4.9 侵徹
銃を構え、事務所を出ると茜が待っていた。
「やる?」
笑っているのだろうか?
表情までは分からないが、話しかけた茜の手にはRPG-7が握られていた。
ソ連製の無反動ロケット砲。
非金属で出来ているこの機兵の装甲は原理的にRPG-7によく用いられる成形炸薬弾に強いとはいえ、この程度では紙と同じだ。
直撃すれば高温高圧のメタルジェットが俺の体を引き裂くだろう。
「ああ」
俺が発した声。それが、空気の振動となり茜に伝播した瞬間、同時に構えた。
互いに人間が扱える限界に近い重量だが、互いにそれを感じさせない程早い動き。
同時に引いた引き金。
発生した衝撃波は装甲を突き抜け、全身を揺らす。
数ミリ秒程度の誤差で同時に発射されたが、初速は俺の方が早く、到着速度も俺の方が早い。
だが、発射した瞬間、茜は体を僅かに反らした。
厳密に言えば、弾丸が到着するまでに僅かにしか逸らせられないというのが正確であろう。
突入角度が浅くなった弾丸は、茜の腹部装甲に弾かれどこかへ飛んで行った。
いかに対戦車ライフルと言えど、浅い角度で入射してはチタンと、炭素繊維複合強化材料(CCコンポジット)に支えられた炭化ケイ素とグラフェンシートの積層装甲を抜ける筈が無い。
同時に、ロケットモータを点火した弾頭は、俺にめがけて飛んでいくが、銃の反動を抑えきれなかった事が幸いし、脇腹を掠める。
ゴッ
鈍い音と共に飛び去った弾頭は、背後の事務所の方に飛び去ると盛大に爆発した。
テルラさんは?
一瞬振り返ったが、あの部屋には直撃していない。
頑丈に作られている様子だったから、大丈夫だろう。
「よそ見していたら死ぬわよ」
いつのまにか次弾を装填し終わっていた茜が、再び放つ。
突き抜ける衝撃波。
茜の背後にあった窓ガラスが爆風でが吹き飛んだ。
凄まじいエネルギーを受けて発射されたRPGだが、初速は銃弾と違いは音速を超えない。
ロケットモータが点火する前はたった秒速一一五m程度の速度しかない。モシノフの弾速の僅か一〇分の一だ。
右脇を突き抜けた弾頭は格納庫の壁に当たり、巨大な穴を開けた。
次弾装填まで時間はある。
攻撃するなら今だ。
照準を発射器に向けると、引き金を引いた。
唸る銃声。
煌く発火炎。
弾丸は、茜の右側を突き抜ける。
《銃特性を追加。FCSに……》
遅い。
再び引き金を引いた。
周囲の埃を巻き上げ放たれた弾丸は、正確にRPGのみを破壊した。
「やるじゃない」
壊れたRPGを投げ捨てた茜は、格納庫の外に出る。
俺も外に出ると、茜は一台のトラックの脇にいた。
何かを背負っているが、暗視機能が働いた緑色の視界ではよくわからない。
「茜、お前の負けだ。投降してくれ!」
「投降? あたし達にそんな権利があるって言うの?」
微かに笑った茜は、その「何か」を構えた。
NSV重機関銃……
固定して射撃する事を前提として開発された巨大な機関銃を、茜は構えていた。
背中には弾薬が詰まったボックス。
無理やり取っ手をつけて、ぶら下げる様に構えていた。
威力はシモノフの方が強いが、弱いわけではない。
「一発や二発だとこの機兵の装甲は抜けないけど、何発も当たれば砕く事ができるわ。私からも言う。純太郎、降伏して。それか、私と一緒に来て。私、純太郎を殺したくない!」
「……」
一瞬考えた。
例え、この勝負に勝てたとしても、勝負の後茜が生きている保障は無い。
命令はソ連に行くこと。しかし、それが出来る可能性は低い。
「じゃぁ、仕方がないわ」
茜の指が動いた。
その瞬間、飛び上がる。
砕け散る地面。
機関銃の銃口は、正確に修正を行い。俺に近づく。
当たる。
足に、衝撃が走った。
骨を砕くような衝撃。
痛みを受けながら、床に転がる。
《損傷確認中――装甲表面に亀裂発生。内出血発生。ドーパミン強制分泌》
そのまま転がる様に装甲車の陰に隠れると足を確認した。
丁度左足のスネの辺りの装甲が広範囲に砕けていた。ただし、砕けているのは卵の殻程度の表面だ。
設計通りと言えば設計通りである。
シモノフに弾丸を追加する。
「ねぇ、純太郎は何で命令を無視出来るの? その機兵を着ているのに」
「分からない」
そう。謎だ。
なぜ、俺は理想化されていないのか。
少なくとも、命令を無視できるのか。
「理性的な判断が出来ている証拠かもな」
「理性的……そんな、理性を保とうとしていたら、あの戦いには勝てない。あれほど理不尽な戦いを、理性を保って続けられる訳ない」
「あの戦い?」
「自分は、上陸した武装勢力に対し、攻撃が出来なかった。射撃命令が来なくて、民間人が殺されるのを黙ってみるしかできなかった。
俺がいた部隊は、拳銃だけで要人警護を任された。何度進言しても、政治的理由から拳銃以上の装備を与えられなく、ロケット弾と重機関銃で部隊は壊滅した。
私は、補給線の断たれた中、避難してきた人たちに暴行を受けた。私達がいたから、こうなったと、行き場の無い怒りを黙って受け止めるしかなかった」
……おそらく、茜に取り入れられた個性が話しているのだろう。
もしかしたら、茜の中に、茜は殆ど残っていないんじゃないだろうか?
