第5話『アルバイトをしよう!』

「アルバイトをします」


 エーファが深刻な面持ちでそう言った。

 練習試合が終わり、どうにか第二戦艦部の存続が認められて一週間ほどの放課後、夕日に赤く染まりかけた部室である。

 ここ数日、のんびりとフライヤの整備を続けていた、エリオ、コジマ、そしてエーファの第二戦艦部三人は、久々に妙な緊迫感に包まれていた。


「それはまた、突然なお話しですね」


 コジマが相変わらず、ちっともビックリしてない表情で答える。


「部の活動費は、まだ充分残ってたと思いますが。

 ついこのあいだ、部と予算が承認されたばかりですし」


 そもそも戦艦部の活動費は、部員に直に支払われるわけではない。燃料、弾薬、ドック使用料などをひっくるめた枠は生徒会により定められ、そのやりくりは求められるものの、金額が莫大なことと、国からの様々な援助等があるため、全ては銀行の帳簿上で終始する。

 足りないからと言って、学生が賄える額ではないし、現金で補填するようなものでもない。


「まぁ、これ見て」

「これは……先日貰った、第一の練習試合、観戦の招待状ですね」

「試合までまだ二十日くらいあるし……?」

「その下……ずっと下の細かい字」


 エーファの声に、エリオとコジマは視線を下げる。

 記されていたのは、生徒会からの、額面二千五百マルクの請求。


「な、なんですか! この微妙に高額ながら、三人が死ぬ気でアルバイトすればなんとかなりそうな絶妙な請求は!」

「フライヤの……改装費用?」

「そ。第一の次の練習試合観戦、その時に持って来いってさ」


 あ~。エリオは練習試合の勝利にかこつけて忘れておきたかった事を思い出してしまった。

 確か、先の練習試合の前、時間の無かった第二戦艦部は、フライヤのレストア&改装の実作業を一般業者に外注していた。その費用は、一次的にグラウが、というか生徒会が肩代わりしている。


「でも、あの改装費用なら、こんな額じゃすまないんじゃ?」


 『中原』ミットラントの貨幣価値が今一ピンと来てないエリオだが、さすがにこの程度は解る。二万トン級巡洋戦艦の、FRAMに準じる武装総取っ替えプラスアルファ工事である。間違いなく桁が四つも五つも違う。

 エリオの疑問に、天井を見上げたエーファが、例によって頭をガリガリ掻きながら答える。


「……生徒会の『善意』で、フライヤの改装費用は、基本的に学校が出してくれることになったそうなの。

 ただ、部活動も学校教育の延長である以上、『責任』と『誠意』は見せて下さい、てさ」

「『責任』と『誠意』のお値段が二千五百マルクですか……経理的にはどっちがお高いんでしょうね?」


 コジマが変なところに引っかかるが、エリオは乗っかる気になれなかった。


「教育の延長ね……マッチョだなぁ……

 ボクは一応、外国の国費留学生なんだけど……」

「カイチョーがそれくらいで容赦するわけないじゃん!

