第2話 箱庭の月光

 ここに一枚のディスクメモリーがある。かつて「シーデー」と呼ばれ、一枚数千円で取引された文化記憶媒体だ。今や世界…いや、この街だけかも知れないがあえてシーデーを聞く者はいなくなった。アルティメットデジタル端末、「エクスギア」が全市民に配布されたからだ。

 ありとあらゆる物がデジタル化され、シーデー等のかさばるものは姿を消した。だが、今聞こえるモダンなBGMの発生源は紛れもなくレトロな物理ディスク。そう、今では希少なレコードだ。


トゥーントウ…トゥトゥトゥ…ティーン…


「いい音ですね…小綺麗な電子音とは違う味わいがある。」


「わかりますか…。メモに紙を使うあなたもいいセンスです。何て紙ですか…?」


「ルーズリーフ…。再生紙だよ。」


 ここはネクロス東の裏路地にあるカフェ『ラスダン』。ダンディーなジェントルメン、ツェーフォイラーがマスターをしている。そして薄暗いバーカウンターで話すのはフリーライター小林カズマと簡易スチームパンクの溶接工の男。彼、小林はこのネクロスの内情を探っていた。まだ都市伝説レベルのジェットロックサムダウンの情報があるかも知れない。今はどんな手がかりだろうとありがたい。

 不毛なやり取りに飽きて14杯目のミルクセーキに手をかけた…そんな時だ。


「ここにピンク色の変態が来なかったか?」


 ダークブルーのスーツを着た白髪の男がバーカウンターに詰め寄る。あの特徴的な武道歩きはポリス特有の動き。それを感じマスターは営業モードに入る。…いや、知り合いのようだ


「ようこそ中島さん、情報料をいただきますが…まぁ、まずはこれをどうぞ。」


 ジェントルスマイルを崩さずマスターはホットカフェオレを差し出す。マグカップには板チョコレートが挿してあり、溶け出したカカオのほんのり甘い香りが店内に広がった。マスターオススメのジェントルオレだ。


「そんな暇はない。」


 そう言うと中島はマグカップで天を仰ぐようにジェントルオレを飲み干した。バーカウンターはいつもの香りに戻るまで大した時間はかからなかった。


「ピンク色の変態というと先日のゲリラロックライブの男…ですか。来てたらサイン貰ってそこに飾ってますよ。」


 顔を向けた先には有名人か誰かのサインが壁一面に貼られていた。本物かどうかは知らない。ここのマスターは昔、書類偽造のプロとして有名だったのだ。


「…それで、他に御用でしょうか?それとも私も年貢の納め時ですかね…。」


「いや、マスター。あんたには色々世話になってるからな、これからもよろしくしたい。」


 代金と情報料をカウンターに置き立ち上がる。帰り際、ふと、カフェの出口で思い出したように振り返り、


「いいか、小林カズマ…。このネクロスで生きていたいなら俺たちポリスの言う事はよーく聞いておけ。警部の俺からの忠告だ。」


「あぁ、ありがとう中島警部さん…、でもどうして僕の名前を?」


 中島はカウンターの小林に向き直りフッと笑い、話す。


「ポリスは横の繋がりも広いんだ。お前を密入国させたヘドガーデルという男もポリスの仲間だ。その方が足取りをつかみやすいからな。」


「なるほど…その情報はオフレコの方がいいですかね。」


「いや、記事にしても構わん。観光には来てもらいたいしな。それに監視もそう悪いもんじゃない、常にボディガードが目を光らせていると思えばいいのさ。」


 カフェのドアノブに手をかけた時、中島は不穏な振動を感じ取った。体内にドゥンドゥン響くこのリズムは…ビートは…?まさか!

 そのまさかだった…。同時多発ゲリラライブ…!ラブハートの影響を受けた老若男女問わぬロックピーポー共がそこら中でフェスをしているのだ!おお見よ!道路の中央センターで百鬼夜行のダンシングベイビーズが乱舞し、民衆は沸き上がり狂気のファナティックが形成されていく!


