたいもののためにだけ手を出すもんだろ。ちゃんと覚えておいて」
ミツルは勘違いしてたことが恥ずかしくなってタジタジになりつつも、どうしようもない見栄を張って格好つけた。もはや自分でもどうしてこんなことを口走ってしまったのかわからない。
これが人と無駄な接触をしてこなかった人間のとってしまう態度対応だ。
ミツルが最近それなりのかかわりをもった相手と言えば、保科先生とこの店の店長くらい。
ただ、保科先生や店長とわずかながらも話をしていたおかげで、少しだけ人と話すという免疫はついていた。
「……か、感激です!」
「そ、そっか。でも、俺、不良じゃないよ?」
独り言は、ああも不気味に言えるというのに、対人となるとダメダメだ。
「なにを今さら! みんな矢吹先輩のこと不良だって言ってるじゃないですか! この私がなにも知らないとでも思ってるんですか?」
そうだ。レッテルというものは自分で張るものじゃない。
それは他人が勝手に張り付けるもの。自分自身が何者であると語り主張しようとも関係ない。すべては他人の価値観においてのみ評価されるものだ。そしてその後に否応なく張り付けられる。
しかし、この因果関係は時に逆転する。
すでに張られたレッテルを評価する者もいるということだ。本来、悪い意味でつけられたものも、解釈する立場によっては魅力的なものになる。
今回がそのいい例だ。
寧々は『不良』というものに憧れを抱いているのだから。
「あのさぁ……だから、俺は不良じゃない。みんながそう思ってるだけだ」
こうも
「照れることないですって。ほらっ、これからは同じ不良どうし仲よくやっていきましょう! ……なんか違うな。……そうだ! 同盟ってやつだ! 不良同盟!」
「……はは」
どうやら寧々に言い聞かせることは不可能そうだ。このクソガキめ。
少しずつでいいから誤解を解いていけばいいか、と悩むミツルであった。
こうして不良もどき同盟がここに締結された。
それにしても、何の苦痛を強いられることなく人と話をできたのは何年ぶりのことだろうか。
特異質である『
懐かしい感覚。なんと温かいことか。
会話の内容は大概だったが、ミツルは顔を
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