項目三 教育委員会との臨界状態

3.1 独立


四月二七日 一五二〇時 第一委員会棟前



「――以上の理由より、本校はこれよりデフコン2の戦闘態勢に入る。見ての通り、私は左腕を撃ち抜かれてこの様だ。敵は実弾を装備し、現状で機兵一個大隊及び、予め潜入していたと思われる一個小隊規模の戦力を有している。

 この事態は、我が校を利用し、国益を蝕もうとする一部の売国奴の陰謀に過ぎない。

 やがてはその者の悪事が明るみに出て、勝利の暁にはわれわれに平和が訪れるであろう。しかし、その前に我々が敗北をしては永遠にその時は訪れない! 故に我々は――」


 委員会前の広場。その中央に駐車した装甲車の上で、雪江先輩は演説をしていた。


 白昼堂々、デフコン2発令されている状況下で演説なんて危険に思えるが、周囲には装甲車やトラック、おまけに戦車と自走高射機関砲までもを配置し、厳重に周囲を警戒している。


 そこに集められた軍事学部の全生徒たちは、信仰の象徴を拝むかの如く演説を聞いていた。


「――諸君等は日本全国から集められた指折りの兵士達だ!

 諸君等の持つ力は国家軍隊と比較し、戦闘、支援、補給、士気、練度。それのどれをとっても十分な水準を持っており、皇国の兵士として辱めのない実力を持っていると私は確信している。

 そして今、我が校は外部からの忌まわしい侵略をうけた。これを排除するには、内部の結束を維持し、自らの運命を信じ、断固たる決意を持って、母校とその将来を守りぬくために闘わなければならない。

 諸君! 諸君等は何を学んできた!」


「守れ! 守れ! 守れ!」


 回りの生徒たちが叫びだす。


 軍事科でなくとも、この標語は叩き込まれている。


「諸君等の得意な事は何だ!」


「守れ! 守れ! 守れ!」


 笑顔で叫ぶ。


 作り笑いでもなんでもない。純粋な笑顔だ。


「そのために必要なのは何だ!」


「闘え! 闘え! 闘え!」


「そうだ。闘え諸君、立ち上がれ!

 敵対する者と、平和を犯す者と、何より、自分自身の甘えと!

 この、平和の為の戦いに勝利しろ!

 諸君等の健闘を期待する。以上だ。作戦、開始!」


「おお――っ!」


 雄叫びが響いた。


 雪江先輩の話術に、皆酔っていた。


 ある物は銃を高らかに掲げ、ある者は意気込みを友人に語りだす。


 それは洗脳に近く、そしてまた聞いている者としては気持ちの良い物だろう。


 絶対悪の敵を作り、自分たちを選ばれし者だと信じさせ、一般論はおろか、一つの言葉で矛盾した二つの意味を言い表す二重語法ダブルスピークを使ってまでその行為を正当化する。


 それにより自らを選ばれた戦士と錯覚するのだろうが、正直な所、俺にとってはそんな事はどうでも良かった。


「君は叫ばないの?」


 クラスのみんなについて行こうとした時、背後から声を掛けられた。


 振り返ると、銀色の髪を風になびかせたテルラさんの姿があった。


 公安委員会の戦闘服を着ており、背中には小銃、腰には拳銃を備えている。


 どうやら、さっきの演説の時、俺が叫んでいなかったのを見られていたらしい。


「叫ぶのは義務じゃない。出撃命令が下ればそれに従う。それで問題は無い筈だ」


 俺の回答を耳にするなり目を丸くする。


「何で? 憎くないの? 愛校心とか、協調性とか、そういった感情はわかないの?」


「そりゃ一方的に出鱈目な逮捕状を持ってきて、強制措置に反抗したら書記長が右腕撃たれたとなれば憎さの一つや二つ浮かぶが、俺はそれに力を込めるより、機兵の整備や修理に力を込めたい」


「合理主義者なのは構わないけど、そんな態度、社会に出たら許されないわ。今の社会でそんな闘いを放棄するなんて言ったら、過激派思想もいいところ。平和主義の精神から逸脱しているわ」


