4.4 事実
四月二七日 〇〇〇三時 統合術科学校鹿島臨海飛行場北側地域
近くに停車された装甲車の中に、雪江、夏美、菅原の三名が入ると、扉が閉められた。
分厚い装甲板の中に、三人分の呼吸する音が木霊する。
「そんなに警戒しなくていいのよ。ほら座って」
そういいながら、菅原は固い座席に座る。
雪江も反対側に座ると、その隣に夏美が座った。
「で、何から話そうかしら。まずは、七年前から話そうかしら」
その言葉を聞いた途端、雪江の眉間がピクリと動いた。
「でも、それよりちょっと前の八年前から話すわね。八年前、私が内閣府で事務員として勤務していた頃、呼び出しがあってね。聞いてみると、新設される機関に所属しないかって話があったのよ。ただ、そこは機密性の高い機関で、個人的な行動が制限されるっていう、それほど珍しくも無い話。私も、未だ結婚を考えていなくて、もっと働きたいと考えていたから二つ返事でOKしたわ。それで、案の定、汚い仕事をさせられたわ。私は実行役を束ねる立場で、現場責任者みたいな立場だったんだけど、活動家だの、軍人だの、弁護士だの、上から命令があった人間を次々と殺したわ。
冷戦構造下の今、国家が国家としての体制を維持するのにこの程度の事は珍しくないの。むしろ、日本は米ソに比べれば消極的なくらい」
二人は、静かに聞いていた。
既にに、聞いてはいけない事を聞いているという事は自覚しているようである。
「そしてね、七年前、上司から昇進の話が来たのよ。もっと厳しくなるけど、給料も良くなるって話で。給料はそんなに欲しくなかったけど、ちょうど、姉が軍令部中央情報局の事務長に昇進して間もなかったから、姉に対抗意識があったのかもしれない。だから、それを受けて、間もなくして実際に任務を行ったわ。その対象が姉だった事を知ったのは、任務の直後。それで悟ったわ。この機関である程度真実を知っている人はみんな、肉親を殺している。それで、罪の意識を共有する事により、内部告発の可能性を最小限にしているって」
「それで母上を殺した事が正当化されるとでもいうのか?」
「当然、正当化されるなんて思っていないわ。でも、これだけは聞いてほしいの。この件には、もう、関わらないで。私はこれから裁判所に行く。どんな罰だって受ける。だから、雪江ちゃんと夏美ちゃんの二人には……二人には幸せでいてほしいの!」
雪江の表情が曇った。
(これは何かの揺動か? それとも、本心で言っているのか?)
「それだけ……伝えたかった。機関には関わらないで。機関は――機関は、どんな組織でも対抗することは不可能。国家ですら、機関の傀儡となって動いている。ううん、この世界は全部、機関の操り人形なの。でも、機関は合理的で、知らぬが仏。だから、関わらないで」
「ふざけるな!」
金属音。
拳銃を構えた雪江は、銃口を菅原に向けていた。
「あなたの何が信用できる! 調べるなだと? 私が、私が母上を失った悲しみを忘れたとでも言うのか?
私は片時も忘れた事は無い。父上の他界後、女手一つで私達姉妹を育てて下さった母上を失った気持、あなたなんかに分かってたまるものか!」
「でも、私は……」
衝撃音。
雪江は、拳銃で菅原を殴っていた。
薄っすらと、血が流れ落ちる。
「チェ・ゲバラは言った。『私を導くものは、真実への情熱だけだ』と。
私も、この点から行動し、追及し続けている。
私達には、信頼できる人材が多数いる。権力者とだって繋がれる。そのために私はこの座に上り立ったのだからな。私は諦めない。私は、決して、母上を殺した奴らを許さない!
夏美、戻ろう。これ以上この女の言葉に惑わされてはいけない」
半ば強引に夏美の手を引いた雪江は、装甲車を出た。
四月二八日 〇一一五時 ベトナム・ダナン湾沖二〇〇km 高度三〇〇m
医務室で軍医に軽い応急手当をしてもらった後、(軍医は一日安静にしておいた方が良いと言っていたが)俺たちは荷物を持ってヘリに乗り込んでいた。
どうやらヘリで別の艦に乗り移るらしい。
要塞艦への着艦申請から、このヘリの手配。そして、ベトナムまで行く艦と手配と、ここまでしっかりと手配をしてくださった小坂司令官や鮫島大佐には感謝しなければなない。
小坂司令官が渡してきた茶封筒を、強く握りしめた。
「一一時方向距離五〇〇に発光体。進入体勢に入る」
コックピットから有線で発見の報告が聞こえた。
それと同時に、隣に座っていた兵士が扉を開ける。
途端、吹き込む風。
同時に、真っ黒な海の向こうに赤い光が見える。
赤い光。
ストロンチウムの炎色反応に似た輝度スペクトルを持っている。おそらく発煙筒を焚いている様だ。
その光源の真上辺りまで来ると、ヘリのライトが光源を照らした。
途端、海に黒い影が映る。
「うわっ、潜水艦だ」
思わず声が出てしまった。
それも大きい。
排水量は水上で一万トン前後といったところだろうか?
