4.13 投射
四月二八日〇七五三時(現地時間〇五五三時) ダナン湾沖一〇〇km地点
俺たちの乗るMi―24Dの周りは戦闘機に囲われていた。
青色の洋上迷彩に赤い日の丸。
後退角をもった翼。
小型双発のジェットエンジン。
海上自衛軍の艦上戦闘機、颶風改五三型だ。
現在では可変翼を搭載し、高度な電子機器を搭載した薫風に更新が進んでいるが、数の上ではいまだに主力だ。
それに颶風改ではコックピットの表示の簡略化を目的として蛍光表示管がふんだんに搭載されているので個人的に結構好き。(ただし一部のパイロットからは不評で荊山では一部アナログメーターに戻されている)
そんな颶風改に見とれているうちに、朝日を背に真っ黒な物体が現れた。
一瞬島かと思ったが違う。
僅かに動いている。
そして、周りを漁船の様なものが取り囲んでいる。
その漁船に見間違えるものが、満載排水量四〇〇〇tはある駆逐艦であることはわかっているが、それでも一〇〇t程度の漁船に見える。
より近付くと全貌が見えてきた。
艦首部には五〇口径五一cm砲三連装四基一二門。ステルス性確保の為に傾斜を持った艦橋には無数のレーダーが搭載されており、後艦橋の後ろには広大な飛行甲板が設けてある。
武御雷型要塞艦二番艦、素戔嗚。
何度見ても見惚れる艦影だ。
えっと、そろそろ着艦許可をもらわないと。
あれ? 俺、着艦許可のとりかた分からない。操縦方法は分かるのに無線の交信が分からないとは不便だ。テルラさんに聞こうにも、コックピットと兵員室は隔離されている。
となると今は非常事態だ。とりあえず何か言おう。
「素戔嗚、こちらロウバシ一。現在左舷後方二〇ノーチカルマイル。速度一八〇ノット。高度三五〇〇フィート。着艦許可を願う。なを、非常事態にあたり、当パイロットは着陸が初めてである。送れ」
《ロウバシ一、こちら素戔嗚。了解した。緊急着艦の用意を行う。当艦後方六マイル、高度一〇〇〇フィートの位置へ侵入し、侵入後再度報告せよ。送れ》
「素戔嗚了解。おわり」
話せばわかるものだな。しかし、緊張する。
高度を下げ、ゆっくりと位置につく。
朝日を浴び輝く素戔嗚。
広大な飛行甲板には角度をつけた二本の滑走路が伸びており、中央には後艦橋。そしてさらに先にはハリネズミの様な対空砲火や誘導弾発射機がある。
「素戔嗚、こちらロウバシ一。六ノーチカロマイルの位置に到達。送れ」
《ロウバシ一、こちら素戔嗚。そのままゆっくり侵入せよ。光学着艦装置はわかるか? 送れ》
「素戔嗚、艦右後方にある十字のもので良いか? 送れ」
《ロウバシ一、その通りだ。その縦軸にある赤いボールが侵入進路に対し高いか低いかを示すものだ。赤いボールが高いと高度が高く、低いと高度が低い。中央になるようにゆっくり侵入せよ。滑走路は気にせず、中央に着艦する事を心掛けろ。現在こちらの速度は二〇ノット、風は一〇度方向から二二ノット。風に流されないように気を付けろ。送れ》
「素戔嗚、了解した。ゆっくり侵入する。おわり」
CPレバーを下げてゆっくりと高度を下げる。
すると、位置エネルギーが運動エネルギーに代わるので速度が上がる。
この機体のメインローターは上から見て時計回りに回る為、左側のブレードの対気速度が右側のブレードの対気速度より早くなるので、左側の揚力が上がり、機体は右へ傾く。それを抑えるために操縦桿とべダルで打ち消したが、右に流れる。だが、この程度では問題ない。
ゆっくり甲板の上に到達すると、少しの間艦と並走した。
甲板との距離は五〇mほど。
先ほどと比べると大分近いが、落ちたらただでは済まない。
素戔嗚は無傷だろうけど。
《素戔嗚よりロウバシ一。順調だ。速度はそのままでゆっくり降下せよ。自機の下降気流に注意せよ。送れ》
「素戔嗚、了解」
再びCPレバーを下げる。
出力の落ちる機体。
毎秒5m程の速度で降下し、そのままの速度で甲板にタイヤが触れた。
ドンッ!
