3.6 定性的評価



四月二七日 一八三五時 第一実験棟地下



 もうすっかり日が落ちたころ、俺は再び地下室に向かっていた。


 公安委員が一人だけで警備する入口を通り、地下に向かう。


 あの地下室からは光が零れ落ち、微かに音が漏れていた。


 誰かがいる。


 いや、誰かは分かっている。


「ないですよ、鈴鹿先生」


 カバーを開かれたスーパーコンピュータ。その前に白衣姿の鈴鹿先生がいた。


「藤本くん。どうしたんだい?」


 相変わらずの笑顔でこちらを向く。


「ありませんよ。俺が見つけましたから」


 機兵が置いてある机の上に、板を放り投げた。


 板……としか表現ができなかった。


 厳密にいえば、黒いガラス板だろうか?


 表面は板ガラス。裏面は合成樹脂か何か、非金属製の材質だった。


「俺はこれを板……と表現したこれなのですが、何ですか? それ以上の表現をするならば……極めて薄型の指による接触操作が可能なモニターと一体となったポケットコンピュータ、ですか?」


 親指で側面のボタンを押した。


 モニターの電源が付き、指先をスライドさせると、様々なオブジェクトが表示された画面が現れた。


「詳しい操作方法は分かりませんが、少しいじらせて頂きました。この画面……ひょっとしてこのポケコンの性能表記ですか?」


 画面を見せつける。


「RMAが一六GB、ROMが一TB、中央演算処理装置CPUに至ってはベースクロックが四・二GHz。この化け物、何ですか? このスパコンの一〇〇倍の演算性能はありますよ。記憶容量に関しては……このTBのTって補助単位のTですよね? だとすると、これはひょっとすると現在日本に存在する全てのデジタルデータ――それに加え、全ての書籍の文字データを記録できるんじゃないですか?」


 現在の主要な電子記憶媒体といえばフロッピーディスク。その容量は一般的なもので四〇〇KB。つまり、この板にはフロッピーディスク一〇〇〇万枚の記憶容量を持っている事になる。全角文字に換算すれば二兆字。半角文字ならば四兆字。単行本に換算すれば約二〇〇〇万冊分だ。


「それに……そもそも、この部屋ではそのスパコンを起動させることはできません」


 内部配線がむき出しになったスパコンを指さす。


「私が起動させたとき、すぐに落ちましたが、それだけ巨大なコンピュータがたかが単相一〇〇Vの三〇Aで起動できる筈がありませんし、そもそもこの部屋、一般的な通気口しか取り付けてありません。もし仮に、そのコンピュータを起動させたら瞬く間にこの室内はサウナ状態になります。つまり、鈴鹿先生、先生は私たちに嘘をついていましたね?」


 沈黙。


 一瞬、鈴鹿先生の表情を強張らせたが、すぐに戻った。


「どうやら、言い訳は出来なさそうだね。いかにも、君が持っているそれは書いてある通りのスペックを持っている。僕が七万円で買ったパーソナルコンピュータだ。本当はそれにキーボードもついているんだが、今は外している」


「七万円で買った? これだけ小型、高性能なコンピュータが、そんな安値で? 秋葉にでも売っていたと仰るんですか?」


「買ったのは新宿だけど、秋葉にも普通に売っていたよ」


「はい?」


 意味が分からない。


 俺も秋葉には何度も足を運んでいるが、こんなものが売っているところ何て見たことがない。


「そうだねぇ……確かある程度なら僕の口から話しても良い事になっているんだけど……どう説明すればいいかなぁ? そうだ! 君は量子力学の観測問題におけるエヴィレットの多世界解釈論を知っているかい?」


 唐突な質問だった。一瞬回答に困ったが、それくらいなら知っている。


「確か、シュレーティンガーの猫における解釈の一つですよね? 観測者は観測している時点ですでに複数の平行世界の中の一つの世界に存在しており、猫の生死はどの世界線で観測したかに依存するという……でも、どちらかといえば私はコペンハーゲン解釈における波動関数の収縮のほうがしっくりくるというのか――現在はコペンハーゲン解釈の方が主流ですし」


 それにこの手の理論は無数の解釈がある。確率過程量子化の様に不確かさを酔歩による統計学的性質で説明したものもあれば、意思説の様に観測した結果は人間の意思によるものだという理論(理論というのか?)まである。


