第23話 フォルテ、金貨を奪われる

「ありがとうございました。

 来週またお願い致します」


 街一番の名医と噂されるお医者様を見送って、フォルテはピアニシモの部屋に戻った。


「やっぱりちゃんとしたお医者様に診てもらって良かったわ。

 今まで全然効かない薬を飲んでいたのよ。

 これからはどんどん良くなるわよ。

 すぐに元気に外に出られるようになるわ」


 一回の往診で300リコピンもするが、フォルテには60000リコピンがある。

 当分はお金に困る事もないはずだ。


「ありがとう。お姉様のおかげです。

 私も早く元気になって少しでもお姉様に恩返しが出来るようになりたい」


「バカね。私に恩返しがしたいなら、幸せになってちょうだい。

 それが一番嬉しい事なのだから」


「お姉様……」


 フォルテとピアニシモは手を取り合って目を潤ませた。

 少しずつだが光明が見えてきた。


 お金ですべてが買えるわけではないけれど、お金があるという事実は大きい。

 可能性も選択肢もずいぶん広がるのだ。


 しかし、久しぶりの幸せを確かめ合う姉妹の部屋が、突如蹴破るように開けられた。


「!!」


 姉妹の視線の先にはドアの前に仁王立ちするナポリ夫人の姿があった。


「お義母かあさま……」


 腕を組んでひどく陰険な顔で立っている。

 義母の後ろには5人ほどの侍女達が手袋をつけて鼻と口を布で覆った完全武装で控えていた。


「ど、どうされたのですか?」


 部屋にまで来るのは珍しい。


「どうもこうもないわ。

 あなた昨日井戸の水に病の菌をバラ撒いたそうじゃないの!」


「そ、それは……。

 お、お医者様に診てもらって、もううつらないと言ってもらいましたので大丈夫です」

 別にフォルテの事は診てもらってないが、そもそも病気になどなっていなかった。


「今、馬車で出て行かれたお医者様ね。

 あの方に診てもらうには高額のお金が必要だと聞いています。

 そんなお金をいったいどこで手に入れたの?」


 フォルテは青ざめた。

 お医者様が呼べる喜びで、ナポリ夫人が怪しむ事まで考えてなかった。


「正直に言いなさいな! 本当は亡き公爵から現金を預かってたのでしょう?

 私に内緒でこっそり隠しているのね!」


 どうやら遺産をこっそり隠していたのだと思われたらしい。


「いえ……私達はそんなこと……」


「まあ! この期に及んでシラを切るつもりね!

 そんな事させるものですか!! 

 さあ、みんな! この部屋の隅々まで隠し金貨がないか探すのです!!」


 ナポリ夫人の合図と共に、後ろの侍女達がわらわらと部屋になだれ込んだ。


「な、何をなさいますか! やめて下さい!!」

 フォルテの叫びなど無視して、侍女達は部屋を物色し始めた。


 そして……。


 あっさりと60000リコピンの金貨が見つかってしまった。


 まさかこのタイミングで家捜しされるとは思っていなかった。

 迂闊うかつだった。


「やめて下さい!

 それはピアニシモの治療費のために……!」

 フォルテは必死で食い下がって金貨の袋を掴んだ。


「離しなさい! この泥棒猫!!

 こんな所に財産を隠し持って!!