 ちなみに、あんたの国から出てる留学雑費はカイチョーが管理してるからね。

 この支払いには使えないってさ」

「二千五百マルク。士官学校出の新米少尉の俸給よりわずかに高い程度ですね。

 国都でのパート時給が十マルク前後ですから……」


 コジマが数瞬、宙に視線を漂わせ暗算する。


「確かに、ひとり四、五時間労働、三人がかりで三週間なら、『高額だが、払えない事は無い』ギリギリのラインですね」


 士官学校の終業は十七時。ここから四時間働いて二十一時。勿論、移動やらなんやらでプラス一時間はとられるだろう。

 因みに、エリオたちが、普段、自学のためにとられる時間が二~三時間ほど。つまり、二十五、六時就寝となる。起床時間は六時。


「四時間労働、四時間睡眠かぁ……グラウさん、いいトコ攻めてきてるなぁ……」

「だからさ、言ったじゃん。カイチョーはドSだって」


 ウンザリしたエリオに、ウンザリした顔のエーファが同調するが、とちゅうで「いかん、いかん」と頭を振り、部長らしい威厳をどうにか取り戻す。


「なんにせよ、我々第二戦艦部は、二十日間で二千五百マルクを稼ぎ出さないといけない。

 幸い、この時期、授業はほぼ座学のみ! 時間外教練も無し!」


 「というわけで」と、エーファは眼を閉じ一旦すぅと息を吸い込むと、仁王立ちになって大きく吠えた。


「アルバイトをしますっ!」


**********


「なんか、エリオが青い顔して、授業終わった途端にすっ飛んでましたけどねぇ」


 士官学校の放課後。

 生徒会室の長机の端っこにだらっとした姿勢でお茶を啜りながら本をパラパラと流し読みしていた銀盤士が、思い出したように呟いた。

 生徒会長お勧めの戯曲本はあまりお気に召さなかったらしく、パタンと閉じる。

 先日行われた第二戦艦部の練習試合以来、エリオと寮で同室のロリス・ツェーレンベルクは、なんとはなしにグラウの茶飲み相手にされていた。

 ロリス自身もあちこち適当な場所で本を読むのが好みなので、なんとなくお誘いには応じている。


「あらあら、お薬はちゃんと効いてるみたいですわ」


 長机のお誕生席に座ったグラウは、窓から外を眺めながら、うふふと笑う。

 校庭ではいくつかの運動部が号令を掛け合いながら準備運動を始めている。特殊教室の多い校舎翼側では金管楽器の音合わせや声楽の発声練習が間断なく聞こえてくる。放課後の学校は、様々な部活動にいそしむ生徒達で中々に騒がしい。


『大学』ウニテート留学生のお友達は、今どちらに?」


 視線をロリスに戻したグラウが脈絡も無いことを尋ねる。


「俺とエリオ以外は寮だと思いますよ。

 課題やったり、銀盤通して『大学』こきょうの様子を見たり、趣味の銀盤開発してたり、寝たり……とかじゃないですかねぇ」

「そう。『俺とエリオ以外』って、随分、ハッキリと解りますのね?」

「銀盤士って、そう言うもんですから」


 グラウは、ほうっと溜息をついて、お茶を一口啜った。


「会長さん、また、なんか企んでます?」

「まぁ、人聞きの悪い」

「エリオから聞いたんですけど。――妙にクリティカルな借金の話」


 ロリスは切れ長の瞳で、いつの間にかグラウをじっと見つめていた。


「うふふ、ご存知有りませんでしたの?

