4.11 電磁誘導

 やべっ……


 刹那、空間が張り裂けたような衝撃が轟いた。


 飛び散る破片。


 大型の分路リアクトルを貫通した砲弾はその後ろにあった変圧器に命中し爆発。破片と絶縁油をまき散らした。


 大型の電気機器も盾としての役割を果たさない。


 今すぐ攻撃したい。


 だが、未だだ。


 未だ駄目だ。


 戦車を睨むと、背後からBTRが突入してきた。


 ライトを照射すると同時に一斉に発砲。


 変圧器の隙間に隠れるが、そこに一〇〇mm砲を撃ち込まれる。


 完璧に統制のとれた動き。


 このままでは死ぬ。


 腰につけていた煙幕弾を投げると、変圧器の影から飛び出した。


 転がっていたモシノフを手に取るとBTRに発砲。数両の銃座を沈黙させたところで崩れたコンテナの上に飛び乗った。


 再び一〇〇mm砲が火を吹く。


 吹き飛ぶコンテナ。


 山を転げ落ち、コンテナの隙間に埋まる。


 その上からコンテナの中に入っていた碍子が降り注ぐ。


 腰を砕く衝撃。


 落ちる。


 埋まった。


 でも、未だ動く隙間はある。


 むしろこの碍子が防弾材になってくれる。


「ゲイン、一〇デシベル」


《ゲイン変更、一〇デシベルに設定します》


 碍子の隙間を這っていき、隙間から車両たちを見下ろした。


 こちらを警戒している。


 見失ったか?


 ライトはこちらを向いていない。


 すると、ゆっくりと近付いてきた。


 三六tの車体を揺らし、ゆっくりと近付く。


 もう少しだ……


 そして、T―55が床に張られた電線を完全に乗り越えた。


「〇二より〇一。電路切り替え、放電開始」


 ブォンッ


 遠くから鈍い音が聞こえた。


 直後、戦車の周りが真っ赤に光ったのと同時にドンッと衝撃がし、T-55が中高く舞い上がった。


 T-55だけではない。


 周囲のBTR-60も舞い上がり、そして俺やコンテナも吹き飛ばされた。


 凄まじい轟音。


 視界が宙を舞い、吹き飛ばされた天井が見える。


 そのままコンテナと共に地面に叩きつけられた。


 痛い……


 装甲で覆われているとはいえ、金属バットで殴られた様な衝撃は受ける。


「ぐっ……」


 全身が痛い。


 でも意識がある。


 脳震盪を起こさなくてよかった……


《〇一より〇二。状況を報告せよ。送れ》


 テルラさんからの無線だ。


「こちら〇二。確認はしていないが、作戦は成功したものと思われる。送れ」


《〇一了解。現在そちらに向かっている。終わり》


 こっちに来ているのか。


 そうだろう。成功したのなら、もはやこの変電所は変電所としての機能を有しないだろう。


 ゆっくりと立ち上がると、近くに転がっていた四二式小銃を構える。


 モシノフは先ほどの衝撃でどこかへ飛ばされてしまった。


 この小銃まだ動くよな。


 耐久性には定評がある四二式だが、バレルが曲がっていたら大変だぞ。


 とりあえず外傷がない事を確認すると。再びコンテナの山を登った。


 大分は崩れているが隙間を通れば反対側に出れらる。


「おお、やっぱ凄いな……」


 目の前には、横転し、砲塔の抜けたたT-55が転がっていた。


 転がり落ちた車体と砲塔の周りには砲弾が転がっている。


 その散らばった砲弾のところどころに乗員であったものがある。


 砲弾内部で砲弾が暴れたのだろう。


 一〇〇mm砲となると砲弾重量も相当なものになる。


 その戦車の周り散乱したBTR。


 子供が玩具を落としたようにくしゃくしゃになっている。


 トタンで覆われていたはずの天井や壁はすべて吹き飛び、周囲の工具は殆どなくなっていた。


 そして、戦車を囲うようにある黒い焦げ跡。


 本来あった電線は蒸発したらしい。


 使用した電線は三二五スケのCVケーブルだから許容電流は七二五A。一〇〇V換算なら五〇〇Wの電子レンジ一四五台は動かせる電流を安全に流せるが、それが一瞬で蒸発するという事はその何十倍もの電流が流れたのだろう。


