4.10 抵抗成分


四月二八日 〇六三五時(現地時間〇四三五時) ダナン変電所


「〇一、こちら〇二、爆弾の解体完了、これより作業に移る」


 俺は変電所に戻って設置した爆弾を解体していた。


 勿論この爆弾であの戦車を撃破するつもりではない。


 この程度の爆弾では撃破出来ない事は分かっている。


《〇二、こちら〇一、了解。敵は格納庫の捜索中。包囲網が形成中。終わり》


 屋上で監視するテルラさんから報告が入る。

んな事を言っても……


 回収したセムテックス爆薬を背嚢の中に入れると作業に移った。


 にしても、良いのかこんな事して。


 電気設備業者に申し訳なくなる。


 でも、今は実質戦争中だ。そんな事を言っている暇は無い。


 作業に取り掛かった。本来なら人間の持てない重さであってもこの機兵なら可能だ。問題なのは、この機体の表面が炭化ケイ素セラミックスである事。危なっかしいが、最悪の場合でも命は大丈夫。ただ、起動できなくなるだろうけど。


《〇二、周囲を完全に包囲された。逃走は不可能。現在建物内の捜索を開始している。作業は後何分か? 送れ》


 早い。もうそこまで来たか。


「〇一。あと二分待って。送れ」


《〇二、こちらにも装甲車四両接近中。推定で四八名。一個小隊規模。到着まであと一分》


「〇一、妨害は可能か? 送れ」


《〇二、当方の戦力を一喪失するリスクを負えるのなら可能。送れ》


 ですよね……


「〇一、戦力喪失のリスクがあるのなら行わなくて良い。送れ」


《〇二、冗談。可能な限りやる。おわり》


 よくこんな時に冗談を言えるとは余裕があるな。ならば俺は準備するだけだ。


 丁度その時、爆発音が轟いた。


 この音はモシノフの音だ。


 最厚部でも一〇mmにも満たない装甲車には有効な兵器だ。


 直後に地響きのような轟音。確かBTR―60はガソリン車だったな。しかも、エンジンが後ろにあるせいで後部ハッチが無く、側面か上面のハッチからしか出る事が出来ない装輪装甲車。炎上したら中の一四人は煤になるだろう。


 直後、断続的な銃声が伝播する。


 重機関銃の雨か。


《〇一より〇二、攻撃を受けた。退避する。送れ》


「〇二了解。こちらも終了次第向かう。終わり」


 よし、後少しだ。


 作業を終えると、倉庫へ移動した。


 




四月二八日 〇六三五時(現地時間〇四三五時) ダナン変電所隣接倉庫




倉庫には持って来られるだけ持って来た武器が置いてあった。


そこまで数は無いけど。


モシノフを構えると外に出た。


炎上したBTR。それを背に三両が迫ってきている。兵士は既に降りており、BTRを盾に向かってきていた。


あれが前線というだけで他にももっといる。累計で一個大隊か?


学生二名に対しては随分と豪勢な顔ぶれだ。


「〇二より〇一。作戦を開始する。送れ」


《〇一了解。作戦を開始する。おわり》


 匍匐状態でモシノフを構えた。


 現れる弾道予測線。


 正面で最も効率的な場所は……


 運転席直下を狙い、引き金を引いた。


 煌く閃光と同時に爆音が全身を駆け巡る。


 放たれた弾丸は正面装甲を突き破った。


 直後、被弾したBTRがゆっくりと曲がる。


 ステアリングシャフトを射貫いた様だ。


 ドライバーは直ぐに変えられるが、ステアリングシャフトは直ぐに変えられない。


 途端、BTRのライトがこちらを向き、閃光が煌いた。


 よし、逃げるぞ。


 即座に立ち上がると倉庫の中へ入る。


 銃声と共に倉庫を囲うトタンの壁は蜂の巣になり、ライトの光が差し込む。


 倉庫内には使う予定であっただろう分路リアクトルやトランスが転がっている。


 多くが大電力用の電気機器だ。素材の大半は鉄と銅とセラミックス。


 案の定表面は損傷を受け、亀裂から絶縁油が漏れ出したが反対側は一切問題ない。


 トランスの中に隠れると、入口からBTRが入り込んだ。


 牽制射撃しながら入口から突入したBTRに対し、柱状変圧器(電柱についている円筒形の物体)の隙間からモシノフを発砲。


 斜めに入ってきたので後部の燃料タンクを狙って数発撃った所、見事に燃え上がった。


 案外楽に燃やせる様だ。水陸両用車として水に浮くように作られているのだから装甲が薄いのだから仕方がないか。


 とはいえ、内部の兵士は下りている。


 炎上した車両の奥から黒い物体が飛来した。


 手榴弾だ。


 数は四。


 変圧器の隙間に隠れる。


 爆発音。


 破片が当たるが、無傷だ。


 直後、機関銃の援護射撃と共に突入してくる兵士達。


 全員機兵だ。


 運用コストがバカにならない機兵で攻めてくるとは、精鋭たちか?


 それを証明するように統一した動きで無駄が一切ない。


 牽制射撃を行いながら攻めてくる。


 だが、申し訳ないが、AK突撃銃程度ではこの装甲を抜けない。


 モシノフからNSV重機関銃に持ち替えると流れる様に発砲した。


 将棋倒しのように端から崩れていく兵士達。


 最厚七mmの装甲板も至近距離の重機関銃相手には無力だ。


 だが、直後、手元が吹き飛んだ。


 銃声が止む。


 何だ?


 被筒から機関部にかけての部位が砕け散っていた。


 暴発か?


 違う。銃身は曲がっているが正常だ。


 にも関わらず被筒が粉々ということは……


 やべっ!


