4.6 力率


 暗号 着 軍極秘

 

 F電令作第四九〇四二七〇三番電

 2F司令長官 澤田修

 小坂峰次20KdS司令官ニ指示

 大海指四五八号ニ基ヅキ左ノ通指示ス

 20KdS司令官ハ左記ノ要項ニテ本日発生シタ南支那海ニオケル民間船舶襲撃ニ対スル報復措置ヲ実施サレタシ

一、 現在実施中ノ作戦行動ヲ全テ中断シ、北べとなむ勢力圏内だなん空軍基地ニ対シ徹底的ナ攻撃ヲ加エタシ

二、 右ノ作戦ヲ実施中ニオイテ、北べとなむ軍又ハ北べとなむ勢力ノ武装組織ヨリ攻撃ヲ受ケタ際ハ、之ヲ排除サレタシ

三、 右諸ノ作戦ヲ実施中ニオイテ███ノ符丁ヲ用イタ作戦ガ命令サレタ場合ハ、其ノ命令ヲ本命令ヨリ優先シテ実施サレタシ


四月二八日 受信時刻〇一一五 常務者 福田義光

                                   終





四月二八日 〇五一六時(現地時間〇三一六時)ベトナム ダナン湾沖一km 水深五〇m




 俺とテルラさんは装備を付けた状態でミサイル発射筒室こと特殊格納筒室にいた。狭い空間にそびえ立つ巨大な発射筒。


 その殆どに『貨物室に一時的に放射性物質や爆薬などを保管した大陸間物資運搬用小型低軌道ロケット』がされている。


 他は『通常の概念でいう軍隊ではない軍隊からを受けて中の巡航ミサイル』らしい。


 そして、二四あるその特殊格納筒の内、艦首側二筒がセイル後部のアウトロックチェンバーに続く管だ。アウトロックチェンバーの強度問題で二重にしているらいしい。これは勘だが、多分この設計は別の艦の設計を流用したものか、元々別の設計であったのを改造したものだと思う。設計が少し非合理的だ。もともとこの二筒も発射管で、それを後から改造した印象を受ける。


「準備はできた?」


 ドライスーツに身を包んだテルラさんは、最後に銃のチェックを行っていた。


 機兵は着ていない。今回の作戦行動時間内だと電源兵が必要になるが、俺はこの機兵を着ているので電源兵になれない。それに、電源兵は基本的に戦力にならない。発電中は騒音を発し、喪失すると他の兵まで行動不能になる可能性が高いからだ。ならば着ないほうが良策だ。


「ちょっと待って」


 一通り装備はつけたのでヘルメットを装着する。


《装着を確認。サブシステムを起動します。

 更新情報を確認。更新しています。しばらくお待ちください》


 なんだこれ? こんな事聞かれた事なかった。


 途端、ピリピリ頭がしびれる。


 そういやぁ、鈴鹿先生が機密指定が何やら言っていたっけ?


《メインシステム起動。増幅率、三デシベル。電圧、六〇・一四ボルト。電流値、〇・五アンペア。システム、オールグリーン。ノーマルモードでの運用を開始します》


 一六K、二四〇FPS、三二dppの立体視映像が、電気信号により直接視覚野に送られた。





四月二八日 〇五一六時(現地時間〇三一六時) ベトナム ハン川河口付近




 その後、俺とテルラさんは、わだつみのロックアウトチェンバーから潜水艇に乗り、川を遡上していた。


 潜水艇と言っても、中に入れるものではなく、言ってしまえば取っ手のついた魚雷の様な物だ。


 俺はそこから機兵に電源を補給し、テルラさんは酸素を補給していた。


 俺は動作に支障がない。


 にしても、これがこの機兵の本来の力か。


 自分の腕を見る。


 非金属装甲に覆われた腕。


 表面は炭化ホウ素でコーティングされた炭化ケイ素セラミックスとグラフェンシートで覆われており、内部はCCコンポジット。胴体と頭部、太ももはそれに加えてチタン合金が埋めこまれている。それをカーボンナノチューブで出来た人工筋肉が動かしている。


