1.4 対処

 四月一九日 日本時間一七〇三時 臨海校舎群




 走る事二分。


 体力には自信の無い俺であったが、機兵の補佐のおかげで殆ど疲れないまま俺は進んでいた。


 こちらの区画は旧軍時代の建物が殆どなため、古い建物が多いい。


 実技授業に多く使われる区域でもあるが、下校時刻を過ぎている所為か人影は殆どいなかった。


 時たまこちらを向く生徒の視線も、懐疑的なものではなく、ランニングする運動部を見ている様な目。


 たとえ、武装した機兵が走っていても疑問を抱かない所。それがこの学校だ。


 更に走ると今度は港が見えてくる。


 防衛学部の庭、鹿島港。


 太平洋に面したこの港は元々砂丘であった所を戦時中に掘り込んで作った港だ。


 昔は海軍鹿島警備府と陸軍鹿島飛行場が置かれていたが、今は共に学校の私有地となっている。


 向かいには鹿島臨海工業地帯。


 今日も煙を空高く放出し、空を霞ませている。


 時折発令される光化学スモッグ警報もこの所為らしい。


 十年程前に公害対策関連の法律が制定されてからだいぶマシになった様だが、それでも今は高度経済成長期の最中。


 環境云々公害云々以前に生産量の増加と効率の上昇を最優先目標とされている。


 いくつかの埠頭(バース)を超えると、海戦部潜水科の建物が見えた。


 放課後とあってか、人気のない校舎。そしてその向こうに見える潜水艦用埠頭(サブマリンバース)。


 学校が保有する二隻の訓練用潜水艦の内一隻は既に出航していたが、一隻残っていた。


 古い制式名称では伊号第一三型潜水艦。旧軍時代の潜水空母だ。


 建造当時こそは航空機を発艦させられる画期的な潜水艦あったが、それは大戦時の産物。


 今は最大射程五〇〇〇キロを超える潜水艦発射型弾道誘導弾(SLBM)を搭載したいわゆる核原潜に更新され、日本を含めたどの国にも、潜水空母は残っていない。


 よくよく見ると、突き出した埠頭の上に人影があった。


 茜からの静止命令。


 置いてあったコンテナの陰から様子をうかがう。


 十人程の人影。いずれも制服や作業着といった生徒の姿をした男達が、潜水艦の甲板で作業をしている生徒たちに何かを叫んでいた。


 タタタタッ


 突然響いた乾いた銃声。


 短機関銃(サブマシンガン)でも乱射したか?


 生徒達が慌てて艦を降りている。畜生、完全に制圧された状態だ。


「きゃぁっ!」


 今度は誰かの叫び声。


 恐らく女子生徒の物。


 驚いて叫び声を上げたか?


 いや、あれは……


 微かに、男達にとらわれている人影が見える。


 距離からして顔を識別する事は出来なかったが、人影の大きさからして小柄な生徒、恐らく女子生徒だろう。


 人質を取られたか?


 困った。これでは下手に近寄れない。


 再び騒音。


 今度はサイレンだ。


《お知らせします。こちらは、統合術科学校公安委員会です。ただ今、校内に武装勢力の侵入が確認されました。

 これは、訓練ではありません。

中央委員会はデフコン3を発令。総務委員会警務課、及び公安委員会の生徒は、直ちに委員会棟に集合してください。

繰り返します。こちらは、統合術科学校公安委員会です……》


 学校の委員会規約に即した命令の発令。


 潜水科の生徒が警報機を鳴らしたのだろう。


 だが、安心はしていられない。


 放送を聞いた男達は慌てた様子で潜水艦のハッチを潜る。


 先程の少女も同様。人質として連れ去る予定か?


「どうする? 今飛び込むか?」


《いいえ、下手に接触をしたら人質が射殺されるかもしれないわ。ここは一度様子見よ》


 茜はこういった訓練も受けているせいか、至って冷静だ。


「だけど、潜水艦は外部からの侵入が……」


 奴等が潜水艦に入ってから再びハッチから入る事は可能だ。しかし、そんな事をしたら奴等と鉢合わせになって即座に戦闘。最悪、人質となっている女子生徒まで被害が及ぶ可能性がある。


《分かっているわ。でも、不可能じゃないわ。


 確か、特殊戦科の友達が潜水艦から上陸訓練を行ったって……》


 潜水艦からの上陸訓練?


