3.4 改修
四月二七日 一七一〇時 第一実験棟地下
資料館から鳴狐に関するありったけの機密情報をかき集めてきた俺は実験棟の地下にいた。
当然、機兵を脱ぐ為だが、先ほど出た時とは違い、辺りは静まりかえっていた。
本来なら、第一実験棟の前に二人、そして地下室の入り口の前に二人の公安委員会の生徒がいるのだが、今は入口に一人が待機しているだけであった。可能な限り人員を前線に送ろうという策なのだろうが、おかげで初めて入った時以来の静けさがあった。
「鈴鹿せんせー! いらっしゃいますか?」
室内の面積もそんなにある訳ではないので一目でわかる事だが、念の為に確認。どうやら鈴鹿先生もいないようだ。
「えっと、解除コードを入力するには確か……」
壁面を覆っているメインフレームコンピュータを眺める。
普段は起動したままであったが、今は落ちている。
やり方は確かあの本に書いてあったし、そももそも毎回解除コード入力を見ているから分る。
隅っこのブレーカーの所にはご丁寧に起動マニュアルまでおいてある。
結構古いが。
「メインブレーカーがこれで……」
ブレーカーを投入。
てっきり三相二〇〇Vだと思っていたが、単相一〇〇V、しかも定格三〇Aの電源だ。意外と省電力だ。
「冷却用ファンがこれか」
ナイフスイッチを入れると同時に辺りの空気が流れる。
膨大な電力を消費するスーパーコンピュータだ。ちょっとやそっとの冷却で済む筈がない。
そして、最後に主電源を投入。
高調波の唸りと同時に最大クロック周波数三八MHzを誇る超高速演算が可能な中央演算処理装置と、大容量の六四kBを誇る主記憶装置に電源が供給され……
バチンッ!
突発音と共に音が消えた。
ブレーカーが落ちた音だ。
あっ……やっちゃった!
「嘘だろ、大丈夫だよな」
もしかして壊した?
慌ててマニュアルを読み返す。
一つずつ手順を確認。
「ブレーカーを投入、ファンの始動、主電源投入……大丈夫だ」
あと考えられるのは、ヒューズが飛ぶ……いや、ヒューズが飛んだら導通しない筈だ。あとは溜まった埃に湿気が溜まってそこで短絡か?
しかし、さすがに量産型でも数千万は下らないスーパーコンピュータを分解する気にはならない。
もう一度やってみるか? いや、どっかで短絡している可能性は十分にある。
とりあえず、カバーを外そう。埃があるだけなら払えば済む話だ。
緩みかかったビスを外すと、フレームのカバーを外した。
四月二七日 一七三五時 原子力研究棟放射線管理区画第二RI研究室
鉛で覆われたRI実験室で俺は鳴狐を分解していた。
周囲より減圧された研究室の中の、更に減圧された作業室の中で分解を行っている。
こうする事で仮に放射線物質が漏れ出しても外に出ることはない。
放射性物質用の防塵服び防塵マスクは身に着けているが、鉛製の放射線防護服は身に着けていない。
万一の事があった場合、その程度では防げないことは十分に分かっている。
逆に、核弾頭から常時放射されている放射線の強度は、気にしていたらレントゲンが撮れない程に低い。
つまり、どちらにせよ無意味なのだ。
警告シールを剥がし、ボルトを全部外してケースを外すと、無数のケーブルの飛び出たバスケットボール程の球体が現れる。
このアルミ合金製の球体の中に火薬が詰まっており、ホウ素合金の層を重ねて更に内部にプルトニウム二三八(中性子反射体兼ダンパー)で覆われたプルトニウム二三九が詰まっている。
この火薬は燃焼速度の異なる二種類の火薬で構成され、三二カ所に設置された雷管が五〇ns(一億分の五秒)以下の誤差で同時点火する。
点火すれば、周囲のプルトニウム二三九は爆発の衝撃で精確に中心部へ圧縮され、臨界量以上分量となり、放出された中性子線が他のプルトニウム二三九に衝突し、核分裂が発生する。核分裂が発生すると、中性子と核分裂生成物質が生成される。この時、核分裂前の質量と核分裂後の質量は質量保存の法則に反し一致しない(質量保存の法則は化学反応に適応される)。この質量の差が、エネルギーとして放出される。
そして、その信管から伸びるケーブルを辿ればコンデンサにたどり着く。
これが問題のコンデンサ。静電容量一pFにもかかわらず耐圧五kVで瞬間的に一kAもの電流を発生させる。(瞬間的なエネルギー量としては電子レンジ五〇〇〇台相当)