 視界は、光電子増倍管と熱赤外線波長まで対応したCCDカメラを併用した暗視装置が送る緑色の画像だ。その画像が電気信号として眼球を通さず、視覚野に直接送り込まれている。


 このことが、強制的に記憶されていた。厳密にいえば、記憶野の一部が予めそのように改変されており、先ほどの信号で繋がった、つまり脳がアクセス可能になった。

しかし、習った事が無いのに知っているとは不気味な気分だ。


 茶色く濁った中、視野上に表示される地図(量子ジャイロコンパスにより自分の位置も表示している)を頼りに川を遡上する。


 わだつみから目標までの経路は二kmほどだが、所要時間は二〇分程度だ。

直ぐに空軍基地の南側へ到着する。


 鮮明に見える緑色の視界の中、辺りを見回す。


 丁度テルラさんが潜水艇の偽装を終え、帰りの設定を行っていた。帰りとは言うよりは、帰れなかった時の設定だ。三時間で戻らなかった場合、この潜水艇は自動で母艦へと帰る。


 それを行うテルラさんの姿は明細柄の戦闘服に包まれており、同じく明細柄のヘルメットの下からは、束ねられた髪が露出していた。


 そういえば、初めてテルラさんの姿を検知した時もこんな感じの姿だっけ?


 真っ白な肌に、ペイントを施すと、余計その時の事を思い出した。


 暗視ゴーグルを装着し、立ち上がったテルラさんは一点を見つめ、停止する。


「あれは何?」


 北側を指さした。


 その先には巨大な鉄塔と建物があり、無数の電線が出ている。距離は一km程度だろうか?


 少し離れている。


「たぶん変電設備かな」


「変電設備?」


 首を傾げた。あれ、変電設備って授業で習わないの?


「発電所から送られてくる数万Vの電圧を六六〇〇Vまで降圧させたり、位相調整を行ったりしている場所」


「位相?」


「交流回路における電流と電圧のズレの事。コイツのズレが大きすぎると、ほとんどが使えない電力になる」


「ふーん」


 興味が無いのか理解していなさそうな応答だった。


 何か考えているのだろうか?


 すると、口が開く。


「変電設備って、簡単に爆破出来る?」


「うーん……簡単にか……」


 おそらくは基地への電力供給を遮断したいのだろう。確かに変電所を破壊できれば電力は止まる。


「今、持っている爆薬はどれくらいだっけ?」


「セムテックス爆薬が三キロ。慶雲と機兵を爆破する事を考えても一キロくらい余裕がある」


 確かに、普通の建物を爆破させるのには十分だ。


「うーん、でも一kgだとキツイな。大電力を扱う電気設備って結構頑丈に作られていて、それが幾つも並列になってつながっている。一本だけじゃ焼き切れるだけの電力送っているからね。それに、三相交流の場合は三本の内二本切らないと欠相にはなるけど電力供給はストップしない」


「そんなに頑丈なの?」


 驚いている。当然か。飛行機四機は爆破出来る量で電線が切断できないと言っているのだ。


「頑丈ってか、電気設備って高電圧・大電流を扱うから鉄と銅とセラミックスの塊なんだ。物理的にも、送電線には大きな負荷がかかるから必然的に高強度な設計になる。電線自体は脆弱……といっても数トンの張力に耐えられるだけの強度はあるけど、数万ボルトになると触ることはおろか、近付く事すら自殺行為になる。だから爆破による破壊にはもうちょっと必要。でも、全回路を遮断させた後に制御装置だけ爆破すれば出来るかもしれない」


「なら、頼む」


 それだけ言うと、銃を構え、変電所に向かった。


 あっ、やるのね。






四月二八日 〇五三〇時(現地時間〇三三〇時) ダナン変電所




 変電所の周りには資材が山積されていた。工事中らしい。時たま爆撃受けているのだから当然か。そこから変電所に入るのは思いの他楽だった。裏口の従業員用通路は開いていたし、警備室にいた警備員は寝ていたので縛って再び寝かせた。