 背筋がぞくっとする。


 考えるのはやめよう。


「なにこれ……」


 突然背後から声がした。


 振り返ると、夜風になびく銀髪が見えた。


 テルラさんだ。


 沈黙した車両たちを眺めている。


「飛ばされてひっくり返ったっていうだけ」


「どうやって? さっきのは電撃を与えたの?」


「いや、塗装があるから直接高電圧送電線を持ってこない限りは戦車に直接電流を流すことは難しいよ。塗装が無い場所を狙えばできるけど、結局は戦車表面を電流が流れるだけだから、ジュール熱で行動不能にさせるのには時間がかかる。だから電磁誘導で飛ばした。十分な出力が無いと飛ばないから三六tの戦車を飛ばせるかはわからなかったんだけどね」


「電磁誘導?」


 きょとんとした顔を向ける。


 この顔、つい数時間前に潜水艦でも見た気がする。


「モータや発電の原理と同じだよ。レンツの法則ともいう。えっと、中学の理科で検流計に繋いだコイルに磁石を近づけて、検流計が反応する実験は行った?」


 ゆっくりとうなずく。


「あれはコイル内の磁界が変化すると起電力が発生することが原因なんだ。導体中の磁界が変化するとフレミングの左手の法則により導体に電流が流れて、その電流は変化する磁界を打ち消す方向に磁界を発生させる。中学の実験だと変化は感じなかったと思うけど、この時は磁石の同じ極を向き合わせたのと同じ状況になるから反発力を発生させるんだ。この現象はコイルじゃなくて導体なら生じて本当はアルミニウムや銀が理想だけど鉄板でも磁界が変化すると渦電流っていう電流が磁界を発生させるから反発力を発生させる。起電力は磁束の時間微分に比例するから相当強力な磁界が極めて短い時間に発生する必要があるんだけどね。ちなみにこの原理は電力量計のぐるぐる回るところや交流モータにも使われている。ちなみに交流を流し続ければ浮き続けるよ。これが磁気浮上の手法の一つ」


「それで……ケーブルを巻いていたって事? でもこんなに簡単にできるのね」


 半分くらいならわかった表情。


 普通は渦電流なんて習わないからな。


 ちなみに鉄は電気抵抗がアルミニウムや銅や銀に比べれば高いので渦電流が弱く、且磁性体なのでそれだけ俊敏な磁界の変化を要する。ただし磁性体といっても磁性体にはヒステリシスが存在するので磁化には限度がある。


「簡単じゃないさ。だから周波数変換器にあるMGセットから直流を取り出して進相コンデンサに充電して一気に放電したのさ。多分瞬間的に新幹線並みの電力を消費していると思う。だから三二五スケ……直径約三三mmもの太さのあるCVケーブルが蒸発したのさ。」


「そう……」


「いやぁ、でも周波数変換器があってよかったよ。これが無かったら直流なんて取れなかったからね。ベトナムは未だ電化路線が無いから大電力の直流電源なんてそうそう無いからね」


「……」


「誘導電動機を勉強するにあたってアラゴーの円盤を勉強した時に、もしかしたら強力な電源とコイルがあれば相当な重量のある導体の板を飛ばせるんじゃないかって思ったんだけど、まさかそれがこういう形で飛ばせるとはね。これは願っていもいない……」


「時間が無い。撤退する」


「あっ、はい」


 目的を忘れていた。俺はコイルで戦車を飛ばす事が目的じゃない。


 変電所に避難させていた茜を抱きかかえる、潜水艇の方へ向かった。


 待てよ……


 休止状態の茜を見る。


 胸には大きな弾痕。


 貫通まではしていないが、装甲は砕けている。


「待ってテルラさん」


 潜水艇まであと少しのところで呼び止めた。


「なに?」


「もしかしたら、茜の装甲には内部に及ぶ亀裂が入っているかもしれない」


「亀裂? 着弾の衝撃でって事?」


「ああ。この装甲は一四・五mm弾の着弾は想定されていない。現にこれだけ装甲が砕けている。たしか、胸部装甲圧は三五mm。厚さ五mmのチタン合金プレートまで弾丸が貫通していたらその後ろは一〇mmのCCコンポジット。確実に亀裂が入る。」


「装甲材の比重は確実に一をこえているよね?」


「当然。CCコンポジットが水より軽い事、及び内部に空気がある事から機兵自体は一を少し上回る程度の比重だけど、逆にその空気部分に海水が入り込んだ場合は比重があっという間に増えて機兵は沈むし、呼吸はできなくなる。あと、テルラさんもその機兵をつけいたら潜水艇が沈むよ」