「だからアタシたちは、理想的な兵士となった。全てを命令に従い、感情的判断を下さす、感情的にならない。定性的評価の上で最も合理的判断を下す。でも……なんで……何でこんなにも苦しいの? 苦しい。抑えきれない。助けて……」
その言葉を聞いた瞬間、何か、頭にショックを受けた気がした。
「茜! 目を覚ませ!」
装甲車の影から飛び出すと、銃弾の暴風を受ける。
顔面に無数の弾丸を受けながら、一発、ど真ん中に撃った。
マズルフラッシュで白くなった視界。
止む銃声。
それが晴れた頃、横たわる茜が見える。
当たった……
確かな手ごたえがあった。
跳弾を発生させず、正確に、中心部に当てたはずだ。
茜に駆け寄る。
茜の胸の装甲は、一四・五mmを受けて砕けていた。
表面の装甲は砕け散り、内部の装甲もかなり砕けている。
その中に潰れた弾丸が埋もれていた。
これだけの衝撃が加わったとなると、例え装甲が貫通されていなくても内面剥離で飛散した破片が体に刺さる可能性が十分にある。
不安におもったが、考えていても始まらない。
鈴鹿先生に貰ったUSBメモリを、腰につけていた金属製の箱から取り出した。
中には未だ水が入っていたが、防水袋に入れてあるので心配はいらない。
袋から取り出そうとしたとき、視界が揺れた。
厳密には、天地がひっくり返った。
後頭部に走る衝撃。飛び散る荷物。一瞬、視界が真っ暗になる。
何が起きた?
その疑問の答えは、次の瞬間に視界に映し出された。
目の前に、シモノフを構える茜がいた。
胸部装甲からぽろぽろと破片を落としながら、銃口を俺に向けていた。
この距離で撃たれたら、確実に装甲を抜かれる。
それだけは理解できた。
「なんで……なんで、とどめを刺してくれなかったの……純太郎」
再び、破片が零れ落ちた。
「俺がここに来た理由は、茜を殺す為じゃない。救うためだ」
「どうして、どうしてこんなになったあたしの為に、ここまでしてくれるの! 殺してくれればよかったのに!」
銃口が震えた。
だが、その震えも瞬間的に補正される。
どうすればいい。どうすれば、茜を楽にすることが出来る?
「茜……一つだけ、良いか?」
ゆっくりと、散らばった荷物の中から、左手で銀色の物体を取り上げる。
USBと一緒に入れていた、懐中時計だ。
一週間以上前、工作員との戦闘で傷を負った時計だ。
「修理しておいた。せめて、これをもらってくれ」
腕を突き出す。
銀色の時計が、夜空に浮かぶ星を反射した。
「これ……覚えていて――」
銃口が、少し下がる。
シモノフは、全長が二mを超える大型の銃だ。
手が届く距離まで近づいたら銃口は俺から離れる。
「なっ……投げて」
さすがの茜も、それには気づいているようだ。
「いいのか? 精密機械だぞ」
「嫌よ。 でも、それをしたら、純太郎に銃を向けられなくなる事は分かる」
「そうだよな」
左腕をゆっくりあげると、高く時計を放り投げた。
しかし、見当違いに高く上げたわけではない。
茜の手めがけて落ちていく時計。
その時、ほんの一瞬視界が逸れたのを、見逃さなかった。
右手に隠し持っていた弾丸を握りしめ、底を強く叩いた。
パァンッ!
鳴り響く爆発音。
右手に、衝撃が走る。
銃は、その本質を追及すれば雷管を叩く機械である。
薬室は薬莢を固定し、銃身は弾丸を加速させる。自動閉鎖・自動開放を行う機構は連射を可能とさせ、フレームは保持性を高めると同時に銃身に負荷がかからないようにし、命中精度を上げる。
いずれも実用性を求めれば必要であるが、『弾丸を発射する』という点においては、雷管を叩ければそれで良い。
銃身も無いまま放たれた一四・五mmの弾丸は、茜を押し倒す。
ガシャン
時計と同時に、コンクリートの地面に叩きつけられた。
飛び出した時計の部品が、茜の周りに散らばる。
親父さんの形見を囮にするのは気分のいいものではないが、所詮は工業製品に過ぎない。
すかさず茜に駆け寄ると、押さえつけ、右肩の端子台を開ける。
「負けちゃった……純太郎、殺して……殺して!」
片手で防水袋からUSBを取り出す。
「たとえ帰っても、もう、私はあたしじゃない!
