4.7 補正
四月二八日 〇五五一時(現地時間〇三五一時) ダナン空軍基地滑走路南側
停電の影響で、警戒レベルが上がっていると思っていたが、そうではなかった。兵舎では兵士がガスランプを点けたり、発電機を回して明かりをつけたりしていたが、特に警戒している様子はない。
後進国であるのにも加え、戦争の最中でインフラ整備もまともに出来ていないのだから、停電も日常茶飯事なのだろう。
緑色の視界の中、滑走路の脇にある航空機用の掩体壕を順番に調べ、慶雲がいないか探す。
まぁ、予想はしていたが無い。
ソ連の機体は当然、鹵獲したアメリカの機体もあるが、慶雲はいない。
野ざらしとまではいかないが、空襲に耐えるためだけに作られた簡素なつくりの掩体壕に高性能偵察機を入れる訳がない。
となると、考えられるのはハンガーか。
非常用電源で薄っすらと明かりがついている巨大なハンガーは扉を閉ざしている。
中に入らない限りは分からないか。十中八九その中だろう。
証拠として、警備が厳重だ。
鹵獲したものと思われる米軍のジープ数台が、強力なライトを周囲に照射しているし、装甲車と思われる影も見える(逆光で見えにくい)
「どうする? これだけ開けた所、そう簡単に突破できないぞ」
迷ったら相談。ホウレンソウだ。
「行ける?」
俺の問いかけへの応答は、その一言だけだった。
行ける? どういう意味だ?
「見る限り、敵の武装はAK-47とVz58と鹵獲のM14、そしてPK機関銃と鹵獲のM60機関銃のみ。つまりは、最大でも三〇口径弾しかない。RPGや自動擲弾銃も持っているだろうけど、その機兵ならなんとか出来る」
俺が突っ込むという事か。
たしかに、この機兵の防御力の高さは既知の事実だ。
対戦車ライフルにも使われた弾丸で、掠め跳弾となったとはいえ表面が剥がれた程度の影響しかないのだから、耐えられると評価する事に何の不当性も無い。
「でも、俺、自己防衛程度の射撃訓練しか受けていないんだが」
「その機兵を着ると理想的な兵士になれるんじゃないの?」
首を傾げてきた。
確かにそうだ。
あれ、俺は今、理想的なのか?
確かに俺は今、知識を持っている。でも、茜とは違って俺は高等監察官の命令に背いた。現在でも背いている。つまり、理想的ではない。のか?
「一〇分後、私が囮で攻撃する。そしたら兵士たちの気がそっちに向くと思うから、その時を見計らって攻撃して」
「待って待って、そもそも、向こうは装甲車や戦車だってあるはずだ。いかにこの機兵の防御力が高いと言っても一〇〇mmでも食らったらひとたまりもない」
「一〇〇ミリだろうが八五ミリだろうが戦車砲なんて、走り回る人には当てられない。それは君が一番理解している筈。それでも拒むなら、私が行く。ここまで来て何もしないわけにはいかない」
「それは……」
俺の認識が甘すぎたのかもしれない。
たった二人で、ベトナムに乗り込むということは、こういう事であると、頭ではわかっていたつもりだった。
でも、今更になって、それに怖気づいてしまう自分がいる事に気づいた。
「分かった。出来るところまでやってみる」
経験則より、この装甲は小銃弾では抜かれない。
絶対に、抜かれない。
自己暗示をかける。
気休め程度にはなる。
「無線はFMで七〇・一五でセットしておく。一度攻撃したら退避するから、直ぐに援護に回れないと思うけどよろしく。」
「了解」
弾丸が薬室に装填されている事を確認すると、滑走路の端へ回り込んだ。
四月二八日 〇五五六時(現地時間〇三五六時) ダナン空軍基地滑走路北側
約束通り、丁度一〇分後に爆発音が辺りに響いた。
正確に鹵獲ジープの燃料タンクを射貫いたのだろう。ジープがひっくり返り炎上している。
今は緑色の視界なので、色を判断する事は出来ないが、多分赤色に見えただろう。
匍匐状態で、照門と照星照準を定める。
目標は、一番近くにいる兵士。
近くといっても、三〇〇mほど遠方だ。
初速八〇〇m/sで発射される弾丸は空気抵抗を無視した場合到達まで〇・三七五sかかり、弾丸は〇・六九m落下する。
しかし、銃の照準器は三〇〇m先の目標基準に設定している為、この際は弾丸の落下を考慮する必要はない。
狙いは定まった。
「落ち着け……」
鼓動が高鳴る。
戦争中の軍の基地とはいえ、俺はこれから人を殺す。
殺害でなく、無力化が目的だという言い訳は通用しない。
今更、殺す事に躊躇するなんて、許されない。
だが、指先に、力が入らない。
《搭乗者の心的障害要素を検知。強制発砲します》
撃たなきゃ!
