第29話 黒幕の正体

「お、王様、何事でございますか?」

 貴妃は後ろの侍女達と共に膝を曲げ、拝礼する。


「フォルテをどこにやった? 正直に答えよ!」

 そして、アルトは久しぶりに顔を合わせた貴妃の名を呼んだ。



「トレビ貴妃!」


 名を呼ばれ、貴妃はハッと顔を上げた。


「なぜ……わたくしに……」


「ミラノの間から拉致してここに連れて来たのは分かっている。

 すぐにフォルテを返してくれ」


 アルトの後ろでダル軍曹が鬼のような顔で睨みつける。

 その見た事もないような恐ろしい顔に、後ろの侍女達も震え上がっていた。


「フォルテ嬢は……もうここにはいません……」

 震える声でトレビ貴妃は答えた。


「いないだと? どう言う事だ! まさか、そなたっっ!!」


 蒼白になるアルトとダル。


 しかし貴妃は慌てて首を振った。

「ち、違います。手にかけたりはしておりません」


「ではフォルテはどこに……」

「隠し通路から王宮の外に逃がしました」


「隠し通路?」

 そんなものがあるなんて初耳だ。

「なぜそんな事を……?」


 トレビ貴妃は、観念したようにひざまずいた。


「お許し下さい、アルト様。

 私は……私は見ていられなかったのです」


「見ていられなかった?」


「はい。こちらに嫁いで18年。

 私は畏れ多くも母のような気持ちでアルト様を想い、アルト様が心を通わせた側室は我が娘のように想い、そのお子は孫のように大切に想って参りました。

 それなのに……ようやく幸せが訪れるたび、次々側室もお子も殺され、新たな側室を迎えるたび不審死致しました。

 若く美しい美姫達が気の毒で……。

 出来る事なら殺される前に逃がしてあげようと……」


「ではこの数年、側室が次々行方知れずになるのは……」


「はい。わたくしが年月をかけて王宮の外に掘り進めさせた隠し通路から外へ逃がしたのです。

 勝手な事をした私をお許し下さい。罰はすべて私が……」


 しかしアルトは首を振った。


「いや、そなたの気持ちは分からなくはない。

 私も次の犠牲者を出すのが怖くて新たな側室を望まなくなり、王の姿でこちらへ渡る事をやめた。むしろ行方知れずの側室達が無事で生きているなら、そなたに感謝したいぐらいだ」


「アルト様……うう……」

 トレビ貴妃は泣き崩れた。


「しかし、フォルテは……。

 フォルテには話があったのだ。

 今一度会って話さねばならん。

 その隠し通路はどこだ? 教えてくれ」


「は、はい。分かりました。

 今からなら王宮の外の出口に回った方が早いでしょう。

 外に彼女を逃がすための馬車を待たせています。

 手はずを整えた侍女に案内させましょう」



 ◆  ◆



 フォルテはトレビ貴妃の侍女二人に付き添われて、真っ暗な隠し通路を進んでいた。

 侍女がかざす小さな松明たいまつの明かりだけが前方を照らしている。


「間もなく外に抜ける出口でございます、お嬢様」

「ありがとう、助かりました」


 アルトに会えなかったのは残念だけれど、あのままではデブ王の一夜の相手にされてたかもしれない。逃げられるなら、それが一番いいに決まっている。


 最初、トレビ貴妃が現れた時は、この人が黒幕だったのかと驚いたけれど、話を聞いてみると慈悲深いトレビ貴妃らしい行動だった。


「さあ、ここを登って下さい」

 突き当たりの天井から下りている梯子はしごを上る。

 前を行く侍女が天井をぐっと持ち上げると、天板が横にずれて柔らかな光が差し込んできた。

 器用に外に出た侍女は手を差し伸べ、フォルテを外に引き上げてくれた。


 そこは背の高い雑草に覆われた草むらの中だった。

 外から見つからないように、ここに出口を作ったらしい。


「あちらに馬車が待っています。どうぞ、こちらへ……」

 大木に隠すように止めてある馬車にフォルテと侍女二人が駆けていく。


 しかし、いよいよ馬車が眼前に見えてきた所で、ハッと侍女の一人が立ち止まった。


「こ、これは……」


 馬車の前に座っているはずの御者が地面に倒れている。

 背にナイフの柄が突き立っていた。


「誰がこんな事を……」

 蒼白になるフォルテ達の背後の草むらが、ざっと音をたてた。


 それを皮切りに、ざっざっと次々地面が鳴り、黒い人影に取り囲まれていた。



「あ、あなたたちは……」



◆ ◆



 アルトはダルと隠密と、衛兵数人も連れて、西門の外の馬車に向かっていた。

 アルト自身が王宮の外に出るのも久しぶりだった。

 クレシェンに見つかったら絶対止められるが、今日は幸いな事に朝からフラスコ公爵と会談中で、外の動きに気付いていなかった。


 軽快に走る隠密と衛兵に混じって、地響きをたてながらダル軍曹が駆けて行く。

 砂ぼこりを上げて地面を揺らしながら横を並走するダルに、みんなチラチラと視線を向けていた。軽快とは言えないが、俊敏な動きでついてきている。

 いつもは5歩で息切れしているダル軍曹がどうしたのかとみんな驚いていた。


 アルトの周りは最精鋭の隠密が前後左右を守っている。


「あ、あちらでございます」

 トレビ貴妃の侍女は、とんでもない集団に追い立てられるように、ようやく馬車の所に辿り着いた。



 そして……。



 ちょうど侍女二人とフォルテ嬢の姿が見えたと思った途端に、その三人が怪しい集団に取り囲まれるのを目撃した。


「なんだ! あの黒服の集団は!」


「し、知りません。トレビ様の仕組んだ者ではありません!」


 そう侍女が弁解するのも分かる。


 なぜなら……。


 十人ほどの黒服は……。




「女?」


 頭まで黒い布で包んで目しかみえなかったが、背格好がどう見ても女のものだった。


「まさか、あの女達こそが……」


 側室殺しの黒幕?


 黒服の女達が一斉にすらりと短刀を引き抜く。


「フォルテッッ!!!」

 アルトは隠密の囲いを抜けて駆け出す。


 それより早く、もうすでに人間のものではなくなった凶悪顔のダルがずだだだだ!! と砂煙を立てて最後の加速をつける。


 振り向いた黒服の女達は、この世のものではない贅肉のかたまりがすごい勢いで突進してくるのに驚いて、一瞬たじろいだ。

 しかしすぐに気を取り直して、攻撃対象を見る。


 さっさと仕留めてしまおうと、一人がフォルテに襲いかかった。


 明らかな殺意。


 迷いなく心臓を狙っている。


「フォルテさまああああ!!!」

 ダルが叫びながら突進するが間に合わない。


 フォルテに向かって黒服の短刀が空を切る。



 そのままフォルテの心臓を……突き刺した。

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