3.3 分離


四月二七日 一六四〇時 第一委員会棟前



 俺はてっきりまた地下司令部に連れて行かれるのだと思っていたが、そうではなかった。


 回りが蜂の巣を突っついたような騒ぎで防衛線を構築している中、俺は広場の隅で待機させられていた。


 俺はただ単に立っているだけであったが回りの様子がどうもおかしい。


 俺の回りを囲んだ二両のチト戦車と一両のチヌ戦車。


 旧軍時代の面影を残す九〇mm戦車砲と、時代遅れの七五mm戦車砲が俺を向いていた。


 たかが生徒一人に大げさな警備だと思ったが、茜は一五式自動砲を受けてもすぐに起き上がったのだ。となると、携行可能な火砲ではこの機兵を倒す事が出来ないと考慮しても良いだろう。


 だったら脱がせろよ。


 心の中でつぶやいていると、目の前に一台のトラックが止まった。


 幌で覆われた荷台からぞろぞろと重武装の機兵が出てくる。

 

 六三式機兵三七型。特殊部隊向けのモデルだ。恐らく公安委員会の精鋭だろう。

 

 全員が自動砲を持っている。


 そしてその後ろに停車したジープからもう一体機兵が出てくる。


 他の機兵より一回り大きな機体。


 巨大なモータボックス。


 遠距離からも識別できる分厚い装甲板。


 機動性を捨て、全てを防御力に注いだ機兵が近づいてきた。


「六三式……四六型改」


 六三式機兵はその名の通り一九六三年に採用された機兵であるが、この一〇年で何度も型が変わっており、四六型は機関銃手や電源兵の使用を前提に作られた型だ。


 日本の機兵では唯一、距離一〇〇mからの小銃弾を防ぐ事が出来る機兵。


 第二世代型では米国のM3Hや英・西仏共同開発のP200D等がこの類に該当するが、稼働時間の問題と装甲重量の増加による兵士の負担増加を解決した機種は少ない。


 四六型丙はその少ない成功例として称される。


 全身が熱くなるのを感じた。


 今まで、一度として直接見た事の無い機兵。


 去年配備されたばかりの、最新式の機兵。


 それが、近づいてきた。


 カッコいい……


 周囲から向けられる銃口。


 昭和一七年に正式採用された四二式実包。それが装弾された四二式自動小銃三型。


 それを構える六三式機兵。


 その姿は機能美に包まれ、銃口が自分に向けられているのにもかかわらず、恐怖よりその発砲する姿を見たいという衝動に駆られる。


「藤本純太郎。

 君を本事案の重要人物として拘束する。

 異論は無いな?」


 四六型改を着た生徒がいう。


 機体ばかりに気が逸らされていたが、顔を見ると強羅公安委員長であった。


「はい」


 思考回路が完全に機兵の事ばかり考えていたせいか、反射的に答える。


「ならば武装解除をし、直ちにその機兵を……」


「待ちたまえ!」


 委員長の声が遮られた。


 周囲の生徒の視線が声の音源へと向く。


「書記長閣下……」


 委員会棟から雪江先輩が歩み寄ってきていた。


 周囲には完全武装の護衛を引き連れている。


 夏美先輩の姿はない。


 数名の公安委員の生徒が敬礼を行う。


「馬鹿もん! 敬礼するな!」


 怒鳴り声と共に手が引っ込まれる。


 この状況下ではさほど重要ではないかもしれないが、戦場では上官に敬礼するという事は、近くで偵察しているかもしれない敵兵に上官が誰だか教える事と同意義だ。


「強羅、彼は我々の敵ではない。今すぐ警戒を解け」


 一言、冷静に言い放つ。


「しかしながら、こいつの仲間は我々を裏切って我が校に刃向ったのですよ」


「確かに矢倉茜は我々を裏切り敵軍に付いた。しかしながら、それが彼も敵軍についているという証拠とはならない。むしろ、彼の存在は敵側としても懸念事項に入っていると考えられる。

 藤本君、君は公安委員会と共に前線に出てほしい。出来るなら、実行予定の飛行場奪還作戦にも参加してほしい。戦闘に参加しなくとも、少し離れた所で鳴狐と共に待機してくれればそれでいい。観閲式典に参加予定の海上自衛軍が来るまでの間、鳴狐を抑止力として有用なものにしてくれればそれでいい」


 最後に言葉に、強羅先輩が反応する。


「書記長閣下、今の発言ですと、鳴狐が抑止力として成り立っていないと……」


 自分の背中に冷や汗が流れるのを感じた。


 先ほど、テルラさんがしてきた鳴狐に関する質問。


 その意図は、これだったのか?