伊五八〇型潜水艦に似た形状だが、それより一回り大きい。そして、セイルの後部が少し伸びている。
ヘリはセイル後部の甲板上(形からして弾道ミサイルを格納していると思われる)の上空でホバリングをすると、ロープにつられ、俺たちは降りた。
テルラさんと俺は訓練を受けているので懸垂降下を行ったが、波音さんはそうもいかないので、救助用ウィンチにつられ、荷物と共に降りてきた。
パイロットたちにお礼の一つでも言いたかったが、荷物が降りた途端、ヘリは消え去った。
光源を失った暗闇に、海風が吹く。
さて、これからどうすればいいのか?
そんな心配を一瞬はしたが、先ほどの光源が近づいてきた。
距離が一〇m程になると、光源を持つ人が見える。
持っていたのは、紺色の作業着姿の兵士だった。いや、士官かな?
一瞬海上自衛軍の第三種兵装に見えたが、少し違う。
その男には服の上からでも分かる程筋肉がついており、服にはしわ一つ無かった。
しかも、一人だけでない。
同じような男が五人程出てきた。
「こっ……こんばんは」
何て言っていいのかわからず、思わず頭を下げてしまった。
しかし、何の応答も来ない。
これはこれで悲しい。
一瞬の間をおいて、男たちが横に並んだ。
「気をー付けー! 千歳波音艦長に対し、敬礼!」
ザッという音と共に、兵士たちが敬礼する。
びっくりした。
「ただいまーっ!
みんないい子にしていた?」
これだけ異質な空気の中、波音さんの声が周囲に拡散した。
「肯定であります。
艦長、艦の指揮を返却します」
「はーいっ。
艦の指揮をもらいますっ!」
目の前で行われる指揮権の返却。
まぎれもない、正式な、指揮権の返却。
それが終わると、一斉に懐中電灯が持ち出され、辺りが照らされた。
俺たちにも一個ずつ支給される。
「ねぇじゅんくん」
こちらを振り返る。
「なみちゃん、凄いでしょっ。この潜水艦、ぜーんぶなみちゃんのものなんだっ!」
「……」
何と応答すればいいのだろうか?
波音さんが話している言語が日本語なのかどうかも怪しく感じた。
風の音が偶然、波音さんの声の波形に近似した波形になり、聞こえているだけなのだろうか?
未だ、鈴鹿先生が未来人だといわれた時の方がしっくり来た気がする。
「波音さん……艦長って、正式な? 一日艦長とかじゃなくて?」
この程度の確認をする事くらいしか思い浮かばなかった。
「うーん、この潜水艦はね、正式な記録には載っていないから、なみちゃんは正式な艦長じゃないかなぁ。でも、みーんななみちゃんが艦長さんだって思っているから、なみちゃんのいう事はぜーんぶ聞いてくれるよっ!
ねーみんな、荷物運んであげて。場所は第三倉庫ね」
「はっ」
一斉に返事が返ると、何個か転がっていた荷物があっという間に運ばれ、消え去った。
物質が消滅したと誤認する程早い。
同時に乗員たちが全員艦内に戻った。
「どういう……事なの?」
隣に立つテルラさんは目が点になっていた。
「だーかーらーなみちゃんはこの潜水艦の艦長なの! じゅんくんはわかるよね?」
まるで俺が全てを理解しているような反応。
「まぁ……突然不確定性原理を教えられた気分だね。集中乗数回路しか知らなかったのにいきなり分布乗数回路を教えられた気分の方が近いかもしれない」
言っている事は分かるが、理解できないというのを遠回しに言う。
「すっごーい。やぱりじゅんくんはすごいよ!」
俺の腕をつかんで飛び跳ねる。
いや、俺の回答を理解できた方がすごいです。
「ちなみに、この潜水艦の名前は何て言うの? 見た目からすると伊五二〇型潜水艦に似ているけど」
「この潜水艦はね、わだつみって言うんだよ! 工学実証艦わだつみ」
「工学実証艦? つまり、この潜水艦は戦闘能力を持たないのか?」
「魚雷もミサイルも撃てるし、核攻撃も出来るよ」
「つまりはよくある核原潜か。実証って事はそのプロトタイプ?」
「うーん、それが違ってね、この工学実証艦は、研究開発を目的とした技術実証炉と、新型潜水艦兵器システムと、新型低軌道ロケットが搭載されているだけだよ」
呪文のような名前が並ぶ。
「それって核原潜じゃん」
「だーかーらー、そう言っちゃダメなのっ!
それに核ミサイルも無いの! 低軌道ロケットの貨物室に爆薬と核物質が保管しているだけなの!」
何だそれ? 核原潜を持ってはいけない理由でもあるのか?
現時点で二八隻の核原潜を保有しているというのに。
とりあえず、艦内に入るか。
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