第3話 幸福の代償

 管理都市ネクロス…。東西南北中央の5つに分けられた区画で彼らは生きる。

 ネオンきらめく大型歓楽街のネクロス東、研究施設や病院が集約されたネクロス西、中流階級の市民が暮らすネクロス南、下級市民街のネクロス北、そして治安をつかさどるネクロスポリスの本拠地、中央ネクロスだ。

 地下にあるという兵器倉庫にも行ってみたいが、大してジェットロックサムダウンの情報は無いだろうから後回しでいい。


 そんなわけで僕、フリーライターの小林カズマは北の街に取材に行っている。ネクロス東で2週間ほど聞いて回ったが、たまにロッカーが逮捕されるだけで進展は無い。業を煮やして行こうとしたネクロス南は「すぐ不審者として通報されるからやめとけ」…と中島警部に忠告されたので仕方ない。そんな事を思い出しているといつものスピーカーの音が近づいて来る。


「市民の皆さま、幸福活動にご協力いただきありがとうございます。今後ともネクロスポリスを信頼してください。」


 街宣しながら北ネクロス中を走り回ってるのは約3mの警備用オートマトン『まもるくん』だ。出来損ないのサメ人間みたいな古臭いデザインだが数十年前の機体だしまぁ仕方ない。

 そんな厳重警備中のまもるくんの目を盗み、路地から路地へと駆け抜ける。別に見つかっても大したことはないのだが、こうした方がスパイっぽくてかっこいいと思うし、まもるくんもカメラを向けるだけでこっちを気にする様子はない。


 そんなことをしながらインタビューできそうな人を探しいていた時だ。『エキゾチックバーガー』の裏で不思議な歌のようなものを聴き取った。それは僕のジャーナリズムが感じた音なのだろうか、初日のロックや先日のモダンレコードとは全く毛色が別のジャンル…。あえて言うなら民族音楽のようなもの。そう、確かに聞こえる。


 声の先にはガスマスクの子供がいた。ボサボサに伸び切った髪にやせぎすな身体、そこに食い込むように巻かれた包帯が痛々しい。性別は不明だが、小林のジャーナルアイは一瞬で10代の少女だと見抜いていた。

 ひとまずインタビューしようと腰ポーチからエリンギを取り出す。いつもはこれで警戒を解くのだが、今回その必要はなかったらしい。右手をヒラヒラと動かし、こっちに来いといわんばかりにヨタヨタ歩き出す。


 5分くらい歩いただろうか、北ネクロス中央の発電機関の前に僕等はいた。巨大な送電パイプが地面に突き刺さり、ここから都市中に電気が送られているのだろう。そういえばこのネクロスは一体何のエネルギーで都市を動かしているのかさっぱりだった。パンフレットにもクリーンなエネルギーとしか書いてない。


 しかし、この少女は一体僕に何をして欲しいのか。…そう思った時である!


バララララララララララ!


 不穏な風切り音が3機!低い空を駆け抜けていく。あの左右2基の可変プロペラシステムを持つ独特なシルエットは輸送用ティルトローターヘリ、「OV-7 スーパーポルトリー」だ!しかも物資を満載している時の重いエンジン音!小林は兵器に詳しい。

 そしてそのヘリ編隊を追うようにピンクジャケットの男がバイクで路地を走り抜けて行った。…ラブハート、あの男が何故ここにいるんだ?小林のジャーナリズムは今、新たな目的を得た。


「…またね、お嬢さん。」


 手に持ってたエリンギを少女に押し付けバイクの紫煙を辿る…。そう、これはきっと奇跡ではなく運命なのだ。



 さっきの場所から15分走った所にあったのが北ネクロス・ヘリパッド記念公園…さっきのスーパーポルトリー3機はここに駐機されていた。その周囲には輸送ヘリに格納していたらしきハンバーガー屋やスパゲティ屋等の屋台が展開し、浮浪者や暇人を匂いで引き寄せる。これらになんの意味があるのか…、ただの生活保護ボランティアではあるまい。


「市民幸福度が安定して上昇すると我々も幸せになります。不足があれば何なりとお申し付け下さい。ネクロスポリス幸福課より。」


 園内に響くのは幸福を願うプロパガンダサイレンの音。まぁ…幸せに越した事はないだろうが…。

 空腹ついでにミートソーススパゲティを貰い、園内を偵察してみる。そこには5mほどの人型機動兵器『オルドネオ』が3機、警備の武装覆面ポリスが5人、非戦闘炊事ポリスが14人。そしてヘリの中央ハッチの中に大柄な覆面ポリスが1人…、地図はパンフレットに書いてあった通り。これの調査を僅か3分でやり切れる小林だからこそ今までフリーライターとして生きてこれたのだ。

 だが何かおかしい。取材しようと話しかけても市民は皆一心不乱に食事をむさぼるだけでこっちに反応する素振りもない。不穏に思いつつもミートソーススパゲティを食した。そこでこの異常の原因に気付く!


