2.3 誤認


四月二〇日 一六四八時 第一委員会棟第三会議室。




「――よって事態は収拾し、全校生徒へは予定通りの情報が行き渡りました。また、別の偽情報を流出させる事でたとえ機密事項が流出してもその信憑性を低めています。残存が想定される工作員に対しては特殊戦科及び工作科に援助を頼みながら非公開捜索を続けておりますが、工作員の供述が正しければいないものとされます。以上で昨日発生した第五二号乙種事案に関する報告を終わりにします」


 淡々と報告が行われる会議室。


 その室内の壁際に、俺は立っていた。


 学ランの上にボディーアーマーを着用し、更にその上にサスペンダーでつり下げられた弾帯ベルトを着用している。


 腰には警棒と手錠、そして拳銃が備え付けられている。


 更に目出し帽をかぶり、その上に入学式や終業式にしか使わない学生帽を被っていた。


 この、どっからどー見ても怪しい装備。


 これが、書記長護衛の装備らしい。


 因みに、俺は雪江先輩の護衛を務めているが、同時に護衛を受けている『らしい』。


 らしいというのも、姿が一切見えないからだ。


 だが、こうやって見える護衛と見えない護衛の両方を付ける事で安全性をより高めているだとか、よく分からん事をさっき聞かされた。


 正直、生徒ごときがこれくらいの装備をする必要があるのかと思うが……室内で着席している先輩たちを見れば分かる。


 大蔵省大臣、航空自衛軍参謀総長、内務省公安委員会長と言った省庁幹部の子息が集まっている。


 いずれも各委員会の委員長クラスの生徒だ。


 仮に一度ここを占拠する事が出来れば、日本政府の役人の子息、及びこれから各省庁のリーダーになるであろう人材を人質にする事が出来るだろう。これくらいの処置は仕方あるまいか。


 実際、過去に三回、新左翼系過激派組織による襲撃等を受けているらしい。


 日本も怖くなったものだ。


「書記長、宜しいでしょうか?」


 防音素材で固められた室内に声がする。


 あのメガネの先輩は……内務委員会警務課の堀内課長だっけ?


 課長クラスの人間はこの会議には余り参加しないのだが、校内における警邏業務を担っている警務課の長となれば話は別らしい。


 まったく、この学校は内務委員会警務課と公安委員会があるからややこしい。


 いつだかの説明では警察と軍だと言われていた気もしなくもないが……


「なにかね?」


「はい。本日付でこの学校に配備される事になった内閣情報調査機構の役員なのですが、どうも動きがおかしいです。我々を守るのではなく、我々を監視している様に見受けられます。如何なさいますか?」


「恐らくその通りだろう。この学校に役員……いや、諜報員を送ったのは菅原真紀子高等監察官だ。あの女はこの学校を手中に納め、より昇進しようと狙っている」


「それは、ご自身の諜報隊で入手した……」


「いやいや、そんな事しなくても分かるさ。あの女について調べてみろ。興味深い事案がいくつも出て来るぞ」


「そうですか……では、こちらも手を打ちますか? 現在、軍令部中央情報局にインターンに出向いた諜報科の生徒が戻ってきたばかりです。彼らならそれなりの技量を持っています。書類によれば機構の役員は四名。こちらには六名の訓練を受けた諜報員がいますので……」


「甘いな」


 言葉を静止する様に言い放つ。


「書類に四と書かれているのなら、あの女は八人送ってくる筈だ。母がそうしていた様に。しかも、相手は日本最高峰――言い換えればCIA、KGBと並ぶ世界三大諜報機関の諜報員だ。こちらは訓練を積んだとはいえ所詮は生徒。勝ち目はあるまいし、機構の役員に刃向ったとなれば、社会反逆罪の罪状での公安委員会が来ることになるだろう」


「ですが、流石にそこまでしてこの学校が欲しいだなんて……」


「この学校を傀儡にできれば年一〇〇〇億円に迫る運営資金を牛耳ることができる。それに高級官僚の大半はこの学校を卒業している。あの女には細心の注意を払え」


 すごい剣幕で言い張る。


「そうですか……では、監視を強化と、残る四名の捜索で留めておきます」


「頼んだ。大蔵委員会からは何かあるかね?」


「はい。やはり、前書記長の横領事件で巨額の維持費が横領されていた為、今年度の装備更新費が跳ね上がっています。現在、補正予算案のやりくりを行っていますが、どうしても足りません」


「そうか。それで、幾ら足りないのだ?」


「はい、やはり消耗品と弾薬、そして最近第二次オイルショックで再び値上がりした燃料費がかさみ、現時点で二九億六〇〇〇万の赤字です。最も、年度換算なので実際はこれ程ではありません」