視界を閃光が襲った。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
肩に伝播する衝撃。
耳に伝播する轟音。
反動で、銃口が跳ね上がる。
火薬の爆発により、ピッチャーの投げる野球ボールの三〇倍のエネルギーを受けた弾丸は兵士のヘルメットを突き抜け、頭蓋骨を粉砕した。
回復した視界では、一人の兵士が倒れる姿が映る。
それだけの事は分かっても、突然『撃たねばならない』という衝動が発生した事に気付くまでは、数秒かかった。
突然式の展開方法を思いついた、突然晩飯に食べたいものを思いついた。その程度の感覚で発砲の義務を感じた。
だが、その事について戸惑っている暇はなかった。
悲鳴にも違い号令が周囲に轟くと、周囲にいた兵士たちがこちらに向けて発砲してくる。
ライトも照らされた。
しかし、精確な位置までは把握していない様で、見当違いなところへ弾丸が飛んでいく。
もう一撃。
再び発砲。
反動は殆どない。
反動は体が勝手に相殺する方向に力を込めるようになっている。
一撃で仕留めた。
さすがにマズルフラッシュが見えた様で、ライトがこちらを向いた。
途端、周囲を砂埃が覆う。
ゴンッ
鈍い音と共に伝わる振動。
「いてっ」
反射的に口走る。
脳天に直撃したらしい。
続いて肩に当たる。
このままでは俺が大丈夫だとしても、銃が壊れるのでその場を離脱。
しかし、ライトは走っても追い続け、体のあちこちに衝撃が走る。
パンッ
軽い爆発音。
予備弾倉の一つに命中したのか、弾丸が暴発した。
このままでは無理だ、光源を落とそう。
当たるのを覚悟でその場で膝立ちをし、射撃体勢に入ったが、次の瞬間、車に跳ねられたかの様な衝撃が走った。
体が後ろに吹き飛び、地面を転がる。
ロケット弾だ。
慌てて走りだすが、銃弾とは比較にならない爆発が周囲一帯で起きる。
擲弾(グレネード)か。まずい、これはまずい。
装甲を過信しすぎた。
擲弾の直撃は、おそらく耐えられない。
耐えたとしても衝撃波が内側に集中し内部剥離の可能性がある。
どうすれば……そうだ、無線だ。援護を頼もう。
「〇一、こちら〇二。無線チェック、送れ」
《〇二、こちら〇一。感明よし。送れ》
テルラさんの声が聞こえる
よし、つながった。
「〇一、こちら〇二、射撃支援要……」
瞬間、轟音と共に視界が消える。
近くで擲弾が爆発した様だ。
衝撃で体が倒れる。
しかし、この程度でくたばってはいけない。装甲は未だ持ちこたえている。
「射撃支援要請、目標、光源。送れ」
立ち上がると再び走る。
《〇二、こちら〇一。現在射撃地点に向かっている。送れ》
「〇一、こちら〇二。了解。終わり」
間に合うか。
右に左に蛇行しながら進む。
しかし、着弾観測による射撃は精確性を増しつつある。
どうすれば……
ここまで来たら、自力でやるしかない。
その場で転ぶようにうつぶせになると、再びバイポッドを立てて照準を当てる。
「当たれ!」
発砲。
しかし、当たらない。
くっそ、落ち着け。
《脈拍の上昇を検知。アドレナリンの異常分泌を確認。自律神経・副交感神経に介入します》
途端、テストが終わった瞬間の気分になった。いや、難題を説いた時か? 外も目覚ましが鳴る前にすっと起きられた時と表現したほうが良いのかもしれない。
脈拍が落ち、少し落ち着く。
落ち着いた。
《銃特性を追加》
その言葉と共に視界に、赤い線が見えた。
銃口から延びる赤い放物線。
弾道予測線か?
