1.7 起動


四月一九日 一八二七時 第一実験棟地下




「おお、これが君たちの見つけた隠し研究室ねぇ……」


 分厚い隠し扉を前に、嬉しそうな表情を見せる鈴鹿先生の前に、俺と茜は立っていた。


 白髪交じりの頭を揺らしながら扉を眺める鈴鹿先生……楽しそうだ。


 しかし、俺は全くと言って良いほど楽しくない。


 周囲には武装した公安委員会生徒。


 これから二四時間体制でここを警備するらしい。


 何の警戒感も示さないまま、先生が扉を押す。


 ゆっくりと開く扉。


 さっき出た時。半開き状態だったのでロックがかかっていなかったらしい。


 先生が中に入ると再び明かりが点く。


「おお、凄いなこれは!」


 件のモニターとパソコンを見つけたのかな?


「いやぁ……これはどうやら最近まで使われていた様だ。このブラウン管、去年の夏に販売されたやつだよ」


 ブラウン管?


 確か、あったのは謎のモニターだった筈……


 慌てて中に入ると、そこには無数のモニターが存在した。


 しかし、先程の様な薄い、鮮やかな色を出すモニターではない。


 全て、市販されているブラウン管モニターだ。


 誰かが……入れ替えたのか?


 部屋の中を見回す。


 先程まであったのは全て未知の電子機器。


 しかし、今あるのは既知の電子機器だ。


 大抵の物が新型で、珍しいものもある。だが、いずれも見た事のある物だった。


「これは……どういう事だ?」


「うんうん、そうだね、先生も驚くよ。おっ、この壁、良く見たら一面にメインフレームコンピュータがあるじゃないか。凄い。少し型は古いが、学校の物とほぼ同一レベルの性能だぞ。内部はそれ以上かも。おっと、何だこれは?」


 先生が落ちていた分厚い本の様な物を拾い上げる。


 これだけ広く、整頓された部屋で一つだけ落ちていた本。


 まるで意図的に置かれていた様だ。


「ふむふむ。〈図で解説 誰でも分かる先進歩兵装置『ASS』の使い方〉か。なかなか面白いタイトルじゃないか」


 ASS? 確か、起動の時にASSという単語を聞いた気がする。


 ひょっとしてこの機兵の名前か?


「えーっと、あったあった。これだ」


 開いたページを見せてきた。


〈ASSの脱ぎ方

ASSは、敵地で脱ぎ押収される事を防ぐ為、単独では脱げない仕様になっています。脱ぐ時は、他の機体、または特別なシステムディスクを差し込んだコンピュタにより解除コードを読み取り、ロック解除を行ってください。

この際の接続には、ユニバーサルシリアルバスケーブルのバージョン五・一以上(図二・八三参照)を利用し、一番ポートから六番ポートのいずれかに差し込んで下さい

注一 七番ポート及び八番ポートには絶対に差し込まないでください(詳しくは『並列化』参照)

注二 初めて外す際は、システムのインストールが行われますので、処理が終了するまでは絶対に外さないでください。また、毎回開始時分割インストールに行われますが、極短時間で終了しますので気にする必要はありません。

インストールは一〇回で終了します。〉


システムのインストール?


さっぱり分からん。


「先生、これはどういう意味ですか?」


 説明書を眺める先生は首をかしげながら頭を掻いている。


 先生でも難しい内容か?


「システムのインストール……装置の設置か。多分これは各個体に合わせた最適化を行うんだと思うよ。恐らく現存する最適化方法とは全く違った制御方法を使っていると思われる。どちらにせよ外すにはこれをしなきゃならないみたいだから、さっさとやっちゃうか。先ずはケーブルケーブルと……」


 やはり先生も俺と同じタイプの人間なのだろうか?


 本を抱きかかえた先生は隅に放置された箱の中を探す。


 中には無数のケーブル。それを、本に書いてある図と照らし合わせながら探す。


「あったあった。初めて見るタイプのケーブルだ。よし、二人ともこっちきて」


「はい」


 先生が右肩にある突起を引っ張ると、装甲の一部が外れた。厚さ二センチ程の装甲の中に無数の端子差込口がある。


「えーっと、一番ポートでいいか」


 ケーブルで俺達を繋いだ途端、例の声が聞こえる。


〈解除コードを送受信しました。プログラムのインストールを行います。しばらくお待ちください〉


 刹那、目の前が真っ白になった。


 グラッ


 突如として失われるバランス。

地面がどこだかわからない。


 脳だけを洗濯機の中に押し込まれ、高速回転をかけられる。そんな感覚だ。


 次の瞬間、先程まで真っ白だった視界には、滅茶苦茶な映像が流れる。


 なんだこれは……気持ち悪い……


「二人とも、大丈夫か?」


 耳に届く先生の声。


 しかし、何の気力も沸かない。


《オメガシステムのインストールが終了しました。ロックを解除、システムをシャットダウンします。お疲れ様でした。ようこそ。

 Hello, world》


 単調な声と共に暗くなる視界。


 俺の意識は、そのまま暗闇へと消え去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る