3.7 検証準備


四月二七日 一八五八時 統合術科学校鹿島臨海飛行場




 先ほどの会話を聞かれてしまっていたのだろうか……


 テルラさんに聞きてみたかったが、上空をひっきりなしにヘリが飛んでいる上、エンジン音が酷くてとても話せる音では無かった。


 そしてたどり着いた飛行場。そこはもっと危ない状況であった。


 空を埋める攻撃ヘリ。


 輸送ヘリから次々と降下する機兵や歩兵。


 直接銃を向けてはいないものの、実質的に陸戦隊が陸軍を包囲していた。


 陸上自衛軍がその気になれば陸戦隊もただでは済まない被害になるだろうが、術科学校の戦力が無視できない以前に、そもそも同じ国の兵士が対立しているという状態だ。旧軍時代ならあり得なくもない話だが、統合により境目が薄れた今ではまず起きない事態だ。恐らく司令官も混乱しているだろう。


 ふと、やたら警備の厳重な区画を見つけた。


 丁度、数時間前に交渉を行った整備場の前だ。


 目を凝らすと、そこには雪江先輩や強羅先輩の姿があった。


 その前に降り立つ一機のヘリ。


 中から数人、黒い軍服姿の男が下りる。


 他の兵士とは服装が違う。恐らく海軍士官だ。


 同時に、雪江先輩たちが敬礼している。


 そこから少し離れた場所に、俺達は停車した。


「藤本純太郎、行くよ」


 どうやら、お偉いさんに合わなければならない様だ。






「テルラ・フランク及び藤本純太郎の両名、ただ今参りました」


 厳重な警備と、荘厳な空気で構成された場に俺とテルラさんは駆け込んでいた。


 駆け込んだというのは比喩表現では無く、実際に走った。そのせいか俺は息が上がっているが、テルラさんは一切息を切らしていない。



「ご苦労だった。鮫島大佐。紹介いたします。こちらが、件の機兵のもう一人の着用者である藤本純太郎です」


 漆黒の第一種軍装をまとった鮫島大佐に報告する雪江先輩の表情は、いつもとは笑顔だった。


「ふっ藤本純太郎です」


 俺も名乗る。


 他に何か言った方が良かったかな? でも、思い浮かばない。


「君が藤本君か。話は聞いている。君が鳴狐を稼働可能な状態へ修復したそうだな。大したものだ。ご苦労であった」


 低い、ずっしりとした声。


 今まで服ばかりに気を取られていていたが、顔を見ると思わず身を引いてしまう顔つきだった。


 帽子の下には、バッサリと切られた白髪。


 右目を覆う眼帯。


 右の額から右頬にかけて大きな古傷があった。


「私は海上自衛軍第一艦隊作戦参謀。鮫島真之だ宜しく。」


 純白の手袋外し、手を差し出す。


 その右手に、薬指は無かった。


「はい、よろしくお願いします」


 静かに握ったが、鮫島大佐の握る力は強かった。


「突然だが、本題に入ろう。

 この学校の公安委員会及び、軍令部中央情報局から入った情報を統合すると、菅原真紀子高等監察官はその職権を乱用し少なくとも一〇以上の違法行為を行ってこの学校を占拠しようとしているらしい。現在は我々が陸軍を押さえつけ、内調に報告して公安経由で菅原高等監察官の逮捕状を用意している最中だ」


 どうやら、このお偉いさんのおかげでこの学校が救われた様だ。


「もうじき陸上自衛軍に正式に作戦中止の命令が下り、日付が変わる頃にはある程度証拠を押さえ、菅原には逮捕状が出る予定だ。だが、これだけでは問題は済んでいない。現在我々が最も懸念している案件は、矢倉茜さん及び、彼女の搭乗した慶雲だ。

 先程、西日本防衛局より報告が入り、紀伊半島沖の公海上空を慶雲と思われる機体が超音速で通過したとの情報が入った。このまま素直に進んだ場合、慶雲は東南アジア、おそらくはベトナムに向かうと思われる」


「ベトナム……ですか」


 この状況で聞きたくない国名が出てきてしまった。今のベトナムの現状は聞いた事がある。米ソの代理戦争でかなり泥沼の戦いになっているとか。日本は介入こそしていないものの、近海に大規模な艦隊を派遣したといつだかのニュースで聞いている。


「想像のつく通り、ベトナムは現在非常に介入しにくい場所だ。下手に介入すれば、米ソ両軍を敵に回す事に繋がる。今まで海上輸送路(シーレーン)の確保のみを行い、戦争そのものには介入していなかった日本としては、軍を派遣する事は好ましくない。とはいえ、高性能な戦略偵察機の情報及び、高性能機兵の情報が漏えいする事も好ましくない。そこで頼みがあるのだが、藤本君。君は、ベトナムに行く気はあるか?」