「中島警部!ここにいましたか!」


「その声…アンドゥーか!状況はどうなっている!」


 顔が血まみれのアンドゥーと呼ばれた男は、ふらつきながらカフェの中へ倒れ込む。


「すみません…事前情報とは違い、やつらロックピーポーは機動兵器を使用します!ポリス装甲車やポリスヘリではとても敵いませんでした…!伏龍部隊が鎮圧に…。」


「機動兵器だって?!」


 真っ先に食いついたのは小林だった。彼は出版社の枠を超えて週刊フューチャーウェポンのワンコーナーを担当する程の武器マニアなのだ。機動兵器と聞いて黙っていられるハズがない。


「こ、攻撃ヘリから手と足が生えたようなヤツでした…!後ろに対空砲とミサイルが…。」


「コードM-200…多分デモクラッドだな!」


 小林の言うデモクラッドとはロシアのMi-24攻撃ヘリ『ハインド』のように前後にドーム状のコクピットを持ち、そこから腕と脚が生えた旧世代の機動兵器のことだ。足のローラーで巡航機動する事もできる。出現時期は40年前の戦争以来、古くはなったがポリスアラートフェーズ2くらいのレベルなら余裕で突破されるだろう…。


「デモクラッドか…伏龍が出てるという事はフェーズ4発令…!アンドゥー…お前はここで休んでいろ。」


 中島警部の注文で、フラフラのアンドゥーにマスターがオススメの一杯『ジェントルオレ』を差し出す。ほろ苦くも甘い香りに包まれたアーモンドのように安らかな眠りに堕ちた…。全治一週間だ。


「アームドガンナー…って、中島警部さん…あなたは一体何者なんだ?!」


 小林の問いに再度振り向く。


「中島月光…おまわりさんだ。」


 言い終わると同時にカフェの前に路面電車が到着する。ただの路面電車ではない、装甲特殊路面電車『震洋』だ!

 後部車両、ネクロス貨物のコンテナが展開するとアームドガンナー隊員以下4名は既に金色の鎧をまとい待っていた…!


「中島隊長!我ら伏龍部隊が時間を稼ぎます、どうぞ装甲着身を!」


 強化繊維竹槍を握りしめ、簡易カタパルトから射出されていく4機の伏龍。潜水服を思わせる真鍮色の装甲がモノトーンの街に鈍く吼える…!


「あぁ…任せた。」


 中島警部がコンテナに入ると同時にスキャニングが始まり、体中にアーマーパターンがマッピングされる。あとは音声認証キーの解放だけ。合言葉は、


「装甲着身…アームドガンナー・月光ッ!!」


 足から順に装甲が組み上がっていき、次第にジュラルミンの輝きを持つ騎士を召喚していった!その瞬間から中島警部という男はアームドガンナー月光となる!


「嘘だろ…生アームドガンナーだよ…!写真いい?!」


 興奮しカメラを向ける小林にピースを送る月光!きっと明日のトップニュースはこのシュールな写真が一面を飾るだろう…!

 前方では既に伏龍部隊が機動兵器デモクラッドと組み合っていた!約2メートルの伏龍と6メートルのデモクラッド、いくら小回りが効くといってもあらゆる面で体躯の小さい伏龍の不利!

 3枚目の写真を撮った頃、1機の伏龍がボディブローをモロに受け装甲路面電車に激突する!


「すみません…月光隊長…。ガス欠みたいです…!」


「そうか、もう2ヶ所鎮圧して来たらしいな…。ご苦労だった!」


 アームドガンナー月光のヘルメット内部コンソールには『鎮圧完了』と2つ表示されていた。

 デモクラッドの対戦車プラカードに吹き飛ばされ次々に装甲路面電車にめり込む伏龍部隊に「ご苦労様」を伝えゆっくり歩を進める銀の騎士…。天に登る虚像の月が輪郭を照らす。

 デカブツは残り4機、転がる2機は伏龍の戦果だろう。


「あとは任せろ、お前らは打ち上げの店でも探しとけ。俺の…奢りだ!」


 踏み込んだ地面がめくれ上がる。こういうのは公共事業として後から補修される。


「金ピカと同じ目にあわせてやれ!数とパワーはこっちが上だ!行けぃッ!ダンシングベイビーズ‼」


 デモクラッドのスピーカーに合わせ、不気味な形相のダンシングベイビーズがワンツーステップで歩みを進める。これにどれだけの戦力があるのかはビッグデータ「ポリスプロファイル」にも記されていない…!つまり新兵器!

 月光まであと5mというところで突如として反転旋回!月光必殺の迎撃ローキックが回転軸の頭部にめり込み…固着した?!


「何…ッ?!」


 3秒後、表通りが爆炎に飲まれる…。秩序を焼き尽くす地獄の業火のように!

 そう、奴らの真名はブレイクダンシングベイビーボンバーズ!通称『バブー』!全身が吸着爆雷のプラスチックボムで作られた爆殺セルロイドだ!!


「ハハハ!どうだバブーの味はァッ!」


「ジェントルコーヒーより甘いぜ…。」


 熱風吹き荒れ瓦礫が散る煉獄に、炎の色を染み込ませた銀色の騎士が一人立っていた!