 わたくし、生徒の間ではドSで有名らしいですわよ?」


 対するグラウは、平然と、いつものような笑顔を浮かべて見せた。


**********


「アルバイト、クビになりました」

「「早っ!!」」


 エリオはエーファとコジマの前で困り果てていた。

 因みに例の、アルバイトします宣言から数日しか経っていない、お昼休みの教室である。


「……なにやったの? あんた」

「つまみ喰いでもしましたか? 生野菜はお腹に悪いですよ、と忠告します」

「いや、喰いはしてないけど!」


 『中原』ミットラントでの短期パートタイム労働で最もメジャーなものは、流通の末端従事者だという。早い話、接客業だ。

 士官学校近くの……というか、その学生を当てこんだ学生街の商店街で、エーファは喫茶店の店員、コジマは本屋の事務、そしてエリオは八百屋の店員のアルバイトを得ていた。

 学生街であるし士官学校生徒は信用もあるので、その手の求人も豊富なら、働き方の融通も利く。エーファが商店街を回って、ひょいひょいひょいと決めてきたのである。


「……なのに、一日でクビになった生徒とか、あたし、初めて聞いたわ……」


 エーファが、むしろ大したもんだ的な感じで溜息を吐き出す。


「なにやったの?」

 ……注文通りに野菜渡して、お金貰うだけじゃん」


 食用植物の種類自体は『中原』ミットラント『大学』ウニテートでさほど変わらない。品種は違うかも知れないが、キャベツはキャベツ、ジャガイモはジャガイモであった。


「ジンガイさんはこちらの貨幣にまだ不慣れだから……計算間違いでもしました?」

「一応、言い訳させて下さい。」

「おう」

「注文の品はちゃんとお客さんに渡しました」

「うん」

「お金の計算も、間違ってはないと思います。」

「で?」


 エリオは、自分的には未だに何が悪かったのか解っていない、その時の状況を語る。


「ジャガイモが足りなかったので、クズ野菜捨ての中身を銀盤で再構成して、お客さんに渡したら、クビになりました」


 沈黙が支配する数瞬の後、妙に静かにエーファが言った。


「……なにを言っているのか、あたし、さっぱり、解らない」

「売ってる野菜をちゃんとサンプリングしてチューンした、食材構成用の法莢ショーテを使ったんだけどなぁ…… 成分も味も風味も問題無いはず!」

「いや、それ以前に……再構成って何?」

「素材を分子……モノによっては原子レベルまで分解して並べ直して、別のモノに変化させることだけど」


 当たり前の様に答えるエリオに、エーファはおろかコジマも「むむむ……」と脂汗を流す。


「それ、食べて大丈夫なんですか? とコジマは著しく苦悶します」

「ウチの国――『大学』ウニテートでは、ごく普通のことなんだけど……」


 エーファとコジマの冷たい視線に、ようやく「なんか変だぞ」と気付いたエリオは、根本的な処から説明をし直し始めた。


 ――そもそも、『大学』ウニテートの基幹技術である『銀盤技術』は、つまるところトーアと呼ばれる宝珠に封ぜられた特異点を通し、何処とも知れない『向こうの空間』から『情報』を出し入れするというだけのものである。


 ――ただし、この『情報』には、単なるテキストや銀盤の術式のような『記録』以外に、現実世界の物や環境の『在り方』も含まれおり、現実世界の物に違う『在り方』を上書きすることにより、状態を変化させることが出来る。

 銀盤の魔法として、部外者が真っ先に思い浮かべるのが、この状態変化であり、例えば石壁の『在り方』を『破壊された石壁』に上書きすれば、結果、石壁を破壊する魔法に見える。リンゴの在り方を上書きしてジャガイモにする事が出来る。


 ――勿論、実際は『在り方』や変化させる『状態』の情報は数億~数千億の項目に分かれており、その編集や制御は簡単な物では無い。

 しかし、『情報』は銀盤器がある限り、どこでも瞬時に、そして無制限に伝わる。どの銀盤器のトーアでも、その向こうの空間は、こちらの物理法則を全く無視した『同じ場所』である。そこに誰かが放り込んだ情報は誰でも取り出すことが出来、尚且つ目減りしない。また、付け加えたり、訂正したりも自由である。(実際は、公正さや権利を保障するため情報ごとに鍵が付いていたり、アクセス制限がある)


 ――結果、銀盤技術を核とした集合知が形成され、どんどん積み重なっていくにつれ、先ほどの例……石壁を破壊したり、リンゴをジャガイモに変える様な術式もパッケージ化され安価に出回るようになった。

 銀盤技術を持たない人間も、パッケージ化された術式を空の法莢ショーテにダウンし、起動させることだけは出来るので……つまり、物質的文化の発達に必要な物質、労力の集積や多様化も銀盤で賄えるようになってしまった。


「そもそも、銀盤技術自体、この、『在り方』の術式の交換と、それに付随した公正な財のやりとりの仕組みから発達していったようなモノだし……

 と、いうわけで、『大学』ウニテートでは、再構成されてない物を探す方が、むしろ大変なくらい」


 「再構成されてない『一次もの』は、プレミアが付くこともあるよ」と、エリオは言葉を慎重に選びながら『大学』ウニテートの一般人の生活を説明する。本人が当たり前と思っていることを事細かく説明するのは思ったより難しい。


「?? それならそこいらの石や土からご飯作った方が楽なんじゃ?」

「魔法でニート生活ですね」


 しかし、エーファとコジマは今一想像が追っついていないらしい


「いやいや、銀盤はあくまで、状態を変化させる事しか出来ないんだよ。

 あまりにも性質が違う物には変えられないんだ。植物を別の植物に変える事は出来るけど、肉や魚には変えられない。というか、出来れば科とか目とかも同じ方が良い。

 だから、普通に農家とか漁師とか、小規模なお店とかはあるんだよね。再構成の素材として必要だから」

「はぁ、本当にジンガイの世界です……」

「便利なのか、不便なのかわからないね……」

「あ、でも、さっき言ってた『ご飯』ってのは出来る。

 ……っていうか、最近、素材を別の素材に変える過程をすっ飛ばして、料理の形で出力する術式が流行ってるから。

 単純な素材から再構成できる新しい料理の術式をどんどん開発して、トーアの向こうにアップしてる料理系銀盤士とか、お菓子系銀盤士とか、ここ最近増えてきた」

「ス……お菓子スイーツ系の銀盤士!!」

「これはまた、銀盤士のイメージがダダ崩れですね、とコジマは驚愕いたします」


 微妙な疑問を感じたエリオは、試しに二人に尋ねてみた。


「……今更だけど、銀盤士って『中原』ミットラントじゃ、どーゆーイメージなの?」

「……鉄と火薬の魔法使い?」

「複雑な機械を信じられない精度で手なずける、機械使いマキナ・ベンディガーとかですか」

「とにかく、クールで冷徹で、ちょっとダークな感じ?