 となると、潜水艦下部に特殊部隊の放出口があってもおかしくはない。


「じゃぁ……掛けてみるか」


《うん》


 全員が乗り込み、ハッチが閉まった事を確認すると駆けだした。


 奴等は一〇人程しかいない。


 艦は動かせない事は無いが、見張りを出来る程人数は多くない筈だ。


 潜水艦の隣まで駆けつけると飛び込み体勢に入る。


 先に茜が飛び込んだ。


 一瞬、浸水が気になったが今は自分の体重とほぼ同等の質量を持つ機兵を着ているのだ。


 慣性の法則に従い、そう簡単に止まれる筈もなく埠頭から落下。


 息を吸い込んだ途端、全身に衝撃が走った。


 周囲が廃液混じりの黒い海の色へと変わる。


 浸水は……今の所ないな。


 だけど、息が……


《外部酸素量の低下を確認。内気循環モードに変更します。酸素濃度、目標二〇・五%、現在一九・八%》


 再びあの声。


 動作原理はよく分からないが、とりあえず酸素には困らない様だ。


 濁った海水の中を進む。


 潜水艦のすぐとなりで飛び込んだのだ。


 こっちの方角に……あったあった。


 赤く塗装された船体が姿を現す。


 吸音加工をされた特殊なコーティングの船体。


 嗚呼、これをじかに触れる事が出来たら……


 そんな事を思いつつも入口を探る。


 もっと簡単に見つかると思ったが、此処は工業地帯の隣接する湾内。


 水質汚濁の影響で視界は極めて短い。


 有効視界はせいぜい三メートルという所で、茜すら何処にいるか分からない程だ。


 えっとこっちは……


 鈍い動きながらも船体を駆けずりまわる。


 しかし、水の中に入ると恐ろしく動きが鈍くなる。


 ゲッター3みたいに水中モードとかないのだろうか?


 とはいえ本来機兵とは水に弱いものだ。


 塩分を含む海水に機兵が触れると即座に腐食を始め、更に電源に海水が触れれば短絡ショートを引き起こす。


 更に電源が短絡を起こした場合、電気分解が行われ塩素及び水素が放出され海面に気泡が現れる。また電源も事実上の短絡状態になる事により過電流が流れ……(以下略)


 大東亜教育出版〈分かりやすい機兵工学〉一九二頁、〈第四章 流体中における機兵の挙動と機体に与える影響〉が頭の中に浮かんでいる時、物音がした。


 低いエンジン音。これだけ低いという事はディーゼルエンジンだろうか?


 って事は……おお、伊一三の艦本式二二号ディーゼルエンジンだ! こんな音がするのか。


 感動するのと同時に、海流の変動を感じる。


 動き始めるスクリューの音。


 船体が前へ滑り出す。


 急がなければ。


 落ち着け、冷静に、放出口が搭載可能な場所を考えろ。


 まず、艦首は魚雷発射管がある。だからハッチの設置は不可能だ。


 そして、艦後部から艦尾にかけてはエンジンや蓄電池室があるから設置は不可能だ。


 ならば中央かその前よりだ。


 必死にもがきながら、ハッチを探す。


 あった。


 水の抵抗を考慮して、取っ手が溝のようにくぼんでいる。


 後はこれを開ければいいのだが、開けるのが大変だ。


 伊号第一三型潜水艦の吃水は五・九m、このハッチの直径が〇・七mと仮定すると、このハッチは水圧により約二二六九㎏もの力を受けている事になる。


 ハッチの形状からしてテコの原理が適応できるし、少しでも開けられれば内圧が上がるから楽になる。


 これに必要な力は……えっと……これは積分計算が必要になるな……あれ、でも円形だから簡単に計算出来るか?


 どちらにせよ感覚的に人間が持ち上げることができる重さではないとわかる。


 そんな事を考えていると、目の前に何かが現れた。


 茜だ。


 早く持ち上げろ言っている。


 当然か。さすがに積分計算やっていたら結構時間がかかる。


 ハンドルを回し、ロックを解除すると、茜と一緒に持ち上げる。


 くっ……


 ありったけの力をかけるが、びくともしない。


 今何キロで引っ張っているんだ?


