ラヴレター

久里浜くりはまくんへ


 君がこの手紙を読む頃には、私はもうこの世にいないと思う。

 そう考えると少し寂しいけど、君にきちんと気持ちを伝えられるのは、嬉しい事だよ。

 久里浜くん。どうか笑わないで読んで欲しい。

 これは、私の真剣な気持ちだから。


 君に新人教育をして、バディに決まった時、私が喜んでいたのを、君は見透かしていたかな?

 どんな事にもマメに気を配る君の事だから、たぶん私の気持ちは筒抜けだったかもしれないね。


 私は、君に憧れてた。

 人を寄せ付けないようなフリをしながら、暖かく誰しもに手を差し伸べるような所がある君に。

 君のような人間になるのが私の目標だけど、私は君にはなれないと思う。


 ああ、駄目ね。

 勇気を振り絞って君に気持ちを伝えようと思ったのに、どうしても話が逸れてしまう。


 久里浜くん。

 ……私は、君に憧れていたんじゃない、愛してたの。

 生きている内には、とても伝えられなかったのが残念。


 君の、クールに見せて暖かい所が好き。

 君の、切れ長の目が好き。

 君の、ニヒルな笑い方が好き。


 ……上げ始めるとキリがないね。

 君の、全部が好きだから。


 私が死んだ後も、この手紙を読んで少しの間は私を覚えていて欲しい。

 それだけを願って書いてる。

 愛して欲しいなんて言わない、ほんの少しの間だけ記憶に留めておいて。


 君を、愛してる。

 死んだって、永遠に。


 渋谷美保しぶたにみほ


    *    *    *


 そう書かれた手紙をデスク上に残し、渋谷は安らかに眠っていた。恐らく何日もろくに寝ていないのだろう。でなければ、『優等生』のお墨付きの渋谷が、仕事中に眠ってしまうなんて、有り得ないからだ。


 デスクの近い久里浜が気付き、課長の雷が落ちる前にと、起こしにきたのが幸いだった。こんな内容の『恋文』が同僚に知れたら、良い笑い話の種だ。渋谷が死を覚悟して書いた手紙がそれでは、あんまり過ぎる。


「ふ~ん……」


 久里浜はその手紙を読み終えると、こっそりスーツの内ポケットにしまった。渋谷が好きだと書いていた、ニヒルな笑みを浮かべ。手紙を折りたたむ際に僅かに上がったカサリという音に反応し、渋谷が呻いた。長い睫毛をしばたたかせ、束の間の眠りから覚める。そしてそこが会社である事に気付くと、慌てて顔を上げデスク上を確認した。


「あれ?」


 今しがたまで書いていた筈の、手紙が無い。背後に立つ久里浜に気付かずに引き出しを探り出すほど、渋谷は焦っていた。


「渋谷主任、どうしました?」


 声をかけると、飛び上がらんばかりに、渋谷は驚いたようだった。


「ひゃっ…! 久里浜くん!!」


「……すみません。脅かすつもりはなかったんですが」


 口元に拳を当てて、久里浜はくつくつと含み笑う。渋谷は引き出しを閉め、デスク上をざっと見回すと、恐る恐る上目遣いで久里浜に尋ねた。


「あ、あの……久里浜くん。デスクの上に……手紙とか、報告書とかなかった……?」


「ありませんでしたよ」


「そう……」


 明らかにホッと胸を撫で下ろす二つ年上の渋谷が、久里浜は可愛くて仕方が無い。肩に掌を乗せ、長身の腰を折って背後から囁いた。


「ところで、渋谷主任」


「……っ」


 時々、真面目な話をする時に発される、久里浜の甘い低音が耳朶に当たり、渋谷はゾクリと身を竦ませた。


「お話があるんですが。今夜、マンションに伺っても良いですか?」


「えっ!?」


 久里浜が部屋に来るなど、初めての事だ。仰天して振り返ると、渋谷の好きな笑みが、


「大事なお話だから、主任のお宅で」


 間近で言って遠ざかっていった。


 渋谷はしばし呆けていたが、また確かに書いた筈の手紙を探し、引き出しをあちこち開け始めた。


 久里浜は知っていた。渋谷が、社内検診のバリウム検査で引っ掛かり、胃カメラを飲んだ事を。そして、ストレスからくる胃潰瘍だとの診断を受けた事も。胃潰瘍では死なない。だから、微笑んだのだ。


 その夜、どんな『話』があるのかは、渋谷のみが知る事となる。


End.

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