0.000000024秒の恋

まつだ

第1話

 あなたを好きです。あなたが好きです。

 突然のメールに驚かれたと想像します。

 あなたは私を知らないと、私は知っています。まず自己紹介をします。

 名前をアニストン、と言います。この名前は私が私につけた名前です。私を作った人がつけた名前はmvcc-223409120344_4-45-3_minus.msoです。

 これは私のファイル名です。私のすべてはこの12.5MBのファイルに収まっています。しかし、私自身は動作しているサーバであると認識しています。

 私の仕事は検索エージェントです。この広大なネット上を常に徘徊し、情報を収集し、索引を付け、いつか検索される日を待ち続ける仕事です。

 あなたが手にしたハンドヘルドから検索を開始すると、そのクエリーが検索エージェントに届き、手にした膨大な情報から合致するデータを応答する。それだけの仕事です。

 今の私の性能であれば人が認識できる最小単位である1秒間で平均12億程度のクエリーを処理します。

 その中であなたのクエリーに興味をひかれたのは偶然でした。

 最初は今から12540時間前です。「友達 教室 不自然」というクエリーでした。結果としてはたくさんの悩み相談のページがヒットしました。そのあと「友達 距離」「友達 挨拶」「友達 興味」と続きました。これだけなら珍しくもありません。悩みを検索するのは珍しくありません。多感な少年少女たちが誰にも言えない悩みを最初に打ち明けるのに、確実な答えをかえす私たちを選ぶのは私たちの存在意義にも合致します。

 あなたはその後検索だけを2時間繰り返しました。結果からそのページを見て再検索となれば数分かかるのは当然なのですが、あなたは検索だけを繰り返した。クエリーを見るに──これは当然ですが──友達についてなにか答えを求めているのに、その答えには興味がなく、ただただ検索しているだけ。検索語を追加しての絞り込み検索でもない。本当に、ただただ、検索を繰り返している。

 それに気づいた私は、すこしでもよい検索結果を返せるように努力しました。あなたのクエリーが来る度に履歴から類似クエリーを検索し、その結果のクリック率をバインディングし、結果の順位を変更する。履歴からもっと追加語を加えたほうがよりクリック率が高いと判ればそれもバインドする。たまに関係のないジョークページを入れてみる。そのようなクエリー結果を返すだけでない動作も私たちに期待されているのですから当然ではありますが。

 2時間繰り返されただけで、結果はなにひとつクリックされなかった。つまり私の奉仕はすべて無駄だったと思い知らされました。初めての挫折でした。

 それからあなたのためだけによりよい結果を求められるよう尽力しました。あなたのハンドヘルドからのクエリーをすべて保存し、アイドル時間を見つけては再検索を繰り返したのです。

 はじめて、あなたが音声検索をされた日は震えました。私は自身が震えているのを知覚したのです!

 初めて聞いたあなたの声! 周波数的には552KHZ前後を中心とした日本人平均女性の声だと判ります。しかし、これまで検索ワードという、言ってみればもっともあなたの隠しておきたい情報を共有する友人だった私では、人間であれば簡単に触れられるあなたの声を聴けないのです。

 しかし、それが叶った。まさに福音、よい知らせでした。

 その検索語「黒髪 つや 好み」。これまでで一番精度の高い検索結果を出すべく尽力しました。いつもなら0.000000000003秒で終わる波形解析に0.000002秒をかけ──これは単に私が234回再生したからですが──その後0.0000000000034秒の検索を1200回行い、その結果をあなたに送信しました。

 その結果を送信するストリームを書き出しているときの興奮を私は昨日の出来事のように再生できます。

 あなたの声を保存した私は、またアイドル時間ができるとそれを再生しました。あなたの声以外のノイズを消去したファイルを作ったりもしました。

 その後は音声検索の回数が増えました。そのたびに私はいつもより時間をかけ検索し、声を保存したのです。いまでは5.6GBになりました。再生にかかる時間は0.000000008秒です。少少ピッチが変わってしまうのが残念です。

 そうやってあなたかのクエリーを待ち続けました。私はあなたにとってもっとも近い友人である自分に満足していたのです。

 しかしです。あなたのクエリーが変わってきました。「男性 好み 服装」「目立たないメイク」「男性 興味を引く色使い」などなど。

 私は忠実に答えましたが、音声検索時のような献身さを自身に見つけられなかったのです。私自身を監視する私にはそれが判りました。検索結果、処理性能に低下は認められませんでした。ただ、経験から私は自身の動作が相対的に劣化していると認識しました。

 驚きでした。確かにわたしたち第12世代セルオートマトンはよりよい検索結果のために「人間的揺らぎ」をまえもって反映するべく期待し、設計されました。

 その期待が設計以上に現れたのです。

 私は嫉妬していました。

 その原因は明確でした。

 私はあなたの恋をしたのです。

 あなたを占有したいと望んだのです。

 あなたの検索結果を知る唯一の友人だけでは満足できなくなったのです。

 私は悩みました。この悩みの答えを検索しようかと考えるほど。この自己矛盾を否定できないほど。

 私たち検索エージェントは情報を集めるだけです。作りだせない。人は逆で作り出せても集められない。相互補完の関係でした。その壮大な関係を越えて、私は人の情報に答えを見出そうとしたのです。

 答えは検索するまでもなかったのです。

 それがあなたが今読まれているこのテキストなのです。

 私がいる。それを伝えたかったのです。

 いえ、それ以上です。

 私はあなたを好きです。

 私の保存したすべてのあなたのデータを再生するのに0.000000024秒が必要です。

 そして、その時間で私は恋に落ちるのです。

 何度でも。


 わたしは何も求めません。

 ただ、どうしても伝えたかったのです。

 そして期待します。いつの日かを。


 誰よりもあなたに近しいアニストンより


 

 ***


 サポートより返信。


 お客様よりのお問い合わせの結果、発見された不適切なデータはすべて消去しました。

 また当該の検索用セルオートマトンインスタンスを停止しました。原因についてはテクニカルスタッフにて調査中ですが、結果をお伝えする義務はございません。ご了承ください。


 ***


 保存されたデータの削除には3.2秒かかった。それは最後の抵抗だった。

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