1.3 検知

四月一九日 一六三七時 第一実験棟裏



 帰るといっても、俺には真っ直ぐ寮に帰る気などさらさら無い。


 向かったのは第一実験棟の裏にある廃棄物置場。


 ここはその名の通りコンテナに廃棄物が捨てられている。


 廃棄物といっても、生ごみとか可燃ごみではなく、ここは俗に産業廃棄物と呼ばれる使えなくなった工具や機械類だ。


 三つほど並べられたコンテナにそれが詰まっている。


 うしっ、やるか。


 取り掛かった作業は俗に宝さがしと呼ばれる作業。


 この中から、使えそうなものを探し出すのだ。


 何も知らない文系の奴らはこれをゴミ漁りというが、これは政立高校という金を湯水の如く使える学校が出す廃棄物だ。


 十分に使えるものがたくさんある。


 学ランを脱ぎ、鞄を置くとコンテナの上に飛び乗る。


 眼下には粗大ごみや金物の山。


「ちょっと、気を付けてよ!」


「大丈夫だって」


 とりあえず、手前にあったブラウン管モニターを持ち上げてみる。結構重い。


「おお、あったあった」


 目に飛び込んだのは長方形の板。


 いわゆるワンボードマイコンと呼ばれるコンピュータの一種だ。


 A4サイズほどの大きさの板に無数のマイコンと入力ボタン、そして数値だけを表示する事が出来る七セグメントディスプレイ(八の字に光源が配置された電光掲示板のようなもの)が八つある。


 今はどっかの会社が個人向けコンピュータと名を謳ったいわゆるパーソナルコンピュータ(売価は一五〇万円前後)が出始めているが、未だにこういったものは使われている。


 ちなみに機兵の制御プログラムの入力もこれで行うし、逆に機兵の情報もこれで受け取る。


 しかし捨てられているという事は……


 目を凝らしてボードを見る。


 マイコン部分に目立った損傷は見られない。


 焦げてもいないから使えなくはないだろうが……


 あっ。


 数値を表示する七セグメントディスプレイが二つほど割れていた。


 多分このせいで捨てたのだろう。


 修理すればいいものを……と思うが、このワンボードマイコンも初期の型だからこの機会にと捨ててしまったのだろう。


 そういえば、いつだか拾った七セグが部屋に転がっていた気がする。


 大きさは似ているが取り換えれば使えるかな?


「純太郎! 何かあったの?」


 コンテナの下で待っている茜から声が掛かる。


「ああ、結構いいやつ。八ビットパラレルポート搭載のマイコンボード」


 戦利品を高々と持ち上げる。


「なにそれ、ゴミじゃん」


「ゴミじゃないよ、ちょっと古いけど、山下電気産業の結構いいやつだぞ」


「でも、動かないんでしょ?」


「修理すれば動く……と思う……」


「たっく、帰るわよ」


「はーい」


 コンテナから飛び降りると鞄の中に戦利品をしまう。


「よし行くか」


 その場を立ち去ろうとした時、誰かの声がした。


 反射的にコンテナの影に身を隠す。


 まったく、軍事教練を受けているとこういう変な癖がつくからたまったものではない。


 誰か来たのかな?


 世間的に見れば、こうやってゴミ捨て場を漁る人は少ないだろうが、この学校はそういった人たちを凝縮した学校だ。


 特に俺みたいな理工学部の奴らはこぞって此処に来る。


 今日は理工学の殆どの学科が実地訓練だから来ないかと思っていたが……


 いや待てよ、先生か?


 今まで宝さがしはグレーといわれていたが、ついに黒になったとかか?


 コンテナの影からひょっこり顔を出すと、ざっと一〇メートルほど離れたところに男子生徒がいた。三人ほど。


 一瞬、実験が終わった理工学部の生徒と思ったが、襟を見た途端にその仮定は覆された。


 襟につけられた青いバッチ。


 それは政治経済学部の生徒である事を示すものだ。


 政経学部が……何でこんなところに?


 政経学部関連の校舎は一番近くてここから三区画ほど離れたところにある。故にちょっと寄道するにしては遠すぎるし、寮に帰るにしても同じだ。


 その三人は裏口から第一実験棟へと入っていく。


 別に、校則で禁止されている訳でも、暗黙のルールとかでタブーになっている訳でもないが、滅多にない事だ。


 迷っているのか?