「重要なのはシュレーティンガーの猫じゃなくてね。そのエヴィレットの多世界解釈論ではこの世界は無数の平行世界から成り立っているという事だよ。この理論が正しければ我々の世界の隣には僅かに変化を持つ世界があるとされている。

そこで問題だ。仮にその僅かの差が、時間の進む速度の差で、その僅かな差が一三八億年という年月をかけて、数十年という差になり、何かの拍子で時間の進む速度が僅かに遅い隣の世界に移動したら、移動した観測者からはどの様に見える?」


再び即答できない質問だ。


俺は量子力学に詳しいわけではない。むしろ素人だ。なので単純な答えしか思い浮かばなかった。


「それは――相対的に時間が変化している様に観測されます。簡単に言ってしまえば、あたかも過去に戻ったかのように……」


「そういう事」


 真顔で言った。


 簡潔に。


「そういう事って、そういう事なのですか?」


「そういう事。そのタブレットPCが十分な証拠になると思うけど」


 まさか……


 否定しようと思ったが、それは感情的結論に過ぎないという事に気づいた。


 仮に、先生が述べていた事が全て嘘だったとしても、このコンピュータの説明がつかない。


 スペックが嘘だったとしても、これだけ薄く、軽く、そして高画質で指先操作が可能なコンピュータを、今の技術で作れるとはとても考えられない。


 定性的判断を行うならば、先生の言っている事が正しい可能性が高い。


 到底信じられないが。


「時間差は何年ですか? 三〇年とか?」


「いや、八〇年だった。厳密には八五年前に行って、三二年経過したけど。」


「八四年前に行って三二年……つまり、先生は二六八七年から来たという事ですか?」


「実質的にそうだね。僕のいた日本だと皇歴より西暦を使うから西暦だと二〇二七年。あと、実際は三二年前に平行世界の一つからこちらに来たというだけ。証明はしていないけどね。でも宇宙背景放射を精度よく観測できるようになってから確証が増した。誤差を考慮すると断定する事は出来ないけど、宇宙背景放射の赤方偏移が若干異なっていた。時間の速度も異なっている可能性がある」


 頭が追い付かなかった。


 先生が平行世界から来た?


 平行世界の存在すら仮定上の話でしかないのに、隣の世界から来たなど、理解できるものではなかった。


「まぁ、理解できないのも当然だ。未だこの年代だとストリング革命が起きていないからね。

確かに僕が今言った事は何ら立証がなされていない結果論と既存理論から構築した理論他ならない。当然間違っている可能性がある。しかしながら、相対性理論では光速を越えなければ過去に戻れない以上、光速を超えていないのにも関わらず過去に戻ったように観測でき、そしてタイムパラドックスが発生していなこの世界において、一番可能性の高い理論がそれであると判断した。もっとも、こちらの世界線――僕たちはロ号世界線と呼んでいるけど、このロ号世界線に移動した人達の中にこの手の研究をしている人がいなかったから、詳細は分からないよ」


苦笑する。先生自身も分かっていない様だ。


「人達? という事は、先生以外にも複数いると?」


「結構いるね。詳細な数は把握していないけど、合計で二万人くらい。でもかなりの数が大戦で命を落としたり、元いたイ号世界線に戻れない事を悲観し自殺したりした。また、このことを社会に公言しようとして殺された人もいる。寿命や病気で死んだ人もいるからもう合計一万五千くらいじゃないのかな?」


 想像を絶していた。


 ちょっとした町一つの人口に匹敵する数だ。


 タイムマシンに乗ってきたというレベルではない様だ。


「そんなにいるんですか! どうしてこっちの……ロ号世界線に?」


「詳しく説明する事は僕には許可されていなくてね。でも、意図的に来たわけじゃないという事だけ言っておこう」


 苦笑する。


「故意に……という事は、事故ですか?」


「事故というのか……いかんいかん。これ以上言うのは止めておこう。いくつ命があっても足りない。そうだそうだ。未だ君たちがこの部屋に入れた理由を言っていなかったな」


 入れた理由? 確かに工作員が入るのに必死になっていたのにも関わらず、俺はすぐに入れた。


「あれは、何のカラクリだったのですか?」


「単純さ。虹彩認証と指紋認証。生体認証の一種だよ。本当はどちらか片方でも十分だったんだけど、採取できるデータが正確性に欠ける物だったから二つ付けておいた」


「指紋……犯罪捜査では聞いたことがありますが、それをセキュリティーに応用したものですか?」


「ああ。普段は暗証番号やカードキーの方が使われているけど、君と矢倉茜さんの両名のみを通す手段としてこれが採用された。どうやって生体情報を入手したのかはわからないけど、あながち眼圧検査の時に採ったんだろうね。多分君たちが勝手に開けてしまったのは何らかのトラブルだと思うけど」


