第4話 アンヴィヴァレント・ハート
ネクロスは週に一度大雨を降らせる。路面や建造物に使われているナノマテリアル樹脂の自己再生を促すためだ。このシステムにより、ネクロス内部の建造物は理論的には朽ちる事がない…。
ここはネクロス東の路地裏にあるダンディーカフェ『ラスダン』。「いつもの」と頼めば、カフェモカにチョコレートを溶かした甘くてビターなジェントルオレが出てくる…そんな憩いの場所だ。
だが、今日は少し様子が違った。正面駐機場に停められたポリスサイドカー『EXA-7000改 閃電 』、そして裏口に乗り捨てられた警備用オートマトン『まもるくん』…その2機は運命ともいうべき2者の遭遇を静かに暗示していた……。
「マスター!少しここで休ませてくれないか?」
ボロ布のピンク男に肩を貸すびしょ濡れの男の名はフリーライター『小林カズマ』。声をかけながら入った店内、まず初めに目に飛び込んできたのはポリスサイドカーの主…
「あっ、中島…警部。」
それは隣の桃色男爵、『ラブハート』を探し回っているネクロスポリスの装甲機動部隊隊長『中島月光』その人だ。
「ここで会うとはなラブハート…まぁそう身構えるな小林、今はオフだ。」
確かに、中島警部はポリス服ではなく空色の革ジャンにジーンズという中々アレな格好をしている。普通の人間なら寄り付かないだろう見た目だ。
そうだった…ここは中島警部がよく立ち入るのだ。バッタリ会う確率は180%、朝はほぼ毎日会うし夜はパトロール帰りで必ず会う。それを忘れていた。
…だが今のところ、中島警部に戦闘の意思は無いようだ。それだけが幸いだった。
「ゆっくり休んでいけ、このカフェは警備管轄から外れた存在。ここで見たもの聞いたもの、全て真実でも証拠として扱う事は出来ない。そういう決まりだ。」
「中島警部…、変な所で真面目なんですね。」
無視して逮捕すればいいのに、と呆れる小林を見て中島はフッと笑う。実際そうなのだが、中島は中島なりの考えがあったのだ。
「ラブハートと話してみたくてな。」
そのラブハートはというと、バーカウンターで生クリームを山盛りにした特製ジェントルオレ『波止場のジョニー』を飲んでいた。後で知った事だが、彼は乳製品と糖分を摂ることで怪我の治りが早くなる特異体質だそうだ。
「ポリスに話す事などない。」
口の周りのクリームを舐めとりながら冷たくあしらう。
「これでもか?」
中島が革ジャンのボタンを勢い良く外したのを横目で見ていたラブハートの表情が驚愕の色に変わる!
『ロケンロー!!!』
黒いタンクトップの胸には反体制ミュージックの叫びと共に蒼白い髑髏月のプリントが!中島月光…この男はただのポリスの犬ではない、…狼だ!
「中島と言ったな、いいだろう。お前となら朝まで語り合えそうだ。」
波止場のジョニーで応急手当てを完了させたラブハートは不敵な笑みでそう答え、壁に立てかけたテレキャスターを手に取り膝に載せる…。
ドゥン!ドゥン!ドゥン!
突如響く身体を焦がす重低音の連続!だがこれはロックサウンドではない!中島を葬る…凶弾だ!
カフェテーブルを木っ端微塵にしてなお防弾壁を砕く威力…。遅い弾速、転がる薬莢、衝撃波…!小林は知っていた、この弾は25mm大型対物徹甲弾、通称ファイアーアームズ!先日の機動兵器『デモクラッド』ぐらいなら一撃で破壊できるアドバンテージを誇る!
「やめていただけますかな。」
ジェントルメンのマスターは争いを嫌う。だからこそ『ここ』だけは平和でいられたのだ。ならば外に出るか?出ればポリスの伏龍部隊が集結しラブハートを殺すだろう。それは面白くない。
「地下へ案内します…そこなら誰にも迷惑はかけない。」
マスターが指を鳴らすと、機械音とともにフロアーが下降してゆく。
途中で床が別れて小林とラブハート…そしてよく知らないオッサンの3人になっていた。180mの闇を抜け、辿り着くのはたった二人の墓穴だろう……その時はそう思っていた。
視界に飛び込んできたのは墓には似つかわしくない扇情の色!唸るサイレンとオーディエンスの怒号が嵐の如く巻き起こる!
