4.2 近接


四月二七日 二三四〇時 統合術科学校鹿島臨海飛行場北側地域




 雪江は、夏美を隣に座らせ、車で飛行場の北側の道を北上していた。


 周囲には作戦行動を停止した陸軍の戦車部隊が停車している。


 上空には陸戦隊の攻撃ヘリ。


 前後を装甲車で警護され、進んでいた。


 目的地は、菅原真紀子高等監察官のいる軍・警察の統合指揮所だ。


 普段は演習場として使われる広場の中央に、陸上自衛軍のテントが幾つも建ててあり、そこには既に陸戦隊の兵士と、統合術科学校公安員会の生徒が包囲していた。


 前後の装甲車からも十数名の機兵を装着した生徒が降り、降車した雪江・夏美の両名を護衛し、進んだ。


 この間、一切の会話は無い。


 あらかじめ決められていた事を淡々とこなす。訓練で行った事を再現する。行っている事はそれだけであったが、まるで一つの意識を共有しているかの様に無駄の無い動きであった。


 集団は、厳重な警備が敷かれたテントの中に入る。


 そこには、数名の背広姿の男と、一人の女が椅子に座っていた。


 数名の武装した生徒に囲われながら、湯気を出すコーヒーを前にじっと座っていた。


 背広姿の男達はいずれも暗い表情を下に向けていた。しかし、女は、雪江の姿を見ると、自然な笑みを浮かべた。


「こんばんは、雪江ちゃん、夏美ちゃん」


 自分の置かれている状況は意識しているのだろう。しかし、菅原の顔に、危機感や不安感は一切無かった。


「どうも、菅原真紀子高等監察官。その様ですと、ご自分の置かれている状況は理解されておられないのですか?」


 雪江は静かに言い放った。しかし、全員に十分に聞こえる程の、しっかりとした声だった。


「いいえ、私はちゃーんと理解しているわ。私が外看誘致を含む十二の違法行為を行って、軍や警察を動かし、この学校を占拠し、雪江ちゃんと夏美ちゃんを逮捕しようとし、雪江ちゃんたちの働きと、陸戦隊によってそれが全部防がれてしまった事をね」


「つまりは、全て予想通りという事か?」


「ううん、私も、この学校に鳴狐を稼働可能な状態に復元できる人がいるとは思わなかったわ。でも、この計画が失敗しても、私は未だカードを持っているの。すごいでしょっ?」


 楽しそうな表情。


 雪江も、今までに出来るだけの警戒は行ってきていた。


 殺される事を考慮し、上空には戦闘ヘリを、周囲には陸戦隊と、公安委員会の生徒を配置できるだけ配置し、地雷や狙撃も考慮している。


 通信設備は全て抑えてあり、発電機は全て管理下にある。


 何を行っても万全はあり得ないという事は雪江自身理解しているが、それでも行える事は全て行ったと自負していた。それであっても、菅原真紀子は余裕をみせていた。


 その余裕を、雪江は警戒していた。恐怖心さえ抱いていたのかもしれない。


(落ち着け、弱さを見せたら付け込まれる。混乱は未熟の証だ)


「安心して。私は『パピ600』の電報を送るつもりはないわ。私は時間を待っているだけよ」


「随分とな余裕だな。安心しろ。私もあなたの目的が達成できる様な安易な対策は練っていない。信頼できる、今でも一流の部下たちが警戒しており、あなたがベトナムに送ったあの女子生徒も、もう目途は立っている」


「そう、なら良かった。ねねっ、雪江ちゃん、夏美ちゃん。久しぶりに三人だけで話さない?」


 僅かに、雪江の眉間が動く。


 即答しなければ、弱さを相手に見せてしまう事だという事は自覚していた。しかしながら、これだけの菅原の余裕に、さすがの雪江も困惑をしていたのだろう。


 一瞬の間をおいて「いいだろう」とだけ返答する。


「書記長、危険です。身体検査を行っているとはいえ、向こうが何をしてくるかわかりません。体内に爆弾を埋め込んでいる可能性も否定しきれません」


 内務委員会警務課の堀内が進言する。


「安心しろ、殺すつもりなら私は既に死んでいる。話を聞かれたくない。装甲車を一台、近くに停車させてくれ」


「危険です。装甲車の様な密閉空間では爆発物の威力は上がります。本当に体内に爆弾を忍ばせて置いた場合は、少量であっても確実に殺すことが可能に……」


「私は君に爆殺の手法を聞いているのではない。装甲車を一台、こちらによこす様に命じているのだ。分かるか? 心配してくれるのには感謝しよう。しかしながら、私はそんなヤワな死に方をする人間ではない」


「かっ、かしこまりました。直ちに手配させます。ですが、ですがどうかこれを……」


 そういいながら堀内が差し出したのは、拳銃がついたベルトだった。


「気休め程度かとは思われますが、私たちの気も休まります」


「そうだな。君たちにこれ以上の心配はかけたくないな。ありがたく拝借しよう」


 制服の上から、ベルトを取り付けた。





四月二七日 二三五三時 ベトナム・ダナン湾沖二〇〇km地点 第二〇機動戦隊旗艦 要塞艦素戔嗚




 全身をハンマーで殴られたかの様な衝撃で、目が覚めた。


 最初に感じたのは、耳をつんざくようなタイヤの悲鳴。


 同時に、ベルトが体に食い込む。


 首が痛い。


 直後に揺れが収まった。


 しかし、エンジンが止まったわけではない。


 着艦?


 顔を上げ、辺りを見回すと、そこは広大な平たい面上だった。


 ライトに照らされた機体が見える。


 つけっぱなしだったナイトビジョンを外すと、赤い光で照らされていると分かる。


 右前にはエレベータ。その上に赤い光を照射する管制棟があり、更に奥には巨大な影が薄っすらと見えていた。


 その更に右側にはもう一本滑走路が走っている。


 飛行甲板の長さは目測二〇〇m、幅は八〇mといったところだろうか? いつだか見た文献に記載されている値とほぼ一致する。


 これが、軍用艦船として世界最大の艦級、建御雷型要塞艦の二番艦、素戔嗚か。


 暗闇で艦の後ろ側しか見えないのが非常に残念だが、それでも逆ハの字に広がった広大な飛行甲板は分かるし、それに並ぶ新鋭戦闘機・攻撃機の数々も分かる。


「起きたの?」


 テルラさんが声をかけてくる。


「うん、首が痛いよ」


 特に足が痛い。おそらく内出血を起こしている。


 しかし、それ以外は大丈夫な様だ。


 テルラさんは、主翼の後退角を最後退位置にし、停止体制へ入った。


 黄色のジャージを着た航空機誘導員の指示に従い、飛行甲板の中央へ機体を運ぶ。後は牽引車が機体を下にある格納庫へと運んでくれるだろう。


 外では赤いジャージを着た水兵が安全ピンを刺したり、梯子を取りつけていたりしていた。


 キャノピーを開き、エンジンを止める。


 波の音が聞こえ、僅かな揺れを感じる。


 すると、一人、士官階級の人間が歩み寄ってきた。


「航空管制士官の石川だ。統合術科学校から来た千歳、フランク、藤本君でいいかね?」


 お偉いさんだ。即座に機体を飛び降りる。


 ゴッ


 どこかに頭を打った。痛い。


 それでも敬礼をする。


「はっ、そうであります」


 答えたのはテルラさんだった。


 さすが、早い。


「着て早々申し訳ないが、小坂司令官がお呼びだ。ついてきてくれ」


「あっ、はっはい!」


 コックピットから降りると俺たち三人はついていった。


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