 入口に取り付けられている装置を眺める。


 確かに俺はあの時、あの装置を覗いて、そして触った。だから開いた。でも、わざわざ制限する理由がわからない。


「俺と茜だけ、それは何故ですか?」


「それは、君と矢倉さんだけがこの機兵を着られる事が判明しているからさ。この機兵は脳との接続が重要で、装着者によって性能が極端に変わる。とは言っても、適合率は〇・五%だから頑張れば見つかる数なんだけどね。

更に、この適正は遺伝しやすい事が分かっているから、君と矢倉さんが装着可能な可能性が高い事が分かっていた」


 脳と接続? 脳内の電気信号を読み取っているのか?


「つまり、茜と俺は、親戚に装着可能者がいるのですか?」


「もちろん。矢倉さんはその父親、矢倉勇三尉はイ号世界線から来た人間だ。そして、藤本君はイ号世界線における子孫にあたる人物が適正を持っている事が確認されている。適正者が少ない上、歴史が変わった……いや、異なっている事により婚約者も変わっているから搭乗可能な人物は極めて少ない」


 茜の親父さんが、平行世界から来た人なのか?


 確か、茜は父方の祖父母は既に他界したと言っていたことがあった。


 それが証拠になるとは思えないが、少なくとも状況証拠の一つにはなる。


「それで、先生は、俺に何をさせたいのですか? これだけ高性能な機兵を使って、何をさせたいのですか? 僕も、茜の様に――そうか、茜は、茜は何故あんなになってしまったんですか!」


 その問いに、先生は一度黙り込んだ。そして、ゆっくりと口を開く。


「僕はイ号世界の事や、僕たちの事を話す事は許されていない。でも、君には機兵の事を話す事は許されている。というより、命じられている。だから話すが……この機兵の制御をしているのはオメガシステムと呼ばれる装置だ。その装置は各部のセンサからの信号を処理し、各部の人工筋肉に制御信号を送るだけじゃなくて、装着者自身を制御している」


「装着者自身を制御? どういう意味ですか?」


「戦場という極限環境下において人間は誤作動を起こしやすいんだよ。たとえば適正な発砲。

兵士は時に、敵兵へ同情や躊躇、罪悪感などにより発砲すべき時に発砲しない時がある。逆に、本来なら発砲してはいけない民間人への発砲や、発砲許可が下りていない時に発砲する事がある。

それ以外にも、訓練のマニュアル化によるマニュアル外の事態への不適切対応。高度化した兵器システムによる訓練時間の長期化等、兵士を効率よく運用する事には問題が山積していた。そこで、ある時思いついたのが、兵士の個性そのものを改良すると言う事だ」


 辛そうな表情を浮かべる。


「個性そのものの改良って……可能なのですか?」


 言っている限り、可能なのだろうが、そのプロセスが思い浮かばない。


「まず、個性の定義から言っておこう。個性とは、その個人の行動アルゴリズム及び思考アルゴリズムを指し、日常的に無意識にとる行動・思考の傾向と定義している。つまり、規律に厳しい、全体像を把握しようとするといった思考や、飛んできたボールを反射的にキャッチする、或いは避けるという行動がこれに該当する。国語的な個性とは少し違うね。

 イ号世界線では脳科学もある程度発達していてね。それらの個性は脳内の神経細胞の構造によってある程度決まるって事が分かっていたんだ。そして、それらは電気信号やシナプスによってやり取りが行われているという事も判明し、それに、電磁気を用いる事によって回路構成を変更する事も成功していた。

 未だ完璧に構造解析を行えていたわけじゃなかったから当初は移植に失敗する事もあったが、特定の動作中に活発に動いている部位の情報を多くの個体から採取して、平均化して他の個体にコピーする事により、概念として作り出した優秀な兵士の個性をコピーする事に成功した」


