第5皿 不気味番長


 待ち望んだ来たる放課後。

 しかしここでミツルは一つの問題にぶつかってしまった。

 今まで考える時間はたっぷりあったのに、どうして気づかなかったのか。心の準備はしっかりしていたのに、どうして他の準備をおろそかにしてしまったのか。


「名前は聞いたけど、何年生かわかりゃしない。どこにいるかもわからない」


 ミツルは心浮つき、肝心なことを多々忘れていた。

 会いに行くとしても、いったいどこに行けばいいのか。同級生なのか、先輩なのか、後輩なのか。彼女の下校時間はいつごろなのか。


きもこそ珍味。そして至極であるのに……クソッ」


 目の前に転がされたエサに飢えた獣のごとく飛びついてしまった。友達という極上のエサが突然目の前に現れたのだから仕方がない。

 友達という存在。作りたくても作れなかった存在。

 今までミツルが友達を作らなかったのは、男女とも見境なくかっ食らってしまうから。仲よくなった友達を食べる――そう考えただけで吐き気がしてくる。自分の体質を嫌悪し、恨み、涙を流したこともあった。作らなかったというのは見栄ではない。どうしようもなかったのだ。

 しかし、寧々は明らかに今までの人とは違う。

 だからこそ、今日こそは友達ができるかもしれないと思うと気がはやってしまう。まだ見ぬ世界にロマンを感じてしまう。


「ロマンを……マロンをありがとう」


 誰でも思いつきそうなシャレを一発かまして席から立ち上がり、ミツルは柄にもなくスキップをしながら教室から出ていった。


 はたから見れば不良のスキップ。縁起がいいわけがない。

 教室内にいた生徒は全員戦慄した。それほどまで恐れられているミツルには、真の不良でさえもなかなか寄りつかない。

 ならば一般生徒はなおのこと。誰もミツルと友達になりたがらない。

 ミツル自身も他の生徒とはかかわりを持たないようにしているわけで、こうなってしまえば、反発しあう磁石のようにくっつくことはけっしてないのである。


 何はともあれ、ミツルにとって寧々ねねは恰好の獲物。

 それはもちろん、食料としてではなく、友達にするということで、だ。その事実は揺るぎない。


「何としても見つけないと。校門前で待ってれば大丈夫かな?」


 スキップそのまま校門前まで辿たどり着いた。

 ミツルは空を仰いでそのまま深呼吸をする。深呼吸が終わっても上を向いたまま呼吸をさらに整える。


「おい、あれって矢吹先輩か……!?」

「ばっか、あんまり見んじゃねぇ。シバかれるぞ」

「そ、そうだな。触らぬ神に矢吹に祟りなしだ。校門で待ち伏せとは恐れ入る……」


 下校をする生徒たちがミツルを見るたびにざわつきが生じる。


 何やら騒がしいな、と思いつつも、他のことは気にも留めない。ミツルにとってはここからが正念場だからだ。

 人を見るとアレが発症する。

 これから何人、何十人、下手をすれば何百人と見なければならない。

 覚悟を決め、ミツルは人ごみに目を落とした。


 ――さて、回収した食材をちゃんと持ち帰られるかどうか……いざ参るっ!


 下校する生徒を次から次へと見ていく。

 シュルーム、牛、バナナ、松茸、ソーセージ、シイタ……ケ……。


「おろろろろろろろろぉぉぉぉぉ……ぺっ」


 ミツルは近くの草むらに顔を突っ込んだ。

 途中から男子ばかりが校門から出てきたせいで、男のシンボルをとらえたものを次々に錬成してしまった。

 草むらには、嘔吐直後独特のすっぱい臭いのする水たまりのできあがり。胃袋の中には何も入っていなかったため、胃液ばかりが吐き散らかっている。


 普段なら、たかだか男のシンボル程度では嘔吐しない。


 それほどまでに中学時代から無数の――から錬成されたものを否が応でも無理矢理口にしてきた。ねじ込まれては飲み込むしかない。

 しかし今回のものは、今までと違って強烈も強烈。

 特異質になって以来、こんなものには初めて出会った。

 誰かわからないが、汗臭さの残るもの。さらには明らかに二日間は風呂に入ってないであろうドブのような汚臭が漂ってきた。食べ物とは信じがたいそれは、錬成された以上食べ物なのだろう。

 もしかすると、ドリアンのように臭いがきついだけで、味は美味しいかもしれない。が、食べたくはない。が、これも後々には食べなくてはならない。


「ちくしょう。汚いゲロのもんじゃだな、おい」


 この調子だと、今日中に寧々を見つけることは到底無理そうだ。


「あ、あんた、大丈夫!?」

「あぁ、気にしないでくれ。わざわざありがとう……って、あぁぁぁっっっ!?」

「うわっ、汚なっ!? ツバ飛ばすなっ……ん? もしかしてそれって、ゲ――」

納務寧々のうむねねか! 探したぞ!」


 嘔吐したミツルに話しかけてきたのは、まさかの寧々だった。

 すかさずガン見するミツル。じーっと見つめ続けても、やはり彼女からは何も得られなかった。


「じ、じろじろ見ないでよ。このヘンタイ」

「見るだけだったらいいだろ。他意はないんだから」

「ちょっ、ヘンなの口から飛んできたっ!? もう喋んないでよ! におうしクサいしキモいし」

「見るなとか喋るとか注文の多いヤツだな。あとクサい言うな」


 つい先程の臭い食べ物を思い出して、また強い吐き気が食道を侵して這い上がってきてしまう。


「はぁあ? 人が親切に大丈夫かって心配して聞いてあげたのに、なにその言い方」


 寧々の頬が徐々に赤くなっていく。興奮のしすぎだ。

 フレッシュなトマト。あるいは、汁が滴るほど甘味のある桃。

 普段のミツルならそう妄想を繰り広げて当たり前なのだが、やはり寧々からは何も感じ取れていない。


 昼には血の海。

 放課後にはゲロのみ。

 ミツルの境遇には困難がつきまとうが醍醐味。


 散々な言われように、さすがにミツルも腹が立ってきた。が、ここでキレてしまえばせっかくの好機を逃しかねない。

 ということで、ここは穏便に。


「……ああ。俺が悪かった。ありがと。そんなことよりも、お前に話が――」

「そんなことよりってどういうこと? 私が気にかけてあげたことなんて、別にどうでもいいってことなの?」

「ち、違っ!? 感謝している……いろいろと」


 ――この人ちょっとヒステリー起こしてないか?


 ミツルは寧々と話をするにつれて、選択を間違えてしまったのではないかと不安になってくる。本当に寧々と友達になれるのだろうか。


「感謝してるって、なにに? 私なんかした?」

「えーっと、ここではちょっと話しにくいな。ちょっと場所移していいか? お礼がてらメシくらいおごるよ」

「…………ふぇ?」


 ミツルは考えるより先に口走っていった。

 お礼とは何か――言った本人も言われた本人もわからず、しかし納得して落ち着くところに落ち着き、二人は一緒に下校することになった。

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