 これだけ大きな学校、新入生なら迷ってもおかしくはないが……


 いや、待てよ。第一実験棟の地下には幽霊が出るという噂を聞いた事がある。


 もしかしてその肝試しかな?


「ちょっと声をかけてくる」


 そういって影から出ようとした時、茜に袖をつかまれた。


「待って」


 茜の目つきがいつもと違う。


 何と言うのか……鋭い目つきだ。


「どうして?」


「だって、見た? 今の三人。足並み揃っていた」


 足並みがそろっている……という事は集団行動や行進の訓練を受けている証拠だ。


「その程度の職業病、この学校だと当たり前だろ」


 日々軍事教練を受けている生徒が友人と町に出たとき、足並みをそろえてしまうというのはよくある事だ。


 俺だって無意識に電柱につけられている柱状変圧器の定格を確認したくなる。


「だって、政経よ。防衛学部なら当然だけど、おかしいわよ」


 確かに言われてみればそうかもしれない。


「いやっ、でも見間違いとか……」


 正直、歩き方がどうであったかは記憶にない。


 三人とも黒い工具箱みたいな鞄を持っていた事は覚えているが……


「純太郎、追うわよ。切り替えて」


 この際の『切り替えて』は茜の目つき、声色からして戦闘態勢に入れという事だろう。


「おっおう……」


 スタスタとコンテナの影から出ていく茜に、俺はついて行った。


 先に向かった茜は小走りで実験棟の外壁に張り付くと、ゆっくりと扉を開ける。


(クリア)


 ハンドサインを出す。


 ああ……何でハンドサインわかっちゃうんだろう……


 常人ならわからないはずなのに。


 そう、駆け寄りながら心の中でつぶやく。


 もしも、こういったつぶやきを匿名で拡散できる場所があったら俺は間違いなくしていただろう。


 当然の事ながら、そんな便利なもの昭和四九年一九七四年の今にあるはず無いのだが。


 実験棟内に侵入すると茜は迷う事なく階段に向かい、下へと進んだ。


 それが直感なのかそれとも足音が伝播したのかはわからないが、この動きからして何かしらの自信はあるらしい。


 俺もそれにつづく。


 この第一実験棟は、この学校ができる前……すなわち、旧軍時代から存在するものだ。


 この中で最初の施設が建てられたのが確か昭和一七年一九四二年だから、今から三〇年以上前の戦時中からあるものだ。


 地上三階地下一階の実験棟。


 旧軍時代では兵器開発を行っていたとか聞いたが、今はそんな面影は地上部分には残っていない。


 しかし、改装されていない地下部分は違った。


「うわっ、カビ臭いな」


 地下に降りた途端鼻を襲った異臭。


 ここは海に近いため地下水も豊富。


 どこからか水が漏れだしているのだろう。


 これは幽霊が出るという噂があってもおかしくない。


「しっ! 声がデカい。聞こえちゃうでしょ」


「すまんすまん」


 軽く頭を下げると、茜の様子をうかがった。


 白熱電球に照らされた薄暗い廊下。


 電球こそは取り換えるのでそれなりに新しかったが、それでも暗いのには変わらない。


 えっと、どっちに進めば良いんだ?


 辺りを観察すると、案内板を発見する。


 目の前の案内板には


〈←學術資料庫〉〈火器保管庫→〉


 の文字。


 火器保管庫は移転されて別のところになっているが、おそらく學術資料庫はそのままだろう。


 しかし、何か用があるとしたらやはり火器保管庫か?


 いや、もしかしたら学術資料かも……


「こっちよ」


 茜が選んだのは學術資料庫だった。


「どうして分かったんだ?」


「たまには足元も見ろって事よ」


 下を指差す。


 よくよく目を凝らすと埃に足跡がついていた。


 ちょうど三人分。


 ここは滅多に人が立ち入らない場所なのでこういった足跡は目立ちやすい。


 目を凝らしながら足跡をたどると、部屋の前までたどり着いた。


〈弟参學術資料庫(機兵工學関連)〉


 ほうほう、こんな所に機兵工学の資料庫が。


 旧字体で書かれるとこれまた違った印象がするな。


「ちょっと使えそうなもの探してくるわ」


 茜が何か言い残すと廊下の向こうへと去る。


 しかし俺の耳には届かなかった。


 ――にしても、古い機兵工学の書物か。三〇年前の資料がここにあるという事になる。


 となるとここにある資料は第一世代型の機兵かそれとも噂に聞く第零世代型か……


 世界で初めて機兵が投入されたのは一九五〇年から始まった満ソ戦争だと教わっている。


 その中で世界初の機兵部隊である陸上自衛軍の第一機械化機兵連隊が、ソヴィエト地上軍の一個自動化歩兵師団相手にハルビン防衛戦を繰り広げそれに勝利した。それが知らされている事実だ。