「死に損ないがッ!そのまま蒸し焼きになれィ!」


 残り29体のバブーがブレイクダンス回転で一気に接近する!この数の爆発では生命維持装置すら意味をなさないだろう…!月光はどう出るか?!

 両手を地面につき敗北の土下座……!いや、違う!右足を立て、一直線に見据えるこの構えは!!


『クラウチングアサルトフォーメーション』


 体中のマッスルスプリングを最大限に引き出す恐るべき構えだ!瞬間、胸のビートが加速する!スタートダッシュで捲れ飛び散るアスファルトにさよならを告げ、駆け出した先に両手を突き出す!


「無茶だ中島警部ーッ!バブーに殺られる!」


「見ていろフリーライター!これがポリスの…ッ!アームドガンナーの…ッ!中島月光のやり方だッ!」


 全身にバブーが吸着し肌色のブドウと化す銀の騎士!それを見て笑う3機のデモクラッドのロッカーズ!


「あと2秒でテメェは灰かゴミの2択だなァ!ポリスよぉ!」


「俺はな、気に入らないんだよ…そういうやり方。子供を武器にするようなのがな!」


 吸着したはずのバブーが腕を基点に展開する!腕に外付けされた3枚のプロペラブレードに引っ付いていたのだ!

 そして両腕のプロペラブレードは胸のエンジンに呼応して推進し…腕部ブロックごと射出!爆殺セルロイドを乗せた地獄の双発旋風がデモクラッドを切り刻む!


『必滅烈風 月光拳・バブー竜巻大羅刹』


 …明日のニュースの見出しはこれだ!竜巻と爆炎の最強のコラボレーション、これを二度見しないやつは人間じゃない!

 バブー大爆発の炎が消えるまで小林はカメラを回し続けた。その光景を、炎に照らされた街の色を記事に収めるために…。


 あれから2時間後…フェスをしていたロックピーポーの一部は逮捕され、残りはどこかへ去っていった。そして早めの現場修復作業が始まった頃、すでに時計は深夜0時を指していた。


「腹減ったなぁ…。焼肉行きたいなぁ…。」


 先手を打ったのは溶接工、彼も聞いていたのだ。月光…いや、中島警部の奢り宣言を!


「いやぁスシでゴザルよ溶接工殿!」


「ラーメン…。」


「お、見たことある顔だと思ったらこの前ポリス署の壁を直してくれた溶接工のハリコフ・イケメンソンじゃないか!」


「いやーおかげでピカピカになったよ、まさか塗装までしてくれて!」


「そうだ、明日ベコベコになったそこの電車も直してくれよ!すぐ見積もり出すからさ!」


 装甲を脱いだ伏龍たちが溶接工を囲んで談笑している。結局この男もポリスの知り合いだったわけだ。僕はもっとネクロスの裏に突っ込みたい。


 …しかし、ここでふと思うことがある。この時間に大人数で押しかけられる飯屋があるのだろうか?座ってひまわりチョコを食べている銀の騎士に聞く。


「中島警部、予約取れるんですか?今の時間。」


「ああ小林か、こいつを使うんだ。こいつがあればネクロスシティではまず不便しない。」


 腰のケースから取り出したのはアルティメットデジタル端末『エクスギア』。全市民から情報を集めるだけでなく、個人の趣向や体調、さらには日程などに細かく対応しサービスを提供できる究極のガジェットだ。


「…なるほど、2キロ先の定食屋『もろぞふ』に全部あるらしい……。徒歩で時間を使うと丁度よく席が準備できるそうだ。」


「便利ですね、それ。」


「だろ?正規に入国すればレンタル端末が使える。手続きするか?」


「いえ、僕は密入国者なんでそのまま出ていきますよ。」


「そうか…。」


 ため息混じりに月を見上げる中島警部。


「俺はこのネクロスが好きだ、この街の歯車になった事を恥じた事もない。だからこそ、その回転を阻害する無秩序を許せないんだ。」


 スッと立って続ける。


「世界なんて大層な事は言わない、俺はこの箱庭みたいな小さな都市を照らす月光でありたい…。」


 僕は密入国3日目にしてとてつもない大義を持つ男に出会った。ネクロスポリス・アームドガンナー隊『震洋』隊長…白銀の騎士『中島月光』警部だ。







 ネオンの光に隠れた闇に、酷く枯れた命の灯火!

 誰も見て見ぬ少女の唄に、ジャーナリズムが炸裂するッ!!


次回『幸福の代償』


 ネクロスは不幸を殺す!

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