首が痛くなる衝撃と共に機体が跳ね上がる。
同時に流される機体。
危ない。
一旦高度を上げる。
《ロウバシ一、降下速度が速すぎる。慌てなくていい。もっとゆっくり降下しろ。送れ》
「素戔嗚、了解」
慌てるな。
再び機体を飛行甲板上空に持ってくると、ゆっくと高度を下す。
あと一〇m……八m……六……四、三、二……
その時、機体が揺れた。
風向きが変わった。
傾く機体。
左タイヤが甲板をこする。
このままでは横転する。
もう一度上げるか、このまま着艦するか。
その二者の内、俺は着艦する事を選んだ。
ガンッ!
先ほどより強い衝撃。
タイヤの支柱が折れたか
一瞬バウンドして再度衝突。
だが、そのまま止まった。
ヒュウゥゥゥゥゥ――
何事もなかったかのように出力が下がるエンジン。
少し右に傾いているが、びくともしない。
着艦した。
《ロウバシ一、よくやった。未経験者がヘリコプターで航行中の艦艇に着艦できるとは大したものだ。送れ》
「素戔嗚、ありがとうございます。感謝します。おわり」
親切な航空管制官だった。後でお礼を言いに行かなきゃな。
メインローターの回転が弱まると緑色のジャージを着た整備員がタラップを持ってきてかける。
シートベルトを外し、キャノピーを上げると、先に前に乗っている茜の両脇を持ち上げた。
整備員二人と合わせて三人がかりで下すと、茜は武器運搬用のカートに乗せられる。
それを確認した時、ブザーが鳴り響いた。
《主砲発砲。総員、作業を中止し、爆風に備えよ。繰り返す。主砲発砲。総員、作業を中止し、爆風に備えよ》
それと同時に、艦首側の飛行甲板の先に壁ができる。
巨大な遮風柵だ。普通の遮風柵の数倍の高さはある。
本来遮風柵はカタパルトの後ろに取り付けられ、発艦する飛行機の出す強烈な排気で後ろの機体や作業員が吹き飛ばされないようにするものだ。
しかし、艦首あるという事は、主砲の爆風を抑える為だろう。
「君! 危ないぞ!」
整備員に呼ばれた。
茜を乗せた台を固定している。
「えっと……その、見て大丈夫ですか?」
「落ちないように気をつけな」
再度鳴るブザー。
先ほどのとは違う。不協和音からなる嫌悪を抱く音。
次の瞬間、艦首側が光った。
途端、遮風柵の向こうに巨大な白い壁が現れた。
衝撃波だ。
一瞬の内にその壁に飲み込まれると尋常じゃない轟音が響いた。
甲板の塵が巻き上がり、機体が揺れる。
間近で聞いたT―55の一〇〇mm砲よりも強烈だ。
一瞬の間を置くと、空に四つの白い筋が見える。
「補助噴進弾か」
砲弾の末尾に補助推進ロケットを搭載した砲弾だ。補助推進と言いながら砲弾のエネルギーの過半はこのロケットモータによって生み出されている。
公開されている情報が正しいならば、射程は一二〇kmを超える化け物だ。
実際はもっと遠くまで飛ばせるだろう。
レイリー散乱により青色に輝く空へ突き抜ける砲弾。
射角は大分低い。三〇度程度だろうか。
空気の密度を考慮するなら四八度くらいの射角で撃つのが理想的だが、僅か三〇度程度の射角で撃つという事は、最大射程からすると大分余裕があるのだろう。
それでここから一〇〇km離れた沿岸に対する攻撃。
笑ってしまった。
本来なら大型の対艦ミサイルで行うべき距離だ。
米軍のハープーン対艦ミサイルですら届かない距離とされている。
それを艦砲射撃で済ませられるとは、投射能力やコストの面からすると雲泥の差だろう。
これが現代でも艦砲を使う理由か。
それからしばらくの間は発砲しなかった。
着弾観測射撃を行っているのだろう。
そして三分程経ってから再度発砲。
今度は効力射だ。
砲塔内は無人化され、自動装填装置が搭載されていることもあってか一〇秒に一発。全部で一二門あるので毎分七二発の投射量で砲弾が放たれた。
近代化改修を受けた大和型戦艦三隻分に匹敵する投射能力。
これだけの火力を一隻で投入できるのだから武御雷型要塞艦の恐ろしさが分かる。
レイリ―散乱の彼方へ投射される砲弾を眺め続けた。
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