「レディース・エェーンド・ジェントルメーン!ようこそネクロス闘技場へ!今日は突然のドリームマッチだァァァ!」
ワァァァァア!と叫ぶ声援の向こう、蒼の幕から覇者の風格が漏れ出す。
「ブルーコーナーッ!最強のポリス、中島月光!…対するは愛のロッカー、ラブハート!」
なるほど、確かにこれなら誰の邪魔も受けない。マスター…考えたな!だが感心している間もなく二人は中央の空中闘技場へと歩みを進めていた。
ラブハートはテレキャスターベースを、中島はアームドガンナー月光の腕だけを装備している。
接近する二人が同時に言葉を放った。
『センキュー。』
その意味を小林は知らない。根深く歪んだ主義思想の摩擦がどこまでこじれた問題なのか、頭で理解できても追いつけないだろう。だからこそフリーライターは自分の思想を文字に乗せてはいけない。推測の記事には何の価値もない。
「ぶえっくしょい!ちきしょい!」
ドォォォォォォン!
ゴングの代わりになったのはおっさんのくしゃみ。刹那、中央の石畳が吹き飛ぶ!中島…いや、『月光』は組み合いながらラブハートの零距離ファイアーアームズを右腕で弾き、その反動で高速左旋回!空中二段蹴りを顔面に叩き込んだ!
もはや人間の動きではない…!
「その程度の力でネクロスポリスに挑もうと?」
フッと笑い更に一回転!加速したミドルキックで吹き飛ばす!
ラブハートは闘技場の端寸前で地面を蹴りバク転着地!あと少しで落ちるところであった…。この下は奈落…生きては帰れぬだろう。
「…何故ネクロスに固執する?魂さえ縛る檻の中で、消えぬ光を持ちながら!」
「俺はこの街が好きなだけだ。ポリスになったのも街を荒らされたく無いからさ。お前はどうなんだ?…ラブハートッ!」
襲撃するファイアーアームズを舞う様にかわして距離を詰める。『対戦車格闘術』黒帯の彼に機関銃より遅い弾は通じない!
間合いは再びゼロ距離。空中半回転の加速を乗せ、腕の超硬質プロペラが桃色装束の胸装甲を抉り飛ばす。霧の様に散る血飛沫が殺風景な闘技場を彩る。
「聞かせてくれ、お前の愛の歌は誰に向けて歌っている?」
「愛が足りないこの街にだッ!」
ラブハートの膝アーマーが炸裂し数十発のベアリングを吐き出す。銀色の放射線は容赦なく肉を貫きタンクトップの蒼白い髑髏月を紅に染めた。
愛する者と愛した者、似てはいるが交わることの無い意志と思想の激突が命という酸素で炎を繋ぐ…。
絶対不可侵のこの二人の行く末を小林含めオーディエンスは見守る事しか出来なかった。床に広がる赤い染み一つ一つが魂であり言葉であり愛なのだ。
愛を語ってから体制を立て直すのにかかったのは4分33秒。吐息と砕ける石の音が歪なメロディーを奏でた…が、4分34秒目にそれは崩れた…。
BRAAAAAAAAAMMMM!
鉄壁の天井をドリル潜行列車が突き抜け落ちて来る!6両編成のそれは逆噴射をかけ華麗に着地!
「ネクロスポリス第七師団の回天だと…?それに後続車両は…ッ!」
月光が驚くのも無理はない、後続の装甲特殊路面電車は自分の部隊の『震洋』!そして中から現れたのは真鍮色のアームドガンナー『伏龍』だったのだから!
「中島ァ…。まさか貴様がネクロスポリスを裏切るとはな。」
回天の上部ハッチを開けて出てきたのは先日のポルトリー部隊のボス。この前はよく見えなかったが勲章のサイズからして上級職だ!
「ゲルタ副警視総監…?俺が…裏切った?!」
「ここでの会話は全てそこの彼、『ブェク・ジョーイ』のエクスギアを通して聞いていた。貴様の思想は危険思想!街のためだと人々の幸福を犠牲にするのだろう!」
『ゲルタ・イーノフ』…ネクロスポリスのトップ2で幸福推進委員会の会長も務める人物だ。そんな彼が何故ここにいるか…小林は回天の装備を見て察した。ハッピーアロマを使う気だ!
「息を止めろーッ!」
それが無意味と知っていても小林は叫ばずにはいられなかった。アレの作用の恐ろしさを身を持って知っているのだ!
ほぼ同時に回天の後方コンテナからポッドが射出され霧を散布!オーディエンスのざわめきはすぐに多幸感の海に沈んでいった!そして溢れんばかりの熱量が伏龍に流れ込んでゆく…、小林の推測が正しければこれが幸福エネルギーだろう。人の感情というやつはここまでの熱風を生むものなのかと関心と恐怖を覚える。
「ここにいる連中は全員が反体制思想の持ち主だ!一人残らず幸福矯正室に送り込め!」
ゲルタ副警視総監の声と共に6機の伏龍部隊が二人を目掛けて突進する!構えるは光学共振槍『レーザーサスマタ』!重装暴徒鎮圧用として開発されたが、あまりの強力さに倉庫行きになっていた物だ!