 一般論を述べる。確かに今の社会からしたらそういう反応をするのが一般的であり、そして理想的なのかもしれない。


「生憎、俺はそういうのはよく分らん。俺は機械にしか興味が無いからね」


「反社会主義者もいいところね。それより、茜さんは何処?」


「茜? あれ、こっち来るまで近くに……」


「呼んだ?」


 辺りを見回そうとしたのと同時に真後ろから茜の声がした。


 機兵を身にまとい、ヘルメットを抱えた茜。


 テルラさんを凝視している。


 いやっ、これは睨んでいるのか? 分らない。


「書記長命令が下っている。矢倉茜及び藤本純太郎の両名は第一委員会棟、臨時司令部に来てください」


 テルラさんがメモ帳の文面を読み上げる。


「了解です」


「了解」


 ほぼ同時に答える。


「では、私についてきて。詳細な司令部場所は秘匿されていますので、目隠しの着用をよろしくお願いします」


 えっ、めんどくさい。




四月二七日 一五二〇時 第一委員会棟臨時司令部



「だから、防衛線は境界線から三百メートル以遠を原則、正面に戦車小隊を終結させ、後方から対機兵用の機関銃陣地を構築するべきだ!」


「何を言ってる! 正面に戦車部隊を配置したら我々の戦力配分を敵に見せる事になる。ここは陸戦部区画を破棄し、飛行場と港の二点に戦力を終結させて……」


「戦力配分は偵察機と情報収集衛星でもう筒抜けだ。ならば我々の意思を誇示するために……」


 鋼鉄の扉の開く音と共に聞こえたのは、作戦を考える生徒達の喧噪だった。


「もう外して。ご協力、ありがとうございます」


 目隠しを外される。


「おお、広い」


 目の前に広がっていた空間はテニスコート二面分もあろうかという広大な地下空間であった。


 そこに並べられた椅子と机、そしてコンピュータと暗号解読機。


 壁面では大型の通信機と旧式のアナログコンピュータが莫大な熱を出し、もう片方には大戦時代の自動小銃及び巨大な空気清浄器が並べられている。


 正面には世界地図と、主要都市の時刻を示す時計があった。


 旧軍時代の施設を設備ごともらったとか聞いていたが、旧軍時代に、しかも横須賀や呉といった主要鎮守府でもない此処にこれだけ立派な地下司令部があったとは驚きだ。


 そして、地図の反対側、一段上がった場所には巨大なテーブルと、委員会の委員長クラスのメンバー。そして、雪江先輩と夏美先輩がいた。


「私は書記長に報告してくる。待っていて」


 一言告げるとテルラさんは書記長へ向かう。


「海戦部の近くね」


 テルラさんが十分に離れた頃、茜が声を掛けてきた。


 歩数と方向をカウントしていたみたいだ。


「みたいだな。恐らく旧軍時代からあった施設とは全部地下でつながっている」


 目隠しをされていたが、旧軍時代に作られた場所という時点で候補は狭まる。そして、ポンプの動作音が高いという事から地下水が多い海側であるという事は確かだ。


 海側に近く、地下にこれだけ大きな空間を確保できるということは、海戦部の教育棟の方が近いだろう。


 辺りを見回しているうちに、テルラさんが戻ってきた。


「こっち来て」


 声がかかる。


 どうやら雪江先輩ご自身がお呼びの様だ。


 大型の机に広げられた学校の地図を凝視する雪江先輩の傍まで歩み寄ると、敬礼をする。


「矢倉茜、藤本純太郎両名をお連れ致しました」


「ありがとう、少々待機していてくれ」


 そう答えると再び視線を地図に落とす。


 とりあえずは待機の様だ。


「航空管制塔より報告! 先ほどからスクランブルしていた偵察部隊より敵部隊の戦力がわかりました。

校門正面の一個機兵大隊のほかに、飛行場北部に一個戦車中隊相当の地上戦力が一個機械化機兵中隊を随伴して南下中。こちらが本隊だと思われます」