「そうだな、内務委員長。確か、今年度から研究用原子炉を再稼働すると聞いていた、あれはどうなっている?」


「はい。法改正による自然災害対策の為に停止していました日技研との共同原子力研究所ですが、現在再稼働に向けての準備中であり、燃料棒の搬入は終了。関係機関からの稼働許可は下りていまして、日技研からの技術者も到着していますので、早ければ今月末にも再稼働をする予定です。ただ、管理運営に関しては日技研が握っていますので詳しい事は不明です」


「そうか。たしかあれには本格的な発電機能があるとされていたがそこのところはどうなっている?」


「はい。今回の改修で発電研究用に二〇万キロワットの発電設備を四つ設けました。予定では学校で使用する電力の全てを賄う予定です。また、校内では消費しきれないので余った電力を電力会社に売る予定です」


「ならば直接工業地帯に送れ。あそこは今安くて安定した電力を求めている。丁度、オイルショックの影響で電気代が上がっているのだから電力会社より高値で売れるだろう。それである程度金は賄える。足りない分は国債を売るなり、国に給付金を求めるなりして工面しろ。どしても無理なら私が政治家に直接掛け合ってみる」


「了解しました。至急手配します」


「では次に、来月に予定している観閲式典だが……総務の方ではどうだ?」


「はい。会場警備に関しましては公安委員会や警務課の方では人員不足なので陸上自衛軍から一個中隊規模の応援を要請します。また、式典演習で使用する実弾に関してはこちらの方で手配を。今年は防衛省からのご好意で海上自衛軍の主力艦一隻が参加するとの事です。何が参加するのかは不明ですが、期待はして良いと言われています」


「防衛省が。分かった、宜しく頼む。後は――」


 なんだこれは……


 目の前で続く会議。


 それを茫然としながら眺める。


 あれっおかしいな、ここって学校だよな?


 しかも、高校だよな?


 術科学校って名前だけど、高校だよな?


 だが目の前で繰り広げられているのは軍事国家の閣僚会議の様な物……


 授業で車両や実弾を使うので入手に関してもあれこれしなくてはならないとは予想がつくが、まさかこれまでだとは想像もつかなかった。


 というより、俺がこの会議の内容を聞いて良いのか?


 些か身の危険を感じるが、書記長警護なのだから信用が成されているという事でいいのだろう。


 目の前でてきぱきと指示を出す書記長。


 高校生という感覚がどんどん薄れていくのであった。




 会議終了後、俺は雪江先輩の脇を守りながら進んでいた。


 にしても、この警備……厳重なのだか関大なのだかわからん。


 理由としては、隣を歩くもう一人の警備役だ。


 セーラー服に無理やりつけられた拳銃と警棒。


 ぶかぶかのフェイスマスク。


 明らかにサイズが合っていない。


 歩き方も、警護が回りを警戒しながら……というよりは少女(幼女?)がてくてくと歩いている様である。


 顔が見えないので断言はできないが、十中八九は波音さんだろう。


 雪江先輩と夏美先輩についている護衛が俺と波音さんって……襲われても一人前の動きなどできたものではない。


 最も、ただでさえ警備の厳しい第一委員会棟に侵入者が現れる事などそうはないので大した事は起きないだろうが。


 あながち『警備』という名のハリボテだろう。


 そうでなければこんな、殺し方を知らない人間に任せる筈がない。


 そんな事を考えている内に委員長室前につく。


 扉の前には二人の警備の生徒。


 おっ、今日はこれで交代かな?


 その二人が扉を開けると、雪江先輩と夏美先輩は室内へと入る。


 入った直後、くるりとこちらを見る雪江先輩。


「では二人とも、ご苦労だった。今日はこれで交代だ」


「はっ、お疲れ様でした」


「おつかれさまでしたっ!」


 俺たち二人が頭を下げると、扉は閉められたのだった。


 さてと、これで警護の任務は終わりだ。


 後は装備品を返し、ロッカーから荷物を持って帰るだけだ。


 帰るといっても、これか例の地下室であの機兵の調査を行う予定だ。


 先に茜が向かっていると聞いているが、まだやっているだろう。


 マスクを外してごわっとした髪を適当に直すと、廊下を進み始めた。


「ねぇ……きみってじゅんくん?」


 背後から声。


 丁度、マスクを外したばかりの波音さんがこちらを見ていた。


 くりっとした瞳が固定されているかの如く監察してくる。


 そういえば、警護中は一切話さなかったから、自己紹介もなんもしていないな。


 波音さんと最後にあった時は真だ例の機兵を付けていた時なので顔は知らない筈だ。


「そうだけど……どうして分かったの?」


 その途端、波音さんの顔が笑みに包まれる。


「そーだよ! やっぱりじゅんくんだよ。なみちゃん分かっちゃうもんね」


 そういいながら、こちらに駆け寄るとギュッと俺を抱きしめる。



 ボディーアーマー越しに、衝撃を感じる。


 一瞬よろけたが、速度の割には運動エネルギーが小さかったので簡単に制動できた。


 運動エネルギーは速度の二乗に比例し、質量に比例する。従ってよほど質量が小さかった事になる。


 ぎゅっ


 服を抱きしめられる。


「うん。この鉄と油の匂い……学科のみんなは潮の臭いしかしないし、陸に上がってもまわりは硝煙の臭いしかしなもん。


 なみちゃんは鉄と油の匂いが好きなのです」


「鉄と油の匂いって」


 臭いで判断出来たというのか?


