第24話 青の占い師、再び拉致される
「ほ、本当にいいのですか?」
「何度言わせるのだ!
そのために剣士の衣装に着替えたのだ」
「し、しかしバレたら宰相様がどれほどお怒りになるか……」
「だからバレる前に戻ってくればよい」
「で、でも王様の護衛が私一人では……」
「そなたは稀代の騎士であろう。
そなた一人いれば充分だ」
「で、ですがこの体にはまだあまり慣れてなくて……。
しかもこの巨体は果たして馬に乗れるのでしょうか?」
王の執務室でコソコソと話し合っているのは、剣士姿に変装した国王アルトと、側近のダル軍曹だ。しかし中身はもちろんゴローラモだった。
「なんだ!
そなたも主君のフォルテに会いたいのだろう!
だったらその贅肉を見事制御して馬を乗りこなしてみよ!」
「私が乗りこなそうとしても、馬の足がもちませんよ」
「ほんの一目会って、ふがいない王を許してくれと言うだけだ!
そしてもう何も心配するなと……。
それから出来ればまた会って欲しいと……。
それから……」
「どんどん望みが高くなっておりますよ、アルト様」
青の貴婦人の正体が、王のせいで家督を奪われたと思って肩身の狭い思いをしながら暮らしているヴィンチ公爵の娘フォルテだったと知って、いてもたってもいられなくなったアルトは自分が会いに行って謝罪すると言いだした。
しかし、その決意はクレシェン宰相によってあっさり却下されてしまった。
「バカをおっしゃらないで下さい! 今、王が動かれたら水面下でベルニーニの罪状を集めている努力が水の泡になってしまいます!」
「でもこうしている今もフォルテはそのナポリ夫人とやらに手酷い扱いを受けておるのだ」
「隠密を数人張り付かせておりますので、命の危機があれば必ず助けます。
ですが、出来れば証拠がすべて固まるまで現状を維持するのが最善です」
そう言われて一度は引き下がったアルトだったが、やはり心配でたまらず王としてではなく、護衛騎士アルトとしてフォルテにこっそり会いに行こうとしていた。
影で守る隠密も事前に説き伏せている。
「さあ! 迷ってる暇はない。
行くぞ、ゴローラモ!」
そしてこっそり部屋を出ようとしたアルトとダルは、ドアの前で仁王立ちするクレシェンに腰を抜かしそうになった。
「ク、クレシェン……こんな所で何をしている」
青ざめるアルトに、クレシェンは怒り心頭でにじり寄った。
「アルト様こそ剣士姿に変装してどこに行かれるつもりですか!」
「わ、私はちょっと中庭を散歩するつもりで……」
「散歩なら王の姿でいいでしょう!
フォルテ嬢の所に行くつもりでしたね!」
「な、何を言ってるんだ。
そんな訳ないだろう、なあ? ダル」
「は、はい! そんな訳ありませんっ!!」
「……」
クレシェンはこのところ妙にべったり一緒にいる幼馴染二人を怪訝な顔で見回した。
そして諦めたようにため息をつく。
「昨日の様子からこんな事になるだろうと思っていました。
だからすでに手は打っています。
アルト様はここで大人しくお待ち下さい」
「待つ? いったい何を?」
「ですからヴィンチ公爵の娘フォルテと接触する事は避けねばなりませんが、青の占い師を再び拉致したところで、ベルニーニ一派はこちらの動きに勘付く事はないだろうと言ってるのです」
「青の占い師を拉致? それはつまり……」
「今日は週に一度、青の占い師がサロンに現れる日です。
すでに隠密数人を手配しております」
「お、お前はまたなんと言うことを……」
宰相の方が悪巧みに関しては何枚も
◆ ◆
「あ、あの……これはいったい……」
フォルテは心機一転、ピアニシモの治療費を稼ぐためにばりばり占いをしようと、いつも通りサロンにやってきた。
先週の拉致事件から、当分自粛するだろうと思っていたラルフ公爵は驚いた。
そして今日は休んではどうかと忠告もしてみたが、フォルテは聞かなかった。
「まさか帰したばかりでまた攫おうなんて思う人はいないですよ」
呑気に笑っていたフォルテだったが、結果は予想以上に無慈悲な宰相だった。
占いの途中でなだれ込んできた隠密騎士にあっという間に馬車に乗せられ、気が付けば真っ直ぐに以前と同じ後宮のミラノの間に運び込まれてしまった。
「あ、あの……なぜこんな事を……」
女官達も緊急で集められたのか、フォルテをソファに座らせると、慌ただしく部屋の体裁を整えベッドメイキングをしている。とても手際がいい。
五人の女官達は、フォルテが会った事のない顔ぶれだった。
少し年配でベテラン女官のようだ。
おそらく普段は王様のお世話をしているメンバーじゃないかと推測出来た。
「お嬢様、湯浴みの準備が出来ております。
どうぞこちらへ……」
女官の一人が、ソファに座るフォルテの前にひざまずき頭を下げた。
「ゆ、ゆ、湯浴み?
あの……自分で好きな時に入りますので……」
先日ここに泊まった時は、こんな案内はなかった。
「いえ、時間がございません。どうぞこちらへ……」
無理矢理手を引かれて連れて行かれた。
「じ、時間がないって? あの……いったい……」
前に泊まった時とは違う広い湯殿に案内された。
どうやら以前の湯殿は簡易のもので、こちらが側室達が使っていた湯殿らしい。
広い湯船に寝そべるような大理石の台がいくつかあり、すでにタオルを持った女官がスタンバイしていた。
「失礼致します、お嬢様」
言うなり女官の一人にヴェールを奪いとられた。
「あっ!!」
あっさり素顔を見られて慌てたフォルテだったが、女官達は驚いた様子もなく粗末なドレスを次々脱がしていく。
「あの、あの……。私の顔を見ても驚かないのですか?」
馬車に轢かれて顔が醜く歪んだ中年女の設定だったはずだ。
「驚く? ええ。非常にお美しい方だと驚きました」
淡々と答えながらも流れるようにフォルテの体を磨き上げていく。
プロの仕事だ。
「い、いえ、そういう事ではなく……」
占い師の事を聞かされてないのかと思った。
あまりの手際の良さに逆らう事も出来ず、あっという間に全身を磨き上げられ、呆然としている間に純白の清楚なドレスを着せられ、鏡台の前で髪を梳かされていた。
「あの、どうしてこんな事に……?
占いをするのになぜここまで着替える必要があるのですか?」
フォルテのキャラメルの髪は四つの束に分けられ、一つ一つ丁寧にリボンで結ばれていく。
占い師に必要な装飾とは思えなかった。
「占い? 何の事でございましょう。
わたくし達は、王様がご所望のお嬢様を飾り立てるように仰せつかっております」
「王様がご所望? それはつまり……?」
「まもなく王様がこちらにお渡りになられます。
ずいぶん久しぶりのお渡りでございますゆえ、宰相様から特に念入りのお支度を仰せつかっております」
「な!!」
フォルテは蒼白になった。
「な、な、なぜ王様が? どうして私に?」
「そこまで詳しい事は存じ上げません。
どうぞ直接王様にご確認下さいませ」
「ちょ……直接って……。そんな事言われても……。
デブのトマト王がどうして私に……」
「デブ?」
女官は怪訝に首を傾げる。
しかし、その会話を断ち切るように部屋の外から声がかかった。
「王様のお越しでございます。女官の皆様はお下がり下さい」
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