「レーダー室より報告。霞ヶ浦飛行場より、ヘリコプター部隊と思しき部隊を確認。また、木更津方面より大型輸送機三機の飛来を確認。あと一〇分で本校上空との事です」


「駆逐艦に搭載されている対空誘導弾で撃墜できるか? いや、今上空を警戒している戦闘機部隊でもいい」


「馬鹿いえ、そんな事をしたら入間から戦略爆撃機が飛来するぞ」


「この期に及んで弱音をはけるものか!」


 次々と書き込まれてゆく情報。それを前に、生徒たちが論戦を繰り広げる。


 しかし、雪江先輩は静かにそれを聞いていた。


 何かを考えているのだろうか? 変わらない。


 すると突然、顔を上げる。


「みんな聞いてくれ」


 全員の口が締まり、視線が雪江先輩に向く。


「私はこの学校の書記長として、学校の生徒が一人でも死傷する事は看過できない。しかしながら、現状で行けば……恐らくは、一度投降勧告の後に攻撃命令が下されるだろう。幸か不幸か、我々にはNBC装備や防弾装備が戦闘員全員に行きわたっており、安田講堂の一件とは違い催涙ガスやゴム弾といった非殺傷性の武器が使われる可能性は極めて低い。よって、私は此れを冷戦状態としたい」


 その声が冷たいコンクリートに反射し、残響として残る。


 その時点で、半数程の生徒が理解した様な顔を示した。


「よって、私は着剣命令を下したいと思う」


「着剣……」


 司令部内がざわめく。


「夏美、記録してくれ」


「はい」


「中央委員会書記長命令。現時刻を持って、本校は着剣を行う。鳴狐を、着剣せよ」


 まさか……


 この学校に、鳴狐が配備されているのか?


「茜、一つ聞いていいか?」


「鳴狐を使った事があるか? でしょ?」


「ああ」


「あるわよ。訓練で一度。でも、勿論その時は訓練用の弾頭だったけど」


「だよな、まさか、弾頭無反動砲が配備されているわけないよな」


 辺りのざわめきを気にせず、雪江先輩は話を続ける。


「配置場所は中央委員会棟屋上でいい。正門方向と、飛行場北と、そして工業地帯に

照準を向けろ」


「書記長、本当に着剣なさるおつもりですか? いくら鳴狐が低威力の携行式核無反動砲だとはいえ、最低威力でも爆心地から半径一五〇メートル圏内は即死圏内。四〇〇メートル圏内でも致死量に達する放射線が降り注ぎます。半径一キロ圏内及び風下は危険区域に指定されて……」


「それくらいは理解している。」


 血相を変えた生徒の言葉を遮る様に口を開く。


「私は自衛軍および工業地帯に核攻撃を行う事を目的として行っているわけではない。ただ、もしも強硬手段に出ようとするならそれなりの覚悟をしろと言うだけだ」


「核抑止の理論を通常戦争にまで拡大したという事ですか?」


「否、確かにこれは核戦力によって通常戦力を抑止した事になるが、今回の敵の戦力は核攻撃に匹敵する戦力を持っている。故に、実質的には核による核抑止と何ら変わりない」


「了解しました。着剣を行います」


 何名かの生徒が駆け出して行った。


 同時に一人の生徒が駆け寄ってくる。


「報告。公安警察より投降の勧告が届いております。読み上げます

〈発 全日本警察公安部  宛 政立統合術科学校中央委員会

逮捕状ノ発付サレテイル南條雪江及ビ南條夏美両名ハ、直チニ武装解除ヲシ、投降セヨ。本日一六〇〇時迄二此レガ実施サレナイ場合、我々ハてろ対策法ニ基ヅキ、強制排除ヲ行ウ。理性的且ツ平和的ナ回答ヲ期待ス〉であります。」


 何名かがその文面に怒りを交えた小言を発したが、雪江先輩は表情一つ崩す気配が無い。


「やはりだ。こちらは生徒だ。警察や自衛軍とて、勧告無しに攻撃は行えない。こう返答しろ。

〈我々は違法かつ正当性の無い逮捕状に対し、あらゆる手段を取る用意がある。我々は、本校を包囲する自衛軍及び近隣の工業地帯に対し、即座に長期間に渡る甚大な被害を与える事が可能である。以上の事を踏まえ、以下の三点を命令する。