(このシナモン風味…、まさかハッピーアロマか!?)


 ハッピーアロマ…それは前大戦で使用されたストレス減退合成香料だ。これを定期的に少量散布するだけで不安や悲しみを失った幸福奴隷、ハッピー廃人が出来上がるという恐ろしい薬物だ!


 慌てて吐き出すも少量摂取してしまい視界が曇る…。これが過ぎると目の前が光り輝いて天国にいる気分になるという。

 朦朧とする意識の中、接近する靴音に意識が向く。


「貴様…これに何が入ってるか知っているようだな。」


 小林は四角い鉄の箱で殴られて天を仰ぐように倒れた。12連誘導ミサイルランチャー、ペールギュントの感触だ。そういえば、2年前のマンハッタンでも同じ事があったな…あの時はカメラマンの先輩が助けてくれた…でも、今回は違う……。


ベイィーン!


 静寂を切り裂く重低音は、幸福に沈みかけた小林を現実へと引き上げる!おお、見よ!一心不乱に飯を食う群衆の中に一人、狼のような眼光のハートサングラスの男!


「この街には…愛が足りないぜ。」


「貴様は誰だ!」


 小林を踏みつけるポリスが振り向きざまに放った拳銃弾はテレキャスターベースで弾かれた!そしてその男の名は!


「愛の伝道師…ラブハート!」


ドゥンドゥンドゥンドゥンドゥン…


 繰り出されるエアベースのロックサウンドは溺れた人々の心を引きずり上げ、一瞬だけ幸福の鎖から解き放つ!…だが重ハッピー中毒の彼らはもう手遅れだろう、再び自分の意思で幸福に沈んで行く。


「ここでゲリラライブなど即射殺で構わん!やれ、オルドネオ!」


 蹴り上げたペールギュント・ミサイルを担ぎ上げたその風格、体格、骨格…このポルトリー部隊のボスに違いない。


「貴様がライブしなけりゃここの奴らは生まれてから死ぬまで一生ハッピーな夢の中だったんだがなァ!」


「夢から醒めるときだろうッ!」


 警備のオルドネオ3機が身長の半分ほどの大型兵器を構え……発射!ラブハート後方のポリスバリケードがトロトロチーズになる!あれは超大出力のレーザーキャノンだ!

 その発射直前の予兆を見切って地面スレスレの低姿勢ロケットダッシュでかわし、チャージ中の敵機寸前で踏み込み跳躍!弾いていたテレキャスターをオルドネオの頭部モノアイカメラセンサーに突き立てる!


「受けろ熱情…ッ、バーニング・ラブ!」


 展開したテレキャスターヘッドから放たれた1500℃の熱線が防弾ガラスを頭ごと貫き胴体を両断する!エアベースを弾いた熱を蓄積させたテレキャスタービームだ!

 仇討ちと言わんばかりのもう1機のレーザーは両断されたオルドネオを貫き、爆風と鉄片でラブハートを襲う!なんとか致命傷は防げたが、ダメージの大きい右腕ではエアベースを弾くことができなくなっていた!

 となればもうポリス部隊の取る行動は一つ…そう、殲滅だ。指揮官ポリスの合図でオルドネオは照準を合わせ、レーザーキャノンのトリガーに指をかける…。




 その間、小林は昏睡していた。日々の疲れや緊張がハッピーアロマでほぐれたのだろう。

 開いた瞳孔から見えている景色が夢かどうかもわからないが、彼は綺麗な川の中に立っていた。向こう岸には黄金に輝くプロテインに囲まれた高タンパクな料理、美しい腹筋の女やマッチョな男たちが小林を待っていた。そうか、楽園はそこにあったんだ…。小林は引き寄せられるようにゆっくり川へ沈んでいく。


「そっちに行ってどうする気だ?」


 楽園へと歩を進める小林の足を懐かしい声が止める。あれは…マンハッタンの件以降消息不明だったカメラマンの声…?


「一番大事な物、忘れんじゃねぇぜ。」


 振り返るとそこに人影は無く、ルーズリーフとペン、そして1台のガンカメラだけが転がっていた…。そうか…そうだったな、僕が欲しいのは楽園でもなければ人肌でもない。

 拾い上げたガンカメラのバッテリーは満タン、そして傷だらけのボディーは数多の戦場を写してきた証だ。スッとレンズを楽園に向け、吐き出すように呟く。


「カメラ…いいっすか?」


 切られたシャッターと同時に放たれたフラッシュ閃光が偽りの楽園を八つ裂きにする。




 朦朧とした意識の右前方で閃光が炸裂し、その中からピンクジャケットが駆け抜けた。左手にテレキャスターを握ったその男こそ小林が無意識に救った男!