 何かを忘れていたような表情。装甲板が水に浮くはずがない。


 潜水艇もある程度重量(というより比重)が増加しても航行できるようになっているが、それも装甲材料ほど比重の高いもの相手では焼け石に水だ。


 だからこそ浮きタンクがある。


「ならば、どうやっていく? 台湾まで飛べる飛行機があるの?」


 台湾ならここから一五〇〇kmくらいか。


 An―30とかならありそうだが、遅いからな……多分追撃受けたら確実に落ちるな……


 あっ、でもそこまでいかなくていいのか。


「ヘリならある。そこで沖合のわだつみ上空の海域まで飛んで飛び降りればいい。潜水艇は自律行動で帰れるから心配しなくていい」


 ってか、来るときの操縦していなかったし。


「で、操縦は? 私はヘリの操縦はできない」


 ですよね……


 ヘリの操縦は自由度が高い分、飛行機より難しい。スロットルを押し込んで操縦桿を引いただけで飛び立てる飛行機とは違う。(飛行機もそれだけではないが)


 遠くで爆発音が聞こえる。


 慶雲に設置した爆弾が爆発したようだ。


 燃料にも誘爆した様で、空が紅に染まったが、その空も夜空から朝の空へと変わり始めていた。


 時間がない。


 どうしたら……


 そういえば、茜はどうなのだろうか?


 茜の中には無数の個性が同期されている。


 その人が持っていた知識や能力が追加されているのならヘリの操縦も難しくないはずだ。


 ケーブルを取り出すと、自分の端子、そして、茜の端子に刺した。


《ローカルエリア接続を開始します》


 音声が流れた。でも、それだけだった。


《純太郎?》


 声が聞こえた。


 茜が声を出しているわけではない。直接聞こえる。


「聞こえるのか?」


《うん。でも、体が動かない。さっきからシステムがエラーを出している。何をしたの?》


「鈴鹿先生からもらった特殊なプログラムを入れた。それより茜、こんな状況で変な質問だが、ヘリの操縦は出来るか?」


《やった事ないし、教わった事も無い。でも、出来る》


 やっぱり、予想通りだった。


《戦闘なら未だしも、基本操縦は純太郎にもインストールされている筈。あっ……そうか。純太郎はちがうんだ》


「違う? どういう意味だ?」


《繋がって分かった。純太郎には、兵士としての個性がインストールされていない。システムが、純太郎は兵士として不適当だと判断してる》


「そうか……」


 当然といえば、当然だ。しかし、これだけ高度な機械を以てしても兵士として使えないとは悲しい。


《でも、それは純太郎が兵士に向いていないからじゃない。他に、向いている事があるから》


「他に?」


《うん。オメガシステムは、純太郎を理想的なエンジニアとして認識している。改変する前から、システムは純太郎を理想的なエンジニアとして判断しているの》


「まさか、嘘だろ」


 確かに俺は物作りが好きだし、自分で言うのも難だが、工作精度も悪くない。


 でも、それが理想的だと言われれば答えは否だ。


 そもそも、そんな事を言ったら世の中で活躍している無数の技術者に失礼だ。


《システムが理想とする像は、今まで記録されてきた人たちが共通して持つ物から作り出している。もしかしたら、エンジニアとして認定されたのは純太郎が初めてなのかもしれない》


 なら良かった。


 でも、良くない。


「じゃぁ、俺はヘリを操作できないのか?」


《拡張パッケージをインストールすれば出来ると思う。私は高高度偵察機の拡張パッケージをインストールして慶雲を操縦した。U―2とSR―71だっけ? だから、純太郎もインストールできると思う》


「やりかたは、どうやればいいんだ?」


《CISに聞いたら?》


「CIS?」


 どこかで聞いた気がするが、思い出せない。


 まだここまで情報を開示されていないのか、中途半端な情報しかなかったのか。謎だ。


《包括的情報支援インターフェースの事。CISかシスって呼べば出てくる》


「CIS」


 とりあえず言われた通りに言ってみる。


《はい、ご用件をどうぞ》


 いつもメッセージを言ってくれる声で、応答が返ってきた。


 すごい。これ、こんなに高度なプログラムが組み込まれていたのか。


「えっと……ヘリの操縦方法のインストールはできますか?」


《かしこまりました。機種名をどうぞ》


「えっと……後で今は無い」


《かしこまりました》


 これはプログラムだよな。まるで人間としゃべっている様だ。

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