3.8 能動


四月二七日 一九一一時 第一実験棟地下




 俺とテルラさんが戻ったとき、地下室に鈴鹿先生の姿はいなかった。その代わりに、手のひらサイズの板状コンピュータと、その操作方法が載ったメモが置いてあった。(メモにはスマートフォンと記載されている)


 その指示通りに操作すると、音声が再生される。


《藤本君へ

 最初に謝っておきたい事がある。最後まで付き添えなくて申し訳ない。どうやらもう潮時の様だ。これ以上君たちの傍にいると、君たちまでにも目がつけられるかもしれない。だから、僕ができる事はこれまでだ。

 この部屋にある機材は全て君に渡そう。自由に使っていいが、取り扱いには気を付けてくれ。ASSに関しては機密保持を解除しておいた。一度装着すれば、隔離されていた記憶野へ神経接続ができる様になる。オメガシステムタイプ2の能力が分かると思う。回収後のサルベージ方法に関しては追って連絡する。じゃぁ、健闘を祈る》


 その後は長い沈黙が続いた後に、音声が途切れた。


「逃げられたのね。

当然といえば当然の結果だけど」


 隣で聞いていたテルラさんが一言、少々耳をいじっている。今までに聞いた事の無いほど高音質な音声であったせいか、高い周波数成分までしっかり拾っている。


「逃げたんじゃない。たぶん、鈴鹿先生は俺たちを守ってくれたんだ。これ以上、俺たちが聞いてはいけない事を聞かない様に」


「そうして、作戦の遂行に支障を来す。非合理的ね。最後の言葉にしては文章量も少ない」


 音圧変化の少ない言葉が鼓膜を揺らす。


「そんなの解釈問題だよ。それより、まだ、テルラさんがどこまで知っているのかは聞いていなかったね」


「私が聞いたのは矢倉茜が理想化された兵士になったという事から。その前は何を話していたの?」


 一瞬、回答に戸惑う。まずいな、なるべく平行世界の話はしない方がいい。しかし、下手な事を言うと嘘が露呈する。


「それの前段階程度の話さ。歩兵を高効率に運用する事を目的としてこの機兵を開発したという事。このシステムの名称はオメガシステムと呼ばれる物だという事くらい。それ以上の事は教えてくれなかった。当然といえばそうだけど」


「何で尋問しないの? それで背後の組織が分かるかもしれないのに」


 少し声が苛立って聞こえる。


「俺には尋問のスキルがない。無理なのは当然だ」


「分かった。出発の準備をする。機材の選定は君に任せる。私は武器の選定を行う。ここのも持っていく。機材は幻月の戦術輸送ポッドに入る分。簡易的な断熱加工は施されているけど、低圧・低温下を想定した構成でお願い」


「分かった。一〇分で用意する」


「二〇分でいい。」


 想定外の返しだった。早くしろと言われる事はあっても、ゆっくりで良いといわれる事は想像した事もなかった。


 焦って行ってもミスが増えるだけだからか? それならいいが。


「あの、テルラさんっ!」


 テルラさんが地下室を出る直前、呼び止める。


「何?」


「そのっ、テルラさんは、何でこの任務に携わってくれるんだ? これだけ危険な任務、公安委員だからという理由だけで行ってくれているとは思わないんだけど」


「――あなたには関係ない。これは、私の問題」


 それだけ言い残すと、白銀の髪をなびかせ、地下室を出た。






四月二七日 一九三二時 統合術科学校鹿島臨海飛行場




 騒音が鳴り響いている中、俺たちは幻月に乗り込んでいた。


 可変翼を持った双発の電子戦闘機。


 縦横に二座ずつ、計四座席の機体に乗り込む。当然、テルラさんが左前の操縦手席。その隣の副操縦手席兼火器管制士官席に座る。後ろには電波妨害や遠距離通信を行う電子作戦士官座席が二つ備わっている。さすがは電子作戦機だけの事はある。


 そして、俺の右となりにある赤いスイッチが核兵器用の安全解除装置。キーが無ければ核兵器も搭載していないので今は意味がないが、存在感はある。


 本来、この機体は終末の日に核ミサイルを搭載した爆撃機編隊を先導し、米ソの防空網をジャミングしながら核攻撃にて撃破、モスクワやワシントンへのルートを切り開くべく作られた機体だ。


 その為税金はふんだんにつかわれており、それだけあって性能も良い。類似する機体といえば米国のF―111とかソ連のSU―24だが、いずれも複座で機体のコンセプトは異なる。無理に合わせようとすれば米国のF―111に同じく米国のEA―6の機能合わせた様なものであり、近接航空支援に使える事を考慮するなら……(以下省略)


