初日の出
真冬の冷気の中、白い息を吐きながら、崇と鈴子は待っていた。もっとも、明りは遠くの街灯のみだったから、その白さは推測の域を出なかったが。
薄暗がりの中、隣同士、高台の公園の柵にもたれていた二人だが、いきなり崇は鈴子を後ろから抱き締めた。
「わっ」
その唐突さに、鈴子が驚いて声を上げる。首に回されたコートの腕に両掌をかけ、仰け反る様に崇の顔を下から見上げながら、鈴子は苦情を入れた。
「何よ、崇。ビックリするじゃない」
「だってよ。お前、寒くないのか? よく日の出なんか見る気になるよな。毎日、放っておいたってお天道様は上がるだろ」
密着した身体からは、微かに震えが伝わってくる。常ならば崇の方が強引だったが、それは鈴子が甘んじて受け止めている事。一度言い出せば、鈴子の方が頑固で、結局彼女には甘い崇が、言う事を聞かされる羽目になるのだった。
「違う。『初』日の出! 特別なものだよ」
強い声音を出し、そして心の内でそっと付け加える。『いつか特別な
「あ、ほら、明るくなってきた」
幾らか雲がかかっているが、薄らと山並みの向こうが白み始める。やがて、その何とも形容しがたい温かい朝焼け色が、雲にも色を映し、青天よりも一層美しく見えた。
「あー。ホントだ」
間に大欠伸を挟み、崇は言った。
「初めて見たけど、意外と綺麗なもんだな」
「もう……ロマンチックじゃないな、崇」
恋人が出来たら、二人きりで見たいと思っていた。自分が男だったら、この場面で絶対に欠伸なんかしないのに、とボーイッシュな鈴子は若干頬を膨らませる。
腕の中のそれを見下ろし、崇は、
「あー、ごめんごめん」
と、早々に降参の意思を見せ、鈴子を向かい合わせに抱き締め直した。
「……あれ? 眼鏡は?」
目の前には、フレームレスの眼鏡ではなく、素顔があった。あるべき物がない事に、鈴子は不思議そうに尋ねる。
途端、クスリと崇は口角を上げる。
「落とした」
激しく動いた訳でもあるまいに、かけていた眼鏡を落とす訳がない。鈴子が危険を感じ身を引こうとするが、崇がその腰にかけた手をぐいと引き寄せる方が早かった。顎を捕らえ、鼻先まで迫る。
「だから、お前の顔がハッキリ見えない。これくらい、近付かないとな」
「崇、もうすぐ日の出……」
紡ごうとした言葉は、崇の唇に塞がれた。しっかりと後頭部を抑えられ、逃げる事も叶わない。
「んんッ……」
苦しがって鈴子が暴れ出すまで、崇のキスは続けられた。
「っ……崇!」
「怒らない怒らない。ほら、見てみろ」
鈴子をいったん開放し、崇は再び、先のように後ろから抱き締めた。眼前には、半分ほど山並みから顔を覗かせた太陽と、紫から赤へと、七色に淡く色づく雲があった。
「うわぁ……」
その絶景に鈴子が声を失っていると、崇は彼女の項に唇を寄せ、低く囁いた。
「……愛してる」
「えっ……」
態度は甘かったが、日ごろ滅多にその言葉を言わぬサプライズに、鈴子は思わず赤くなって俯いた。
「そんなの……ズルイよ崇……」
くつくつと肩を揺らし、崇がしっかりと鈴子を抱き締めた。昇り切ろうとしている大きな太陽が、二人の身体と、心も温めた。
End.
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