 夜勤で務めていたのは他に二人。二人とも制御室でトランプやっていたので、閃光手榴弾を使う程もなく、銃を突きつけたら自分から床に伏せ、腕を交差させていた。こちらも縛って寝かせる。


「ここまで簡単にいくと罠じゃないかって不安に思う」


 銃床で殴って寝かしつけた二人を眺めるテルラさん。他にもぼそぼそ言っていたが、それ以上に俺は興奮していた。


「すごい、考えてみれば、俺、初めて変電所の中入る」


 規模が小さいとはいえ、数千MVAの設備容量はある変電所だ。巨大な制御板に無数のスイッチやレバーがある。


 計器盤の文字はいずれもロシア語だったが、その隣にベトナム語の書かれたテープが張ってある。ソ連から輸入したのだろう。


「読めるの?」


「すまない、ロシア語はさっぱりなんだ。テルラさんって、ロシア語は分かる?」


「少し。でも、全部は読めない」


「配線図って、何て言うか分かる?」


「монтажная схема」


「えっと……これに書いて」


 傍に落ちていた紙と鉛筆を渡す。


〈монтажная схема〉


 書かれた文字を凝視すると、棚からその文字が書かれたファイルを探す。


 ファイルの数はそんなにないので直ぐに分かった。


 これだ。


 ファイルを開く。


 配線図はおろか、電力系統図まで載っている。


「信じられない。この町にはこの変電所からしか電力供給をしていない」


 冗長性もへったくれもない。


 多分、数年前まで米軍の占領下だった事に起因しているのだろうが、それくらい整備しておけって思う。


「おっ、すごい。周波数変換器まである」


「周波数変換器?」


「うん。周波数を変えるやつ。ベトナムって確か、商用電源周波数は六〇Hzなのに五〇Hzに変換する変換器がある。あー、米軍が放棄した工作機械使えるようにしているのかな?」


「時間はそんなにない」


「ゴメン。えっと、切り替えは……」


 文字は分からなくとも、記号や単位が書いてあれば分かる。


 とりあえず、復旧した時の事を考えて進相コンデンサを全部解除。そして、分路リアクタンスを接続させる。これで、ある程度の時間稼ぎにはなる。


 同時に、部屋の明かりが一気に暗くなった。


 力率計が下の方で暴れている。


 送っている電力の殆どが無効電力になっている証拠だ。いつ停電してもおかしくない。


「開放するね」


 大型のスイッチを回し、高圧側の開閉器を全て開放した。


 途端、窓の外が光った。


 どうやら空気遮断器を用いている様で、周囲がアーク放電により照らされる。


 周囲に鳴り響く音。ブラウン管テレビの様な低周波の音が鳴り響く。


 物理的に離れた電極の間を、電気的に繋ぐアーク放電。


 空気は絶縁体であるが、高電圧中では絶縁破壊が発生するので、こういった現象が起きる。


 もっと高電圧になると切り離してもアーク放電でつながったままになったりするのでより耐電圧性の高い油遮断器や真空遮断器、ガス遮断器等を使うケースもある。


 全回路の接続が遮断されると、変電所への電力供給が止まり、明かりが消えた。


 直後、非常電源に切り替わり明かりが復旧する。


「できたの?」


「できたみたい」


 たぶんできた。


「これで大丈夫なの?」


「次の当直が来れば戻される。ここを壊しておこう」


 爆薬の半分を制御室に設置。残りの半分を制御配線の通る配管にセットすると変電

所を出た。


「爆発まで後三〇分。それまでに慶雲とあの機兵に爆弾を設置する。もし、その前に見つかったら遠隔で爆破する」


 冷静に報告を済ませたテルラさんは、ニッパーを取り出し、フェンスを破った。

 

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