林檎飴

屈橋 毬花

林檎飴

 チョコバナナに金平糖に綿菓子、クレープ、タピオカミルクティー、かき氷、甘栗……彼女は一体どれだけ甘いものを食べれば気が済むのか。

 イカ焼き、たこ焼き、フランクフルト、焼きそばと彼女とは真逆のものを食べる彼は彼女に驚くばかりであった。そんなに甘いものばかり食べたら、自分の舌がどうにかなってしまいそうだ。


 幼い頃から彼女が究極の甘党であることを彼は知っていた。「誕生日、何が欲しい?」と訊いたら決まって「お誕生日ケーキがいっぱい欲しい」と目をキラキラさせて満面の笑みで答えるのが彼女だった。

 そんな彼女が隣に住む彼の家のインターホンを押したのは夏祭りの日であった。

「一緒に夏祭り行こう」

 浴衣姿の彼女が満面の笑みで彼を誘う。

「他に行く人いるだろう」

 高校生にもなって、幼馴染みと律儀に夏祭りに行く必要はない、というのが彼の考えだった。彼はだるそうに答え、ドアを閉めようとした───が、彼女はそれを許さない。

「たまにはいいでしょ。昔みたいにさ」

「腐れ縁なだけだ」

「酷い言い方」

 数分間の論争の末、負けた彼は彼女と夏祭りに付き合うことにした。

 そして、今に至る。


 彼女は好物であるはずなのに、まだ食べていないものがあった。

「なあ、林檎飴。食べないの?」

 彼は赤いシロップでコーティングされて、ライトで煌めくそれを指差した。

 彼女は「ああ」と言って、少し口角を上げてみせた。

「食べるよ。でも、それは最後」

 彼には彼女のこだわりが分からなかった。

 祭りの甘味を制覇すると、彼女は直ぐに林檎飴を買った。

 それも二つ。

「はい」

 一つは彼の分だった。彼女は付き合ってくれたお礼だと半ば強引に渡す。

 彼は受け取った林檎飴のフィルムピリピリと剥がし、飴を舐める。久しぶりのそれは、頭がどうかなりそうなほど甘く感じた。

 無言の中、二人でそれを舐め続ける。


 不意に彼女が口を動かした。

「pomme d'amour。フランス語で林檎飴のことをそう言うんだって。でもね、直訳はまた違うんだ」

「へえ…」

「…私は弱虫だから、それに任せる」

「……どういう意味?」

「直訳、調べてみてよ。今日はありがとう」

 彼女は彼の質問には無視して早口にまくし立てると、きびすを返して彼から去っていく。

「───返事、待ってるから」

 確かにそう彼の耳に届いた。暗闇の中で出店の光に照らされた彼女の耳が赤かったのが、彼の目に焼き付いた。


 家に帰って彼は彼女の言った言葉の意味を調べる。


『pomme d'amour───愛のリンゴ』



 Fin.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

林檎飴 屈橋 毬花 @no_look_girl

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