その先には対地高度用を測定する為のレーダー。反対側はそれらの制御装置が詰め込まれている。こちらに回路制御用の一二Vのバッテリーを二本挿入し二四Vの電源を確保する。
放電しているとはいえ、未だ数千ボルトの電位差が電極間にあってもおかしくないので分厚いゴム手袋をはめて解体に取り掛かる。
「おーい純太郎、持ってきたぞ!」
後から声がした。
振り返ると防塵服に防塵マスクを掛けた男が一人、段ボールを抱えて立っていた。
龍次だ。
「作ってきたぞ。コッククロフト・ウォルトン回路。ご要望通り二五段増幅。定格電圧満たす中で一番容量のデカイ四七0マイクロファラッドの電界コンをふんだんに使ったやつ」
段ボール箱の中から大きなユニバーサル基盤を取り出す。
無数の電界コンデンサとダイオードで構築された(とはいっても、至って単純な構造)回路。これが充電に必要な直流高電圧を発生させる回路だ。
「にしても、本当にやっていたのか。大丈夫なのか?」
分解した内部を覗き込む。
龍次も恐怖心より好奇心の方が上回っているようだ。
「心配ない。主成分のプルトニウム二三九は半減期が二万四千年で期間は長いがその分放射線をあまり出さない。放射するのも粒子放射線の一種であるα線。体内に入った場合の毒性は高いが紙一枚透過する事の出来ない放射線だ。だから仮に漏れ出していてもこの服で問題ない。ちゃんと放射線物理学(こっち)の専門家の意見も聞いている」
「どっかの教授に聞いたのか?」
「まさか、俺も書記長から警告を受けた事を無視するつもりはない。東工大の三年に編入が決まっている先輩だ。もう海外で学会発表もやっているレベルの人だから生徒とはいえ少なくとも俺みたいな素人の意見ではない。そこのスライダックとってくれ。三相二〇〇のやつ」
そういいながらコンデンサを取り外すと電流計を間に入れてから回路とつなげる。
「おう。 にしても三年に編入か。二年次編入はよく聞くが、三年次編入は初めて聞くな。
ほい、できたぞ」
「うん。
まぁ、この学校だと三年編入も数年に一回のペースであるみたいだけどね」
戦後の大改革期にこの国の体制は一新され、教育制度も六三三制に変わったが、欧
米の様な飛び級制度は認められていない。しかしながら本校は数少ない、大学二年次ないし三年次入学が認められている学校である。
それを目当てに入学してくる事も多いのだが、そもそもの受験資格が学科三位以内を三年連続で取らなければならないという厳しい制約があるので、ゼロではないが全体から見れば極僅かだ。二年次編入に成功するのは年一〇人程度という所だろうか? 進学する人は、大抵は帝国大や有名私立大に、進学しない人は軍に入隊というのが一般的だ。
逆流防止のダイオードの定格を確認すると、ゆっくりと電圧を上げていく。
途中まではコンデンサに残っている電圧の方が高い為流れないが、ある一定の電圧を超えた所で電流計の針が振れる。
数ミリアンペア程度だが、少しずつ流れていく。
流れなくなるたびにスライダックトランスを捻り、電圧を上げる。
そして、流れる度に流れなくなるまで待つ。その繰り返し。
一見すると時間がかかりそうだが、静電容量が小さいので時定数は短い。
慎重にやっても数分で終わる。
「よし、出来た」
「これで、終わりなのか?」
「ああ、終わり。あとは組み立てれば終り」
「でも、こんなに簡単なら何で誰も行おうと思わなかったんだ?」
恐怖心が無くなったのか、格納容器をまじまじと眺める。
「みんな核兵器を超精密兵器だと思っているだけ。確かに核兵器は今でも持とうと必死になっている国家が沢山あって、中核となる技術は未だに軍事機密で覆われた最高性能の技術だが、その基礎理論は三〇年前の、人間の手計算で求まる程度の計算しかできなかった時代の産物だ。小型化はまた違った話だが、基本構造は村雨の頃から何ら変わらない」
それだけいうと、配線を直し、元通りの形に直す。
本物の核弾頭はもう一つあるが、それは威嚇の為に配備されている。
とりあえず、一発使える本物があればそれだけで十分らしいのでこれで完了だ。
「よし、出来た」
弾頭を元の状態に戻し、本体とつなげる。
これで元と同じ。いや、稼働可能状態に入った。
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