リンガライトに祝福を

相内行樹

第一部

第一部 港町ソリディア

第一輪 いつもの朝

「我々は生まれた瞬間から呪われている。首を見ろ。その輪がお前の檻となるだろう」―――輪歴436年 クドナ・ルドマ


 第一輪『いつもの朝』


 裸足の女達が大地を踏みしめ舞い踊る。


 その中に少女がいる。長い髪を後ろで一本に結んだ少女。

 勝気そうな表情とは裏腹に、大人びた紅の瞳はルビーのように輝いている。


 少女は首に大振りのリングを着けていた。

 赤い宝玉が仰々しい踊りにゆらめき、太陽のごとく光りだす。


 ああ、待ってくれ……言わなくちゃ……俺はこの子に……



「ピエトロ、朝だ!市場があくよ!」



 目を開くと、仁王立ちのロッテが俺の顔を見下ろしていた。


 早起きのロッテはきちんと橙の長髪を二本三つ編みにしておさげにし、瞳と同じ色の紫のリボンで蝶々に結んでいる。15歳のその目は、ほぼ一回り差がある25歳の男、つまり怠惰な生活をしている俺への、日頃の不満をたっぷり含んだ視線を送っていた。蔑まれているなあ。


「へえ、チビでも人を見下ろすことができるんだ。朝は素晴らしいね、ロッテちゃん」


 嫌な夢から覚め不機嫌な俺の冗句に、ロッテの髪が警戒する猫みたいに膨らんだ。


「馬鹿言ってないで早く支度してよ。あっ、目の前でパジャマ脱がないで!」

「ハイハイ。わがままなお嬢さんだことで」


 ロッテを部屋から出して、俺は着替え始めた。


 鏡に映る俺に自己紹介しよう。


 ピエトロ・マリネ。25歳独身男性。職業は翻訳家、と言いたいところだが今のところ月に一、二本しか仕事がない。しかも隣国の新聞記事をちょっとだけ翻訳するのみ。報酬は雀の涙だ。なので生計を立てるために『なんでも屋』を営んでいる。猫捜しから宅配まで依頼はなんでもこなす。幸い俺の人望あってか、仕事はぼちぼちある。本が大好きで部屋は汚いが、いい男。絶賛彼女募集中だ。


 そして先ほど寝込みに怒鳴り込んで来た馬鹿娘はロッテ。15歳らしい。"らしい"というくらい曖昧なのは俺がロッテを拾ったからである。インチキな旅の雑技団で奴隷のように働かされていたところを、団長の言い値で買ったのだ。買うというとちょっと卑猥な感じがするが、ロッテのまな板のような胸には一寸もときめかない。俺からするとお子様だ。


 そして俺とロッテには共通点がある。首に重い輪を着けていることだ。


 この大陸では赤ん坊が生まれた瞬間、全員の首に輪を嵌める。


 階級や家紋が刻まれた"輪"が生を受けた"証"となる。

 俺の首には鎖と金輪が、ロッテの首には銅でできた輪が、がっちりと着けられているのだ。


「ピエトロ、早く!」

「今行くよ」


 床に積まれた本を蹴飛ばしてしまい、本に対して謝りながら俺は扉を開ける。


 玄関でロッテが身軽なトップス、ショートパンツに短剣を差し、ロングブーツを履いて立っている。


 俺も自分の太刀が入った鞘をゆっくりと背中に担いだ。


「いってきます!」


 誰に言うでもなく二人で声をそろえて飛び出した。


 玄関の外、遠く彼方に水平線が見える。

 目下には港町ソリディアが広がっていた。


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