これなら当てやすい。
もう一度構える。
正しい姿勢。
正しい見出し。
正しい引き付け。
正しい頬付け。
教わった事を一から繰り返し、発砲。
軽い銃声と共に放たれた七・六二mm弾は弾道予測線に沿って照明に命中する。
途端、照明が消えた。
再び構えなおす。
正しい姿勢。
正しい見出し。
正しい引き付け。
正しい頬付け。
発砲。
命中。
直後、視界が真っ白になった。
車に轢かれたかと思う程の衝撃で体一つ分飛ばされる。
隣に擲弾が着弾し他のだろう。しかし、体に損傷はない。
銃も幸い無事の様だ。
なら大丈夫。
空気があるとはいえ、この距離では弾丸は真空中に近い挙動を示す。弾丸の高度変化も、地球の大きさからしたら無きに等しく、飛距離も同じ。従って、同一の重力加速度が加わる真空中での投射に近似できる。
極めて単純だ。
後は、安定した照準と十分な工作精度があれば弾丸は自ずと狙った的に向かって飛んでいく。
この領域では量子力学の様に離散的なふるまいをしたり不確定性原理が現れることはほとんどない。
パァンッ
次でラスト。
パァンッ
僅かな反動と共に放たれる弾丸。
それは証明を砕き、当たりを暗闇へと変えた。
まだジープのヘッドライトが残っているが、向こうは混乱しているらしく、動きが無い。
大丈夫だ。
一呼吸すると、立ち上がる。
「これが……未来の技術力か……」
少し、笑ってしまった。
直感で言い表すのなら、魔法だった。
俺は一応射撃の訓練を受けている。しかし、せいぜい護身を目的とした至近距離の固定目標に対する射撃のみだ。
少なくとも普段の射撃練習の時より遥かに命中精度が高かっただろう。
一般的に機兵を装着していると命中精度が下がる。装甲が重かったり不本意な機兵の補佐があるからだ。
一方、これだけ高精度な射撃を出来るとは、従来では現実的でないとされていた機兵を着ながらの狙撃だって可能だろう。
「〇一、こちら〇二。射撃支援要請を取り消す。送れ」
「〇二、こちら〇一……了解。良い腕。終わり」
殆ど俺の腕じゃないけどな。
苦笑いしながら、敵に視線を向ける。
この機兵の凄さが、今更になって分かった気がした。
今、俺の視界には、兵士たちが映っている。それは、光を増幅させた物に加え、プランクの法則より示される熱赤外線波長の光までもを映しだしている。
そして、その中を走る一筋の線。
それが、今俺の持っている銃の予想弾道線。
銃を構え、狙いを定める。
もう、照門と照星を合わせる必要はない。
視界に、着弾地点が表示されている。
そして、僅かな手の振れは、機体が反対方向に揺れ、打ち消していた。
発砲。
銃が後ろへ反動を出すと同時に、前へ突き出す様に勝手に体が動く。
左手は銃口を下げる向きに力が働き、結果として銃は一切動かなかった。
いける。
そのまま駆け出した。
人工筋肉により得られる速度はこの機兵の装甲重量を考慮したとしても断然早い。
暗闇の仲一気に距離を縮めると、兵士たちの中央へ立った。
兵士達と目があった。
全員アジア系の顔。
ヘルメットには星印。
共産主義への開放の為に戦う兵士達だ。
しかし、その兵士達の顔は兵士らしからぬ表情筋に力の入った、端的に行ってしまえば怯えきった表情だ。
本当に怯えて体が動かないのだろうか? それとも、誤射を恐れて撃たないのだろうか?
どちらにせよ、都合がいい。
ジープの荷台で機関銃を構えている兵士に弾丸を打ち込むと、ジープに飛び乗り、機関銃をもぎ取った。
米軍の鹵獲兵器だ。
M60E2だっけか?
ジープを飛び降りると構え、周囲へ鉛の塊を超音速でばら撒く。
暴れる銃口。
固定せずに安定するものではない。
マズルフラッシュが輝き、硝煙と共に兵士数名が蜂の巣になる。
残った兵士達は、恐怖で顔を歪ませながらも、懸命に反撃を試みた。
しかし、これだけの暗闇では命中弾は期待できない。
《銃特性を追加。FCSに反映します》
一瞬にして、反動がなくなる。
先ほどまであれだけ銃口が跳ね上がっていたのに、今は反動が無い。
厳密には、発射に同期して体が力を込めている。
ある程度周囲を薙ぎ払うと、残った兵士達は勝敗を悟り、逃げる様に撤退していった。
「〇一、こちら〇二。ハンガー前警備兵の無力化に成功。現地点にて補給をしつつ、合流を待つ」
《〇二、こちら〇一。了解……一つ、質問して良い?》
FM波変調をかけて送られてくるテルラさんの声は、いつもと違った。
「実戦経験の有無か?」
《そう》
「ない。全く。人に向けて銃を撃ったのはさっきが初めてだ」
《じゃぁ、それは理想的な兵士になったから?》
「それも違うと思う。現状では主観的な事しか言えないが、少なくとも俺の中身は変わっていない。ただ……魔法を使っただけだ」
それだけ言うと、手のついたまま転がっている
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