2.4 同期
四月二〇日 一七五一時 第一実験棟地下
「へぇー。藤本君も随分と大胆だねぇ、いわゆるラボデートってやつか?」
「いやっ違いますって。何度も言っているように千歳さんが……」
地下実験室の入口。
周囲を武装した公安委員に囲われたこの場所で、俺は必至に鈴鹿先生に説明をしていた。
「はははっ、分かっているよ。誰だって気になるさ。本当ならダメだけど、一応関係者だからね。教員権限で許可しよう。最も、この学校の教員って委員長より弱いんだけどね」
「わーいっ」
隣で喜ぶ波音さん。
はぁ……何でこうなっちゃうのかなぁ……
「さぁっ、入って。お茶はないけどルートピアならあるよ」
おっ、ルートピアあるのか。
なかなかいい趣味をしている。先生とは旨い酒が飲めそうだ。(まだ飲めないけど)
「おおっ」
昨日はすっきりとしていた研究室も、今日はうって変わっていた。
少なくとも三つは机が搬入されており、黒板も二つある。その黒板には無数の図や数式が書かれているが、半分程しか理解できない。文字も英語でも日本語でもない何かだ。
部屋の隅に置かれていた荷物も、今は番号のついたタグがつけられている。
「あれっ、茜はいないんですか?」
先についていると聞いたはずだが……
「ああ、矢倉さんね。さっき終わったと同時に帰ったよ。何か用事があるとか言っていたよ。それより、やっぱりこの部屋はすごいよ。まずこの扉。やけに硬いから成分分析してみると何とVH鋼鈑。戦艦に使われるような表面硬化装甲が使われているよ」
興奮気味に扉を指差す。昨日もみた分厚い扉。確かに、あの厚さの表面硬化装甲なら大砲でも持ってこない限り破壊できない事も納得できる。
「壁に並んだ電算機だって一六ビット、クロック周波数三八MHz、コアメモリ容量六四kBを誇るスーパーコンピュータだ。多分CDC7600といい勝負するくらいかな?」
「そんなに凄いんですか?」
コンピュータは専門外であるが、それでも数値を聞けば凄い事くらいはわかる。
学校に置いてある物理演算用コンピュータの一〇倍の演算能力と捉えていいほどだろう。
大抵の物理演算はこなせるレベルだ。(とはいえちょっとやそっとの時間で済むものではないが)
「しかもこのコンピュータ、アセンブリ言語とベーシック言語の両方を読めるほかにもう一つ、まだ一般には知られていない言語もいくつか読めるらしい」
ここで言っている言語とはいわゆる英語とかドイツ語といった言語ではなく、コンピュータ言語だ。
本来コンピュータは1(HIGH)か0(LOW)しか認識出来なく、機械語と呼ばれるコンピュータが認識するプログラムも1と0のみで構成されている。
しかし、それだけでは人間にとって使いづらいため、プログラム言語と呼ばれる英語に似た言語でプログラムを作成し、それを
しかし、違ったコンピュータ言語を使うという事は、従来の言語では扱えないような複雑なプログラムを必要とする
やはりそれは……
「先生、もしかしてこのコンピュータ、この機兵のメンテナンスをするためのものですか?」
「その通り。全く信じられないよ。この機兵のプログラムを
苦笑する。
だが、苦笑するのも分かる。
現在の機兵の制御プログラムも、せいぜい場合に応じた出力比(人間が出した力と機兵の出す力の比 ゲインとも言われる)を変換する程度のものであり、それこそ昨日俺が拾ったワンボードマイコンで入力出来る程度のものだ。
しかし、これだけ膨大な演算力を必要とするもの……そうなると、この機兵はよっぽど高性能なものだと分かる。
昨日の時点でこの機兵の防御力に関する物理的特性は一般的に知られている理論を超越したものであると知られているが、やはりソフトウェアも優秀なものが積まれていたか。
ってか、そんなに優秀なソフト積んでコイツの演算能力はどうなっているのだろうか?