「えっ……」


 あまりに唐突だった。


「当然、未だ兵士ですらない君に強要する権利は軍にない。軍にも、こういった政治的に複雑な場所に派遣する為の特殊部隊はある。しかしながら、そういった特殊部隊であっても即座には動かせない上、君と彼女のみが装着可能な機兵。その機兵に関しての情報が、我々には全くない。今現在、軍令部の中央情報局に当たれる情報全てを当たらせているが、市ヶ谷にもあの地下室に関する資料が無かった。恐らく、その機兵に関しては君が一番詳しいだろう。その機兵自体、突入する際に極めて役に立つと思われる。藤本君、ベトナムに行かないか?」


 答えを考えようとは思わなかった。


 願ってもない事だ。


「行きます。いえ、行かせて下さい! 自分は、茜を元に戻したい……いえ、取り戻したいのです!」


 危ない、口が滑ってしまった。


 背筋に冷たい物が走ったが、それは杞憂であった様で、鮫島大佐のが笑った。


「良いぞ、それでこそ男だ。

 早速手配をしよう。雪江、この学校に足の長い艦上機はあるか?」


「はい。窮山、荊山、幻月辺りなら沖縄で空中給油をすれば十分な航続距離があるかと」


「なら丁度いい。どれか適当なのを使って南シナ海へ飛んでくれ。そこで活動中の第二〇機動戦隊に受け入れられる様に指示を出そう。戦隊司令には話を付けて置く。戦隊司令官の小坂少将は私と同期で、少しイっている所はあるが根は良い人だ。沖縄防衛局にも空中給油機を手配させる。それと……おそらくこの状況だと、彼女が必要になるかもしれない。小坂には迷惑をかけるな」


 鮫島大佐の顔が曇る。


「彼女? どなたの事でしょうか?」


 雪江先輩も誰だかわからない様だ。当然、他の人間に察しがつくわけがない。


「雪江、ちょっとこっちへ」


「はっ」


 ヘリの中へ呼ぶ。


 そこで、何かを話した。


 当然、会話の音声は人間が識別できる音圧ないしS/N比でないので直接理解する事は不可能であったが、雪江先輩が目を丸くして驚いている事からしてよっぽどの理由だろう。


 会話は長くは続かず、すくに出てきた。


 俺たちの前に立つなり、雪江先輩が指示を出す。


「宮城、直ぐに潜水科の千歳波音を呼んでくれ。鮫島大佐がお呼びとだけ伝えてくれ」


「了解です」


 波音さん?


 この状況で、何で波音さんが?


「唐沢は飛行科に連絡。幻月を一機、離陸準備させろ。燃料は沖縄沖まで持てば良い」


「了解」


 二人、の生徒が立ち去った。


「あとはパイロットか。これは有志を募って……」


「書記長閣下、自分に……自分に行わせてください!」


 突然、テルラさんが前に出た。


「テルラ、君はまだパイロットの訓練は受けていないのではなかったかい?」


「いえ、幻月はありませんが、赤椿で訓練を受けた事ならあります。マニュアルさえあれば出来ます」


 双発ジェットの高等練習機か。移動だけならそこまで難しい動きをする事はないと思うのだが、問題は着艦だ。そういえば鮫島大佐はさっき第二〇機動戦隊に向かうように言っていたな。機動戦隊には空母じゃなくて……ええ! 機動戦隊?


「本校にいるパイロットでなく、君を選抜する事によって得られる利点は何だ?」


「自分は、陸上における戦闘能力、特に破壊工作に関しては自信があります。本作戦においては空戦ではなく、陸戦が想定されます。従って、航空機の操作能力が最低限度であっても、陸戦能力を優先した方が得策であると考えました」


 チェレンコフ放射光の様な瞳が、雪江先輩を向いた。


 一瞬の沈黙。


 実測時間では〇・七sくらいだろうが、体感としてはその倍はある時間、沈黙する。おそらく思考処理をしているのだろう。


「そうか、ならよろしい。準備をしろ。装備は好きなのを持っていけ」


「ありがとうございます」


 頭を下げた。


 再び大佐が話し始める。


「藤本君、テルラ君。君逹に言っておきたいが、本件には、公式的には軍も政府も関与しない。当然、非公式な協力は行うが、それは非公式に行える事に限られる。薬莢や弾丸は致し方無いとし、兵器、装備、その他機器類に関しては投棄する場合、その痕跡が残らぬ様に完全に粉砕、若しくは爆破するように頼む」


「了解です!」


 二人同時に、返答した。

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