同期された私達に埋もれて、全てを手に入れたまま、命令を待ち続ける。そんなの嫌だ!」
「そうはさせない。茜が今、そうなっているのは魔法でも呪いでもなんでもない。技術がもたらしたものだ。確かに不可逆性の事象は存在する。しかし、そうと決まったわけじゃない。ならば、戻せるはずだ!」
USBメモリを差し込んだ。
次の瞬間、茜の体がビクッと跳ねる。
しかし、それだけで何も起きなかった。
出来ているのだろうか?
「茜、聞こえるか? 茜?」
声を掛けるが、返事が無い。
気絶しているだけなのだろうか?
それならいいのだが。
そういえば、鈴鹿先生から通信用のケーブルがあった気が……
「確保、したの?」
後ろからの声に振り返ると、機兵の姿が現れた。
手に小銃を握りしめ、機兵。
型式はソ連のモローゾウ製KM―57D。第二世代型機兵だ。
新手の敵か?
瞬間、モシノフに手が伸びる。
「待って、私。テルラ・フランク」
顔を見ると、テルラさんだった。
首筋に跡が残っているが、大丈夫そうな表情だ。
「あったのか」
「死んだ兵士から奪ってきた」
あっさりとした答え。歩兵ばっかりだと思っていたが、どうやら機兵も殺していたらしい。
「とにかく、あれの対処を行う必要がある」
飛行場の周囲へ視線を向けた。
周囲に点在する四角い物体。
どうやら、装輪装甲車が包囲しているらしい。
あれは……BTR―60か。装甲は薄いが搭載されているKPVT一四・五mm重機関銃は脅威だ。
おまけに戦車もいる。
長くて太い砲身と饅頭を潰した様な砲塔形状からして恐らくはT―55戦車だろう。当時の世界の技術水準を遥かに凌駕し、満ソ紛争ではJS―3と共に満日米の殆どの戦車が正面からの撃破が不可能であったとされる相手だ。
戦車は一両とはいえ、推定一個中隊か?
未だ包囲中らしく、滑走路、バンカーや変電所がある西方向は何もないが、残りの三方方向は包囲されていると考えて良いだろう。
さて、どうしたら良い物か。
「テルラさん、爆弾のセットは完了している?」
「既にしている。あと七分後に起爆する」
「分かった。一つ訊きたいんだけど、武器庫にRPGとか対戦車地雷みたいな対戦車兵器あった?」
「いや、無かった」
まぁ、俺も見つけられなかったからな。
唯一見た対戦車兵器と言えば茜が使用していたRPG-7。しかし、今はもう壊されている。
モシノフも一応対戦車ライフルであるが、T―55に通用する訳がない。精々外部燃料タンクに穴をあける程度だろう。そうした所で徹甲弾では火がつかないし、万一摩擦熱等で火が付いたとしてもパージできるので無意味だ。
相手は米軍相手に長年戦っているベトナム兵だ。中東戦争の様に外が燃えた程度で戦車を放棄するような未熟者ではない。
そうなると、撃破は不能とみて帰還するべきか?
それも厳しい。
潜水艇のある南側は既に包囲されている。
強行突破で運よく潜水艇にたどり着けたところで、見つかってしまったら狭く浅い水路の中で袋の鼠。
脱出は不可能だ。
この飛行場にある戦闘機ないしヘリを奪取していくか?
それにはまず装甲車や戦車を撃破しなければ飛行場は使えない。
……手詰まりか?
いや、何かある筈だ。
戦車を潰せる何かが……
あー……いや……それは無理だろう。
でも行けるかな? 資材あったから理論上は可能だ。あとは、それを実現できるかだ。
「テルラさん、何か思いついた?」
「今考えている。どのような手段で逃げるにせよ敵の撃破が必要」
同じ結論にたどり着いている様だ。
「何か良い案でもあるの?」
「いやっ、良い案っていうのか、非現実的な案と言うのか、理論上の案と言うのか……他に案があるならその案を採用した方が良い。成功率としては極めて低い。何もしないよりはマシってレベル」
「それしかない」
「わかった……」
いいのかな……
とりあえず案を伝える。
「可能なの?」
疑心暗鬼な表情で見てくる。
「理論上は」
「わかった。それでいく」
うう……良かったのかな?
とりあえず茜をどこか安全な場所に隠そう。
茜を担ぎあげた。
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