 そういやぁ、機兵が『増幅率、三デシベル』と言っていたな。あれがゲインだとすれば、二倍か。二人だとすれば大体二〇〇㎏くらいかもな。


「ゲイン一〇デシベルとかにならないかな……」


《ゲインを変更しますか?》


 急にあの声がまた聞こえた。


「えっ……あっ、はい」


《ゲイン変更、一〇デシベルに設定します》


 えっ、変わった?


 もう一度全力で力を加えてみる。


 ボコッ


 開いた。


 やべぇよやべぇよ……一〇デシベルなんて、一〇倍だぞ。何て増幅率を持っているんだよ……


 一般的な機兵のデシベル数はマイナスになる。つまり、機兵の出す力が人間の力より弱いという事だ。二・五世代型の六三式三五型でマイナス〇・一デシベル。つまり人間の出す力の役〇・七九倍。従って人間と合わせたトータルの出力は一・七九倍となる。


 トルク重視の四六型であっても二デシベル、一・五八倍だ


 ズゴォォ――っと内部に入る海水。


 これ、ちゃんと気密室あるよな。なかったら大変だぞ。


 ある程度流入したところで流れは止まる。


 大丈夫だ。この先に一つ区画がある。当然だろう。


 ゆっくりと内部に入った。


 潜水艦のハッチだからやっぱ狭い。


 何とか入ると、そこは四人が入れるほどの気密室だった。


 海水は下四割程度のスペースまで入っている。というより、上六割程度まで空気が圧縮されたという表現が正しいだろう。


 まだこの程度の水圧だ。


 下部ハッチを閉めた後、ゆっくり上部ハッチを開けた。





 幸い訓練艦とあってか、艦のあちらこちらに案内図があると言う事もあり、俺達はすんなりと艦内を進む。


 本来なら奴等と鉢合わせになってもおかしくないだろうが、今は機関室と発令所に人員を集中させている様だ。


 当然か。たったの十数人で船を動かそうとしたらそうなる事は容易に想像がつく。


 たどり着いた発令所には五人程の人員。そして少女が一人いた。


 こちらからは背中しか見えないが、ロープで両手を塞がれているのは見える。


 そんな少女はリーダー格と思われる男に拳銃を突きつけられていた。


 あれは……スチェッキンAPS拳銃か?


 ソ連製拳銃としては有名な拳銃であるが、本物を見るのは初めてだ。


 今度自作する時の参考にさせてもらおう。


「両舷前進強速赤黒なし。

ベント開け。下げ舵一〇、深度一五」


 床が傾く。


 潜航を始めたか。


 発令所にいる生徒は学校の制服だの、作業着だのを着ているが、よくよく見ると顔が生徒にしては少し老け顔だ。年齢は二〇代前半か? ひょろっとした体つきではあるが、制服の上からでも筋肉が浮かび上がって見える。


 若い工作員を送り込んだ様だ。


「我々はこのまま外洋に出る。」


「了解であります。同志」


 よかった。


 胸をなでおろす。


 とりあえず、機会をうかがおう。


「早く投降した方がいいよ。軽くて無期懲役だよ」


 突然、少女の声が伝播した。


 中学生……いや、もっと若く聞こえる声。


 しかし、その言葉を発する少女は明らかに本校の第一種学装ルビを入力…を着ている。


「そんな事は承知の上さ。我々は祖国の為にならどんな事でも出来る。勿論君を殺す事もね」


 拳銃で小突く。


「あなたたちの祖国は日本でしょ?」


「日本? そんな国は捨てた。我々の祖国は偉大なるソヴィエトだ。こんな金持ちの支配する腐れきった資本主義国家に興味はない」


「祖国を捨てるのね、ふんっ、もぉ勝手にしなさい。共産党に使い捨てにされる事くらい分かるもん」


 ガッ


 拳銃で殴られる。


「口が過ぎるぞ。君も大人しくしといた方がいい。君は祖国まで我々と行動を共にするのだからな」


「おにいちゃんたちバカだよ。なみはこの学校の生徒だよ。殺される事も承知の内なのっ。こんな生徒一人、海軍がためらう……」


「それはあり得ないさ。千歳波音艦長?」


 艦長?