 総じて、変人で人嫌いで、ボッチ系の」

「子供向けのお話しでも、機械仕掛けの大剣を使う放浪の魔法剣士とか、体中に隠し銃を仕込んだ孤独な半人半機のヒーローとか居ました、と補足します」


 うーん、と軽く考えたあと、エーファとコジマが語った内容は、案の定、変な方向に美化(?)されていた。しかも「だから、あんたたち見た時、普通すぎてがっかりしちゃって」との嬉しくない感想付きで。

 機械との縁が深いのは、恐らく、未だ国交の無かった時代、『大学』ウニテートから『中原』ミットラントに流れ着き、拙い設備、技術でなんらかの結果を出さないといけなかった漂着者が、出力をこちらの機械に頼ったせいだろう。

 当時の『中原』ミットラントは戦乱のただ中だったわけで、既存兵器の改良の方が受けが良かった、という事情もあるんだろうな、と云う処までエリオが考えたところでエーファが唸った。


「うぅん……いや、いいんだそんなことは。

 失敗の理由も、なんとなく事情は……解った……ような、解らないような。

 ……いや、それもどーでもいいんだ……問題点はただひとつ!

 エリオに出来るバイトを、また探さなきゃならないって事!!」


 だいぶん脱線したが、結局は、そういう事なのだ。

 今は目先の事が大事。『大学』こきょうの話で少し上がったテンションと同時にエリオの声音が下がる。


「因みに、さっき言った理由で、実はボク、顔見知り以外の人と売り買いするってのも慣れてないから……」

「要らない追加情報が増えました……」


 結局は振り出しに戻り、しかも日数を無駄にしている。

 第二戦艦部の三人は、また、頭を抱え込んで無言になった。


**********


「ようこそ、背徳と禁断の研究室へ」


 銀盤士が着るぞろりとした漆黒のインバネスに身を包んだコジマはその鉄面皮と相まって、まさにマッドなサイエンティストに見えた。

 肩、肘、腰などに怪しげな機械らしきものが縫い付けられ、メイクも青みとシャドウを強調したモノ。

 彼女が胸元に付けた銀色のブローチに何事かを囁くと、背後の分厚い鉄扉の表面に埋め込まれた豆球が点滅し、艦艇グライファの水密扉のそれに似た巨大な閂がゴロゴロガッチャンと開放される。

 鉄扉に鎖で吊され、閂の衝撃でわずかに傾いた銘板には『期間限定!! 銀盤士喫茶』とデカデカと書かれている。


「これは、また、面白いことを考えましたね」


 士官学校、港の外れ側出口に近い街カフェである。第二戦艦部の部室に近く、彼らの定番の溜まり場になっているというが、無理を言って数日貸して貰ったらしい。

 コジマのエスコートで、鉄扉をくぐり(くぐった際に精緻なハリボテと知れた)店内の一席に案内されたグラウは、辺りをぐるりと見回した。

 窓を暗幕で覆い薄暗くした店内は、恐らく銀盤による物だろう、中空に漂う、不可思議な幾何学模様や謎の文字列の発光で、そこそこの明るさが保たれている。

 壁や家具類は、扉と同じく鉄製に見せかけたハリボテに覆われており、ところどころに埋め込まれた怪しげな機械、ニキシー管、法莢ショーテが淡い光を放っている。

 どのテーブルも満席で、空きスペースにもグラスを片手の客が屯している。その殆どは士官学校の制服を着ており、そうで無い客も比較的年若い。


「どうです?、カイチョー? なにか文句あります?」


 メニューを持ってきたエーファが、ガツンと水の入ったグラスを置く。彼女は黒を主体としたオールドルックなメイド服に白衣を羽織り、魔法使いに仕える助手、といった趣だ。

 営利目的のイベントまがいを行うにあたり、生徒会の視察を義務づけられたせいで、グラウをあからさまに警戒している。


「本来なら、生徒会がこういう機会を設けるべきでしたわね……」


 エーファの敵意をさらりと無視しながら、グラウは楽しげに辺りを見回し続ける。

 客に交じり、簡単な銀盤術を披露したり、質問攻めにあっているのは『大学』ウニテートからの留学生たちだった。エリオが協力を求めたらしい。

 元々、『中原』ミットラントの人間は、海向こうの謎の魔法技術、謎の魔法使いに偏見に近いロマンを抱いているのだ。まるで有名な軍人や王族扱いで、士官学校の学生達が群がっている。