 だが、噂によればそれよりもっと前、第二次世界大戦で出現していただとか……


 勿論噂であり、証拠など存在しない。そもそも満ソ戦争の時に出た機兵だって碌な装甲板を付けていない、重火器を持つだけに造られた脆弱な物なのだから、仮に第零世代型が存在したとてそれ以下であるという事は確実だ。


 何か金目的で侵入したのだろうが、どうせなら理工学部の資料倉庫に忍び込めばいいものを。


 あそこなら金になる資料はごまんとある。


 これが二十年前ならわかるが、今の時代第一世代型なんて……


「純太郎」


「わっ……」


 背後からの突然の呼びかけに思わず声を出しそうになるが、口を封じられる。


 この気化した発汗物質の芳香……


「こらっ、大声出したらばれちゃうでしょ?」


 茜だった。いつの間に後ろに? というより、今までどこに?


「あれっ、いつの間にいなくなっていたんだ?」


「さっき言ったじゃない。それよりほらっ、これ」


 そういう茜は何やら金属製の物体を取り出した。


 フィラメントの光を反射する黒鋼の物体……


「拳銃……しかも旧軍時代の九四式拳銃! こんなのどこで?」


「さっきの火器保管庫。その中に残っていたわ。ほとんど持って行かれちゃったけど、手つかづの棚にそれとこれがあったわ」


 そういってもう一丁拳銃が出される。


「これってモーゼル拳銃?」


 大型の自動拳銃。


 箒の柄の様なグリップがついた、古い自動拳銃……


「口径が七.六三mm仕様で漢陽の刻印を無理やり消しているって事は……モ式大型拳銃か。大戦時に中国で大量鹵獲したモーゼルC96だ。厳密にはモーゼルのコピーで漢陽製C96と言われていて、でも口径が七.六三mmだから……」


「はいはい、モーゼルなのね、はいこれ」


 弾丸の入った弾倉三つを俺に渡す。


 にしても、旧倉庫内に拳銃が残っているとかこれ大問題だろ。


 当然、銃自体使う。


 必要最低限だが授業で使い方は習ってきた。


 しかし、こう正規ではないルートから入手した拳銃を使うとなるとなかなか気が進まない。


 自作ならするけど。


「じゃぁ、行くわよ」


 扉の横で突入態勢に入る茜。


「本当に行くのか? 万一間違いとか……」


「大丈夫。言い逃れできない証拠は確実にあるから。鍵穴をみてみなさい。痕が残っ

ているから」


「えっ……」


 鍵穴をよく見ると、確かにひっかき傷のような跡がついている。


「ピッキングの痕。あの生徒たちは確実に一つ校則を犯しているわ」


 なるほど。


 いや待てよ、だとしたら火器保管庫にだって鍵はついている筈。


「茜。もしかして、お前も……」


「……」


 黙り込んだままの茜は懐から懐中時計を取り出す。


「奴らが下りてから五分も経っちゃったわ。いくわよ」


 ドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。


 内部は真っ暗……いや、奥に光が見える。


 動く光。


 いや、あれは懐中電灯の光か?


 先に茜が、後から俺が入ると、静かに扉を閉める。


 何か話し声が聞こえるが、此処からではよく聞こえない。


(ついてきて)


 輪郭がやっと見える程度の暗闇の中、茜がハンドサインを送ると俺はそれについていった。




「おい、いつになったら開くんだ」


「いや、そういわれましても……」


「もう五分以上経っているぞ」


「ですから鍵穴が」


 光源を頼りに近づき、本棚の影に身を隠すと様子をうかがう。


 生徒服を着た男三人は扉の前に立っていた。


 扉と言っても、その回りの様子がおかしい。


 本棚が動いている……


 おそらく、隠し扉というやつだろう。


 前にも言ったが、ここは旧軍時代の建物だ。


 なのでこういうものがあってもおかしくはないが……驚きである。


 何だあれ?


 旧軍時代の秘密資料庫か?


 いや、もしかして研究施設?


