4.12 白色光


 四月二八日〇七〇三時(現地時間〇五〇三時) ダナン空軍基地 滑走路北側掩蔽壕




 近くで軍が再び終結する中、俺たちはヘリに乗り込んでいた。


 乗っているのはMi-24Dだ。


 つい四年前に存在が確認されたばかりの新鋭の機体だが、まさかベトナムに配備されていたとは。


 ソ連本国からの兵器供給は本格的な様だ。


 前後に並ぶ座席の内、俺は操縦席である後ろ側に座り、前の銃手席には茜をシートベルトで固定している。


 テルラさんは兵員室でBTRからもぎ取った重機関銃を展開し、離陸直前に近寄ってきた車両に攻撃する準備をしていた。


 燃料が入っている事を確認し、周辺機器スイッチを確認。


 周辺機器を見回してチェックし、全てが正常である事を確認する。


 エンジン始動。


 一瞬セルモータが回った直後にエンジンが心地よい鼓動を響かせる。


 少し前のヘリコプターには星形のガソリンエンジンが搭載されていたが、これだけ新型になると搭載されているのはターボシャフトエンジンだ。響きが違う。


「〇一、こちら〇二。離陸する。準備は良いか? 送れ」


「〇二、こちら〇一。準備よし。おわり」


 応答を聞くと、スロットルグリップを回す。


 唸り声をあげるエンジン。


 掩体壕内部の埃が舞い上がり、視界が弱くなる。


 軽くラダーペダルを左に踏み込み、反動を相殺させながら操縦桿を前に倒すと、機体は前へと進んだ。


 ヘリの操縦理論なら知っていたが、一度の操縦経験も無いのに、一切のミスもなくこの機体を動かせるのは普通なら気持ち悪い物がある。しかし、懐かしい気持ちが僅かにあった。


 これが、個性の改変か……


 複雑な気分になったが、それも一瞬。


 掩蔽壕から出る寸前に、合図が来た。


《投擲する。目をつぶって!》


 滑走路に出る寸前、視線を下に落とした。


 高い、しかし、全身を震わすような音が鳴り響き、視界が白く染まる。


 しかし、それは一瞬で終わり、同時に煙に包まれる。


 残っていた閃光手榴弾と、白リン手榴弾を同時に投げたものだ。


 一瞬でも、視界が紛れればそれでいい。


「だすぞ!」


 スロットルグリップを全開まで回すと同時にCPレバーを引き上げる。

機体が、浮きあがった。


 続けて爆音。


 ロケット弾を受けたのか、誘導路に大穴が開くも、そこに機体はない。


 一気に高度を上げると、暗闇へ飛び立つ。


 機関銃の銃弾が幾つも機体に当たったが、三〇口径程度では装甲は抜かれない。


 メインローターは五〇口径の直撃にも耐えられる。


 再び爆発音。


 今度はテルラさんが重機関銃を放っている様だが、目標も急速に小さくなっていく。


 揺れる機体ではこれ以上の命中精度は望めないと判断したのか、銃声が鳴りやんだ。


 機体は、市街地上空を過ぎ、海へと出る。


 とりあえずは安心できた様だ。


 さてと、わだつみと連絡を取らなければ。


「デジタル、FM、一二八一kHz、暗号長一〇二四bit、セット」


《無線設定完了》


「イカルガ、こちらロウバシ。無線チェック、送れ」


 出発前に言われていた周波数で送信する。


 でも、届くのかな?


 潜水艦との通信には通常、水中にも届くLF帯やVLF帯と呼ばれる周波数帯の電波で通信を行う(直ぐに減衰する)。しかしながら、この周波数帯の電波を発信するには長大なアンテナが必要になるため(数キロメートルの長さが必要)、小さな機兵からは発信できない。


 今使っているMF帯ですら、一二八一kHz、つまりは半波長ダイポールアンテナで実現するには一一七mの長さが必要なアンテナを無理やり小さくして通信しているのだ。利得が悪いので出力が大きくてもちゃんとどいているかわからない。


《ロウバシ、こちらイカルガ。感明――わっ》


 ん? 一瞬聞こえた気がした。通信不良か?


 一瞬そう思ったが、次の瞬間にその推定は崩される。


《じゅんくん! 大丈夫? よかった、ずっと待っていたんだよ!》


 無線交信の手続きの一切を無視して流れる波音さんの声。


「イカルガ、こちらロウバシ。心配しくれてありがとう。現在ヘリで移動しているんだけど、座標を教えてくれるかな?」


《よかったぁ、ヘリにいたんだ。大変なんだよ。さっき通信が入って、今、沖合一一〇キロに素戔嗚がいるんだよ》


「素戔嗚?」


 あまりに突然の事で、思わず言葉が飛び出る。


 何で昨日まで南沙諸島沖にいた艦がこっちまで来ているんだ?。


 俺たちが出た直後に来れば、十分間に合う計算にはなるが、いきなりだ。


《これね、軍極秘なんだけど、昨日ね、南シナ海で民間船舶が攻撃される事件がおきて、それのほーふく攻撃なんだって》


 平然とレベルの高い機密事項が流れる。学校にいれば一番機密度の低い部外秘は教えられることがあるが、軍極秘はその三段上で上から二番目の機密等級だ。


 ただ、民間船舶への攻撃からの報復攻撃となれば、その内メディアに公表される事だろうから、知ってもいいのだろうか?


 それに、俺は今、未来の技術を使った暗号化回線で通話をしている。仮に傍受されても解読は無理だろう。


《だから、じゅんくんが艦砲射撃に巻き込まれないか、心配だったんだよ!》


「――ありがとう」


 ここまで純粋に心配してくれると嬉しい。


《だからね、純くんは素戔嗚に向かって。燃料は足りる?》


「うん。でも、近づいて大丈夫なの? 撃墜されると思うんだけど」


 作戦行動中の軍艦に攻撃相手の機体で近づくことは自殺行為に等しい。


 それにこれは攻撃ヘリだ。下手すれば警告なしで攻撃してくるかもしれない。


《連絡しておくよ。じゅんくんが載っている機体はなーに?》


「えっと……確かソ連製のMi―24Dだ。塗装は緑。側面に赤星がついている」


 いつの間にか俺も手続きを踏まずに通信している。まるで素人の使う特省無線だ。


《うん。じゃぁ、伝えておくね。ダナンから真っすぐ東に向かえばつくと思うから。

あと、じゅんくん。一つ、言わなきゃいけない事があるの。

なみちゃんね、さっき、機関から通信が入ってね、また、出撃しなくちゃいけなくなっちゃった。

 場所も時期も教えられないけど、じゅんくん……気を付けてね。体に気を付けてね》


 最後の言葉は、音圧が低い気がした。


 でも、俺にそれ以上の事を理解する能力は無かった。


「ああ。ありがとう。そっちも気を付けてね」


《うん、じゃあね》


 交信が終了する。


 それと同時に、目に刺激が入った。


 それは、自然界で最も強い光源。


 一時間で、人類が一年間かけて消費するエネルギーを地球に照射する太陽光だった。


 日の出が見えた。


 やっと帰れる。


 操縦桿を握る力が、少し緩んだ。

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