「個性のコピー……ですか……」


 まるでコンピュータの話をしているかのようだ。


 人間の記憶や、動作パターンが全て細胞から発せられる電気信号なら可能なのかもしれない。しかし、それは今までの概念で理解できる事では無かった。


 先程、先生は元いた世界が西暦二〇二七年だと言っていた。つまり、半世紀先の技術なら……可能なのかもしれない。


 この半世紀で、技術はド級戦艦から重原子力ミサイル巡洋艦へ、複葉機から超音速ジェット戦闘機へと進化した。その事を考慮するのなら、むしろ当然の進化なのかもしれない。


「こうして確立されたオメガシステムは装着した兵士を『理想的な兵士』へと変化させ、高効率な軍隊の編制を可能とした。もっとも、とてもじゃないが数がそろわなかったがね。

話がそれた。つまり、矢倉さんは今、システムが判断した『理想的な兵士』となっている。上官である学校長の命令に従うのは当然だ」


『理想的な兵士』


 何度も聞いた。


 それで、納得したくなかった。


 しかし、体は納得してしまった。


 今まで気づかなかったのがおかしな程だ。


 茜は要人警護の手順を知っていたし、尋問の方法も知っていた。毎日一二時就寝五時起床の生活スタイルも、この学校で九〇点を超える点数を取る技術も、全て理想的だ。


 茜は理想的な兵士になってしまったのだろう。


「でも、直す方法は、戻す方法はあるんですよね?」


 口をつぐむ。


 視線を反らし、遠くをみた。


「先も言った様に、今の矢倉さんの個性は、矢倉さんの個性だけでは構築されていない。多くの歴戦の兵士の個性を統合し、システムが理想的な兵士に必要だと判断した個性のみが彼女にインストールされている。だから、もう、今の矢倉さんは矢倉さんではない。今まで装着してきた兵士たちの記憶、素質、能力、知識から構築された理想体だ。そして抽出したデータ、つまり彼女の性格は、必要な部分のみを残して非可逆圧縮された後に、他の性格と共に再エンコードされてメモリに蓄積されている。それでも五TB近いデータ量だ。当然、彼女のみの性格を抽出することは不可能だ」


「不可能って、そんな、当初からこのシステムは人に適応する事を前提に開発されたのですよね? そんな、人間の内面を完全に改変して、戻せないシステムなんて、あっていいんですか?」


「仕方がなかったんだ!」


 突然叫んだ。


 初めて、初めて鈴鹿先生が大声をだした。


「僕もね、最初はこのシステムを開発するのは反対だったよ。でも、もうそんな余裕は無かった!

 予算も、資材も人員も設備も時間も何もかも無い状況だった。同僚の研究員も研究所ごと消えた! 君には分からないだろう。今の日本はこれだけ平和だ。本当の意味で平和だ! だがな、あの日本は……」


 そこで口が止まった。


 はっとした表情になると、ゆっくりと歩き、近くにあった椅子に座る。


「今のは聞かなかった事にしてくれ。これ以上話すと命に関わる。何より、君のためにならない」


 イ号世界戦で何があったかは想像がつかなかった。しかしながら、それがとてつもなく恐ろしい事だというのはある程度察しがつく。


 先生は両手で白髪交じりの頭を掻きむしりながら話す。


「そうだ……戻す方法だな。

 一応ある。あのシステムは抽出した情報を必要か不要か判断する。その過程で、必ず純粋なデータを一度保存する。データ量が膨大だから保存するのは不揮発性メモリだ。つまり、あの機兵の中には矢倉さんの純粋なデータが残っている可能性がある」


「じゃぁ、戻せるんですね!」


 その問いに対し、先生の首は縦に揺れる事はなかった。


「そんな単純な話じゃない。当然、そのデータは不要なデータだ。使用後はすぐに削除される。だが、削除されるといっても、「削除済み」というデータを書き加えるだけだから、削除しても残っている。しかし、他の情報を上書きされたら元のデータは消失する。メモリには個性だけではなく、戦闘情報を随時蓄積し、更にシステムが必要と判断すればデフラグもされるから、いつ消えるかはわからない。すでに消えている可能性も考えられる。彼女の性格は今、数百テラバイトのデータの中に埋もれている状態だ。もしも無傷の状態ならサルベージが可能だが、確率は一〇〇%ではない。でもあることはある」