「乗員名簿見たの?」


「勿論。君は本年度、この訓練艦の艦長となっている。つまり、君は今年度第二学年の主席だ。この学校を卒業すれば攻撃型原潜ないし戦略原潜の艦長となる存在だ」


「そんなのウソ。たしかになみちゃんはこの艦の艦長だけど、将来の原潜の艦長が誰なのか何て誰も知らないもん」


「好きに解釈していろ。いいさ、もう我々の勝ちが決まったも同然だ。今回我々には今回三つの物をこの学校から持って来る様に命令を受けた。

 一つはこの学校に存在する新型機兵の確保。そしてこの学校に支局を置くとされる組織の情報の確保。最後に君、千歳波音の確保。二つはもうここにある。そして、機兵も……多分いるんじゃないか?」


 上を眺める。


 だが、焦点は天井に合っていない。遠くを見ている様だ。


 まさか、俺の存在に? いや……分からないと思うが……


「右舷後方、艦接近。距離二〇〇〇、数二。学校所属のミサイル艇です」


 もう公安委員会が動いたか。早いな。


「構わん。ミサイル艇ではこの艦に有効なダメ―ジは与えられない。そもそも、この学校の公安委員会程度では殺害命令は下りない。上からの攻撃許可が下りる頃には湾の外だ」


 委員会規約は熟知しているか。


「それより教えてくれないか? 何故君が、偉大なるソヴィエト連邦が欲しがる程の人物なのか? こんな、中学生だか小学生だか見えない幼女が、世界的に見ても最高峰の錬度を誇る軍事教練学校の潜水科で主席なのか?」


「そんなの知らないもん。なみちゃんは頑張っているだけだもん。それに、なみちゃんは高校生なのっ!」


「――たしかに、主席を取るだけでは事に足りぬ。実際、記憶力さえあれば馬鹿でも主席はとれる。しかし、君は違う。何故党の興味を引いた? そして、何故護衛を受ける? 君の身辺警護は極めて厳重だ。我々も潜水艦に乗り込む一瞬を待つ他無かった。それは何故だ? 聞きたい。是非聞きたい」


 半ば興奮気味の声色だ。よっぽど興味があるらしい。


「ばーか。なみは只の生徒なのです。そんな事知らないもん。でも……」


 その時、叫び声が響いた。


「左舷前方二〇〇に着水音数二。恐らく爆雷です。対潜哨戒機が飛行している模様。最接近までおよそ三十秒」


「面舵一杯、下げ舵二〇。急速潜航! 震度五〇 海底への接触に注意せよ」


 鳴り響く号令。傾く船体。


 艦が前へと傾く。


 水圧の上昇に伴い、泣き始める船体。


 圧潰する事はないだろうが、やはり古い潜水艦だけの事はある。


「最接近まであと一〇秒!」


「総員衝撃に備えよ!」


 にしてもどうするか? この機会に何か……


(突入用意)


 茜からの手信号。


 今やるのか?


「最接近まであと五秒! 四、三、二……今!」


 刹那、重力が消えた。


 艦全体が巨大なハンマーでたたかれたかの様な衝撃に包まれる。


(今!)


 傾いた艦内で二人同時に駆け出すと、茜が真っ先に男に飛び掛かった。


「誰っ……」


 ギッ!


 鈍い音とともに、男は発令所の奥へと吹き飛ぶ。


 未だつけて一〇分ほどしかつけていない機兵だ。茜も加減を知らなかったらしい。


「くっそ! 腕が! 腕がっ!」


 背後から聞こえる絶叫。


 しかし、それ以外の声は聞こえない。


 どうやら何が起きたすらまともに把握できていないようだ。


 艦内を進むと士官用寝室の一つに転がり入む。


 即座に茜が入口を封鎖。


 茜がロックを掛けると、少女を三段ベッドの一番下に寝かせた。


「けふっけふっ……うう……あーもー苦しかった」


 幼い声で咳をした少女は、どう見ても小学生、頑張っても中学生の様であった。


 先ほどから声や後姿は見ていたのである程度予想はついていたが、正視するのは始めてだ。


 指揮刀の帯刀が許可されている事からして二年生以上(容姿からすると二年も考え難いが)。さらっとした銀髪の髪の合間から姿を現す、くりくりとした目が特徴な顔は、まるでCNCで成形したかの様に整っており、可愛いという言葉だけでは定義し足りない。


 肌は透き通るような白さをしており、俺が今まで扱って来た材料では再現できないほど滑らかで、そして柔らかい肌をしていた。


 この白さ……北欧系の血が混じっているのだろうか?