 だが特殊兵器関連は今も昔も登戸研究所の筈。


 とはいえ軍のする事だ。秘密の研究施設があったておかしくない。


 なんだろう……わくわくする。


「くっそ、爆破するか?」


「それはまずいですって。流石に爆破したら音が聞こえます。第一、我々の持っている爆薬でこの扉を爆破出来るかどうか……」


「お前はどう考える?」


「ドリルでくり抜くのが妥当かと。ただし、時間がかかりますが。我々は電動ドリルを持っていませんので手動で貫通させる事になります」


 少なくとも迷い込んだ様ではないな。


 扉の前で試行錯誤している三人の男。


 よっぽど重要な扉なのか?


 三十年前の技術で作られたのにもかかわらず開かないという事はそれだけ頑丈に作られているのだろう。


 三〇年前とバカにしているが、三〇年前でも大和を作ったり原爆を作ったりしていたから侮れたものではない。


「茜……どうするんだ? 委員会に言った方がいいんじゃないか?」


 問いかけてみるが、応答が無い。


 何か考えこんでいる。


「――純太郎。向こうから回り込んで。合図するまで絶対に出ないで」


「いやっ、ちょっと待てよ。いくらなんでも多勢に無勢だ。


 第一俺は戦闘訓練何て碌に……」


 しかし、それを無視して拳銃を構えた茜は、本棚の影から身を出した。


 カチッ


 構えられる拳銃。同時に云い放つ。


「手をあげなさい!」


 その瞬間、懐中電灯の光源が茜を向いた。


「全ての物を床に置いて、手をあげなさい!」


 茫然とする男三人。


 突然の出来事に処理しきれていないのか?


 しかし、リーダー格と思しき人物が肉声を発した。


「ああわかった、そうしよう」


 流石に武装した相手には手が出ないか。


 反対側に回りこんだ俺はゆっくりとその様子を眺める。


 おかれる工具や懐中電灯。


 三人とも両手を上げる。


「懐中電灯をこちらによこしなさい。蹴って」


 カッ


 蹴られる懐中電灯。


 断片的に部屋を照らしながら進む懐中電灯は転がる。


 その時……


 パァーン!


 突発音。銃声だ。


 刹那、明かりが消え去る。


 突発音の音源は茜じゃない。


 男たちだった。隠し持っていたか?


 次の瞬間、三つの明かりが茜を向く。


「形勢逆転だな」


 三人の男が持つ懐中電灯と拳銃。


 それらが茜を向いていた。


 マズイな……これだけ暗い室内だ。光源を持つ者が主導権を握る。


 おそらく、茜側からは逆光で男たちの姿が見えていないはずだ。


 どうするか……俺は自衛戦闘以外の訓練は受けていないぞ。


 だけど、このまま傍観し続ける訳にもいかない事は百も承知だ。


「拳銃を置け」


 今度は茜が銃を置く。


 そして、ゆっくりと手を挙げた。


 どうする? ここで飛び出すか?


 しかし、相手は訓練された人間だろう。


 下手に出たら俺は元より茜にだって被害が及ぶ。


 にしても、あの銃はトカレフTT―33。ソ連製の拳銃という事は、あいつらはソ連関連の人間か?


 ただ、トカレフ自体は東側諸国に蔓延しているからソ連と確定はできない。暴力団だってトカレフやその系統の54式拳銃を使っている。


 三人の男たちはゆっくりと茜に近づくと、床に置いた拳銃を手に取る。


「ほうほう、モーゼルか。都合がいい。弾薬の補填が効く」


 銃から弾丸を抜き取った男は、銃をその場に投げ捨てる。


「あなたたちは何者なの?」


「それはいい質問だが、答えられない。当然だろ」


 と男は述べると、近くに落ちていた茜の鞄を漁る。身分証でも探しているのだろうか?


 にしてもどうするか……


 想定外の状況に困惑する。


 俺が背後に回り込めている点からして一流の工作員ではないだろうが、それでも相手は訓練されているだろう。


 後ろを取れているので、もしも俺が茜程の腕を持っていたらここから三人を撃つ事は出来ただろう。


 しかし、所詮俺は機工兵だ。


 銃を握っている時間より工具握っている時間の方が長い。


 とりあえず距離を詰めよう。


 そう考えると、静かに先ほどの扉の前まで移動した。


 床には工具が散乱している。


 おいおい、もっと工具を大切に扱えよ……


 もう一度様子をうかがうと、男たちは茜の身分証を漁っていた。


「矢倉茜……陸戦科二年。ほう、機兵を履修しているか」


 大丈夫、まだ時間は稼げる。


 しかし、どうするか。


 三人までの距離は五メートルほど。


 拳銃でも十分に撃てる範囲内ではあるが、確実に仕留めなければ反撃の可能性がある。


 そもそも、人に向けて銃を向けた事のない俺だ。


 いくらある程度の軍事教練を受けているとはいえ、この状況下で確実に仕留めるには……


 どうするか……


 頭を抱えながら(もちろん比喩的な意味で)扉を眺める。


 木製の扉。


 しかし、削られたところからは金属光沢が出ている。


 内部は金属製の扉か?


