第25話 フォルテ、王にご所望される
アルトが執務室でフォルテの到着を聞かされたのは、クレシェンが占い師を拉致する計画を聞かされて僅か後の事だった。
止める暇もなかった。
「なんという手荒な事をするのだ!
今頃不安で震え上がっているではないか!」
「ではすぐに行って優しい言葉をかけてあげれば良いのです。
これで恋におちる事間違いなしです」
「そんな簡単な話ではないだろう!
……ったく、お前は私の事になると見境がなくなるのが欠点だ」
「お褒めいただきありがとうございます」
「全然褒めておらん!
と、とにかくすぐに行って事情を話そう。
ダル、お前も来るがいい」
アルトは、フォルテが心配で鬼のような顔になっているダルに声をかけた。
「なぜダルも連れて行くのですか?
後宮ですよ?
男性はアルト様以外立ち入り禁止です!」
クレシェンは眉間を寄せてダルの鬼顔に対抗した。
「私が連れて行くのだから問題ない。
彼女を安心させるためにダルが必要だ」
「? なぜダルがいるとフォルテ嬢が安心するのです?」
「そ、それは女官フォルテとダルが仲良しだったからだ。
そうだな? ダル」
アルトはダルの中のゴローラモに同意を求めた。
「は、はい。そうです。その通りです!」
なんとか誤魔化して後宮の入り口まで来たが、今度はそこで「フォルテ嬢のお支度がまだです」と足止めを食らった。
「お支度ってなんだ?」
アルトが声を荒げると、女官達はぽっと頬を赤らめ俯いてしまった。
ついてきたゴローラモまで、ダルの顔を凶悪にいからせてじとりと見ている。
「いや、誤解するな! 話をしにきただけだ!
私はそこまでせっかちな男じゃないぞ」
だがよく考えてみると、王の姿で後宮に入ったのはずいぶん久しぶりだった。
(庭師姿に変装してくれば良かったか……)
後悔したが、そんなヒマはなかった。
(とにかく会って話せば分かるだろう)
ようやく女官の許可を得て、フォルテの部屋の前に辿り着いた。
庭では何度も会っているが、こちらのドアから正式に出入りするのは初めてだ。
ましてゴローラモの話ではフォルテの中のアルトとは、庭師に変装した護衛騎士、そして男色の男だった。
いきなり王の姿で現れたら、驚くに違いない。
慎重に話をせねばと自分に言い聞かせた。
そして……。
「入るぞ、フォルテ殿」
一声かけてドアを開けた。
そこには……。
フォルテの姿は無かった……。
◆ ◆
その僅か前……。
フォルテは次々と部屋を出て行く女官達に必死の思いで言葉をかけた。
「あの……何かの間違いです!
なぜ王様が? いったい何の用で?」
今更何を言ってるんだという顔で足早に立ち去る女官達。
そして最後の一人となった女官が、ドアの前で振り返った。
フォルテは
「では、今宵は誠心誠意お尽くし下さいませ」
フォルテの願いも虚しく、女官はにこりと微笑んでドアを閉じた。
ええ――――っ!!!
ちょ……ちょっと待って……。
落ち着いてよく考えて……。
後宮にいる女に王がお渡りというのは……つまり……。
どう考えても……。
いやいやいや、おかしいじゃないか!
いったい何故わたし?
私は王様に会った事もないのに?
占い師と一夜のアバンチュールをご所望で?
物好きにもほどがあるだろう。
もっとやんごとなき
いや、そんな事を考えてる場合ではない。
もうすぐ王様がこの部屋に来るのだ。
ゴローラモの言うところの凶悪顔のデブだるま王が!
フォルテはごくりと息をのんで決意を固めた。
よし! こうなったら……。
(逃げよう!!!)
決めるが早いか、わたわたと裸足のまま中庭に駆け出した。
(か、かくれんぼは得意だったわ!)
子供の頃はいつも最後まで隠れ通した。
そして最後にフォルテを見つけるのは……。
(ゴローラモ……)
いつもどう言うわけかゴローラモがフォルテを見つけてくれた。
庭の植え込みの中を彷徨いながらゴローラモを思い出した。
(本当に肝心な時にそばにいてくれないんだから……。
今どこにいるの? ゴローラモ……)
まさかすぐそこまで近付いて来てるとも知らず、フォルテは涙が溢れそうになった。
「いっ……!」
裸足の足が尖った枝を踏んだようだ。
あちこち擦りむいて傷だらけになっている。
足を抱えしゃがみこんだフォルテの前にはトマト畑が広がっていた。
ふと、アルトの屈託のない笑顔が脳裏に浮かんだ。
(アルト……)
何故か無性にあの笑顔に会いたくなった。
どうして今アルトを思い出したのか分からない。
分からないけれど、不思議なほど心の中にアルトが溢れた。
(アルト……助けて。私はどうしたらいいの……?)
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