2.5 未知数
四月二〇日 二〇四六時 第二学生食堂
「はぁ……疲れた」
門限前という事もあり、人も殆どいなくなった食堂。俺はそこで晩飯を取っていた。
先程まで一緒にいた波音さんも一緒に食べるとか言っていたが、残念ながら波音さんがいる第九女子寮は第三学生食堂で寮食を取る事になっている。
だから色々と言って帰したのだが、その対応に体力をすべて持って行かれた。
自由な人も嫌いではないが、この予想出来ない感じは好きでもない。例えるならば、不確定性原理だろう。
そんな事を考えつつも、晩飯のクジラの竜田揚げを口に放り込む。
冷めている。でも栄養物質は変化しないから良いか。
「純太郎っ!」
声の元に振り返ると、盆を持った茜がいた。
盆に乗った竜田揚げがほくほくと湯気を出している。
あれっ、再加熱してもらえるの?
「おう、今日は遅いな」
「うん。ちょっと思い出した事があったから機兵科倉庫にね」
「倉庫?」
「うん。アタシちょっと昼間の授業で使っていた機兵の装甲板、外し忘れちゃってさ、それが気になってね」
「装甲板? いつも付けたままじゃないか」
規則では取り外し義務があるが、守っている人間なんてそうそういない。
教師も黙認している程だ。なんぜ取り外すのに三十分はかかる上に素人がやるとねじ穴をつぶしてしまう事もよくあるパーツだ。メンテ入れるとき以外は取り付けている
「分かんない。なんか気になっちゃって、全部取り外していたらこの時間になっちゃった」
それでこの時間に……
「ぷっ」
思わず笑ってしまう。
「純太郎っ、今笑ったわね」
「ごめんごめん、いつも大ざっぱだから……」
「もーサイテーね。アタシだって几帳面な所はあるわよ」
「ほう。たとえば?」
「えーっと……あれよあれ、毎日日記付けているし」
俺も毎日実験レポート書いているな。
「装甲板のネジがちょっと曲がっていると許せないし」
俺も物によるが〇・五パーセント以上誤差がある製品は許せない。
「最近お弁当の味付けにこだわっていて……」
合金の製錬で僅かでも不純物が混入すると物理的特性が大きく変わる事もあるよな。
どんっ
机を叩く音。
コップの水が振動する。
「今、ぜったい馬鹿にしたでしょ?」
「いや、全然」
「嘘よ」
「本当だ。ただ、茜も大変だと思っただけ」
「ふーん。なら良いんだけど」
疑惑の目でこちらを眺めつつ、味噌汁をそそる。
どうやら茜のは全部温かいようで湯気が立っている。
俺も頼めば良かった。
まぁいい。それで晩飯の化学的特性が変化する訳でもない。(この答え、二回目のような気がする)
今度は冷たい味噌汁をすする。
「そういえば純太郎、何か、変な事無かった?」
「変な事? そりゃ、あんな素晴らしい機兵に出会える機会を変な事と定義すればそうだが」
「そうじゃなくて。
何かその……あんたが言う平均値から逸脱しているみたいな?」
頭を捻らせながらの質問。
どうやら茜自身も質問の内容に対し抽象的にしか把握していない様だ。
「異常事象が起きているというのか?」
「そんな感じかなぁ。
今日、何か調子が良くてね。テストの点も良かったし」
「なら良いじゃないか。期待値を超える事に悪い事は無い」
「そうかな。多分今朝、ラジオの星占いで山羊座が一位だったからよ」
「そうなのか」
占いという非科学的な物に興味は無い。もしもそれが統計学に基づいたものであるとするならば興味がわくが、そもそも『幸運』と『不運』の定義が不明瞭だ。確率論で示せる現象を幸運と不運に分けるのなら、その両者の発生確率はほぼ等しいのだから、どちらも日常生活には常に発生する。
「純太郎も確か獅子座でしょ?」
「八月一五日生まれというだけだ」
「獅子座は……確か恋愛運が一位だったわ」
「――解答に困る。そもそも占いには根拠がない。星や惑星の配置がどうだこうだ言っているが、それが日常生活というカオス的な事象の集合体にどうやって結びつくのかさっぱり分からん。統計学的な根拠があるのなら分かるが」
最後の一個となったクジラの竜田揚げを凝視。
「まったくつれない男ねぇ……好きな子の一人や二人いないの?」
「そうは言われてもな。恋愛感情と言う物がいまいち分からない。旋盤に対する思いと同じ様な物なのか?」
「アタシには旋盤に思いは抱かないわ。とにかく、その、何て言うんだろうかなぁ……見るとドキッとしちゃったり、目が合うと思わず目を背けちゃったり、その人が隣にいるだけでドキドキしちゃったりする感じよ」
「なるほど、川上先生の事か」
あの先生は怖い。目が合う事すら恐怖を感じる。
茜の頭がガクンと落ちる。
「そーじゃないのっ! あーもーどうしようも無い機兵バカねあんたはっ! いい、女子に対する感情なの。お・ん・な・の・こに対する感情!」
やたら真剣な表情でこちらを見てくる。
頬も赤い。
恐らく脈拍が上昇している。
健康状態が悪いのか?
「そうは言われても、今俺の兵器工学科には女子はいない。一時期有名になっただろう?」
この学校は共学であるが、理工学部はもとより女子の人数は少ない。おまけに兵器工学科となるとさらに少ない。
元々女子が小数いたのだが、理工系な内容に次いである程度の運動力も必要だという事で、みんな転科して今は零となってしまった。
龍次は嘆いていたのを覚えているが、教室で人目を気にせず着替えが出来るので俺としては喜ばしい。
「あちゃぁ……そうだったわね。兵器工学科と物理学科だっけ? 二年で女子がいないの。青春を送れないとは可哀そうねぇ……」
「いやっ、でも、一人いる」
「えっ! だれだれ? 何科?」
「茜がいるじゃないか」
「えっ」
いやっ、これはリチウムの炎色反応と言うべきか?
「そうだなぁ。 茜とは小さい頃から一緒というのと、殆ど他の女子と話した事が無いからっていうのがあるが、一番楽に話せる」
「えっ……」
とんっ
クジラの竜田揚げが皿の上に落ちる。
ん? 何が起きた?
「なっ……ななっ……」
口をパクパクしている。
酸素濃度が低下した水槽に入れられた金魚の様だ。
「あくまで、物理的干渉が行われない時の話だ。攻撃を受けた時は身の危険性を感じるがな」
「それは余計よ」
急に表情が戻る。
優秀な過渡特性を持っているな。時定数はコンマ五秒といった所だろうか?
「観測結果に基づいた統計的な推測だ」
そう述べると冷たい味噌汁を飲み干す。
「行っちゃうの?」
俺の食器が全部空になったのに気付いたのか、不安気な表情へと表情筋を動かす。
「別に急いでいるわけじゃない。食べ終わっただけだ」
「じゃぁ、私が食べ終わるまで付き合ってよね。さっき期待しちゃった分返してもらわないとっ」
「わかった」
門限まではまだ余裕がある。しばらくは談笑するか。
四月二〇日二三五〇時記載
今日は朝から調子がいい。
朝は早く起きられたし、持久走の記録も更新した。英語のテストも初めて八〇点越えですっ。
それに夜ご飯の時に……後で自分で見て恥ずかしくならないように、今日はこのくらいにしておきます。
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