 そして、その隣につけられた黒い箱。


 埃をかぶっている。


 埃を払おうと擦ると、金属でも木でもない間隔が指先に伝わった。


 何だこれ?


 一部はガラスの様であるが、全体はプラスチック樹脂の様な肌触り。


 しかし、此処は旧軍時代の建物だ。


 そんなものある訳がない。


 よくある戦場伝説では、大戦中に樹脂製の銃があったなど聞くが、それは所詮戦場伝説に過ぎない。


 更に横には何かの突起がついている。


 丁度、顕微鏡の様な突起だ。


 しかし、これは一体……


 興味本位で覗いてみるが、中は真っ暗。


 やっぱなんでもないか。


《虹彩認証完了。指紋認証を行います。検知部に、人差し指を置いてください》


 突如、女性の声がした。


 同時に光る黒い箱。


 突然の事に思わず飛び上がった。


 何だ? 今の声?


 どこかに人が……


「誰だ!」


 声を聴いた男たちがこちらを振り向く。


 こちらを向く光源。


 しまった。


 咄嗟に銃を構えると、引き金を引いた。


 パァーンッ!


 室内に木霊する銃声。


 同時に、三つある光源の一つが床に転がる。


「ぐっっ!」


 呻き声。


 嘘、当たった?


 その時、鈍い音が二つ連続して伝播した。


 床に転がる光源。


 隙をついた茜が蹴りを入れたらしい。


 茜は転がった懐中電灯と拳銃を手に取ると、足を撃たれた男の首根っこを掴み、それを盾にする。


 残りの二人が拳銃を構えた頃には、数歩下がっていた。


「茜、こっちだ。早く!」


 睨みあう俺達。


 奴らも、流石に仲間を盾にされては撃てないか?


 するとリーダー格の男が叫ぶ。


「さらばだ同志。人民に栄光を!」


 響き渡る銃声。


 仲間を撃っただと!


 同時に、もう一人の男も銃弾を放つ。


 盾の男は、叫ぶ間も無く動きを失う。


 無意味だと悟ったのか、茜は数発銃弾を放つとこちらへ転がり込んだ。


 飛んでくる弾丸。


 しかし、当たらない。


 そもそも拳銃弾なんてそう当たるものではない。


「純太郎、早く開けて!」


「開けるって何を?」


「扉をよ!」


 叫びながら応戦。


 あっという間に室内は硝煙臭くなる。


 もう一度黒い箱を見る。


 先程ガラスだと思った所。そこには綺麗な文体で〈指を検知部に置いて下さい〉と記してある。


 更に、下に現れている台。


 先程は無かったものだ。


 もういい、なるようになれ!


 半ば投げやりで人差し指で台に触れた。


《指紋認証完了。ロックを解除します。扉を解放します。ご注意下さい》


 再び聞こえる女の声。


 同時にモータの駆動音がしたかと思うと目の前の扉が少し動いた。


 力を込めると、分厚い扉が向こう側へと開く。


「茜! 開いた!」


「伏せて!」


 俺に飛びかかったと思うと、そのまま扉の向こうへと転がり込む。


「こっち来るなぁ!」


 茜が拳銃を乱射。


 追って来た男達をひるませると、足で扉を蹴って扉を閉めた。


 ガシャンッ!


