3.5 転換


四月二七日 一八〇二時 第一委員会棟前




 トラックに鳴狐を乗せ、龍次と共に委員会棟の前まで移動すると周囲はやけに騒がしかった。


 空は大分暗くなってきていたが、それでも騒がしいことは分かる。

何かあったのだろうか?


 無線をつけてみる。


《本部、第二小隊! 続報。敵戦車部隊の攻撃により負傷者は二名が軽傷、損害はトラック二両及び装甲車一両、攻撃は止んだが、こちらに進行中! 送れ!》


《第二小隊、こちら本部。装備を破棄し、八番通路まで後退し、第三小隊と合流せよ、終わり》


《第三小隊、こちら本部。バリケードの先に対戦車地雷を設置の後、第二小隊の後退を援護せよ。送れ》


 あちらこちらに叫び声の様な報告が飛び交い、その後に命令が突き抜ける。


 どうやら、飛行場に留まっていた部隊が本格的に侵攻してきた様だ。


 今の所は威嚇射撃に似た『物』への攻撃程度にとどまっているが、いつ本格的その照準が生徒に向いてもおかしくはない。


 急がなくては。


 付近の公安委員に事態を伝えると、しばらくして強羅先輩が現れた。


 まさか公安委員長直々に出るとは、事が事だな。


「本当に……出来たのか」


 トラックの荷台に乗った箱を、機兵を着たままの強羅先輩が眺めた。


 機兵を着た強羅先輩の背中からはケーブルが伸び、それは広場の隅に駐車した電源車に繋がっている。他にも何人か充電をしている最中の様だ。


 そして、その他の何人かは、荷物が核弾頭だと分かった途端一歩退いている。


 まぁ、言ってしまえば素人が分解したのだから放射能漏れを懸念するのも当然と言えば当然だろう。


 取り付けた放射線量計は環境放射線よりは少し高いが、十分に低い値を示している。


「コンデンサ部分以外はいじっていないので、確実に動くかは保障が出来ません。しかしながら、コンデンサに至っては基準電圧を示しましたのでその点においては動作可能であると考えられます。最悪、分解して強制的にコンデンサと接続すれば爆発します」


 一瞬、強羅先輩の視線がこちらを向く。


 筋肉質な上に身長一八〇はあろうかという人の視線だ。一瞬背筋がひやっとする。


「実際の起爆は考えなくて良い。肝心なのは、起爆可能な核が我々の手中にあるという事実だ。ご苦労だ。指示を待ってくれ」


 そう言い放つと鳴狐を抱えて、待機していたトラックに乗り込んだ。


 やけに静かだ。モータの電源を切っているのか?


「これで、大丈夫なのか?」


 強羅先輩の乗ったトラックが出発した後、助手席から降りた龍次が声をかけてくる。


「たぶん。向うが信じるかどうかにもよるけど」


「あれが動くかどうかか?」


「ああ。詳しくは分からないけど」


 詳しくは分からない……まさにその通りだった。


 こっちが核を持っていれば、向うは自爆を恐れて攻撃してこない。


 もしも爆発すれば港の対岸にある工業地帯受ける被害は数千億円はくだらないだろう。


 これが前提となる理論だが、こちらが動く核を持っているのにも関わらず、核が動かない物として向うが攻めて来たらこちらとしてはどうする事もできない。


 現に、一度攻撃を許してしまった様だし。


「まぁ、仮に軍や警察が信じなかったらそれまでだな」


「信じなかったら――終わりか、それとも使わずに待つか……ん?」


 一瞬、何かが聞こえた。


「どうした?」


 一瞬ではなかった、高周波の音が持続的に聞こえる。


「龍二、聞こえるか? この音。たぶんターボジェットエンジンの始動音だ」


「エンジンの始動音?」


 続けて、より大きな音が聞こえた。


 注意しなければ聞き逃すが、逆に注意さえしていれば聞こえるだけの音だ。


「本当だ、向うは……飛行場の方だ」


 飛行場で何かがエンジンを始動している。この音は……


 途端、そのかすかな音が轟音へと豹変した。


 反射的に上を見上げる。


 見上げた空。


 夕闇に染まったの空に、真っ黒な気鋭が現れた。


 二重デルタ翼に、巨大なターボジェットエンジンを二機取り付けた、真っ黒なシルエット。


 戦闘機より大きく、爆撃機よりは小さい機体。


「慶雲……」


 高度三万メートルの高空から、基地を偵察する為に作られた高高度戦略偵察機『慶雲二一型』の機影が、頭上を飛び去った。


 飛び去った後、衝撃波に似た強烈な轟音が全身を揺らす。


 ターボジェットエンジンの排気ガスの速度が音速を超えている証拠だ。


 ドップラー効果により低い轟音をまき散らす機影は、瞬く間に夕闇の空へと吸い込まれていった。


「すげぇ、慶雲が飛んでいる所、初めて見た」


 興奮する龍次。


 確かに、慶雲は今年本校に配備されたばかりの機体だ。


 国境線を超えて米ソの主要基を偵察する為に作られた機体の為、非常に高価で、少数しか生産されていない。よってこの学校に来る事はないと思われていたが、軍事衛星の発達や新型の「黒雲」が就役した事もあり、存在価値が減った一部の機体がこちらに回されて来たものである。


 廃棄コストを考えるとこちらに渡した方が安上がりというのが一番の理由だろう。


 俺も龍次と同じく、若干興奮したが、それ以上に嫌な予感がした。


 何故このタイミングで戦略偵察機が飛び立ったんだ?


 攻撃の為なら攻撃機はいくらでもある。


 こちらの偵察のためなら、戦場を偵察するのに適した戦術偵察機もあるし、この距離なら観測ヘリコプターの方が効果を発揮できる。


 何が目的なんだ?


 重要な書類の運搬?


 情報を送るだけなら向うの無線の暗号化技術の方が上だし、書類だとしても、いちいち立川や横田から乗せ換える事を考えたら、ヘリで直接市ヶ谷に飛んだ方が早い。


 そもそも、あの機体に乗るには特殊な与圧服が必要だ。


 観閲式典で展示飛行を行うとは聞いていたので燃料が入っていたのは分かる。


 しかし、パイロットを即座に向うが用意できるとは到底考えられない。


 この付近で戦略偵察航空団が配備されているのは入間。


 予め用意しておけば来られなくはない距離だが、何を目的として……


 慶雲でなければ出来ない事。


 全ての能力を高高度、高速飛行に特化させた機体にしか出来ない事……


《FOより本部。敵機甲部隊の侵攻の停止を確認。指示を待っているものと思われる。送れ》


《本部よりFO、了解した。待て。第一小隊。ロー一三地点へ後退し、敵機甲部隊の退路を確保せよ。攻撃は厳禁だ。送れ》


 車内から響く無線が、俺達の関心を奪った。


 効果があったのか?


「ひとまずは安心みたいだ」


 笑みを浮かべた龍次が一言。


 確かに、効果はあった様だ。いや、因果関係の立証はされていないのでこの場合は「一定の効果があった可能性がある」というのが正しい表現か。


 ならば……あれを検証しよう。


「龍次、ちょっと俺用事できた。車頼む」


 一言声をかけると、小銃を担いで運転席から降りた。


「おい、ちょっと、俺、普通しか免許とってないぞ!」


「大丈夫、どうせ待機命令しか出ないから。それに、動かし方くらいならわかるだろ」


「分かるけど、バレたら校則違反に……」


 そう困惑しながらも素直に運転席に乗り移る。


 龍次も普通車用のライセンス持っているから移動くらいならできるだろうな。


 俺は駆け足で向かった。

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