「ああ、ゴメン、大丈夫?」


 腕と脚の一部が赤くなっている。


 すこし強く抱えてしまった様だ。


「もぉ、レディーには優しくするのが常識よっ!」


 うわっ、いきなりなんだ?


「いやっ、ごめん。この機兵を装着してから未だ一時間も経っていないから、加減が分からなくて……こんなに軽いとは思わなかった」


「なら許すのです」


 顔の強張りを緩める。


 ふぅ、とりあえずは一安心だな。


「私、潜水科二年の千歳波音。波音って呼んで、宜しくねっ!」


 おお、自己紹介か。なんか手順が逆転している気がするが、良いか。


「えっ、ああ、よろしく。俺は藤本純太郎。みんな名前で呼んでいる。んで、扉で警戒しているのが矢倉茜。二人とも二年生だ」


 流れに乗って自己紹介を行うが、そもそも俺と茜は分厚い装甲をまとっている。顔も見えなければ男か女かもわからない。


 ふと、再び衝撃。


 艦が大きく揺れるが、先ほどよりは小さい。


 人質がいるとわかっているならなおさら直ぐに撃沈はしないはずだ。


「茜、どうするか? このままいるわけにはいかないぞ」


「分かっている。純太郎、どうする?」


 茜は先ほどから入口を警戒している。


 追っ手がすぐこちらに来る気配はないが、いつまでもここにいたら直ぐに外洋に出てしまう。


 腐っても潜水艦。駆逐艦に細くされていない状態で外洋にさえ出ればそう簡単に補足はされない。


 万一ソ連と連絡を取っているならば接続水域外に出てソ連艦の下に隠れれば日本は手出しできない。


「とりあえず、こっちも銃と機兵があるから、それで交渉材料としてすればいいんじゃないかな?」


 交渉材料というよりは脅迫に近いが……


「そうよね。交渉に応じなくても最悪足なり腕なり撃って無力化すれば……」


「撃っちゃダメっ!」


 突然叫ぶ波音さん。びっくりした。


「でも、相手は武装した……」


「そうじゃないの。この伊一三潜水艦の定員は一〇八人。三交替制の時の稼働人員は三六人。飛行科、水雷科、補給科、救護科人員を除いても最低一三人はいないとこの艦は動かせないのっ」


 奴等も十人少し。


 つまり、現在動かすのに最低の人員しかいないのか。


「大丈夫よ。此処に三人いる。さっき一人怪我させちゃったけど、二人までなら何とか出来る」


 ほほぉ……流石機兵科。血の気が盛んですなぁ。


 しかし、此処は穏やかに行きたい所。


「分かった。じゃぁ、俺が交渉に行く」


「えっ、そんな。純太郎、だったら私が……」


「いやさ、伊一三なんて潜水科以外の人間は滅多に入る事が出来ないだろ? だからさついでに内部構造見たくて」


 茜は地下の戦闘といい、先ほどの波音さん救護といい、考える前に行動するタイプの人間だ。正義感が強い事は良い事だが、交渉の場で先に手が出ては困る。


「まったく、しょうがないわね」


 ふぅ、これで良い。


 小銃を構えながら部屋を出ると、艦内をゆっくりと進む。


 人一人がようやく通れる程の狭い艦内だ。


 機兵を着ているせいか、たまに肩を壁やパイプに当てながら進む。


 発令所まで二〇メートル程という地点までたどり着くと、目の前に人影が現れた。


「同志! 先程の機兵を発見しました。単独です」


 うわっ、ソ連製の自動小銃AKMSを構えているよあの人。ずいぶんと色々な武器持ち込んでいるものだ。


「あのっ、そのっ、俺、交渉に来ました……」


 とりあえず声をかけてみる。


「同志、如何なさいますか?」


 すると、もう一人男が出てくる。


 左腕に包帯を巻いた男。


 先程波音さんを拘束していた男だ。


「おい貴様! 交渉したいと言うのなら銃を下せ! ヘルメットも外すのが礼儀だろう」


「はっはい!」


 確かにそうだな。


 銃を床に置くと、ヘルメットに手を掛ける。


 ガッガッ


 あれっ? 抜けない?