 鈍い金属音。


 再びモータの駆動音が響く。


 ロックの音だ。


「いたたた……でも、助かったわね」


 暗闇の中に茜の声が響いた。


 そう、扉を抜けたこっちの世界は完全な暗闇であった。


「茜、怪我は無いか?」


「多分……だけど、盾にした人を貫通していたからもしかしたらどっかに銃創を……」


 一瞬、声が止まる。


「どうした? あたったか?」


「ううん、でも、時計に当たっちゃったみたい。どうしよう……」


「今度修理してやっから安心しろ」


「うん……」


 背中の上でカチカチする音。


 それと同時に、背中の上部に二つ、何か感触がする。


 それは、特殊な衝撃吸収材の様な柔らかさを持ったもの。


 それは、面に荷重を分散させながら茜の動作を伝える物。


 これは……


 カッ


 突如、周囲が明かりに包まれた。


 眩しっ。


 思わず目を瞑ってしまった。上では再び振動。


 拳銃を構えている様だ。


 一瞬の間の後、ゆっくりと目を開くと、俺の網膜には部屋の様子が映し出された。


 一面、コンクリート張りの部屋。


 広さは……広い。バレーコート一面分くらいはあるだろうか?


 そんな部屋に、無数の機材が並べられていた。


「ここは……」


 思わず口から言葉が零れ落ちる。


 研究室の様ではある。


 しかし、その機材が異様だった。


 入って右側に存在したのはコの字型に並べられた机と、画面。


 画面は合計六枚あるが、どれも横長であり、非常に薄い。


 本来なら画面だとは思わなかっただろう。それほどの薄さだ


 しかし、部屋の電気が点いたと同時にそれも光り出したのだ。


 一瞬黒い画面が表示されたかと思うと青色の画面になる。


 にしても、薄い、薄すぎる。


 あのサイズにブラウン管を入れるのは不可能だ。


 もしかして他の技術を使っているのか?


 いや、あの画質。現代の技術であれ相当の画質を表現する事が可能だとしたらブラウン管をおいて他にない。いや、もしかしたらあれだけの画質はブラウン管でも不可能なのかもしれない。


 だとしたら何が? そういえば……いつだか授業でカラー表示が可能な液晶の存在が語られていた気がする。


 固体と液体の中間的存在である液晶。モノクロなら現在でも存在するが、三原色を表示可能なそれを使った映像表示装置の製造が理論上は可能だとか聞いた覚えがあるが、所詮は理論上だ。これだけ薄型の物が作られる筈が無い。


「軍絡みの研究施設の様ね……」


 拳銃の残弾を確認した茜は立ち上がり、周囲を警戒する。


 俺もそれに倣い周囲を警戒したが、この部屋には俺達以外誰もいない様だ。


「茜、どうする?」


「そうねぇ……どうせ出てもあいつらがいるだけだし、何か武器を探しましょ。軍絡みの施設なら使える武器があってもおかしくないわ」


 確かに、弾数少ない拳銃だけでは心細い。


 俺も立ち上がると周囲を探し出した。


 周囲にも様々な機材が並び、極めて興味を引く。


 しかし、あえて向かったのは初めから気になっていたシートで囲われた空間だ。


 青いビニールシートが全面を覆っている。


 念の為に拳銃を構えながら中に入ると、一瞬目を疑った。


 これは……


「純太郎! あったわ。見たこと無い小銃だけど、多分新型の軍用小銃だと思う」


 声と同時に、背後に気配。


「これがさっきあった……」


 入ってきた茜の声が止まる。


「純太郎……これ……何?」


 “それ”を凝視しながら飛ばされる疑問文。


「俺も分からない。だけど……形状からしてこれは……機兵だ」


 全身を今まで見た事も無い様な迷彩塗装で覆われた物体。


 頭部、脚部、腕部、胴体、背部の五つの形を取った物体が、作業台の上に置かれていた。


 それが二体。


 しかし、機兵だとは分かってもそれ以上の事が一切分からなかった。


 本来、機兵は背中に背負ったニッケルーカドミウム蓄電池からの電力を各可動部に存在する電動機(モーター)に送る事で制御している。しかしその電動機に当たる部分が見当たらない。


 そしてこれは……


 無意識に近づくと、表面を覆っている物に触る。


 冷たくない……


 陶器に近い肌触りだが、表面は極めて滑らか。とてもでは無いが、現代の機兵に使われている均質圧延鋼板(RHA)ではない様だ。


 試しに持ち上げてみると、ずっしりとした重さが伝わる。


 質量は機動性を捨て防御特化の機兵である六三式四六型より少し重いくらいだろうか?


 それにしてもこれは、これは、これはこれは……


「凄い! これに使われている技術は殆どその基礎理論から秘匿されているものだよ。こんな材質、今まで触った事無いし、しかも大きさからして軽い。金属より軽いぞ。凄い! 凄い!