一. 現在学校を包囲している自衛軍は、武装解除の上撤退せよ。

二. 全日本警察公安部は現在南條雪江及び南條夏美に発付されている逮捕状を取り下げの上、発付に至った経緯を公表せよ。

三. 菅原真紀子高等監察官は本事件及び一九六九年六月八日に発生した交通事故と称されている事件に関し、事実を公表せよ。

これらの要求が受け入れられず、あくまで法律と正当性に反した措置を強行するのなら、我々は断固たる意志を以てこれを排除す。〉

以上だ」


「了解です」


 これが、外交戦ってやつか……


 目の前で繰り広げられる、言葉だけの戦い。硝煙の臭いは愚か、銃声一発すら聞こえないこの現状であっても、戦っているという事は分る。


 殆どの生徒が自分に割り振られた仕事を行いはじめ、作戦図の前から消えた頃、雪江先輩がこちらを向いた。


「放置していて済まなかった。ここで、君たちを呼んだ理由を説明しよう。先ほどの会話を聞いていればわかったと思うが、現在本校と警察は一種の冷戦状態に突入する予定だ。しかしながら、これは「我々に核がある」と考え、最悪の事態を回避したい警察・自衛軍と、保持する戦力を大幅に上回る戦力で包囲され、高度な脅威を受けている我が校の利害関係がともに攻撃しないという事で一致しているに過ぎない」


 体をこちらに向け、腕を組むと微笑みを浮かべる。


「故に、これから行うべき事は警察との交渉。その交渉の場に公安部の人間とあの女……菅原真紀子高等監察官を連れてきてほしい」


 ただの案内役という事で理解していいのだろうか?


「何故、わざわざ案内役に君たちを選んだのかと疑問に思うだろうが、何分今は一触即発の状態であり、生存性の高い機兵を着用した君たちが必要なのだよ。お願い出来るかね?」


「そういう事でしたら、喜んで」


 自然と口が動く。


「私もよろこんでお引き受けいたします」


 確かに一触即発の事態だが、闘いに行くわけではないので危険性は低そうだ。


 それに、この役目を俺たちに任されたという事は、恐らく雪江先輩はもう茜を疑っていないのだろう。


 疑っていたら敵を迎えに行くという重要な任務は任されられないだろうし、そもそも地下司令部に入出を許可されるわけがない。


 よかった。


 心の中でほっとする。


 そんな俺とは対照的に、茜は少々視線をとがらせながら口を開いた。


「書記長閣下。失礼を承知で一つ質問をしたいのでありますが、よろしいでしょうか?」


「鳴狐は本物か? という質問かね?」


 その質問を待っていたと言わんばかりの表情で問い返す。


「肯定であります。自分は機兵科の訓練において、弾頭を重りと高性能火薬を詰めた訓練用弾頭を用いました。しかし、実弾を見かけた事はおろか配備されていると聞いた事もなく、術科学校と言えど、核弾頭を配備しているとは考え難い事です」


 その言葉を聞いた後、一瞬の沈黙が流れる。


 しかし、すぐに応答が帰った。


「矢倉君。君は本校が開校したのは何年だが覚えているか?」


「はい。帝国海軍鹿島警備府の一部を海軍特別術科学校として昭和二一年に、国立統合術科学校として昭和二九年に、そして昭和四一年に政立統合術科学校として現行の体制を整えています」


 大半の生徒が知らない様な事をすらすらと述べる。


 よく覚えていたな。


「ご名答。では、その前身は?」


「海軍特殊兵器研究学校であります。研究対象は原子力関連及び機兵関連。世界初の原子爆弾『村雨一一型』に使用されたプルトニウムの製造及び四七式機兵を製作した事で有名であります」


「そう。ここは旧軍時代、最新鋭の核兵器や機兵の研究を行っていた施設だ。そして政立統合術科学校としてなる昭和四一年まで一部施設が軍の施設として使われていた。施設及び一部兵器を丸ごと譲渡されたのだ。残っていても不思議ではないだろう」


 確かに、鳴狐が正式採用されたのは昭和三九年。倉庫に残っていてもおかしくはない。


 使うつもりはない。されど、本物を配備しているという所だろうか?


「了解しました。有難うございます」


 深々と頭を下げた。


「では、君たちは向こうから交渉要求が入り次第特使になってもらう。準備をしておいてくれ」


「了解です」


 俺と茜の声が、司令部内に反響した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る