君の名はッッ!!

tyabotyabo

君の名はッッ!!

※本作品は昨年話題となって映画作品とは一切関係がありません。






深夜2時00分、私は自転車を走らせていた。

日本海を臨むとある地方都市。人口はそれなりに多いが、この時間となると人通りもない。


塾講師のバイトを終えた後、たまたま駅前で飲んでいた後輩と出会い、流れで飲みに行った。

自転車に乗って帰らねばならないので、酒を飲みはしなかったが、思いがけず話が盛り上がってしまい、帰るタイミングを失った。

1時を過ぎて流石に帰らねばと思い1500円だけおいてきた。


左右の足をリズム良く動かしながら思う。深夜のサイクリングも悪くはないものだ。

飲み屋の喧騒や独特の臭気は風に飛ばされ、潮の満ち引きと海風に混じる磯の香りが支配している。


そんな快適なサイクリングが唐突に妨げられる。


「そこの自転車、止まってください」


サイレンは鳴らさず、赤のランプのみ点灯させた白黒の車が、どこかの自転車を呼びとめる。

軽く見まわすが、自転車どころか自動車も他に見当たらず、仕方なく私は足を止める。

すると、パトカーが私の自転車の脇に止まると、中から2人の男性が下りてきた。


「ごめんなさいね。ちょっと聞きたいことがあって。少しだけ時間をくださいね」


職務質問というやつだ。


「こんな時間に自転車で、どちらに行かれるの?」


内心で『行かれるの?とか、変な日本語だな』と思いつつ、慇懃に、しかし、めんどくさがっていることが微妙に伝わるようなトーンで、


「バイトで…家に帰るところです」


と答える。


「ああ、それはお疲れ様です。すいませんね、お疲れのところ」


「…いえ」


「ところで、こちらの自転車って防犯登録されてます? いえ、疑っているわけではないんですよ。でも、最近多いので、念のため」


……ぎくりとする。


この自転車は、大学の同期の女の子から購入したものだ。

高校生のころから乗っていたものらしく、ずいぶん古いが、走っている分には快適だ。


新車を買おうと思えば1万円前後はどうしてもかかるが、3段変速付きのこの自転車を、彼女は野口さん1枚とランチ一回で譲ってくれた。

そして、その後は、名義の変更やら防犯登録のやり直しやらをしていない。


「……あの、これ、友達から買ったんです。だから、防犯とかわからなくて、すいません」


ここで、警察の人たちが露骨に怪訝なまなざしを向け始める。そして、俺は焦りだす。


「いや、本当なんです。同じ学部の子で……」


ここまで来てさらに焦る。


……あいつの名前、なんだっけ。


髪が長めで、うちの学科では珍しく染めてなくて、ツインテールやらポニーテールの日が多くて、俺はどちらかといえば、どちらかといわなくてもポニーテールの方が好きで……じゃなくてっ!!


「あのっ!……ちょっと待ってください。本当なんです。今思い出せそうなんです!!」


ここでハッと思いつく。そうだ携帯!!

確か電話帳にあいつの連絡先が入っているはず!!


いそいそとカバンに手を入れ、スマホを取り出す。えっと、えっと、Lineのグループで……


【……チャンさん】


そうだった!!こいつのあだ名、最初は○○ちゃんだったのが、誰かが「ちゃん」と名前を逆にして呼び始めて、挙句の果てに名前の部分が消えて、あだ名が「チャンさん」になったんだ。本人も気に入ったのか、Lineの名義を「チャンさん」にしているし……うおおおおおおっ!!


「あの、あだ名はチャンさんって言って、黒髪で、よく髪を結ってて、あの!!」


とりあえず知っている情報を羅列し、記憶を整理する。

クイズ番組で歴史上の人物を度忘れした芸能人の気持ちはこんな感じなんだろうか…とか考えている場合じゃない!!




思い出すんだ!

ど忘れてしまった人!

でも、思い出さなきゃない人!

君の名前はッッ! 名前はッッッ!!




「伊藤みおさん」


脳のシナプスがどこかにつながり、ポロリと言葉になる。


「……そう、この自転車、伊藤みおさんから買ったんです。そのあと名義の更新と化してないけど、本当なんです。買ったんです!!」


まくしたてるのとほぼ同時に、防犯登録の紹介が終わったらしく、


「その子の言うこと本当みたいです」


との言葉をもう一人の聞こえる。警察官は少し考える顔をした後に、


「わかりました。気をつけて帰ってください。……ただ、防犯登録のやり直しはきちんとしてくださいね」


パトカーが去って行った後、冷や汗をかいていたことに気がつく。

そして、開いたものの何の役にも立たなかったLineのチャンさんに向けて、


「君の名前、思い出せてよかったわ」


と、意味不明なメッセージを残す。


次の日、このことを話し、しこたま馬鹿にされたのは、また別のお話。









※研究室の後輩から聞いた話が面白かったので、だいぶ脚色を入れて短編の小説にしてみました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の名はッッ!! tyabotyabo @tyabotyabo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る