「いかにも。藤本君は優秀な学生の様でね、見事、我々の保持している鳴狐が、使用可能年月を過ぎたただの放射性物質の塊であるという事を見抜いてしまった。そしてその情報は矢倉茜を通して敵の知る事となっているだろう。例え、その言葉だけで確証を得ていなくとも、防衛省の資料倉を当たれば出てくる事柄だ」


 やっぱり、鳴狐のコンデンサはもう放電しきっていたのか。


 だとしたら、いつ攻め込まれてもおかしくない。


「そこで藤本君には鳴狐と共に前に出てほしい。頼めるかね?」


 さも、確認事項の様に問われる。


 実際問題、俺も一端の訓練兵として前線に出る事に躊躇いを持っているわけではない。しかし、それとは違った不服があった。


「雪江書記長、一つ、質問をしても良いですか?」


「許可する」


「その……書記長は、自分と茜を生存性が高いとして抜擢し、派遣しました。ですが、飛行場には自動砲を装備した狙撃兵が配備されており、実際に茜はそれに撃たれました。書記長閣下は、本当に自分たちの生存性が高い事を理由として派遣したのですか? それとも囮として……」


「合理的判断による結果だ。結果として失敗であったが、炙りだしを行うという点においては成功したと言えよう」


 何の躊躇いもなく即答する。


 やっぱりか……やっぱり雪江先輩は、まだ、茜を疑っていたのか。


「合理的……意図的に向こう側と接触させて、不穏な動きをした所を見計らって反逆者として判定する……」


「いかにも」


「だから……だからとはいえ、何故反逆が分った途端即座に射殺したのですか! たかが機兵に二〇ミリを打ち込んだから跡形もなく消し飛ぶ事くらい容易に想像できます」


「君の着ている機兵は極至近で東側三〇口径強襲弾はおろか密閉空間における至近距離での手榴弾の直撃に耐えた。

 三〇口径の四二式実包で仕留められる相手だとは考えていない。距離を考慮すると五〇口径でも不十分だ。したがって、二〇ミリを選定した。もっとも、口径まで選定したのは公安委員会だがな」


「しかしながら殺害以外の方法が!」


「彼女も分っていた筈だ。これだけ見すえた罠。彼女が気づかない筈もなく、私は最後に意思の確認をした」


《だから……多分会えなくなっちゃうかもしれない》


《しかし、完璧ならば、貴様は我々の敵だ。いいかね?》


 あの時の言葉を思い出す。


 茜は、自分が殺される事を分って向こう側についたのか?


 しかし、そんな自殺行為をするよううな人間だとは思えない。


 ハッタリだと思ったのか? それともあの機兵の防御力を知っていたのか?


「さらに言ってしまえば、その機兵は装甲車をも撃破出来る二〇ミリの直撃を受けても戦闘行動に何ら支障が無かった。この結果をどう解釈する?」


「……」


 言葉が詰まった。


 俺にもう少し口喧嘩の才能があるなら長引かせる事が出来ただろうが、それも叶わなぬ望。さらに言ってしまえば、これ以上議論をし、時間を浪費する事に嫌気があった。現実から逃げだしていると言われればその通りなのかもしれない。しかし、俺は合理的という免罪符の元、それ以上話そうとしなかった……なわけが無かった。