 突然のフラッシュで視界を奪われたオルドネオは、次のレーザービームを叩き込むべく照準を合わせる!ピンク男との距離はわずか6m!至近距離でのレーザービームはどう撃っても標的に命中する…!馬鹿でもできる必殺射撃戦術である!


「左に跳べ、ラブハートッ!」


 熱線がラブハートの右肩をかすめ服を焼く。確かにオルドネオの右方向への照準が鈍い?今のは…小林には一体何が見えていたのだろうか?

 のけぞる姿勢のまま膝を地面に擦りながら滑走し、オルドネオの下半身をテレキャスタービームで貫く!流石にエンジン付近をやれば動けないだろう。

 もう一機…、いけるか?そう思い跳躍回転し向き直す。だがテレキャスタービームはほぼエネルギー切れ。身体はガタガタ。純粋に挑んでは勝ち目などないだろう。


 だが一人、冷静な男がいた。小林だ。小林はオルドネオのレーザービームを見てからずっと思っていた。『どこにあれだけのエネルギーを蓄えているのか』…と。

 思いつく物は3つ、超すごいエネルギーの開発、後ろのヘリからの無線補給、この場でのエネルギー生成…。多分全部だ、ここにあるもので膨大なエネルギーを作れるもの…ハッピードラッグ中毒者しかいないここで…?

 一心不乱にハッピーアロマ入りの食事をむさぼる市民を見て思い出す…。なぜハッピーアロマを使ってまで幸福度を保とうとしたのか…。今、点と線が繋がった。


「エアベースを弾けラブハートッ!」


「オォ……ッ!」


ダァァィイイーン!ヒャィィィィイン!


 地面に突き刺したテレキャスターを蹴り上げて風圧で弾く演奏法…その名も!


「グランドスラム…ッ、グラインド!」


ヴィーンヴィーン…ヴィヴィーン!


 やはりだ!ロックミュージックに合わせてハッピー飯を食う市民の手が止まった!根拠はないがこれでレーザービームは一瞬使えなくなるはず!

 それを察してラブハートが走り出し、左手のテレキャスターを大地という大きなピックで掻き鳴らす!チャージ出来た灼熱の律動は0.03秒!この一撃で破壊するとなると最高圧に絞ってピンポイントで弱点を撃ち抜く必要がある!だがそれは不可能に近い!


「奴の右脚手前を撃ち抜け!ラブハートッ!」


 その小林の声の直後、ラブハートを真正面に捉えたトリガーを引くオルドネオ!だが銃口から放たれた閃光はハート型サングラスが受け止められる程度まで減退していた!照射失敗…その一瞬の隙を見逃さず左手でテレキャスターのネックを握り込み、ボディを動かないよう右肩に食い込ませ…。愛を込めて振り下ろす。


「ラブ・ランス…ッ!」


 一瞬激しい閃光が飛び散って静まり返るが、市民の飯を食う音がすぐに響き渡る。そしてポリス達が「ざまぁねぇぜ!」と叫ぼうとした時、オルドネオが突如プラズマに包まれた!

 ラブランスは地中に走る超高電圧送電線を貫き、爆発的に放電させたのだ!漏れた電流はプラズマとなって通電率の高い金属製のオルドネオ、ヘリ、武装ポリスの順に炭化してゆく!わずか3秒程の出来事だったが敵性ポリスを焼き払うには十分だった…。


 食うものも無くなり生き残った市民がフラフラと立ち去った後、仰向けで倒れる二人だけがそこにいた。お互い色々聞きたいが正直それどころじゃない。


「…そこのカメラマン、何故ああなる事が予測出来た?」


「人よりちょっと観察するのが得意なだけさ。オルドネオが銃口を下に向けないからもしかしてと思ってね。そしたらビンゴだ、やっぱり送電線が埋まってた。レーザーに関しては賭けだった…、エネルギー源が『市民の幸福度』だという裏付けがないまま突っ込ませてしまった。」


「なるほど…幸福でエネルギーを…。」


 テレキャスターを杖にヨロヨロと立ち上がり中央ネクロスを目の先に捉えている彼が…ラブハートが何をしようとしているかは明白だった。


「待て、ラブハート…。」


「止めても無駄だカメラマン。私は…。」


「ちょっと休憩しようって言ってるんだ。東ネクロスにいいカフェがある。それと、僕はカメラマンじゃない…。」


 チョイっと前髪を直し、スッと呼吸を整えて吐き出したこの台詞でストーリーを締めるとする。


「小林カズマ…フリーライターだ。」







 思想情操乱れる街に、思念因縁が交差して!

 虚ろな愛と、揺るがぬ正義が砕け散るッ!!


次回『アンヴィヴァレント・ハート』


 たとえその声が枯れようと!

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