突撃するサスマタとテレキャスターが火花を散らす。月光は虚ろな目で追うしか出来ずにいた。信じたもの、愛したもの、守るべきもの…その全てをへし折られた。今の彼に戦う理由など存在しない。
「愛が…足りない街か…。言う通りかも知れねぇな…、ラブハート…お前はそれでもこの街のために歌ってくれるのか……?」
ただ寂しそうに天を仰ぐ。空も見えぬ地下に差す星空を、曇った瞳に浮かべて…。月の光など、とうの昔に地上へ届かなくなっていたのかもしれない。
「前だッ中島警部!」
小林が叫んだ時にはもう遅く、サスマタは深々と月光に突き立てられていた。ふらりとひと呼吸おき、その体は奈良へと消えて行った…。これが中島月光の最期…?こんなあっけなく?
「こうさせたのは誰かな?矯正室に送られた市民も、くたばった中島も…全ては貴様のゲリラライブが引き金となったのだ、ラブハート…!」
ゲルタ副警視総監はよろめくピンク男にトドメの言葉を投げかける。
「たかが歌と思うだろう、だがそれで人の心は動いた、再びこのネクロスは滅びへと突き進んでいるのだよ!安心安全絶対幸福の殻を破ってな!」
膝から崩れたラブハートは虚空を見つめていた。月光が消えた奈落、響く怒声と悲鳴…。彼も私も間違っていたのだろう。
愛すれば愛しただけこの街は牙を剥く。ただ平穏に生きていれば誰も幸福以外の感情を持たずに済んだはずだ。それを私は…。
迫る伏龍がテレキャスベースを踏み潰す。それはもはや誰にとっても無価値なゴミであった。
ただ見ているしか出来ない…小林にはそれが悔しかった。真実をありのまま記事にする、それがフリーライターに課せられた職務…。だが、一度は背中を預けた男達をむざむざと見捨てていいのか?僕は…ッ!
「その感情も…真実ではないのですか?」
振り向くとダンディーカフェのマスターがポリスサイドカー『EXA-7000改 閃電 』の側車に座っていた!
「とあるお客様が『自分にもしもの事があったら小林カズマという熱いフリーライターにこいつをよろしく頼む。』と私に毎日おっしゃっていましてね…。」
マスターは続ける。
「あなたの名前は?」
聞かれたら答えねばなるまい…。
「フリーライター・小林カズマ…ゴッドライターになる男だ!」
マスターと小林が同時に入れ替わる!文字通り7000馬力のスーパーマシン、その迫力がハンドル越しにチリチリと伝わる。向かうは前方200mラブハート!V12気筒4サイクルエンジンをフルアクセルで回転させる!
魔獣の如き唸りを上げたポリスサイドカーは助走無しで60mの奈落を飛び越え、下にいた伏龍を踏み潰してなお走る!このまま走ればラブハートはハンバーグの材料と化すのだが!
「死ぬか歌うか…決めろッラブハート!」
コンマ5秒後、時速180kmの側車にはピンクの男がすっぽり収まっていた。まだ死ぬわけにいかない…心の底に眠る意思が生存を決めたのだ!
「小林カズマ!この車両運搬通路を使え!」
マスターの声に導かれサイドカーはドリフトターン!どデカい車体は4×4mの通路に吸い込まれる!
「我ら伏龍部隊から逃げられると思うな!シークエンス省略…、ジェットオン!」
真鍮色の伏龍の足裏には短距離ロケットモーターが備え付けてある!約400mの距離を亜音速で跳躍出来るのだ!
爆音と共に接近する伏龍、ラブハートが側車の機関銃をもぎ取り応戦する!だが早々当たるものでは無い!彼らもまた対戦車格闘術を体に染み込ませている…!
「上だラブハート!前の天井を崩せ!」
「自分達が抜けられなかったらどうする?!」
「死んだらフリーライター失格だろ?」
ガガガガガガ!という銃声も置き去りにして崩れる天井を抜ける。懐かしいな…2年前のマンハッタン崩落の時も似たような光景を見た気がする。その時は僕がラブハートの位置にいた。
『やれ小林!連絡橋を落とせ!』
『でも渡り切る前に崩れたらどうするんですか!』
『フィルム届けられねぇカメラマンはカメラマン失格だぜ。』
いつかの光景をフラッシュバックさせながら地下から飛び立つ。ボロボロになったネクロスにかかる虚像の朝焼けは美しく、鋼鉄の空から降りしきる雨はもう既に止んでいた…。
それはまるで街の涙が枯れたように…。
墜ちた月と朽ちた魂、死んだ街は夢をも殺す!
音を失った世界はただ待ち続けた…あの男のラブソングを…!
永久凍土の幸福思想を、切り裂け雷神のテレキャスター!
次回『サンダーレインの涙』
謳え!愛の人類讃歌!
ジェットロックサムダウン ナツキライダー @summer_sun
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