 なんて卑しいのかしら!」

 ナポリ夫人は金貨の袋にしがみつくフォルテの腕を取って、床に投げ捨てた。


「きゃっっ!!」

 フォルテの体が床に叩きつけられる


「お姉様っっ!!」

 助けようとしたピアニシモまでがベッドからすべり落ちた。


「ピアニシモッ!!」

 フォルテは駆け寄って、妹の体を助け起こす。


 そんな姉妹に向かってナポリ夫人は口端を歪めて微笑んだ。



「ちょうど良かったわ。

 この金貨で今度の舞踏会にマルゲリータがつける宝石をオーダーしましょう」


「そんな……」

 フォルテの顔が絶望に歪む。

 ようやく見えた光が一瞬で掻き消えていく。


 しかしナポリ夫人は勝ち誇ったように、ふん! と鼻を鳴らして立ち去った。



◆ ◆



 夕食の準備をするピッツァの横で、フォルテは両手に顔をうずめて泣いていた。

 ピアニシモの前では気丈に、「こんな事ぐらいで負けないわ!」と言い放ったフォルテだったが、本当は打ちのめされていた。


 マルゲリータやペルソナに何を言われようがどうでもいいが、お金を奪われるのは許せない。

 ピアニシモの治療費とこれからの二人の人生に必要なお金だった。


 あの金貨がなくては、来週のお医者様への支払いさえ出来ない。

 それはピアニシモにとってまさに死活問題だった。


「なんてむごい事を……」

 話を聞くピッツァの包丁を持つ手も震えた。


「もっと分からない場所に隠しておけばよかった。

 まさか急に部屋を家捜しされるなんて思いもしなかったから……」


「フォルテ様……」

 ピッツァは何も出来ない自分が悔しかった。

 もっと自分の地位が高ければ……。

 もっと自分に力があれば……。


 一介の雇われ料理人には何も出来ない。


 だが……。


「フォルテ様、今は耐えて下さい。

 今度の王宮での料理品評会で私が必ず優勝して賞金を持って帰ります。

 そして自分の店を持って、お二人を幸せにしてみせますから……」


「ピッツァったら……。

 それはあなたの幸せのために使うお金でしょ?

 でも、ありがとう。

 そう言ってくれるだけで嬉しいわ」


 フォルテはただの親切心で言ってるだけだと思っている。

 しかしピッツァは決意していた。

 今度の品評会で優勝したらプロポーズしようと。


「実はトマトソースの試作品が出来たのです。

 ちょっと味見して頂けますか」


 ピッツァは小鍋に煮詰めた赤いソースを小皿に取り分けた。


「まあ! もう出来たの?」

 フォルテは小皿を受け取り、スプーンですくって口に入れてみた。


「!! 美味しい!!」


 香辛料を混ぜて煮込んだ事によって酸味がマイルドになり、深いコクが出ている。


「オリーブオイルでにんにくを炒めて、潰したトマトとハーブを数種類混ぜ込んでいます」


「凄いわ! 凄いわピッツァ!

 これなら優勝間違いなしよ!」


「私も実は結構自信があります。

 このトマトソースがあれば、様々な料理にアレンジ出来ます。

 手始めに薄く伸ばしたパンにこのソースを塗って、チーズをのせて焼いてみようと思っているのです。他にもいくつかレシピを考えています」


「アルトもこれを食べたら驚くに違いないわ。

 きっと大喜びするわ!

 ああ……でも……もう会う事もないのかしら……」


 ふいにフォルテは、無邪気にはしゃぐアルトの笑顔を思い出してチクリと心が痛んだ。

 直接このトマトソースを差し出して、喜ぶ顔が見たかった。


「でも彼は王様の護衛騎士だから、品評会で優勝したらきっと食べる事になるわね。

 きっと彼の夢は叶うわ」


 もう二度と会う事はないだろうが、遠い空の下でこのトマトソースを食べて喜ぶ姿を想像しただけで心が温まった。


(良かったねアルト……)


 そして気合を入れ直して立ち上がった。


「さあ!! もう泣くのは終わりよ!

 私もみんなに負けてられないわ!

 占い師でもっともっと稼いで、すぐに60000リコピンだって貯めてみせるわ!」


「え? まだ占い師をやるのですか?

 危険な目にあったばかりなのです。

 ほとぼりが冷めるまでサロンには行かない方が……」

 ピッツァはその方が心配だった。


「ううん。そんな事言ってられないわ。

 予約だって半年先までいっぱいなのよ。

 休むわけにはいかないわ」


 フォルテの決意は固かった。

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