「すごいっ、じゅんくんこんなに凄い機兵を使っているの?」
ああ、波音さんも話通じちゃうんだ。一般人には分からないと思っていたが……
「いや、たまたまこれを着ちゃっただけだよ」
半分は好奇心であるが、それは言わないで置くか。
「それと、この機兵に関して興味深い点がもう一つ。この機兵、君たち以外には使えない」
「――はいっ?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「あの、俺達以外が使えないとはどういう事ですか?」
「僕に聞かれてもよく分かんないんだが、どういう事か、この機兵は特定の装着者……少なくとも現時点では君と茜さんにしか装着が出来る事が確認されていない」
「いやっ、そんな事あり得ないじゃないですか」
「従来の機兵工学からしたらそうなんだけどね……残念ながら、この機兵に使われている幾つかの技術は既知の技術どころか理論を超越したものがあって、現状では何も言えないかな」
意味が理解できない。
機兵は『着る』という言葉が使われる様に、どちらかというと戦闘機の様な乗り物より衣服に近いものだ。故に、服はサイズがあれば誰でも着られる様に、機兵もサイズが合えばだれでも着られる。
それが着られないというのだから意味が分からない。
「着られないって、物理的に着られないのですか?」
「いや、物理的に装着する事は可能だ。しかし、起動してしばらくすると、本システムが起動する前に落ちる。これは昼間、何人かの教員や委員会生徒で試してみた事だ。逆に、茜さんは藤本君が付けていた機兵の装着に成功している。これは謎だ。まさか、機兵が人を選んでいる筈は無いんだが……」
「謎ですね」
二人で悩みこむ。
うん、何故かこの先生とは息が合うな。
「それはきっと、じゅんくんは王子様だからだよっ」
「王子様?」
「うんっ! だってじゅんくんはなみちゃんを助けてくれた王子様だもんっ」
ああ、再開してしまった。
あれか? 完全に密閉しないとどんどん進行してしまう酸化還元反応か?
「そうか、藤本君は王子様なのか。これはおもしろい」
「先生、冗談はよしてくださいよ」
「はははっ、さてと、君には再び装着してもらおうか。この機兵を」
若干の笑みを残しながら中央の作業台を指さす。
無数の工具やメモ用紙の中に存在する二体の機兵、ASSが横になっていた。
室内灯を吸収する装甲板はそれが金属ではない何かである事を物語っている。
ゆっくりと歩み寄ると、さらっと装甲板を撫でた。
温もりも、冷たさも感じぬ無機質な感触。
摩擦係数が異様に少ない事だけがわかる。
「先生、結局、この機兵はどこの機関が作ったものなのですか?」
「それは分らない。手がかりが少ない。手がかりといえば、落ちていたこれの取り扱い説明書と残っている僅かな工具や代替装甲程度。工学的計測で判明した事は、ダイヤモンドカッターを除いて、この装甲板を切断出来る工具が存在しない事だ」
半ば諦めたかの様な眼差しでASSを眺める。
「切断出来ないって……恐ろしく硬度が高いのですか?」
「いかにも。計測した所、こいつの硬度はサファイヤ相当の硬度を持っている事が判明したよ。しかし、これは表面だけで、内部にはまた別の素材が何層にもあると考えられている。一般的に硬度の高い材料は衝撃に弱いからね。茶碗やグラスが割れやすい様にね」
この辺りの理論は材料工学や防弾工学で既に習った事だ。
むしろこの程度の基礎知識を機工兵が知らなかったら恥ずかしい。
「むしろ、警戒すべきはこの機兵の戦闘能力だ」
「戦闘能力……ですか?」
「ああ、こいつは
「つまり、第三・五世代型相当……ですか?」
「それか、未だ基本理念すら定まっていない第四世代型かもな。さて、時間がもったいない。実験を始めよう。昨日の一件も……説明書には仕様としてあると書いてあったから、特に気にする必要はないだろう」
「はい」
背負っていた鞄を隅に置くと、静かに装甲板を手に取った。
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