1.2 外乱
四月一九日 〇三〇時 弟二野外演習場
南方の密林……それを再現した森に、俺達は配置されていた。
「これからイー一四地点に回り込んで敵部隊に攻撃を掛けるわ。何か質問は?」
いつもらしい活発な茜の声が、辺りに響いた。
迷彩塗装の施された機兵を身にまとっている茜。
殆どの部分は装甲板ないし電動機で覆われているが、間接部分からは迷彩服が姿を見せている。
さらに、
一束に束ねられた髪が、
最近は分隊の長となっていることが多いい。
茜は女子であるが体力も気力もある。
噂に聞くには実技はダントツの一位だとか。
あくまで『実技』はだが。
強調すると何の実技だか分からなくなるな。
それはさておき、茜の性格は考えるより先に行動するタイプなので納得できない事もない。
それに機兵は兵士。ある程度の学力さえあれば求められるのは戦場での直感と判断力。それが秀でていれば分隊長に選ばれるのは当然だ。
当人曰く、この才能は父親譲りだとか。いつだか訊いた話では、親父さんは大東亜戦争、満ソ戦争、中香紛争と、日本が参戦した大抵の戦争には関わっているとか。戦死されたらしいけど。
因みに、俺はこの分隊の機工兵となっていた。一人だけで。
実地訓練も重要だとはいえ、必要最低限の銃の使い方しか知らない俺たち兵器工学科の人間が、戦場での機兵メンテを行う機工兵の役割を負うのはつらい。
「はいっ」
突然、一人の男子生徒が手を挙げた。
「水沢君、どうしたの?」
「先ほどの射撃の所為か、右足の電動機の動きが鈍くなっています」
そういいながら、右足を動かす。
確かに、動きがちょっと鈍い。
一一型の脚部に使われているのは四〇W直流電動機。四〇Wというと大体片足が持続して出せる力より若干少ない程度だ。
脚部鋳造装甲による重量増加を考慮しても、通常よりやや力は出る筈だ。しかし、何かぎこちない動きをしている。
あっ、止まった。
「分かったわ、純太郎、見てあげて」
「分かった」
該当の生徒の元へ向かう。
駆け寄った生徒は、俗に電源兵として言われるタイプの機兵を着ている生徒だ。
基本的な構造は他の機兵と変わらないが、背中には防弾兼放熱板で囲われたガソリンエンジンが搭載されている。電源改修装置甲型と呼ばれるものだ。
一般的な第二世代型機兵に搭載されている電源はニッケルーカドミウム二次電池であるが、これを搭載した機兵の作戦行動時間は二時間程度だ。当然、実戦ではこれ以上の時間機兵を着用するので、電源兵と呼ばれる内燃機関で(静寂性向上のために外燃機関を使用した野心的になモデルも存在する)発電した電気を分け与える人員が必要となる。
前線部隊には引火しにくく、高負荷時でも出力が安定しているディーゼルエンジンモデルが渡されているが、流石に第一戦級の兵器を訓練兵が使える程の余裕は何処の国にだって無い。
「ちょっと横になって」
生徒を横にさせると、始めに主電源を切り、バッテリーから端子を抜く(電源兵も低容量のバッテリーを積んでいる)。
背中に背負った工具箱からテスターを取り出し、被膜で覆われている端子を出すと電極に当てた。
振れる針。
うん、問題ない。少なくとも動力系では導通すべき所は全て導通しており、絶縁すべき所は全て絶縁されている。
電源を入れ、回路のみを動作させる。
腕や足の部分に搭載されたセンサに信号を入力すると頭に叩き込んだ規定値通りの信号が出力されている。となると、一番可能性がある場所はモータ。特に可動部でかつスパークが発生しやすいブラシだ。
「断線なし。多分ブラシが摩耗している。交換に二分」
「分かったわ。ほとんど休憩入れていないからね……二人一組で周囲警戒。一〇分後に作戦行動を再開するわ。任務も重要だけど体も大切にしましょう」
「「了解!」」
掛け声と同時にある生徒が警戒に、その他の生徒は腰を下ろして水筒の蓋をあけた。
俺は自分の使命を遂行する為、背負っていた工具箱からドライバーを取り出すと、足の関節に取り付けられているモータのネジを緩めた。
防弾用の鋳造鋼板で覆われたモータ。