 相手をしている『大学』ウニテートからの留学生たちも、若干戸惑いながらも、悪い気はしていないようで、お互いが語る異国の話に静かな熱気が沸き上がっている。

 中でも、ほっそりとした美形の女銀盤士は人気の的で、下心丸出しの生徒たちに囲まれて苦笑しつつ、無言で光り輝く幻を次々に空中に放っている。照明代わりの幻影は彼女が担当しているようだった。

 あんな留学生がいたかしら? 多少疑問に思いつつも、グラウは言葉を続けた。


「留学生の方々に失礼のないように、彼らが慣れた頃に、キチンとした席での交流会も企画していたのですが……『中原』わがくにの偏見を利用して、逆に商売にしてしまうとは……

 脱帽いたしましたわ、エーファさん」

「あ、そんな計画があったんですか、すいません……」

「良いんですよ、見知らぬ外国の方々と言うことで、わたくしの方が少し慎重……いえ、緊張し過ぎていたようです。

 案ずるより産むが易し。人と人との理解なんて、思い切ってやってしまえば簡単なことなのですわね」


 叱責も覚悟していたエーファは、グラウのあけすけな賞賛にむしろ戸惑っている。そんな彼女の表情を楽しみながらグラウはメニューを広げた。

 その中身もトーア法莢ショーテをイメージしたゼリーや氷菓子、真っ黒なインバネスをイメージした黒いオムライス、オイルのようなどろりとしたカフェ・モカ等、相応に凝っていて、種類も多い。


「じゃあ、この銀盤器のパフェを頂きますわ」


 グラウが銀盤器を模した全部入りのパフェの写真を指さすと、とりあえずロールプレイに徹してしまおうと思ったのか、エーファが「かしこまりました、お嬢様」と綺麗なお辞儀を返し、下がろうとする。

 が、途中で振り返り、満面の笑みで言った。


「こちらはスペシャルメニューとなりますので、調理風景をパフォーマンスとしてお見せします。

 わが第二戦艦部の誇る銀盤士の妙技、とくとご覧下さいませ」


 そして、それは、エーファの自信たっぷりな言葉に違わず、素晴らしいものだった。

 背後に『大学』ウニテートの国章が飾られた店の奥、その背後から仰々しいスモークが黙々と沸き上がる。

 舞台袖から、枯草色の髪の銀盤士が、ワゴンを押したエーファを従えオドオドと現れる。ワゴンの上には卵、牛乳などに交じり、ジャガイモやカブ、牛の骨など、およそパフェに相応しくない食材がゴロゴロと並んでいる。

 初めて行うわけではないらしく、客たちは慣れた様子で歓声を送り、拍手や指笛で二人の登場を盛り上げる。

 観衆の沸き上がりに、若干顔を引きつらせながらも、エリオは胸に下げた複数の銀盤器に命令し、あるいは素早く法莢ショーテを付け替える。

 ワゴンの上の食材が、その度にキラキラと輝く粒子から、クリーム、砂糖、小麦粉、牛乳等に姿を変え、更にそれらが空中で混ぜ合わされ、冷やされ、焼かれ……最後に、幾何立体を組み合わせたような非実体の腕数本が、それらを器の上に綺麗に盛り付けた。


「はいっ! 銀盤器のパフェ、完成~っ!

 皆さん、拍手、拍手!」


 舞台上のエーファが煽ると、ノリノリの観客は、指笛を鳴らし、脚を踏みならし、ハイタッチをし……と、一層の快哉で応える。

 エリオもややヒキ気味ながらも、それに堂々と対していた。


「本来なら、素材から一足飛びにお料理まで再構成出来るらしいですが、多少ショーアップさせて頂きました!」


 真っ赤にゆだっているエリオを引き連れ、出来上がった銀盤器のパフェを、エーファが得意げにグラウのテーブルまで運んできた。


「なるほど。お料理はどうしてるのかと思ってましたが、銀盤で作ってるのですね?」

「あ、はい! 素材の再構成からだと専門家じゃないと手に負えないような複雑な術式が必要なんですけど、材料が揃っている状態での調理だけの術式なら、ボクにもある程度組めますから……」


 広く浅めのパフェグラスに、法莢ショーテを模した色とりどりのゼリーが敷き詰められ、その中では銀盤を擬えた果物のグラッセの欠片ががとろりとした光を放っている。ゼリーの上には真ん中にトーアを模した特大のチェリーを真ん中に埋め込んだ丸いチーズケーキが置かれ、その周りで生クリームとアイスクリームが、鳥の羽を思わせる丁寧なエングロービングを形作っている。


「綺麗ですわね。食べてしまうのが勿体ないくらい」

「濃いめのカプチーノも置いときますね!