 背中に背負っていた筈の自動小銃。それを無意識の内に構えており、銃口が雪江先輩を向いた。


「銃を下せ! 従わない場合は射殺する!」


 周りから飛び交う号令。


 即座に周囲の公安委員会の生徒達数名が雪江先輩の周囲を囲う。


 今構えている四二式は、公安委員会の生徒が付けている防弾着を抜く事は容易であるが、その体を抜いて書記長にまで届く威力は無い。


 周囲を囲う戦車の砲身が僅かに動く。


 油圧作動式だ。微かだが音がする。


 そして、視線の先にいる雪江先輩は……笑った。


「ほう。その小銃で、私を撃とうというのかね?」


「そうです……俺は本気です」


「それは、復讐なのか? それとも、何かの対処の要求かね?」


「それは――両方です。俺は、人を信頼した様な口をして、囮として出して、それでいてさも当然かの様に反逆者として扱う。こんなの、陥れたも同然じゃないですか!」


「甘いな。強羅、警告を出せ」


「了解です。5秒以内に銃を下せ。4、3、2、1……」


 遅い。


「撃て!」


 戦車の砲手が引き金を引き、電気信管は電流が流れ爆発。その衝撃と圧力で装薬が次々と爆轟を起こし、発生したガスが砲弾を押し出す。


 だが、その遥か前に俺の脚は地面を蹴り出し、空中に飛びあがった。


 人間の錯覚という物なのか、全てが遅く見える。


 戦車砲の砲口から漏れる爆炎。その中から飛び出す砲弾。


 俺が今までいた地面に突き刺さったが、その頃には既に雪江先輩の目の前まで到達。その前に立っていた数名の公安委員会の生徒とまとめて押し倒し、地面に倒れた雪江先輩に銃口を突きつけた。


 勝った……


 目の前に倒れる雪江先輩を見て、確信する。


 勝ったと。


「撃つな! 今撃てば書記長閣下に当たる!」


 強羅先輩の声。


 当然だ。


 この距離で戦車砲弾を放ったらたとえ徹甲弾でも雪江先輩が無事であるはずがない。


 砕け散ったこの機兵から飛び出す破片が、雪江先輩の体をいともたやすく切り刻むだろう。


 そして、携行火器で撃った所でこの機兵に損害は与えられない。


 跳弾が先輩にあたる可能性を増やすだけだ。


「ほう、やる気か? よく狙え。外したらかっこ悪いぞ」


 これだけ不利な状況下でも、雪江先輩は笑っていた。


 なぜだ? 逆転できる秘策でもあるのか?


「挑発……しているつもりですか……?」


「挑発? とんでもない。私にこの距離まで近づいて銃口を突きつけたのは過去に何度かあったが、それを一人で行ったのは君だけだ。それを私は評価しているだけだ。さぁ、的はここにある。眉間を一発で仕留めろ。セーフティーは外したか? マガジンに弾は入っているか? 弾丸は薬室に装填されているか? 空砲じゃないか?」


 一瞬不安になる。弾倉には実弾が入っている。訓練時の空砲じゃない。安全装置は……大丈夫だ。単発になっている。薬室には……


「どうした? 銃口が震えているぞ訓練兵。お前の前にいるのは只の無防備で口うるさい女だ。殺すのは容易い筈だ。」


「そうです……現状、私があなたを殺す事は何ら難しい事ではない。だからこそ、だからこそ……」


 その先が出なかった。


 何かの対処を要求しようと思ったが、その対案が思い浮かばなかった。


 茜は既に向こうに行ってしまった。


 だが、俺一人では茜を戻すことは不可能だと自覚している。


 俺は、雪江先輩を批難する事しかできない。


 でも……でも……


「何故だ! 何故先輩は、命乞いをしないんですか! 何故……」


 その言葉を聞いた雪江先輩は、その質問を待っていたかの様に答える。


「私は多くの人を敵に回してきた。殺すに至った事は無いが、殺す事を考慮していた事は何度もある。現に、今、君は死んでもおかしくなかった。それに矢倉茜も死んでいて当然だった。故に、私が殺されるのは当然の事だ。殺す者が殺される覚悟を持つ事に何の不自然さがあるというのかね?」