人体の力を増幅させる(とは言っても機兵本体の重量もあるからトータルでは弱まる)為に作られたモータだ。握り拳程の大きさがある。当然にして重量もある。
威力もなかなかな物でギアボックスなんぞに指を挟んだら骨折では済まない様な代物だ。去年も馬鹿が一人指を挟んで右手の人差し指と中指を無くしている。
それを取り外すと、モータを分解して手早くブラシの交換を行った。
にしても、この機体は今年度から実装されたばかりなのにもう動作不良か。
取り出したモータブラシを眺める。
変色している。
ブラシは消耗品なので別に変色していてもおかしくないのだが、妙な変色の仕方だ。
まぁいっか。
というより、早く換装をしなければ。
装甲板とモータの取り外しに二〇秒。ブラシの交換に五〇秒。取り付けに四〇秒。
占めて、一分五〇秒。
おお、ギリギリだ。
「出来たぞ」
「ありがとう。休んでいて」
「了解」
返事をすると、工具を片付け、気の根元に座り込む。
疲れた。モータによる補佐があるとはいえ、やっぱり機兵は重い。
眠るように休んだ。
しばらくして、茜が胸ポケットから白銀の物体を取り出した。
懐中時計だ。
町中では懐中時計を持ち歩いている人を見かけることはあるが、生徒の、しかも女子が持っている事は珍しい事だ。
銀色の懐中時計。
白銀の針が正確に時を刻んでいる。
まだ持っていたのか。
あの時計……あれは確か、茜の親父さんの形見らしい。
「一〇分経ったわそんなに遅れてないわね。大丈夫。さっさと行くわよ」
「「了解!」」
威勢よく返事する機兵科生徒。
俺の工具の片づけを待って移動を開始した。
移動と言っても、今は実技講習の最中。タイムトライアルの最中であり、銃を構え、周囲を警戒しながらの行動だ。
突然起き上がる的。
それに撃ち込まれる弾丸。
しかし、俺は見ているだけであった。
そもそも俺達は機兵の調律師でしかない。従って、俺が持っている銃は護身用の短機関銃。他の生徒達は大型の自動小銃や汎用機関銃だ。
火を吹くそれを、茫然と見つめる。自分が只のアシスタントであることは十分に自覚している。
おまけについていくだけでやっとな有様だ。
現代の第二世代型の機兵制御には感圧スイッチを使用したPI制御が行われている。しかし、それを制御するマイコンの性能限界と、スイッチが遊びを持っているの都合上、僅かに体の動きに遅れて機兵が動く。
総重量四〇kgの鉄の塊だ。
過酷な訓練と長時間にわたる着用を行った茜達ならいざ知れず、体育と週一の軍事訓練の時間しか体を動かさない俺にとっては過酷以外何物でもない。
「二時方向距離一〇〇。撃てっ!」
分隊全員の意識が立ち上がった的に集中したとき、背後に気配がした。
いや、気配というのは些か不正確な情報だ。おそらく、意識に介在しないレベルでの音ないし臭いが漂ったのだろう。
振り返ると、三〇メートルほど先の茂みが動いた。
的か?
半ば反射神経的に茂みに銃口を向ける。
しかし、的ならとっくに起き上がっているはずだ。
タヌキでもいるのかな? と、目を凝らすと、再び茂みが動く。
茂みから姿を現したのは、一人の少女だった。
学校指定の第三種森林迷彩服。その上にさらに偽装の小枝をつけている。
東欧系の顔にはフェイスペイント。
これだけ偽装をしていては、本来なら気づかなかっただろう。しかし、ヘルメットの隙間。そこから銀髪が姿を現していた。
そして、こちらを向く瞳。
青い瞳だ。透き通っている。
以前、校内にある研究用原子炉でチェレンコフ放射光を見た事があったが、それに似た……いや、それより美しい瞳だった。
「純太郎、どうしたの?」
棒立ち状態の俺を不審に思ったのか、声がかけられた。
「いやっ、あそこに人が……」
「人? どこに?」
一瞬だった。茜に話しかけられ、視線を逸らした一瞬。その瞬間に少女の姿は消えていた。
「いやっなんでもないみたい」
「そう。じゃ、行きましょっ」
銃を構え直した茜は、先へ進んでいった。
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