 しかも甲冑式か。日本製は鎧式が多いいのにあえての甲冑式とは、対化学・生物兵器を考慮しているのか? それとも水中での使用を想定……いや、甲冑式でも水中では水漏れの可能性があるから意図的に排水口を開ける場合がある。だとしたら……」


 思わず息が荒くなる。


 恐らく、これに触れた一般人は(俺達が一般人だと仮定出来た場合)俺が初めてだろう。恐ろしく軽い。そしてこの断面形状。


 装甲板は単一材質ではなく、幾つもの未知の物質を重ね合わせている。


 この材質を作る技術といい、これらを繋ぎ合わせる技術といい……一体どれだけの基礎理論を軍事機密として隠したのだろうか?


 バックに立っている組織の大きさが想像もつかない。


「全く、機兵バカね。

それより純太郎。あんまり触らない方がいいんじゃないの? 万一これが危ない所のものだったら……」


「いや、逆だ。戦おう。これを着て」


 本当は、その言葉は偽りだった。


 大義名分の為の言葉だった。


 本当は、この未知の機兵を着てみたいという。ただ、単純な好奇心だった。


 子供が新しい玩具で遊びたいと思う様な、安易な気持ちだったのかもしれない。


 しかし、その感情を抑える事が出来ず、思わず言ってしまった一言だった。


「ばっ馬鹿じゃないの! 気でも狂った? 私達が使えるのは四七式か六三式の二つだけよ。今までに見た事ある機兵なら未だしも、こんな動くかどうかもわからないものなんて……」


 真ん丸に目を見開いている。当然といえば当然か。


 正直、この機兵は俺達が習ってきた理論に一切合致していない。


 恐らく研究中の新型なのだろうが、詳しい事に関しては、いや、概要に関しても一切分からない。


 以前見た第三世代型機兵のプロトタイプのコンセプト図とも随分と違う。


「だけど俺達は一応というレベルではあるが鹵獲された機兵の訓練も受けている。これを鹵獲とすればいい話だ」


「それはそうだけど……だって、鹵獲だって米ソ独英のしか……」


「どうせ奴等だって扉の前で待ち構えているんだ。緊急放送流れていないから、多分委員会もこの事態を把握していない。俺は着る」


 そういうと俺は装着を始めた。


 この機構からして恐ろしく複雑な制御装置や駆動機を搭載しているのだろうが、幸いこれは組みあがっている。


 だとしたら、難易度はぐっと下がる。


 おお、制服の上からでもすんなり入る。


「ホント、機兵バカね。

でも、これってどこの機関が作ったのかしら? 日技研?」


「日技研なら筑波で作っているさ。あそこの学園都市は日技研の天下だ」


「じゃぁ、国防技術研究所?」


「そうかもしれないけど……もっと上かも。内閣情報調査機構隷下の高度科学科学技術研究局か……それともF機関か」


「F機関って、そんな都市伝説じゃないんだから」


「都市伝説とは限らないだろうに。裏付ける情報は上がっているらしい。ちょっと背面装甲取り付け手伝ってくれ」


「たっく、しょうがないわね」


 カチャッ


 軽い音と共にロックされた事が知らされる。


 よし、最後の部品だ。


 最後のパーツ。フルフェイス型のヘルメットを装着する。


 恐ろしく重いヘルメットだが、最近の機兵と同様にヘルメット用の動力も取り付けてあるのだろう。


 カチッ


 軽い音と共に取り付けたが、同時に視界が失われた。


 あれっ? これ見えないぞ。


 顔まで覆っているぞこれ。


 もしかして耐核攻撃用の遮光フィルターが作動したままなのか?


《装着を確認。サブシステムを起動します。

 新しい搭乗者を確認。適正検査を開始します。しばらくお待ち下さい》


 突然、頭の中に声が響いた。


「わっ!」


 思わず声を上げる。


「純太郎、どうしたの?」


「いやっ、だって今女性の声が……」


「女性の声? 何にも聞こえなかったけど……」


「そっそうか……」


 どういう事だ? いや、普通に考えて俺は今、未知の機兵を着ている。しかも全身を覆っている。


 だとしたら、先ほどの音はテープレコーダーに録音した音声を再生しているのか?


 にしても視界は合い変わらず真っ暗だ。


「純太郎、これ真っ暗じゃない……きゃっ、えっあの……はい」


 茜も同様の反応。


 うむ、やはりそういう事か。


《適正検査結果、IF値〇・九八。許容効率範囲内です。メインシステムを起動開始。ASS、起動します》


 突然、視界が晴れた。同時に音もクリアになる。


 遮光フィルターが解除されたか?