 咄嗟に変圧器の陰に隠れる。


 ガンッ!


 直後、後ろにある変圧器から油が漏れ出した。


 狙撃だ。


 穴の大きさからして一二・七mmか一四・五mm……脳天に当たっていたら即死だった。


 危なかった。


 再び衝撃。


 俺が隠れている柱状変圧器を狙っている。


 流石に一撃や二撃では変圧器は抜かれないが、そう多く耐えられるものでもない。


 そして銃声の合間を縫って聞こえる駆動音。


 機兵が、確実に迫ってきている。


 おまけに別のエンジン音まで迫ってきた。


 恐らく別の装甲車も来ているのだろう。


 見えないが音の数から推定すると車両は五。 合計で六〇名はいそうだ。


 全部が機兵だったら歩兵一個大隊に匹敵する戦力になる。


 一方、こちらにある武器と言えば弾が四発のモシノフと四二式とM60機関銃。


 そして拳銃として新南部五七式A一型。破片手榴弾が二、閃光手榴弾が一、煙幕弾が一。


「〇二より〇一。状況はどうか? 送れ」


《〇一より〇二。えっと……これは九エー? いや、九アンペア。送れ》


 そろそろ良いか。


「〇二了解。そろそろ次の段階に行く。終わり」


 それだけ告げると持っていたスイッチをカチカチっと押した。


 直後、爆発音が轟いた。


 残ったセムテックス爆薬の同時爆破。


 それは、積み上げられたコンテナの直下で起き、その衝撃でコンテナが崩れ落ちた。


 轟音の中、叫び声が聞こえる。


 恐らく何人かは下敷きになっただろう。


 崩れたコンテナは、入口とこちら側を分断するように倒れる。


 同時に、唯一の光源であった炎上するBTRがコンテナの向こうに消え、当たりは暗闇に包まれる。


 すぐさま立ち上がると、こちら側に残った機兵に対してM60を発砲した。


 機兵の装甲は三〇口径でも貫通出来るが、容易ではない。装甲は避弾経始を考慮して湾曲しているので、正確にその中央を当てる必要がある。


 従って、一人を倒すのに少し時間がかかる。


 相手は五人。


 一人倒したところで発砲炎から位置を把握したのか、四方向から一斉に弾丸が放たれた。


 その流れで二人目を射殺。


 だが、そこで弾丸が銃に当たり、砕けた。


 流石にここで四二式を失いたくない。


 M60を捨てると、全力で駆け出す。


 各部に当たる弾丸。


 そのまま死体からAKを取り上げると発砲。


 更に二名を射殺した所で弾が尽きたが、銃口だけを最後の一兵に向け

た。


 その兵士と目が合う。


 相手は俺の目も顔も見えないだろうが、視線が合っている。


 その兵士は、俺より少し若いくらいの少年だった。


 背も体格も似ている。


 一瞬、互いに固まった。


 もう、これ以上戦うのは無意味だ。


 銃を下す。


「銃を下せ!」


 叫んだが、日本語が通じる筈が無い。


 英語なら通じるか?


「プット・ユアーウエポン!」


 その音が伝播した瞬間。


 その音の意味する言葉を理解した時、少年の目の色が変わった。


「うわぁああああああああ!」


 叫ぶと同時にAKの銃口が輝いた。


 叫び声より早い弾丸は、俺の装甲に命中すると変形し、弾け飛ぶ。


 弾が尽きると今度は腰に差していたククリナイフを構え、突っ込んできた。


「〝あ〝あ〝あ〝あ〝あ!」


 そのまま俺の腹に突き刺した。


 パキッ


 軽い音と共にナイフが折れる。


 表面にコーティングされている炭化ホウ素にとっては、鋼は粘土程度の固さしか持たない。よって装甲は無傷。


 むしろ体当たりの衝撃で体がよろめいたが、所詮はその程度だ。


 少年はそれでもあきらめず、折れたナイフを捨てると今度は拳で俺の頭を殴る。


 伝わる振動。


 何度も。


 何度も何度も何度も。


 恐ろしく細いその腕で。


 拳から血がにじみ出ても、小指が曲がっても殴ってきた。


 それでも、装甲に血を付ける程度の事にしかならない。


 これ以上やっても腕が折れるだけだろう。


 軽く一発、ヘルメットを殴った。


 拳に伝わる振動。


 それと同時に少年はは吹き飛びヘルメットが外れた。


 ちゃんと気絶で済んでいればいいのだが。


 念の為に歩みよると、ヘルメットの中に一枚の写真が視覚野に送られる。


 映っていたのは彼と、母親と思しき人と、一人の赤ん坊だ。


 恐らく彼の兄弟だろう。


 しかし、その赤ん坊の腕は無かった。


 ジャガイモみたいなものがくっ付いているだけだ。


「枯葉剤か……」


 これが枯葉剤によるものであるという確証はない。しかし、状況的には最も可能性が高い。


 英語に反応したのはそのせいだろう。


 だが、俺には何もすることはできない。


 四二式を持ち、耳を澄ました。


 コンテナの向こうから音は何もしない。


 おそらく、撤退したのだろう。


 そして、別方向から近付いてくるエンジン音……


 来たか


「〇二より〇一。対象は接近中。合図とともに繋げ。送れ」


《〇一了解。終わり》


 小刻みな振動が装甲を揺らす。


 来る。


 瞬間、金属の悲鳴が鳴り響く。


 揺れる倉庫。


 切り裂かれるトタン。


 入口の反対側から、壁を突き破ってT―55戦車が突入してきた。


 濃い緑に、赤い星印。


 被弾経始の良い丸みを帯びた砲塔。


 そこから突き出す五六口径一〇〇mmライフル砲。


 ライトと共に、その砲口がこちらを向いた。

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