 ある程度準備離陸準備が済んだのちに、一段のジープが止まった。


 そして、人影が一人、降りてくる。


 ブカブカの飛行服に大き目のヘルメットをかぶった少女。波音さんだ。


 こちらを見た瞬間、飛び跳ねて手を振る。


 何かを叫んでいる様だが、エンジン音で掻き消されて何も聞こえないが、そうだと判断したらしく、飛び跳ねながら機体へ上ってくる


「じゅんくーん!」


 そう叫びながら上がった波音さんは、後部座席ではなく、俺の膝の上に勢いよく飛び乗った。


 膝に衝撃が走り、微かに機体が揺れる。


 いや、おかしいだろ。


「波音さん……前は満員だよ」


「えーでも、ここ座れるっ!」


 いや、シートベルトないし、そもそも行き三人、帰り四人乗るためにこの機体を選定した訳だし。


「えーじゃぁ、後ろに乗るからじゅんくんも後ろに乗ってっ!」


「後ろに……じゃぁ、そうするか」


「駄目」


 今度はテルラさんが呼び止める。


「この機体、離着時は二人で操作する必要がある。それに、航行中の二人いた方が安全」


 安全……といえばそうだ。今、この機体には増槽四つに加え、戦術輸送ポッドと、その反対側に自衛装備として短距離空対空ミサイルが装備されている。その空対空ミサイルを発射するのは火器管制士官座席に座る俺だ。飛行経路の大半が日本の防空識別圏内とはいえ、連日北爆が続いているベトナムに近づくのだ。万一に備えるに越した事はない。


「えっとじゃぁ……とりあえず、離陸の時は後ろの座席に座ってくれるかな?」


 そもそも、いくら小柄な体とはいえ、後ろから前に移動できるとは思えないが……


「はーい」


 声の周波数が少し落ちている。


 波音さんが座席についたのを確認すると無線のスイッチを入れる。


《鹿島タワー。こちらロウバシ一。貴局の管制下に入る。滑走路への侵入許可願う》


《こちら鹿島タワー。ロウバシ一。了解した滑走路27Rへ侵入を許可す》


《ロウバシ一。了解》


 エンジンの鼓動が高鳴る。元気な音色だ。


 暗闇の中、誘導路を通り、光り輝く滑走路へ入る。


《鹿島タワー。こちらロウバシ一。滑走路へ侵入した。離陸許可願う》


《こちら鹿島タワー。ロウバシ一。風は一二〇より八ノット。離陸を許可します。グッドラック》


《鹿島タワー。こちらロウバシ一。了解した。ありがとう》


 とたん、轟音と共に強烈な力が背中に入った。


 背中が座席に押し付けられ、頬が後ろへ引っ張られる。


 アフターバーナーを焚き、全力で稼働するエンジンの振動で視界は揺れ、強烈な加速度で平行感覚は失う。


 やっとその状態になれたと思ったら今度は下に押し付けられた。


 頬が下に引っ張られ、頭が下を向く。


 乱暴な運転? いや、これが戦闘機の機動だ。


 暫くは激しい運転が続きそうだ。




発 ██████    宛 ████

 ケースR65発生

 対象者 OB107 菅原真紀子

 プロトコル C7自動実行


 発 ████    宛 ██████

 プロトコルB12実行

 対象 ドキュメント974-0425-11 日本籍商船第一あすか丸

 プロセス EA8 ベトナム共和国空軍





 通信記録 駆逐艦『漣』 四月二七日 日本時間一七五〇―一七五五時


《こちら、日本国海上自衛軍所属、駆逐艦漣。救難通信を受信した。船舶国籍、船種、船名、座標、状況を知らせよ》


《こちらは日本国籍の貨物船第一あすか丸。現在位置は北緯一三度七二分、東経一一〇度六七分だ。

一〇分程前、右舷に爆発が三回続けて起きた。証言によれば、どこかの軍隊の戦闘機が爆弾を落としていったらしい。現在浸水中。あと一時間もすれば沈没する。至急、救助を頼む》


《第一あすか丸、こちら漣。了解した。至急救助部隊を向かわせる。貴船の積み荷、乗員人数、排水量を報告せよ》


《第一あすか丸より漣。乗員は今二四人だ。だが、五人が爆発に巻き込まれて一人が死亡、二人が酷い怪我を負っている。後の二人は未だ見つかっていない。積み荷は、自動車部品と精密機械、食料品、木材。爆発物は無いが、木材に燃え広がったようで火が強い。排水量は一万五三〇〇トンだ》


《第一あすか丸、こちら漣。了解した。下船の後、救助を待て、乗員全員の無事を願う。以上》


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