 甘すぎて、口の中が馬鹿になっちゃうから」


 「完食されたら、もれなく太りますよ」と、冗談めかして言いながら、エーファは次の仕事があるからと去って行った。残されたエリオは困ったようにモジモジしている。


「あ……再構成した素材の安全性は保証されています。『中原』こっちでは見慣れないかと思いますが『大学』うちでは……」

「こちらの意図を見抜いていたのかしら?

 それとも、単なる偶然?」


 柄の長いスプーンでアイスクリームをすくいながら、グラウは言葉を被せた。なにを言われたか解らないエリオはキョトンとしている。


「あんな見事なパフォーマンスで作られた、こんな綺麗なお菓子ですもの。

 美味しくないわけはないですわ、そうでしょう?」

「はい!」


 大輪の花のようなグラウの笑顔につられて、エリオもにっこりと微笑む。


「ちょっと、エリオ! オーダー溜まってるの!

 いつまでカイチョーといちゃついてんの!」

「ご、ゴメン、すぐ行く!」


 バックヤードから顔を出したエーファに怒鳴られたエリオは、ぺこりと一礼すると、慌てて調理場に駆け込んでいった。

 それにヒラヒラと手を振りながら、グラウは口の端だけ上げて悪い笑みを浮かべた。


「彼らは、彼ら独自の力で動きました。

 次は……わたくしの番ですかね?」


**********


「今日もいっぱい来てるよー!」


 エーファがニヤニヤしながら、両手に抱えた手紙の束をバサリと作業台の上に置いた。

 第二戦艦部の部室、生徒会からの請求期限まであと一日あまりを残した放課後である。

 お店を借りたお礼や、協力してくれた『大学』ウニテート留学生へのお礼、料理や飲み物の支払い、設営費用諸々の支払いを済ませて尚、『銀盤士喫茶』の売り上げは、どうにか二千五百マルクをわずかに超える額が残っていた。


「置いといて、置いといて」

「てか、一々取り次ぐなよなー」


 店の片付けから戻った銀盤士が二人、作業台の端でぐったりしている。


「やっぱ、ロリス宛てのファンレターが群を抜いてるね!」

「どれどれ、『神秘的な眼差し、エキゾチックな佇まい、すらりとした容姿……あの娘は誰なんですか?』『愁いを含んだ切れ長の眼差し、銀盤を操る細い指先、一目惚れでした! 留学生にあんな美人がいたなんて!』『銀盤と影のある美少女の取り合わせ、サイコーっ!!』……嫉妬してしまいますね、とコジマは……」

「おおっ! 『あの神秘的なおねぇさまは誰なんですか!?』と? 女の子からも結構来てるじゃん!」 

「読むなっ!」


 たまらずロリスが絶叫した。コジマの冷え切った棒読みは、羞恥心にグサリと突き刺さる。


「……しかし、ロリスがあんなに女装似合うとか、知らなかったな……」

「言うな、エリオ! ああ~っ! なんでOKしちまったんだろう……

 仮装も演技も生のエンターティメント、とか……先週の俺の大バカヤロウ」

「でも、ありがとねー、ロリス、部員でもないのに。

 と~っても綺麗だったよ~っ(はーと)」

「うん、誰も知らない新天地で、新たな性癖が開花したか。おめでとう

 あと、寮の部屋は換えて貰いたい」

「てめえらっ! こらっ! この恩知らず!」

「すみません、今度ロリスさんには余ったお金で、最新の口紅をお贈り致します、と謝罪に変えて約束致します」


 どう抵抗しても、ニヤニヤした三人にやり込められてしまうロリスは、そのうち諦めてそっぽを向いた。


「畜生、女装してチヤホヤされてる方がマシなのか……」

「「「次も、是非、お願いします!!」」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

放課後バトルシップ hamp @hamp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