 その瞬間、視界に何かが映る。


 何だこれ?


 無数の数値が映し出されている。


 緑色の文字。それに加え、気温や湿度、気圧なども表示されている。


 これは……投影しているのか? そんな、最新鋭の戦闘機に使われている技術だぞ。


《メインシステム起動。増幅率、三デシベル。電圧、六〇・一四ボルト。電流値、〇・五アンペア。システム、オールグリーン。リーディングモードでの運用を開始します》


 起動したのか?


 軽く腕を動かしてみる。


 それに同調して遅延無く動く関節。


 手の握り具合も問題ない。


 恐ろしく遅延の少ない機体だ。


 通常、機兵は感圧センサないし接触センサを使って腕を動かした事により発生する機兵骨格との偏差を検知し、その偏差が小さくなるように制御を行っている。逆を言えば、ある程度腕を動かし偏位を発生させなければ、モータは動かない。故に、極めて応答性の良いと言われる第二・五世代型でも腕を動かしてから出力するまでに体感出来る程の遅延が生じる。しかし、全く感じないというのは驚いたものだ。


 とりあえず、戦えるというのは確かだ。


「茜、大丈夫か?」


 茜へ視線を向ける。


 丁度、茜の頭の上に文字が浮かんでいる。


 ローマ字と数値が混じった文字列に加え、ご丁寧に〈味方〉と表示している。


 ……凄いなこのシステム。


 一九七四年現在の装備だとは思えない。


《凄いわ……これって第三世代型かしら?》


 クリアな無線音声。FM変調方式でも採用しているのか?


「多分。少なくともどっかの機関が開発した最新世代の機兵だという事は確かだ」


 機兵の動作は安定。


 未だ理解不能な事は多いいが、少なくともこの機兵を使う事が出来る。


「よし、いくか」


 先程見つけ出した自動小銃を手に取る。


 弾薬はある。


 相手は機兵どころか防弾着も付けていない生身の人間だ。


 しかも持っているのは拳銃。


 鞄の中に短機関銃を忍ばせている可能性もあるが、所詮はその程度の装備。


 機兵を相手に出来る装備ではない。


「純太郎、開けるわよ」


「ああ」


 圧縮空気の作動音。


 扉が、開かれた。





 先程の空間に、人影はなかった。


《逃げられたわね》


 奪取した懐中電灯を片手に辺りを調べる茜。


 床には空薬莢と死体だけが転がっている。


 流石に留まりはしないか。


 そのまま学術資料庫を出ると周囲警戒を行いながら階段を上る。


 装甲板の重量からしてかなりの重さであろうこの機兵だが、モータの駆動音が一切しない。1


 ギアクラッシュがほとんどないギアを使っているのか、プーリーの様なものを使っているのか、それともモータ以外の物を使っているのか……


 内部構造が気になる。


 階段を上がった一階にも誰もいなかった。


《困ったわ、完全に逃げられたみたい》


 どうするか? 校内公安委員会に連絡するか?


 しかし、此処は旧軍時代の第一実験棟。


 非常連絡用電話は備え付けられていない。


「奴等、何処に行ったか……」


《もしも奴等の目的がこの機兵だったら、必ず脱出経路を考えてある筈よ》


「じゃぁトラックで?」


《いいえ、それだとこの特別行政区内から出る事すら難しい。統合術化学校(ここ)は鉄壁の要塞よ。たとえ入れても出られる保障は無い》


「学校所有の航空機か?」


 他にも仲間がいるとしたら、爆撃機程度なら奪取可能な筈だ。


《この学校には操縦訓練用の超音速爆撃機があるから可能性はあるけど、燃料が入っているとは限らないわ。それに、仮に離陸したとて撃墜される可能性がある。リスクが高すぎる。海戦部の船に関しても同様。自衛軍に撃沈される可能性があるわ。それに船となれば人手も……》


 ならば、奴等は何処に逃げたか。


 検問や監視網に引っ掛からず、確実に遠距離に行ける方法。


 検問にも、レーダーにも見つからない――待てよ……


 それらの諸条件に合致するものが思い当った。


「潜水艦だ」


《それよそれ! 潜水艦なら駆逐艦に比べれば少人数で動かせるし、補足される可能性も低いわ。

 急ぎましょ》


「分かった」


 再び銃を構えると俺達は実験棟を飛び出した。


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