 すると例の女声が聞こえる。


《セキュリティーロック中です。解除コードを入力してください》


 えっ、外せないの⁉


「どうした! 早く外さんか!」


「いやっ、そのっ、何かロックがかかっちゃっているみたいで、外せません」


「なにぃっ⁉ ふざけるな、貴様は我々を侮辱する気か!」


「いやっ、そのつもりじゃぁ……」


《セキュリティーロック中です。解除コードを入力してください》


「早くヘルメットを取れ!」


《セキュリティーロック中です。解除コードを入力してください》


「さもないと……」


《セキュリティーロック中です。解除コードを入力してください》


《セキュリティーロック中です。解除コードを入力してください》


「いや……ちょっと取れないです。ロックがかかっていて……」


「ほう、ならばそれは我々との交渉はしないと取っていいのだな」


 さすがに話してわかる内容じゃないよな。


「撃て!」


 待つ暇も無く出される射撃命令。


 激しい銃声と共に銃口が火を吹く。


 うわっ、この距離で強力なライフル弾30口径を食らったら流石の装甲も……


 カンカンッ


 その時、乾いた音が響いた。


 腹部辺りに微かに感じる振動。


 食らったか?


「……」


 腹は……と、言うより装甲は無傷だった。


 かすり傷一つない。


 おお、流石最新型だな。


「くっそ、従来の機兵より装甲が強化されているか。手榴弾を持ってこい!」


 いやっ、どうしよう? 銃を使うか? だけど、俺は射撃の技能なんて機工兵科で並み。機兵科と比べれば下のレベルだ。


 下手をすれば急所を撃ってしまうかも……


「待ってください、潜水艦の中で手榴弾が爆発すると、各部に損傷が発生します。逃げ場のない衝撃波によってこの区画はもとより、近隣の区画にも被害が……」


「知るか!」


 叫び声と共に目の前から黒い物体が投げられる。

手榴弾F1だ。


 終わった……


 一般的な手榴弾とされる破片手榴弾フラググレネードは、内部に仕込んだ爆薬で外装を破片として吹き飛ばすために作られたものだ。よって、至近距離では爆薬の爆風と破片の両方が襲い掛かる。


 そしてこの破片、距離にもよるがなかなかの威力がある代物であり、一つ一つが銃弾に近似した威力を持っている。


 しかも密閉空間では……


 次の瞬間、高いところから水面に飛び込んだかの様な衝撃が全身に走った。


 一瞬で視界が真っ白、装甲で減衰した衝撃波が鼓膜をひっぱたく。


 そもそも、機兵の装甲とは遠距離で敵の流れ弾を防いだり、少し離れた所に落ちた砲弾破片から身を守るための物だ。


 当然、極めて強力な手榴弾の直撃何て……何て……


 あれっ?


 体には違和感がない。


 硝煙が過ぎ去った後の体は、やや煤が付いた程度だった。


 不完全発火でもおこしたか?


 途端、辺りから水が噴き出す。


 手榴弾の破片がどこかのパイプを傷つけてしまったらしい。


 潜水艦の強固なパイプを砕いたのだから、やはりあの手榴弾は本来の力を発揮したらしい。


「くっそ、耳がいてぇ」


「やったか?」


 物陰に隠れていた奴等がこちらに顔を出した。


 こちらを向く視線。

途端、顔が真っ青になる。


「ばっ馬鹿な。手榴弾が効かないだと⁉」


 人が恐怖に怯える姿とはこういう物なのか。


 朝、レポートを寮に忘れてきてしまった龍次の顔の様にクシャクシャになっている。


 パァンッ


 再び銃声。


「いたっ」


 再び発砲した様だ。


 ライフル弾が眉間辺りに直撃したが、軽い衝撃で済む程度だ。


 確実に茜のデコピンより痛くない。


「うわわわわ……こっち来るな!」


 男達は顔面蒼白する。


 自動小銃を構えた男は銃を乱射するが、反動の強い銃だ。


 あんな撃ち方では当たらないし、当たった所で先ほどと同様に弾け飛ぶ。


 終いには弾切れの様で、むなしい金属音が艦内に響く。


 どうしよう?


 これって勝ったって事でいいのかな?


 とりあえず歩み取ると、震えた腕から小銃を奪い取る。


「あの……こんな状況で、真に申しにくい事なのですが……そのぉ、降伏をしていただけませんか?」


 ガタンッ


 銃の落ちる音がした。



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