「それは……ある。人間は、常に苦痛や死の回避を求めるはずだ。それが、生物としての生存の本能だ!」


 その言葉を聞いた先輩は、鼻で笑う。


「どうやら私はエゴイストに見られてしまっているらしいな。

私は、もし、それでこの戦況が好転し、誰一人死者を出さずにこの学校の自由が保障され、生徒たちが自身の思う未来へ進んでいく事が保障されるのなら、喜んで死を受

け入れよう。

それを保障できる意思と覚悟があるのならな。

どうした? さぁ殺せ! お前がそれを望むのなら、私に見せてみろ! お前の意思を! お前が力を使ってでも手に入れたい理想を!」


「――っ」


 何かが吹っ切れた。


「――俺の……俺の理想は……」


 トリガーに駆けた指が震える。


 そして……


 ――カチッ――


 小さな金属音と共に、銃にセーフティーがかけられた。


 下を向く銃口。


 やがて、銃は手から滑り落ちる。


 それと共に跪くと、めいっぱい頭を下げた。


「先ほどの無礼を……お詫びします。


 書記長閣下、無礼を承知で一つ、お願いしたいことがあります」


 先程まであれ程殺意があったのにも関わらず、今は忠誠心が宿っていた。


 今までも忠誠心が無かったわけではない。


 しかし、それはどちらかと言うと『書記長だから』という、肩書きへの、権力への服従であったのかもしれない。しかし、今は違った。『南条雪江』。その人物に、俺の忠誠心が捧げられていた。


 雪江先輩は、上半身を起こすと「良いだろう、言ってみろ」と、緩やかな笑みを浮かべる。


「鳴狐を……鳴狐を、修理させて下さい!」


 地面にめり込まんばかりに頭を下げた。


「ほう。それは何故だ? 何を目的とし、それを行いたい? 何が、理想だ?」


「俺は……いえ、自分は、茜を……矢倉茜を救いたいんです! 確かに茜は本校を裏切る行為を行いました。しかしながら、何か、別の理由があった筈です。茜と共に、また学園生活を送りたい……それが、俺の理想です!」


 一瞬、間が開いた。


 実際は時間が開いていなかったのかもしれない。


 しかし、自分の心臓の鼓動が、何百回も聞こえ、長い間が開いていた様に感じた。


「良い子だ。

現在配備されている鳴狐の内。二つは本物だ。使用可能年月を過ぎており、現状で稼働しないと思われる 出来るのかね?」


 その言葉を聞いた瞬間、それまで脳内を支配していた緊張感が、解放感と希望に満ち溢れた気がした。


「はい! 必ず元のと同じ様にして見せます!」


 今までの俺だったら、こんな事は述べなかっただろう。全くと言って良いほど非定性的な回答で、感情的に物事を口走っていた。


 まだ実物を見てもいないのに、コンデンサが放電しきっているかどうかなんて分かるはずがない。もしかしたら内部の爆薬が経年により化学的に変化しているのかもしれない。


 出来る確証は何処にもない、そんな、出鱈目に近い内容であるのにもかかわらず、俺には何故かその言葉に自信を持っていた。


 例え、鳴狐の内部が、どんなに複雑であっても修理できる……そんな気がした。


「現在最も重要な問題は我々に使用可能な核があるという事実だ。それが達成できればそれで良い。必要な物はあるか?」


「工房・RI実験室の使用許可及び資料庫の最上級閲覧権限があれば。材料はそこにあるので何とかなります。あと、何人か友人に手伝ってもらう事になると思いますが、よろしいでしょうか?」


「構わない。しかしながら、教員だけには詳細を伝えないでほしい。教員の一部、特に軍事学部の出の教員には内調とのつながりを持っていたり、あそこから一種の天下りで来ている教員も多い」


「教員は極力信用しないという事ですか?」


「いかにも。正直、それを一番心配していた。本校には核物理学の博号保持者も多く、核開発に携わった教員も多い。しかし、そのような人間は往々にして既に内調の調査を受けた人間であり、政府にとって都合のいい存在の人物達だ。教員たちの間でも、今回の一連の動きに関していつ反逆が起きてもおかしくない。現時点でもほとんどの教員が本件に関し中立を宣言している。情報流出は最小限にとどめたい」


「了解しました。最少人数で行います」


 体は頭を下げていたが、その中では解体手順について考えを巡らせる。


 恐らく、外観および単純な内部構造に関しては取扱いのマニュアル及び資料館に眠っている機密資料に目を通せば分るだろう。それ以上に関してはどれくらいまで解体すればいいのかわからない。


 下手に爆縮レンズに傷をつけるとは思わないが(傷つけた程度では爆発しないが、僅かな炸薬量の変化が不均一な爆縮を発生させ、威力を激減させる)電源装置、特に起爆装置は分らない。


「資料館には話を通しておこう。とはいえ、この学校に所蔵されている資料も大したものではない。それほど期待しないでくれ。最後になるが、こちらの方で調べた教員の身辺調査の書類を……聞いているかね?」


「えっ……あっ、はい! ありがとうございます」


「では、頼んだ」


 再び頭を下げると、資料を集める為に資料館に向かった。

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