「だけど、前回会ったのは機兵着ていたから臭いなんて……」


「そうだよっ。でもね、なみちゃん分かるんだ。なみちゃんねぇ、こう見えても耳は良いんだよ。足音聞けば分かっちゃうもん」


 足音――つまりあれか歩き方の癖か。


 俺は歩き方が左右非対称な様で靴も右足の踵がよく擦れる。だが、一応歩き方の教育は受けているので、そんな違いふつうでは分からないのだが、彼女にはわかる様だ。


「そっそうなのか。あのっ、とっとりあえず離そうか。その、誤解とかされちゃうから」


 波音さんの手は先ほどから俺の服を抱きしめたままだ。


 女の子に抱きしめられる事は当然嬉しい事だが、なんか違う気がする。


 それに、此処は委員長室前の廊下。


 何時他に人が来てもおかしくはない。


「えーっ、なんでー?」


「いや、だから誤解を――」


「じゅんくんはなみちゃんをピンチから救ってくれた白馬の王子様なのっ。

王子様はいつも傍にいてくれなきゃだめっ」


「白馬の王子様?」


 いやっ、ただの機工兵です。


 ついでに付け足せば他称変人です。機兵バカとも呼ばれます。


「うんっ、なみちゃん、初めて助けられちゃった。今までなみちゃん、助けてもらった事ないもん。

 なみちゃん頑張ってきたから」


 おおう……これだけ精神年齢低くて助けられてきた事がないって、潜水科はどれだけ冷淡なのだろうか?


 いや、それとも今まで助けを必要として来なかった?


 その仮定こそおかしい。いかなる製品にも誤作動はつきものだ。


 やはり、潜水科が冷淡なのだろうか?


 液体ヘリウムより冷たそうな奴らだな。


「悪い奴らに捕らわれていたなみちゃんを、じゅんくんは白馬に乗って助けてくれた。きっとそうだよ! じゅんくんはなみちゃんの王子様なんだよっ。

 だから、ありがとう」


「……」


 だめだ、完全に俺の演算能力を超えている。


 王子様? 残念ながらこの国には皇族しか存在しない。


 王族は海外に行かなきゃ存在しないのだよ。


 日本への渡航制限が緩和されている大東亜諸国連合AGEAN加盟国で王族がいるのは……タイか。


 もしかしてタイからの留学生?


 いやいや、名前は千歳波音。特ユ移民でもない限りはそう日本名に改名するわけがない。


 そもそもこの学校は留学生の受け入れを行っていないし、入学できるのも日本国籍所持者に限られている。


 どうすればいいのやら……


「とりあえず、装備返しに行かなきゃいけないからいいかなっ? ねっ?」


「うんっ」


 問題の根本的解決にはなっていないものの、なんとか退避。


 とりあえず先を急ごう。


 足を進めようとした途端、再び止められる。


「ねぇ、じゅんくん。なみちゃんも一緒に行っていい?」


「えっ? 行くってどこへ?」


「だからぁー例の地下室っ」


「だってあそこには関係者以外立ち入りが……」


「なみちゃんも関係者だよっ」


「いやっでも、事件とはあっても機兵とは関係が……」


「おねがーいっ! なみちゃんも見たいのっ」


 まるで幼稚園児のようにせがむ。


 本当に高校二年生か?


 なんだろうか、この何かを訴えかけるような瞳。


 必至になっている表情。


 俺の体をゆする度に溢れ出す甘い芳香。


 この表情……かわいい。


 だが甘かったな。俺は有機物には興味がないんだ。(但し高分子化合物を除く)


「だめだよ。波音さんは部外者なんだから」


「えーっ。いやだいやだっ!」


 だめだ、俺の要求コマンドを完全に受けてつけていない。


 こいつはもしかして、そもそも入力を受け付けるプログラムが組まれていないのか?


 あれか、プログラムにscanfが書かれていないのか。


「じゃぁ、今度、潜水艦の機関室見せて……」


「分った、鈴鹿先生に相談しよう。だけど、先生がダメって言ったらダメだからな」


 即答。


「わーいっ!」


 しまった、衝動的に大変な約束を付けてしまった。


 大丈夫なのだろうか?


 些か後悔もしながら、俺は廊下を進んだ。


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