 かすかだが、希望を検出できた気がした。


 可能性があるならいい。


 あとはその可能性を高めればいいだけだ。


「とにかく、急がなければならないことは確かだ。

 おそらく、矢倉さんは慶雲に乗っている。先ほど、矢倉さんの機体の信号が亜音速で遠ざかるのを検知した。

 慶雲二一型の航続距離は六五〇〇kmだからその気になれば東南アジアはおろか、ベンガル湾に面するビルマやインド、当然ソ連まで行ける。五時間以内にね」


 絶望的な数値が述べられた。


 慶雲の航続距離は機密なので知らなかったが、そこまで距離があるものとは思っていなかった。


 捜索は困難に近い。


「僕も可能な限り協力したいが、残念ながら大した事は出来ない」


 当然といえば当然の回答。


 でも、だから何だというのだ。


 俺に残された手段は一つ。


 行動を起こす事だ。


「でも……これくらいはしよう」


 そういうと、黒い一本の棒を取り出した。


 棒といっても、親指程度のサイズで、手のひらで簡単に覆い隠す事ができるサイズのものだ。


「もし、矢倉さんを見つけたら、このUSBメモリを差し込んでくれ。差し込めば強制停止と、現状保持をさせるプログラムが強制的に走る。そうすば、後は僕が矢倉さんの個性を復元する。それと、もしもフリーズ状態の茜さんにコンタクトが取りたかったら、このケーブルをつないでくれ。」


 今度は青いケーブルを渡してきた。


「ただ、何度も言う事になるが、可能性はあっても低い。それでもいくのかね?」


「可能性があるのなら十分です。あとは、その可能性を実現するのが技術屋としての役目です」


 そうだ。現状では茜に会えるのかすらわからない。その状況でも、目標を達成しなければならない。


「そうか……そうだな。技術屋か。久しぶりに聞いたな。分かった。僕は機兵を最適化しておこう。君は準備をしてきてくれ」


「分かりました。あと一つ、宜しかったでいいので聞いてもよろしいでしょうか?」


「かしこまるという事は、僕たちの背後にいる組織について聞きたいのかね?」


「そうです」


 俺の返答の後、顔をしかめる。


 やはり駄目か……


「申し訳ないが、答える事は出来ないし、そもそも詳細は僕も知らない。でも、名前だけは言っておこう。僕たちのいる機関は様々な名前を持っているが、どれも正式ではない。しかしながら、便宜上一番使われる名称は――F機関だ。

 これ以上は……というより既に命に関わっている。さぁ、行ってくれ」


 頭を下げると、部屋を後にした。





 階段を上り、地上に出たとき、周囲一帯には轟音が響きわたっていた。


 機関銃の銃声でも、車両のディーゼルエンジンでもない。


 石川播磨重工製、ネ三〇五乙型ターボシャフトエンジンの鼓動。


 音だけで何かが分かる。


 視線を上にあげた先には、太陽光が僅かに残る空を飛ぶ、ヘリコプターの編隊がいた。


 翡翠一一型。新鋭の汎用ヘリコプターだ。


 それも一機や二機ではない。見ただけでも、一〇機以上はいる。


 目を凝らす。


 黒塗りの機体に描かれたエンブレム。


 矢を咥えたウミネコのエンブレム……間違いない。海上自衛軍第三海兵連隊所属のヘリだ。


 部隊が所属しているのは確か強襲揚陸艦『あきつ丸』。


 すぐ近くに海軍の艦隊がいるのか?


 戦況が読めない。


 陸軍が応援を呼んだのか?


 いや、陸上自衛軍には現時点で戦車中隊に機械化歩兵中隊と機械化機兵中隊、それに一個対戦車ヘリコプター隊相当の戦力を持っている事が確認されている。


 一個混成大隊程度の戦闘能力しか持たない本校の部隊を相手にするのには十分な戦力の筈だ。


 それに加え、海兵連隊を投入するのは過剰戦力の気がする。


「敵じゃない。援軍。海上自衛軍陸戦隊所属の第三海兵連隊。書記長閣下が呼んだ我々の援軍。沖合には揚陸支援の水上戦隊が存在するはず」


 突然、後ろから声がした。


 振り返った先に立っていたのはテルラさんだ。


 機兵こそつけていないものの、完全武装で公安委員会の腕章を取り付けている。


 委員会業務の真っ最中らしい。


「藤本純太郎。行くよ」


「えっ?」


 突然、腕が掴まれた。


「行くって、何処へ?」


「飛行場。矢倉茜を戻すんでしょ?」


「えっ?……」


 そのまま引っ張られると、建物の陰に停めてあったジープに乗せられ、出発した。

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