第26話 フォルテ、アルトに見つかる

「いないではないかっ! どうなっている?」


 もぬけの殻になっている部屋を見て、アルトはつい声を荒げた。


「はっ! もしや!!」

 アルトの後ろから部屋に入ったゴローラモは、フォルテの行動パターンをよく知っている。


「もしや、なんだ?」

 アルトは、よくドアを通れたなという巨体に振り向いた。


「逃げましたね」

 ゴローラモは確信を持ってうなずく。


「逃げた?」

 アルトはしかし呆然とした。


「王様の夜伽と勘違いして逃亡を謀ったのでございます」

 フォルテなら充分ありえるとゴローラモは断定した。


「……」

 アルトはそれを聞いて、ずん! と落ち込んだ。

「それはつまりこういう事か?

 王の私が嫌で逃げ出したと……?」


 若くして王となって、いまだ後宮に渡ってきて逃げられた経験はなかった。

 振られた経験ももちろんない。


「そんなつもりで来た訳ではなかったが、結構ショックだ」


「気にされなくともフォルテ様はアルト様が王とは知らないのです。

 このダル軍曹の容姿と思っておいでですから」


 アルトは五重アゴでふくよかに笑うゴローラモを見つめた。

「なるほど……。それは逃げたくなるかもしれぬ」

 深く納得した。


「……」


「なんだか私まで少し傷ついたではありませんか」

 他人の体とはいえゴローラモはまさに今、フォルテが逃げたくなる容姿なのだ。


「今度からダルにもう少し優しい言葉をかけてやる事にしよう」

 ふたりは振られ続けるダル軍曹の気持ちが少し分かった気がした。


「とにかくまだ遠くには行ってないはずだ。

 探そう!」


「それならこの私にお任せ下さい。

 先程フォルテ様が私を呼んでいるのを感じました。

 中庭のどこかにいるはずです。

 フォルテ様を見つけるのは昔から得意なのです」


「では、そなたについて行こう」


「あの……出来れば霊騎士になって飛んで行けばてっとり早いのですが……」

 それなら一瞬でフォルテの前に現れる事が出来る。


「いや、頼むからダルの体を置いて行かないでくれ。

 この状況で正気になられても説明に困る」


「仕方がありませんね。ではついてきて下さい」


◆ ◆



 そんな二人のやりとりを知るはずもなく、フォルテは息を潜めて植え込みの中に隠れていた。

 王様が諦めて帰るまで、ここを動くまいと思っていた。


 少し探して、いなければ諦めるだろうと思っていたが、何故か足音が一直線にこちらに向かってくる。

 まるでフォルテがここにいる事が分かっているかのように迷いがない。


(ど、どうして? なんで分かるの?)


 慌ててもっと植え込みの奥に隠れる。

 しかし足音は、そのフォルテが見えているかのように追いかけてくる。


(やだ……! 来ないで!!)


 素足を擦りむきながら植え込みの中を走り抜ける。


「あ! お待ちを!!」

 男の声が呼び止める。


 聞いた事のない低くて重量感のある声だ。


(あの声の主が王様?)


 声を聞いただけで巨体を想像出来る。


(やだ! 怖い!! 

 助けてゴローラモ! 助けてアルト!!)


 まさにその二人が助けに来ているのだが、フォルテは知る由もない。


 そして……。


「見-つけた、フォルテ様」

 昔のかくれんぼさながらに、ゴローラモは植え込みから顔を出した。


 その顔は……。


 にょきりと現れた顔は、続いて二重目の贅肉を追加し、さらに三重目の肉布団も出て来たかと思うと、四重、五重と信じられない体積で迫って来た。

 しかもにやりと笑ったはずの顔は、眉が吊りあがり三白眼の小さな黒目は凶悪で、贅肉で上がりきらなかった口角は不気味な角度で笑いを浮かべている。


 暗闇で見るにはあまりに心臓に悪い妖怪顔。


 だから……。



「ぎゃあああああ!!!!!」


 フォルテは絶叫と共に気を失った……。


「フォルテ!!」

 後ろについてきていたアルトが慌てて倒れこむフォルテを受け止めた。


「どうしたんだ!」

 しかし、そう言ってゴローラモに振り返ったアルトはすぐに理解した。


「バカもの! ダルの顔は気をつけないと凶悪になると言っただろう!」


 主君を自分の笑顔で気絶させたゴローラモは、呆然と立ち尽くしていた。



◆ ◆



 気を失ったフォルテを抱きかかえ、アルトはベッドまで運んだ。

 明かりの下で見ると、手も足も擦り傷だらけになっていた。


「怖がらせて可哀想な事をしてしまった……」


 ベッドに横たえ、そっと髪についた葉っぱを取りはらう。

 アルトは、まだあどけなさを残す少女が無性にいじらしくなった。


 この小さな少女が、両親を亡くし、家督を奪われ、病身の妹を抱えながらも占い師としてなんとか薬代を稼ごうとしていたのかと思うと、たまらなくなった。


「私がもっと早く陰謀に気付いていれば……」

 今更言っても仕方のない事だ。


「フォルテはもしかして、デブの容姿以上に、頼りない王を嫌って逃げたのかもしれぬな」

 考えてみれば憎んでも仕方がない仕打ちをした王だ。

 そんな男の後宮に入れられたなら、逃げたくもなるだろう。


「……」

 ゴローラモはまだフォルテを気絶させてしまったショックで沈んでいる。


「女官を呼んで、傷の手当をさせよう。

 今日はこのまま寝かしておこう。

 明日、まずは護衛騎士アルトとして話をする事にしよう。

 何もかも焦り過ぎたようだ」


 いきなり自分が王だと言っても動揺させるだけだ。

 まずはアルトとしてヴィンチ家の事から説明した方がいいだろう。


 しかし、この選択が今後を大きく変える事になるとは、アルトは思いもしなかった。

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